月曜の夕方、何だか揺れているような気がしたのだが、周りに人がたくさんいるせいか、地震かどうかも判然としなかった。何しろ、六本木の東京ミッドタウンの中、ビルボード東京にいたからな。それが三陸での大きな地震だったと分かったのは帰ってからのことだ。
何でビルボードにいるのかは、そりゃライブのために決まっているのだが、この日は松岡直也トリビュートバンドが演るからである。そりゃあもう行かないわけにはいかない。とは言え、予約はいつものことながらビルボードの会員でもある音友頼み。今回は人気公演であるから席の確保も大変だったようだ。いつものDXシートはだめで、ステージから2列目のうるさそうな席である。でも、PUSHIMライブとは違い、周囲が踊り出すことはないだろう。
で、目の前にピアノ、パーカッション、その後ろにベースと、リズムセクション側である。やっぱり、うるさいかも。それについては不安だったのだが、フタを開ければ、これが最高だった。今回のパーカッションは本来不動のメンバー、日本パーカッション界の草分けペッカーではなく、大儀見元。初めて見る。でも、これが上手いのなんの。ペッカーより上手いんじゃない? その後ろに構える高橋ゲタ夫のベースがまた上手いんだよね。古希を過ぎても衰え知らず。
このバンドは松岡直也とウィシングのトリビュート。メンバーは変遷しているが、あの伝説となった1980年モントルージャズフェスティバルでの演奏メンバーを基本とする。今回のメンバー(総勢11名)で、あのステージにいたのはベースの高橋ゲタ夫、ギターの土方隆行の二人だけである。ウィシングの大番頭である高橋ゲタ夫はいつもいるけど、土方が弾くのを生で観るのは初めてだ。これだけでも価値がある。
で、モントルーでのラテン曲を中心に、他のアルバムからも数曲。もう、至福の時間だったね。土曜日に、なでしこがアメリカ代表にボコられた傷心が癒えた感じ。本気のアメリカはものすごく強かった。
ホーンセクションなど、知らないメンバーがほとんどだったのだが、ウィシングのトリビュートともなると、日本最高級のプレーヤーが揃うんだろうね。それは松岡さんが生きていた頃と同じだ。日本のミュージシャンで、松岡直也とか山下洋輔が声をかけて断る奴なんかいやしない。みな喜んで出たがるのだ。
客も年寄りが多い。自分もそうだが。あのモントルーのライブが45年前だものね。
公演後、トイレで、「あのときよりもいいじゃん。あの、松岡直也音楽生活50周年のときのライブよりも。あれ? 60周年だったけ?」と話してたら、隣で用を足していた人が「55周年です」と言ってきた。当然、あのときのライブにもいたのである。僕らもだけど。そんな話で始まり、僕が「土方がアンプトラブルのときの再現をすれば面白かったのに」と言うと「何ですか、それは?」というので、実はモントルーのライブでは、ちょっとだけだが、ギターの音がなかった時間がある。レコードやCDではその理由が分らなかった。でも、32年後にDVDが発売されて、その映像を観るとアンプの故障だったことが初めて分かるのだと説明すると、「僕もDVD持ってるけどそれは知らなかった」と言う。「それは今日帰ってからの楽しみができましたね」と言って別れ、僕たちは二人で飲みに行った。
こういう音楽の交流はいいもんだ。松岡直也がまだ存命の頃、その音楽生活55周年記念ライブのときには、隣に座っていた人が原発関係に福島の相馬で働く人だった。ふだんはクラシックしか聴かないのだが、松岡直也だけは特別なのだと言っていた。そのエピソードはこのコラムでも書いたな。嵐のファンがライブを通じて仲良くなったりするのも分かるね。
それにしても、後で確認すると、あのバンドで僕よりも年上はいない。最年長のゲタ夫もひとつ下だった。何となくショックかも。
でも、1週間に1回この演奏を聴きたい。そうすれば残りの人生は豊かで楽しいものになりそうだ。
という楽しい時間を過ごして家に帰ると、地震のニュース。東北の方々も驚かれたことだろう。大きな被害がなくて何よりだ。
三陸の地震となると、どうしても東日本大震災のことを思い出す。あのときは、9世紀の貞観地震を例に出して、福島原発は危険だという学者の警告を東電が無視したんだよね。「不都合な真実」というやつだ。
でもまあ、昔は、京都から遠い地域の災害記録はあまりなかった。貞観とかよほど大きなものはあるわけだが、おそらくM5~6くらいのものは記録としてほとんど残っていないと思われる。都の近くなら大ニュースだったろうけど。でも、今になれば、東北地方の太平洋側は日本でもとくに大きな地震が多い場所だということが分かる。記録がほとんどなかった時代とは違うのだから、もう「不都合な真実」として闇に葬るわけにもいかないよね。
地震と言えば、先週の16日は熊本地震から10年で、TVで犠牲者の追悼式をやっていた。熊本県知事の挨拶を聞いていると、国の援助で類を見ないほどの早さで復旧が進んだとの発言があった。「類を見ない」といったか「異例の早さ」だったかはよく覚えていないが、とにかく国の援助によってすごく早い復旧を遂げたことを感謝する発言であったのは間違いない。
僕は耳を疑ったね。だって、能登を観れば分かる。こちらは「類を見ないほど遅い」のである。
両県の被害はほとんど同じくらいだ。直接死が熊本約270人、能登が約240人。でも関連死を含めると700を越えて、断然能登なのである。それなのに、なんでこんなに差が出るの? 知事が東京出身の元官僚だから? それとも挨拶に来てた木原官房長官が熊本出身だから? それとも、くまもんが著作権フリーだからか?
官房長官の挨拶もあった、そつのなさばかりが目立つなあ。彼が有能なのは何んとなく分かったけどね、熊本出身というのに、何というか、その話しぶりや言葉に故郷に対する情というものをあまり感じなかったんだけど、それは僕の誤解なんだろうか? 誤解であって欲しいが。
そして、ここでも何回か取り上げたけど、老朽化した水道管問題。全国各地で、今年も陥没事故が次々に起こってるよね。特に下水道管では硫化水素が発生しやすいので、時が経つほどに内部が腐食しやすいわけである。八潮の事故でも、発生した硫化水素に住民はいまだ苦しんでいる。
21日火曜日、国交省の発表によると、全長748キロに及ぶ下水道管が5年以内に対策が必要とのことだ。こちらは自然災害ではなくて、対策を講じれば何とかなるのだから、自治体はもちろん、国ががんばらなければいけない。殺傷武器に力を入れるよりもはるかに大事なことではないか。と言うのも、この問題はこの時代の「人工災害」と位置づけた方が良いと思うからである。国交省だけでなく、国を挙げて何とかしなければいけない深刻な問題ではないかと思う。実は、日本だけでなく、世界中で陥没事故が多発しているみたいよ。
災害の話題が続く。岩手県大槌町の山林火災が止まない。姉妹都市でも取り上げたばかりの大槌町だが、いつも大変な目に遭う。早く鎮火してほしいものだが。フォートブラッグ市の人たちも心を痛めていることだろう。
ところで、火災の地区に挙げられたのが、大槌町の「吉里吉里」である。懐かしや、井上ひさしの小説「吉里吉里人」のモデルとなったと言われるところだ。小説の出版は81年だが、雑誌で「吉里吉里人」の連載が完了したのは1980年である。僕は連載で読んでて、本になって買い直してた。あれはモントルーと同じ年のことだったのだな。
