菅野所長のエッセイ:中ぐらいの結果 ー人生の妙ってやつかー

この夜をばわが世とぞ思う望月の欠けたることもなしと思えば

平安時代、栄華を誇った藤原道長が詠んだ句である。

今週は、中秋の名月。何でも8年ぶりかの本物の満月なんだとか。見てはないけど。東京は曇ってたんじゃないのか。で、今回のPETの検査が良ければ、自分も少しは道長のような気分になれるんじゃないかと思ったわけだ。

 結果は、喉頭ガンにかんしては転移なし。これでかなり危険は去ったね。検査は当分なしで、通院の間隔もかなり開くようになった。

のだが、前立腺方面に「反応あり」で、土曜には泌尿器科に行かないといけない。前回のPETでは反応なく、2月の尿道からの内視鏡検査ではガンはないと言われたのになあ。たぶんただの肥大ということで済むんじゃないかとは思うのだが、生検をやりますとなったらとても嫌だ。巨大なホッチキスのような器具を肛門からねじ込み、細胞を簒奪するあの痛さ、苦しみといったら・・・思い出したくもないのに、忘れようがないおぞましさである。ほんとに勘弁してくれと言いたい。

 悪性ガンの恐怖は去ったのに、「中くらいなりおらが春」というのはこう言うわけだ。もっとも、あの栄耀栄華を誇り「欠けたることもない」と言った道長だが、日常生活ではたいへん悪質な痔に悩んでいたらしいよね。

まあ、前立腺はあまり危険のない部位なので、それくらいはしかたないということにしようか。

PET検査の結果が出るまではやっぱり心が落ち着かなかったね。一度奇妙な感じの夢を見た。

 どこかを歩いていると、電話が鳴るのである。どこの誰だろうか、僕が電話で話ができないのをわかってるはずなのにと、コールが鳴り止まない前に切ってしまった。これで向こうも気づくだろうと思った矢先、すぐにまたコールがあった。それにあわてた僕は思わず出てしまうのである。しかも、なぜか「もしもし」と声が出た。すると聞き慣れた声で「あー菅野さん、今どこにいるの?」と明るい声がする。電話の主は高良さんだった。あー、俺が声が出ないことも忘れてかけてるんだな、高良さんらしいなあと思いながら、何事かを少し話した。声が出ないはずなのに。何を話したのかは覚えていない。

 それで目が覚めると4時頃だった。高良さんが死んだ年以来かな、夢を見たのは。確かに彼ならうっかり電話をしてきそうである。もっとも彼は僕の病状など知らないからね。それは許そう。このとき何を話したのかはわからないが、元気を出せよと軽くハッパをかけられた感じがした。

 この数年で私の友人たちが大病を克服し九死に一生を得た中で、僕も手術から8ヶ月、こうして命の危険から遠ざかった。それなのに、高良さんだけが助からなかった。自分みたいなのが生き長らえるのもどうなんだと思わなくはないね。

 しかし、今週は知り合いから2冊本が届いた。一冊は元クライエントの方なのであえて紹介はしないが、もうひとつは是非紹介しておきたい。

野村俊明「刑務所の精神科医」みすず書房

野村氏は僕よりもⅠ歳下。心理だったが、30過ぎて医大に行き、精神科医になった人である。医大に行く前からの知り合いだ。そのまま心理でいたら大学の教員になっていただろうに、当時、すごい決断をするものだなあと感心したものだった。まだ4分の1くらいだが、引き込まれるように読んでいる。僕としては珍しい。こういう人の知見が広まるといいのだがね。

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