菅野所長のエッセイ:知事選に思う

 田中投手のヤンキースとの大型契約にはちょっとびっくり。やっぱり金はあるところにはあるもんだ。確かにすごい選手だと思うが、ここまでの条件になるとは、よほど代理人がやり手だったのだろう。ヤンキースの負けという感じがしないでもないが、考えてみれば、上限無しのポスティングなら、年俸の他に100億くらい必要だったことを考えればそうでもないのか。損したのは楽天ということね。

 都知事選がスタートし、投票用紙も早くも届いている。細川陣営は「脱原発」を強調するが、都民としてはあまりそれに共感していないように見える。前回400万票超を獲得した猪瀬がああいうどうしようもない人間だったことを知り、脱力したままの人も多いのではないか。投票率も上がらなそうだ。内容的には宇都宮弁護士あたりが言うことが至極まともだが、この人は弁が立たないのでまず無理だし。

 ほんとは教育や福祉の問題をもっと取り上げて欲しいところだが、東京というのは特別なところなので、候補者の思想信条を全面に持ってくる選挙戦もありかなと僕は思う。東京のGDPは韓国やメキシコといった国家を上回るほどで、国からの交付金にも頼らないひとつの独立国のようなものだ。東京でのムーブメントが全国に波及する向きは十分にあるしね。それを怖れるからこそ、首相もさかんに牽制球を投げるし、除名した人間を立てるという筋の通らないことも平気でやると。

 原発問題にかんする分かれ道のひとつとして、災害に対する認識や感覚の相違ということがあるのではないか。それは新潟の柏崎刈羽原発の再開をめぐる東電社長と泉田知事との会談で思いを新たにした。泉田知事は地方首長の中でも反対派の先鋒と言えるが、その頑固さというのも彼の災害に対する認識から来ているはずである。
 新潟中越地震があったとき、彼は知事に当選したもののまだ着任はしていなかった。前知事が離職し、まだ次の知事がいないときのわずかな空白のときに地震は起こったのである。すなわち泉田知事の着任後はこの大災害に対する対処だった。着任早々に思いがけずも緊急な難題を与えられた彼の苦労はいかばかりだったろうか。そのような経験が新潟出身でもある彼の考えを底支えしているように思える。年齢的に新潟地震のことは覚えていないだろうが、それでも身近な人からは聞かされていただろうし。

 このへんは僕も同じであって、自分がそういった目に遭っていなかったらここまでかたくなに反原発を唱えないかもしれない。また、災害というものを身をもって知っているかどうかははっきりとした分かれ目だが、その地を訪れてその有様を直視する、間接的な経験であってもかまわないとも思う。体験偏重になることはどうかと思うしね、しかし、偏重になるかどうかは本人次第だ。どう受け取ろうが、どういう考えになろうがいい。とにかく行ってこいと当時僕が言っていたのは、結局、頭の中だけで思い描くだけでは追いつかないものを知るのが大事だと思っているからである。それは、この仕事をしていれば必須の姿勢だよねえ。

 そりゃほんとに安全ならいい。コストもかからないならいい。しかし、福島での事故があった。住民はもはや故郷に戻れない。後始末の費用はいくらかかるか、いつまで続くかもわからない、そしてそれは国民の負担だ。それなのに原発は安全だ、安上がりだとぬけぬけと言う連中は許せないのである。こういっては何だが、自然災害ならまだしかたないという気持ちにもなる。でも人災はね。JR北海道もしかりで。ああ、でもあの事故を自然災害だと思っている人もいるのか。それはリテラシーがなってないね。

ああそうか、簡単なことだったな。「許せん」なのだな。犠牲になった人、故郷を追われた人、そうした人の気持ちを考えろよと。沖縄の基地問題も根底はここだよね。金をやるから文句は言うな、それでいいのかと。石破に圧力をかけられて屈服した沖縄選出の議員たちよ、悔しいだろうが、それでも声を振り絞ってくれないかと思うのだが。

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