菅野所長のエッセイ:必見! アーチェリーの妙

ああ、寝不足で頭が痛い。
もちろんオリンピックのせいなのだが、見なくてもよかったなと思うものもついつい見てしまう性が悲しい。その代表格は柔道だな。ちょっと前は「一本を取る柔道」を目指し、勝っても負けても観戦のしがいがあったニッポン柔道は影も形もなくなってしまった。これから10年くらいはまた低迷期に入るのだろうか。

今回は、メンタルっていうのは何なのかについて考えるね。

 体操世界一の内村航平がしきりに団体優勝をしたいと言うことに何となく違和感があったのだが、その肝心の団体戦がボロボロの出来だった。体操っていうのは、団体戦であるが団体競技ではないんだよね。実際、個人個人の得点を積み上げるだけだ。サッカーとか野球とはまったく違う。陸上や水泳のリレーとも違う。
 なのに内村はなぜ団体戦にこだわった? そういうとカッコイイ感じがするからかなあ。リーダーとして。でもそう考えるのは、競技の性格上かなり余計なことだったのではないか。他の選手の心配何かしないで、唯我独尊でやるのがこういう競技では必須なのだ。そうやってたから、あそこまでの選手になったはずである。だから、自分のことだけ考えればいい個人戦では圧勝だ。

 団体戦といえば、今回大収穫だったのがアーチェリーである。今まで僕はアーチェリーをちゃんと観たことがなかった。どうしたって観戦には耐えないものだと思っていたからである。でも、たまたま日本とどこかの試合を観たら、もう釘付けになった。
 アーチェリーの団体戦は3人対3人。的は真ん中が10点で、外に外れるにつれて1点ずつ得点が下がる。上手い人はだいたい9点か10点に集中する。ところが、3人編成だとどうしても一人は上手くない。これはどの国でも一緒。その上手くないのが2番手の射手になるのも常識らしい。一番上手い人は一番手か最後。その辺は作戦や選手の好みによるのだろう。そして所定の回数矢を放って、3人の総得点を競う。そこは体操と同じ。しかし違う。この競技の心理的な要素はすごい。

 悪い言い方をすれば、2番手で撃つ選手は、まるで他の二人の足を引っ張る役割なんじゃないかと思わせるのである。最初に見た男子戦では、一番手のエースが10点を連発し、見事にチームを引っ張る役割を果たしていくものの、2番手はだいたい8点。次の3番手はそこそこがんばって9点といったところ。これが繰り返されていくうちに、一番手のエースが崩れ始め、10点が取れなくなる。では、次に続く奴が奮起して10点を取るのかというとそうはならない。そうやっていくうちにリードはなくなり逆転負けだ。
こういうパターンは日本だけでなくどこのチームもだいたい一緒。逆に、2番手の選手が「ここで10点を取ってくれれば」というときに的中するようなチームは強い。

 しかし、この3人でやるというのはアーチェリー団体戦の妙だな。足を引っ張る役割とも思える選手が最初から混じっているわけだ。なにやら萩尾望都の「11人いる」を思い出させるが、言い方を変えれば、一人のお荷物を背負ってみんなでどうやっていくのかという、集団ゲームのようなものだ。こういうワークは昔流行ったね。

 こういう競技であるからか、選手たちの雰囲気も独特。みんあ総じて穏やか、平穏、ソフトな感じである。僕から見ると足を引っ張られていると見えるが、少しでもそんな考えを持ってしまうと自分の役割をまったく果たせなくなってしまうんだろうね。10点取ろうが7点取ろうが、いつも終われば笑顔でハイタッチ。それが大事なのだ。そうしていないと個人もチームもあっという間に崩壊してしまうのだろう。オリンピッククラスの彼らは経験上それがよくわかっているのだろうな。そのメンタルマネージメントは半端ではないだろう。静かな競技だけど、悪魔と天使が混在するような感じだ。

 社会の中に生きるわれわれにとって必要な要素がここにはある。社会の中にはいろいろな人がいるからね。人それぞれ能力は違うし、ハンデを背負った人もいる。そんな中でともに生き、やっていくことの重要性を、お題目でなくひしひしと感じさせてもらった。アーチェリーやってる人には失礼かもしれないので読んで欲しくはないけど。
 

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