菅野所長のエッセイ:買いたいものは自分で買おう

 またまた無事に1週間が終わろうとしている。何もないのが何より。懸念の仕事はすでに終わらせているし、明日はのんびりとした気持ちで過ごせそうだ。

 これくらいになると、さて来週はどういう具合になっているのかな?とスケジュールを覗くのだが、このように僕の場合、生活感覚は1週間くらいである。先のことは考えないほうがいいという、自分のポリシーに見事にしたがっているわけだ。先のことを思うと気が重くなる。いっとき、母も父も亡くなってしまって、にわかに自分の老後のことを考えてしまったが、それもだいぶ収まってきたな。ま、気の迷い、鬼の霍乱だな。そんなこと考えるより、明日の競馬のことを考えるほうが生産的ではないのだろうか、そんなわけないか。

 今週は講演が2回あって、それがちょっと疲れた。人前で話すのは得意なのだが、決して好きではない。もうかれこれ1000回近くはやっているのかもしれないが、今でもときどきおなかの具合が悪くなるし。人前で自分をさらすにはテンションを上げなきゃいけないからなあ。つまり基本が小心者。長くいろいろとやってきたが、良くも悪くも蛮勇なところを自分に取り入れることはできなかった。

 そういう人間の対局にいるのが、たとえば石原慎太郎とか橋下徹か。尖閣諸島を買っちゃうなんて、おいおいそんなことしていいのか。そりゃ、石原個人の金で買うなら何の文句もないが、都民の税金で買うわけでしょ。僕なんか、これから非情な都民税が待ち受けてるんだから。都民の誰が賛成しているのか? そもそも都民に何のメリットがあるのか? 自腹を切りなさい、自腹を。そしたら無条件で尊敬するのに。僕なんかこれまで経費を使わずにどれだけ自腹を切ったと思ってるんだ!と、別にそれはどうってことないのだが、ただ人間というものの違いに唖然とするのである。

 結局、俺の考えることはすべて正しい。だから、何をやってもいい、都民の金は俺の金だという感覚。これが橋下なら、多少はコンセンサスということを考えるのだろうが。
 でも、彼らの共有するものをひと言で表すならば、いわゆる愚民思想というものかな。ひょっとしたらその根拠のひとつにオルテガあたりがあるのかもしれないが、それも好意的解釈だろう。そういう哲学的な素養は感じられないし。

 先週の皐月賞。当日予想では、買ったゴールドシップは信頼できるとなったので、押さえ馬券は当たった。でもときすでに遅し。桜花賞と同じパターン。当たったけど本線ではないので、儲かりはしなかった。明日は、やっぱりパドックを観てから決めることにするが、マイラーズカップGⅡは好きなシルポートに逃げ切って欲しいものだ。

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