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菅野所長のエッセイ:志ん生が見る日本フットボール

戦いは終わった。日本はよくやった。
やっぱり、勝ち負け、結果ががすべてじゃないでしょ?
あの試合を観れば誰でもわかるのではないか。ブラジルやドイツじゃあるまいし、日本はまだ「結果がすべて」なんて言えるようなレベルにあるわけじゃないんだよね。

W杯のちょっと前まで、日本は確実に参加国最弱だった。でもすべてはパラグアイ戦で変わった。代表監督の力というのは、究極、どの選手を使うかという人選力、選手の力を見る目にあるんだと思う。たとえばオシムさんのとき、FWに巻を起用して「いくらなんでもそれはないよ、オシムさん」と思ったものだったが、実戦での巻を観てその予見は覆ったものだった。その点、トルシェやハリルはダメだったな。彼らは技術ある選手が嫌いだった。もしトルシェに普通の眼力があったならば、日本はとっくにベスト8入りは果たしている。(あのトルコ戦でなぜ西沢を使ったのか! なぜ中村俊輔は選ばれなかったのか!)
乾は、ハリルだったら自分は選ばれなかったと言っている。香川もスタメンは危なかった。もし乾や香川がいなかったら予選は全敗必至だったろう。ハリルは縦の攻撃を強調したが、それも柴崎をFWの底に置きさえすれば解決することだったのだ。

西野もパラグアイ戦でやっと少し気づいたわけだが、しかし、もともとのあまり確かでない眼力に頼ることも多く、起用してはいけない選手を起用した。ポーランド戦は言うに及ばず、ベルギー戦でも、疲労困憊の柴崎のほうがエネルギー満タンの山口よりまだ上であることがわからない。延長を視野に入れれば、本田を入れるのは死路なのだし。

しかし、負けはしたが、選手たちは、自分たちの力でポーランド戦の汚名を晴らした。だからこそ、ベルギー戦でのスタメンで、あのサッカーなら、ポーランドを2-0,3-1くらいで撃破できたはずである。僕はそれを観たかったんだよね。

まあそれはもういい。ベルギー戦は、日本のサッカー史上、最も勇敢で美しい戦いだったから。感動の度合いでいえば、FW久保竜彦を擁したときのヨーロッパ遠征、チェコ戦に匹敵するものだった。
どう考えても勝てそうもない相手に前半0-0。これでベルギーには焦りが出て、日本には「やれる」という感覚が強まった。柴崎の芸術的なスルーパス、ちょっと運が良かったけど原口のゴール。そしてまたまた乾のファインゴ-ル。セネガル戦のときと違い、GKがちゃんと視認できてたにもかかわらず、触れもしなかったね。今大会初めて真価を発揮した香川も誉めたい、そして吉田。最終戦はもうひとうだったが、サッカーを始めたのが遅い酒井宏樹もようやく開花した。唯一のJリーガー、昌子もよく期待に応えた。柴崎は完全に日本のコントロールタワーとなった。これで遠藤のような柔らかいパスをもっと出せれば完璧なのだが。
もっとも賞賛されるべきは、やっぱり、アザール、デプルイネ、ルカクに自由に仕事をさせなかったディフェンスだよね。とくにアザールにはまるでハエが群がるようなデフェンス、あれでなくては日本は世界の一流と戦えない。Pエリアに入る前に数人がかりで止め、ボールを奪い、カウンターを繰り出す。その戦い方こそが日本の生きる道だろう。
そのために、90分、走れて、ハードワークできる人材が必要となる。その代表が長友だ。セネガル戦、柴崎のロングフィードをトラップミスしたものの、2人のDFの間を縫ってボールをキープしたあの立ち上がり、数メートルの動き、子ネズミのようなスピードは世界でも稀ではないか。でもあと4年は持たないか。

でも、どうなんだ? ベルギーの1点目。他の国のGKならパンチングで外に出してるんじゃないの? たとえば韓国の若いGKとか。何しろ、シュートじゃないんだから。普通ああいうゴールは「献上点」という。うーん、不運、仕方がないと言えばそうも言えるのだが・・・とにかく川島だからな。正面に来るのは弾けるんだけど。
2点差以上を追いかけるチームにとって何より重要なのは、とにかく最初の1点を返すことだ。それがあるかないかで気持ちが断然違ってくる。逆に、あのシュートでもないハイボールを凌げば、日本が2-1で勝つ目がかなりあったろう。だって、あれが後半24分。どんなに強いチームでも、2点差なら相当焦る時間帯である。実際、その少し前の後半20分に2人交代させてベルギーは勝負を賭けてきたのだった。そして1点献上。こうなると、とりあえずあと1点取ればという気持ちになったベルギーは、すかさず5分後に同点とした。それも交代したフェライニだ。

