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再起に向けて

 たぶん25年くらい前のことだが、高良さんと東さんと僕の3人でどこかのカラオケに行って、なぜか途中で西郷輝彦の歌比べをやろうとなったことがある。あのときは東さんの「星娘」がものすごくうまくて、独壇場だったなあ。あれは大阪だったか福岡か、それとも3人で千葉にゴルフ旅行に行ったときだったか、よくはわからないが楽しい思い出だ。

 その西郷輝彦が亡くなった。前立腺ガンは比較的大丈夫なガンだが、やはり悪性なんだろう。全摘手術をして、その後は元気になって活動。しかし、5、6年後に再発したようだ。僕の場合も部位は違うが、同じ全摘、その後は順調。でも、これからどうなるかはわからないんだなあ。

 西郷さんは、最後まであきらめずに、最先端治療を受けにオーストラリアに行く。いろんなことをやり遂げたんだからもういいんじゃないのと言う人もいるけど、あと少し好きな仕事がしたいんだよねと生前の映像で語っていた。わかるなあ。日常生活で話せないのは困るが、それはしかたないと思える。でも、仕事上となると違ってくる。それは社会的な死を意味する。少なくとも、この一年の僕は仮死状態と言える。

 西郷輝彦が華々しくデビューしたのは、僕が小学生のときだった。世代も少し違うし、とくに好きだのきらいだのということもないのだが、ガン、全摘、仕事とかのワードによってすごく身近に感じたのだった。合掌。

 で、石原慎太郎が死んで政敵のコメントが「敬意がない」と批判されたとき、正直僕も石原に敬意は持っていないのだが、まあ、当日に文句言うのもどうかなあとは思っていた。たぶん石原擁護側は、倫理、道徳、理念の観点からもの申しているのだろうが、僕の場合は違うようだ。と、今回感じた。

もちろん、「死者に鞭打つものじゃない」とかの倫理的な感覚がわからないわけじゃない。でも、僕の場合は、死というものへのリアルな感覚から来ているという感じだ。誰の死ということではなくて、死そのものに対する感覚ということかな。たぶん石原批判をした菅(民主の)などは、倫理もないし、そうしたリアルさもないのかなあと思う。思い起こせば、あの福島のときの対応の様子からも察せられるところだ。

 死とリアルということでは、僕はこれまで何度も死に損なっている。そもそも生まれてすぐ医者からさじを投げられた(らしい)。子どものとき多摩川で溺れ、ニアデス体験をした。自転車でトラックに一回、バスに一回はねられた。トカラでひどい災害に遭った。

 これらは、しかし、予想できないもの、事故である。でも今回のガンはこれらとは異質だ。次はどうなるのか、考えざるを得ない。だから不安や恐怖というものがついて回る。これが厄介で、身体は元気なのに死と隣り合っている感じが抜けないのだ。

 だからと言って、脅えているわけでもないのでね。とにかく、倫理とか理念じゃないところに、僕のリアルはあるんだということを再認識した感じがする。

 この1週間は、いい意味でも自分と重なることを多く感じた。スペインサッカー界の至宝、ヴィッセル神戸の玉手箱、アンドレス・イニエスタが、昨年サッカー人生にかかわる大けがをして、そこから復帰するまでのTVドキュメンタリーがそのひとつ。リハビリで歩き、そして走るゴルフ場、あの美しさは六甲国際ゴルフ倶楽部だろうか。

 もうひとつは再放送だが、NY在住の日本人ジャズピアニスト海野雅威さん。コロナ禍、アフリカ系米人の集団から中国人と間違われて暴行され、大切な右肩や腕を複雑骨折、そこから再起するドキュメントだ。復帰後のブルーノートのライブには行きたかったなあ。

 2人とも、前述したような「社会的な死」と直面したのだと思う。そして、やはり、さまざまな迷いがあっただろうが、前を向くしかないという当たり前の結論に至り、そして完全なかたちではないにしてもそれは成った。僕も完全なかたちということは到底無理だが、今一度、少しでも仕事になるレベルまで話せるようになりたい。西郷輝彦さんの望みもそういうものだったと思う。

 このふたつのドキュメンタリーは涙なしでは観られなかったな。どちらもN H K。とくにイニエスタのほうは映像も凝ってて、日本のものとは思えなかった。

 映像といえば、ハリウッドが高評価していることに驚く濱口竜介監督作品「ドライブ・マイ・カー」。アカデミー賞で何部門にも候補になっている。

 一言で言えば、なかなかな映画である。日本映画史上ひじょうな高ランク。ベスト10は当然。5にも入るかなあ。北野映画の数本と比べるとちょっと落ちる。と僕は評価した。そもそも、僕の中では、北野映画を物差しにもってくること自体が破格だ。誰も小津映画を比較対象に持ってこないように。

 ただ、ハリウッドが高評価しているのがちょっと不思議。ヨーロッパならわかるけどねえ。それほどにこの映画はヨーロッパ的な映画だ。アメリカ人にこういうのがわかるの? と差別的発言だな。

 長い映画で、オープニングクレジットまでにけっこう時間がかかる。でも、そこまでがいい。これはアンゲロプロス監督「シテール島への船出」のオマージュではないのかと思ってしまった。

 でも去年は「パラサイト」だったし、ハリウッドは以前よりずっと異文化映画に着目しているのかもしれない。それは日本人ジャズピアニストが被害に遭ったり、コロナ禍でますます人種差別が強まったりしている社会に対して、アカデミーとして少しでも訴求しようと、そういう意図もあるのではないか。そうなると、この作品が受賞する可能性もけっこうあるかも。まあ、そういう事情があってもなくても僕は驚かないけどね。無国籍映画とも言えるこの映画なら。

 奄美大島で新種のエビが発見されたとのニュース。普通はそんなに注目しないが、実は来週は奄美に行くんだよね。このご時世に何を無体なと思われるでしょうが、去年秋、50年弱の付き合いで、すぐ近くに住んでいた友人が故郷の奄美に帰ってしまったんでね。ぜひ訪ねてみたいと、ずいぶん前から決まっていた予定なんです。オミクロンの大波は予想外だったけど、東京、奄美ともにピークアウトは過ぎたし、3回目のブースター接種も終えたし、ということで許されたい。屋久島は行った、トカラ列島も沖縄も行った。でも奄美大島の本島は初上陸。ずっと楽しみにしてたもんで。

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