ご予約専用フリーダイヤル
0120-556-240

大と小

 先日、スピードスケートで引退した高木美帆を国民栄誉賞にするかどうかの検討に入ったというニュースがあったのだが、「検討」の段階ならばまだ発表しないほうがいいんじゃないの? と思った。かつてのイチローのように「僕は要りません」と断るのならいいけど、「検討」の結果、否決されましたとなったら本人に対してひじょうに失礼なことになると思うし。まあ、発表して世間の反応を伺うという目的もあるんだろうがね。僕の見たところ、国民は反対も賛成もしていない感じだな。もちろん高木美帆の活躍は立派なんだけど。

 つまり、こういうのってメダルの数だけじゃないんだよね。記録よりも記憶。スピードスケートならば小平奈緒さんを忘れちゃいけないでしょ。金メダル一個でも、その価値は違うんじゃないか。高木美帆に国民栄誉賞をと聞いて、え? でも小平さんにはあげなかったよなと、小平さんのことを思い出した人はけっこう多いんじゃないかな。

 僕なんかは、小平さんが日本初の首相になってほしかったと思ってるくらいだしね。小平奈緒さんが首相で芦田愛菜が副首相なら日本はうまくいくんじゃないかと思うんだよね。

 ユーチューバーのひろゆきが最近冴えてる。昨日あたりは、高市首相は文春を訴えたらどうかと言ってる。つまり、なぜそうしないんだと。それができないところが肝だよね。

 さて、メジャーリーグでは日本選手が大活躍だ。今年はルーキーの村上宗隆が現在ホームランキング。大谷は防御率0点台。とんでもないよね。でも、僕はやっぱり記録よりも大事なものがあると思ってる。大谷が今年はサイヤング賞を狙っていると報道されるのだが、そんなふうに記録を意識するのは大谷らしくないなあとも思ってる。

 たとえば、アメリカでは今年からABSチャレンジという新ルールを設けた。これは審判の判断に対して選手が異議を唱えて、ビデオや機械での検証をしてもらうというものである。やはり人間の動体視力には限界があるし、とくにアメリカの審判は日本なんかよりはるかにいい加減なので、このチャレンジが成功することが多い。メジャーの審判にとってはたいへんな受難の年となった。いいことだけどね。

 で、先日野球中継を見ていたとき、ストライク判定をされた若いバッターが「今のはボールだろう」とチャレンジした。機械による判定はぎりぎりでストライク。ここは審判の勝ちである。このとき、この若い選手は頭に手をやり、審判に軽く会釈したんだよね。え? いま謝ったよね。と僕には見えたのだが、解説もすかさず「いま謝りましたね」と言った。

 アメリカの野球を観ていて、こういうシーンを初めて観たな。きわめて珍しい。そりゃあ、自分のバットが審判に当たったとかすれば謝るだろうけど。でも、ルールで決められたチャレンジをするのは当然の権利であるし、たとえそれが違ったとしても自分に非があるわけではない。つまり謝る必要などまったくないと。そういった考えが彼らにとって当たり前だ。そしてもちろんそれは僕にも理解できる。でも彼はアメリカ人であるにもかかわらず確かに謝ったのだ。

 これを見て思ったのは、大谷という存在がこういうところに影響を及ぼしているということだ。たとえば、ピッチャーがデッドボールを与えても、アメリカの投手は絶対に謝らない。心配そうにするときもあるけど。でも、大谷は違う。謝意を示すときもあるし、試合後に見舞うこともある。自分がぶつけられたときにも、乱闘をしないように味方を制し、ぶつけてきた投手の心理を慮ることもある。以前このコラムで、大谷はアメリカ野球に「礼」を持ち込んだと書いたのだが、その大谷の存在はジワジワとアメリカの野球を変えていっているように思える。

 一言で言うなら、彼は「聖人」だな。小平奈緒さんに並ぶほどだ。そういえば、小平さんは務めている病院の隣にカフェをオープンしたそうだ。小平さんらしいなあ。外国でそんな穏やかな空気をつくる人と日本でそんな温かい空気をつくる人。大谷翔平と小平奈緒。 

「大」と「小」なんだけど。すばらしい一対だな。

最初に戻る