観ている僕としては、こうなればあとはベルギーのシュートの雨あられ、日本は為す術なしだなと思ったが、これまでの代表と違うのはここからの粘り、踏ん張りだった。コートジボワールのときもオーストラリアのときも、砂の城が崩れるようだったからねえ。ここからあのロスタイム失点までの時間こそが今回の代表のハイライトだったのではないかとさえ思える。もっともベルギーにすれば、同点にさえすればもうこっちのものという余裕だったかも。急がなくても点は取れると。最悪延長でも、さらに大丈夫と。
本田のFKはちょっと遠すぎたよね。正面過ぎるし、あれを狙うのはどうかと思う。ま、こぼれ球狙いというのもあるのだが。しかも、もう柴崎がいなかったし。このFKも最後のCKもよくいえば一発狙い、普通にいえば偶然頼みである。でもそれじゃダメなんだ。対スウェーデン戦でのドイツは、そのワンプレーでゲームが終わってしまうにもかかわらず、FKで緻密なフォーメーションプレイを敢行した。何の知恵もなく放り込むなんてことはしない。僕が思うに、本田が入ると日本には賢さが失われてしまうのである。キック一発依存というか。でも、韓国のソンフンミンじゃないんだから、無理無理。
最大の戦略ミスは、最後のCKである。あそこはカウンターを警戒した布陣にし、自陣に何人か戻した上で、ゴール前は少数で戦わなければいけない場面である。それはサッカーの常識、世界の常識だ。そうしなかったのは西野のマネージメント不足なのか、何も考えてないか、加えて本田の功名心か、どちらもか。
延長になればボロボロにされた可能性もあるのでね、まあ不問に付してもいいんだけど。サッカー知ってれば、どれほどアホなやり方かはわかる。ポーランド戦の球回しと言い、これと言い、西野は運頼みになる癖があるようだ。世界を知らないからというよりも、切羽詰まると、考えることを放棄してしまうタイプなのかもしれない。

まあしかし、延長でもまず勝てはしない。ベルギーのスピードは衰えないもの。それが最後のとんでもないカウンターに現れてる。ルカクもねえ、

「あそこでスルーするんかい!」
「そんなん普通できひんやん!」
「ルカク、半端ないって!」

90分動き回っても、自分が点を取ってなくても、あんなゴール前でも、頭は冷静。すごい、俺が俺がだけの本田とは違うねえ。本田が蹴ったCKの不成功から9秒後に生まれたルカクのプレイ。あれは対照的だったな。

ということを、サッカー部出身の旧友に話したら、「あのプレーは、繰り返しミニゲームをして叩き込んだもの」「そうでなければ、あのルカクが我慢できるはずがない」と言う。ああ、そういうことか。だよなあ、ルカクは誰よりも俺が俺がだ。しかし、ああいうギリギリの場面でこそサッカーの質の差、歴史の差が出るのだな。優勝候補で2年間無敗のベルギーから2点を先制し、あとちょっとで勝てたと思い、日本も世界に近づいたと思いたいわけだが、その「もうちょっと」「あと少し」の差が、実はとてつもなく大きい。あのカウンター、あのワンプレーにはそれが凝縮していたということだ。

落語界のレジェンド、古今亭志ん生は、自分よりも上の噺家と自分を比べて「あと少しの差だな」と思ったら、そこにはものすごい差があるのだと看破した。囲碁ならば、いつも10目以上で負けている相手に、あるとき3目で負けたからといって、実力が近づいたと思うのは滑稽であるように。

日本が良い勝負できたのもベルギーが強くてしかも紳士的だったことがあるよね。汚いプレイしないもん。だから日本は今までもわりと相性がいいのかもしれない。しかし、実力差は歴然だった。考えてもみよ。残り20分で、0-2をひっくり返すなんて、相当の力差がなければできない。あれはベルギーサッカー史にとっても、歴史的な逆転劇だろうが。
その差を埋めるのはたいへんだが、しかし、今回のそれはベルギーとの差である。あの展開に持ち込めることができたら、他の16強の中でそれをひっくり返せそうな国はブラジル、フランス、ウルグアイくらいのものではないだろうか。つまり、世界の超一流とはすごい差があるが、Bクラスとなら互角の勝負ができる、今回のチームはそこまでは近づいたと言えそうである。今の日本がどれくらいの位置にいるのか? 船はどのあたりを航行しているのか? それを知る術は4年に一度のこの場所しかない。

 

(そういえば、ウルグアイのカバーニがフランス戦に出られないとのこと。フランス絶対有利か。ちなみに、ここまでの最高のゴールは、ウルグアイ、カバーニからスアレスへの超ロングパス、スアレスの長いクロスに合わせたカバーニのヘディングだろう。あれほどのものはサッカー史上でもなかなかないんじゃないの)

 

 

 

さて、パラグアイ戦からベルギー戦までを通して、ポーランド戦はスルーして、日本がどういうサッカーを目指すのか、誰にでもはっきりしたことを祈ろう。それが大きな収穫だ。問題は、次のW杯で、現在20代前半の若手がどれだけ伸びてくるか、W杯開催時にいちばん油の乗りきった選手が中心となれるかどうか、そのためにはヨーロッパでレギュラーになれないようではひじょうにまずいと。
具体的にはセンターバックが最重要課題。杉本健勇を説得してまたディフェンスに戻ってもらい、昌子と組ませるのがいい。そして2人にはプレミアかブンデスに行って、W杯まで修行してもらうと。

監督をどうするのかも大きいね。世間の風潮は西野は名監督ではないかとなっているが、それはどうか? ハリルよりはよかった感じはあるが。でも、パラグアイ戦があったからたまたまこういう結果を得たわけでね。彼自身は、世界との戦いでは誰を起用していいのかわかってなかった。本人も世界との差が見えていないと言っているし。必要なのは、世界との差、違いがわかっており、日本の良さをわかる人である。つまり日本人にはいない。いままでオシムさんしかいなかったね。

ああしかし、4年後の大きな課題がまだあった。自分はこんなふうに元気にW杯を観ることができるのだろうか。

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