大型の台風が首都圏を直撃するのではと思われたが、太平洋上に逸れていった。昨日の強風で沿岸部は多少の被害上がったようだが、大事に至らなくてよかったね。でも、沖縄や奄美は大変だったらしく、おりしも沖縄で行われるはずだった学生相談の学会が中止になったという。先日来お伝えしている学会70周年の記念シンポも取りやめで、オンライン参加予定の齋藤氏も残念な思いをしているようである。沖縄入りしている人たちはホテルに缶詰だったらしいからほんとに気の毒な話だ。こういう時期ではありえることだが。
僕なんかは飛行機を使う旅行では、台風の危険があるときは絶対に選ばない。でも、海の状況までは読めないよね。去年は五島列島、知床と2回連続でクルーズが中止となった。しかし、先週は、清水港から西伊豆の土肥まで、駿河湾をフェリーで横断することに成功。駿河湾はいつだって波静かだから成功と言うほどではないのだがね。
この船上からはずっと富士山が眺めることができる。天気がよければの話だけど。それは五十三次の広重が描く静岡側からの富士山だ。僕は山梨側よりもこっちのほうが好きだね。90分くらいだけど、なかなか良い船旅であったな。船内には至るところにちびまる子ちゃんとその仲間がいて,それも楽しい。「ゆるきゃん」のキャラもそろい踏みしてたな。
ちなみにこの船の甲板には道路標識が立っていて、そこには「県道223」とある。不思議に思う人も多いだろうが、これは、ここは県道223号線ですよという意味なのである。海上なのだが、道路扱い。フェリーの航路がそのまま道路と認定されているのだ。出発までの道が223号線ならば、到着してからの道も223号線なのである。「223」とは富士山(ふじさん)の語呂合わせだ。
船の航路が道路扱いというのは他にもあって、何年か前に、長崎から天草に渡る船に乗ると、その航路が道路扱いなんだと教えてもらったことがあるのだ。その知識がなければ、「223」の語呂合わせだけの洒落なんだろうと思ったに違いない。たぶん,他にもあるんだろう。いっそそれを制覇してみようか。たぶん同じ県内でないとありえないので、たとえば神奈川から千葉に行く東京湾フェリーなんかはダメだろうな。でも、新潟-佐渡島あたりはどうなんだ? まあ、ぼちぼち調べてみようか。
ところで、静岡に行ったのは、桜えびが食べたいと思ったからだ。この時期じゃないと食べられないんでね。しかも、駿河湾じゃないと獲れない。富山湾の白えびと同じだな。あれも絶品だし。
で、泊まった清水で掻き揚げを食べ、帰りの新幹線を待つ間、三島で生の桜えびを食べた。いやあ、もうひとうだったなあ。昔、静岡の人に連れられて、静岡市内で桜えびの掻き揚げを食べ、その旨さに感動したものだが、やっぱり現地の人がいないとうまい店には行けないのかもしれないなあ。揚げ物の場合は、素材はもちろん大事だが、何よりも料理人の技術が味を左右するんだよねえ。
まあしかし、二日とも天気がよく、快晴でゴルフもできたし、フェリーも快適だったし、全体的にはひじょうに楽しく満足な旅でした。
台風と言えば、東京を直撃するんじゃないかと思われていた前日あたりは、河川の氾濫に注意とのニュースが流れた。とくに目黒川なんかは危ないと。
今では、何よりも桜の名所となっている目黒川だが、昔は東京の氾濫河川の代表だった。目黒川と神田川、このふたつだったね。でも昨今はすっかり対策がなされて氾濫することもなかったと思うのだが、久しぶりに前科者の血が騒いだという感じかね。
昔、週一で品川の保健所で仕事をしていた頃である。朝、保健所に行くと、職員たちが集まって騒いでいる。何ごとかと思ったら、何かを決めるべくジャンケン大会をしているのである。「いったい何ごとですか?」と聞くと、数日前、例によって目黒川が氾濫し、多くの家が床下浸水となっていた。で、その見舞金を持っていく人をジャンケンで決めているのだという。ほう、そういうのも保健所の仕事なのかと思ったが、不可解なのは、何でみんなこうも見舞いに行きたがらないのかということだった。でも、その謎もすぐに氷解する。
こうした自然災害による被害はその程度で保証などが違ってくる。地震で家が壊れたときでも、「全壊」と認定されなければ補償金がまったく出ないなんてこともあるように、浸水とはいっても「床上」と「床下」では違うのだろう。聞けば、床下浸水の場合、区が定めている見舞金の額は2~3千円だという。なるほどね。それは誰も行きたがらないわ。そんな額の見舞金を持っていくことによって、かえって相手の怒りが増幅するのである。そういうケースが多いのだろう。住民の失望と怒り、そして虚しさ、目に浮かぶね。
自分たちはただ決められた役割を果たしているだけなのに、見舞金を持っていくのに、文句や悪態をつかれるのである。喜ばれることは決してない善行。これほど気の毒な役割はない。
僕は週一の非常勤なので、このジャンケン大会に参加する資格がないと見なされたようだった。安価な報酬の仕事だったけど、そういう気楽な立場であることにすごく感謝した、そんな朝だった。
