菅野所長のエッセイ:素人の強み

 明日から札幌に行く。上々の天気みたいなのでよかった。学会なのだが、発表とかいろいろやることがあるのでちょっと疲れそうである。なるべく疲れを残さずに帰ってこなければなあ。

 先日「児童心理」という雑誌から原稿の依頼があった。確か何ヶ月か前にも原稿を書いたのでおかしいなと思ったが、テーマがわりと僕の得意分野なので納得した。締め切りは1か月後だが、もう書き始めている。こういうことは早く片づけよう。
 この雑誌、2,3年に一度のペースで依頼が来るのであるが、子どものことは専門外なのでいつも気後れしてしまう。送られてくるものを読むと、どうも自分の原稿だけ異質だし。たぶんそういうところに期待してのことなのだろう。玄人の中にひとり素人がいて、そいつの言うことは面白いと。つまり子どもが描いた絵がときに大人には思いもよらぬ表現だったりして、高く評価されるのと似ているな。たいがい勘違いなのだが。

まっ考えてみると、この業界での自分の立ち位置がたぶんそれだ。玄人の中にぽつんと紛れ込んだ素人が僕なのだった。「それって違うんじゃないの?」とたいした根拠もないくせに言い続けて、「何を訳の分からんこと言ってるんだ」から「うん、まあ、そういうこともあるかもしれないな」と玄人たちが不承不承つぶやくと。
 昔、呉智英が「吉本隆明はなぜ強いか」ということを書いていて、結論は「吉本は思想界の素人だから」と言っていた。必ずしもそうは思わなかったが、そういうとらえ方自体はありだなと思った。つまりは、素朴な疑問からスタートしているということで、自明なものを疑う。それって現象学の基本だし。
 結局は、思想界にしても心理の世界にしても、確立されているかのように思われているものはただの共同幻想であって、僕の言うことと同じくたいした根拠などない。そういう業界だからである。フロイトとかユングとか、ただの勘違いしてる人たちとしか思えなかったもんな。別に嫌いではないのだが。
 心理の世界で得心のいったのは社会心理学のフェスティンガーの理論くらいかな。他にもあったかもしれないが、自分にはできないけどこうありたいと思ったものだった。

 そういうことに比べたら競馬のほうがいろいろと根拠は見つけることができる。とくに終わった後は。始まる前は何よりも難しく、終わってみると何よりも簡単な問題だった、それが競馬だ。

 先週アパパネは馬群に揉まれる苦しい競馬で5着。たとえすんなりいけたとしても3着までだったろう。3連単はいちおう押さえでは取れたが、当たった感はなし。
 日曜はオークス。GⅠの中で僕が最も得意とするレース。あとは菊花賞。つまり、ほとんどの馬が初距離。桜花賞からは800メートル延び、この距離適性がポイントになる。血統、体型、走法ね。去年は54万円の馬券を取りました。しかも、同じ学会の当日だった! 何だかいい予感がしませんかね?
 ただし今回は、去年と違い堅く収まりそう。本命は⑭ジェントルドンナ。桜花賞を勝ったが距離はもっとあったほうがいい馬だ。⑧ミッドサマーフェア⑨ヴィルシーナが続く。思い切ってこの3頭に絞るのも手だけど。血統的な穴馬が何頭かいるが、中でも人気薄なのは②マイネエポナとダイワデッセー。この辺が絡むと大きい。今年は札幌で結果を待とう。

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