まずはめでたいことから。サッカー男子国際親善試合メンバーについに佐野海舟、航大の兄弟が召集された。弟航大は、オランダトップチームのPSVに移籍後すぐにレギュラー、すでにチームいちばんの活躍をしている。何でW杯に選ばれなかったのか、改めて疑問だ。が、まあいい、終わったこと。今回は佐野兄弟が同じピッチに立つのを見たいものである。
さて本題。
長年銀座に通っていると、いちばん季節を感じるのはイチョウ並木からではないか。先週あたりから、昭和通りのイチョウ並木から銀杏が歩道に落ちている。で、今日のことだが、ちょっと見たところ鍛冶橋通りのイチョウからはまったく落ちていない。それを見て、急激に「そう言えば」と思い出し、調べてみるとやはりそうだった。何がやはりなのかといえば、イチョウは雌雄異株の植物であり、オスの木には銀杏は成らないのである。つまり鍛冶橋通りのイチョウはみなオスのイチョウなのだ。そうだ、そうだった。
確か去年あたりに、鍛冶橋通りに比べて昭和通りの歩道はあまり清掃が行き届いていないんじゃないかとここで書いたけど、あれは僕の誤りでした。謹んで清掃局の方々にお詫び申し上げます。
雌雄異株の植物っていうのは案外あるんだよね。アスパラガス、ほうれん草、キンモクセイ、キウイ、サンショウとか、昔何かで読んだときに、この中にイチョウも入っていたんだよね。忘れてたなあ。
観察すると、昭和通りのイチョウはすべてがメスというわけでもなく、ところどころオスの木と半々くらいだろうか。近年では、銀杏の悪臭を避けるためか、メスの木にオスの木を接ぎ木するケースが増えているのだそうだ。
季節、天候といえばまだまだ台風が終わらない。シルバーウィークもかなりの影響がありそうである。
「線状降水帯」という用語が出てきたのは去年からだと思うが、昨日は気象庁がこの線状降水帯の予測がうまくできないことを謝罪していた。これまで確実に予測できたのは33%ということである。うーん、新しい現象故に予測は難しいのだろうね。たとえば、この8月から9月、沖縄、九州南部はとんでもない雨量だったが、佐賀の伊万里などは50日も雨が降らないとか。従来の秋雨に対する考え方がまるで通用しなくなっている。でも、災害に直結しているだけにがんばって欲しいね。予測率33%というのは確かに低いからね。来年はがんばってくれ。
とはいえ、日本の天気予想に対する国民の信頼度はひじょうに高い。それはつまり気象庁に対する信頼度ということだ。昔、その例を持って「信頼」ついての原稿を書いたことがあるくらいである(どの本に所収されているのかわからない)。2~30年前のことだが、天気予報に対してどれだけ信用しているかのアンケートがあり、約80%が「信用している」と答えていた。この当時、天気予報の当たる確率は確か60%台だったにもかかわらずである。
当時はそれでも気象衛星の進歩で、予報が当たる確率がグンと増えた頃だった。初代の「ひまわり1号」は3時間に1回の観測頻度だが、約50年経った現在(ひまわり9号)では10分に1回となっている。とは言え、当時、予報が当たる確率に比べたら信頼度が高すぎるんじゃないかと、ちょっと違和感を覚えたのである。たぶんだけど、昔に比べたら当たるようになったなあという印象が強かったのと、多くの人たちはそこまで完璧な予報を求めていないんじゃないかと思う。
そもそも「曇りのち晴れ」と「曇りときどき晴れ」が決定的に違うと思う人は少ないだろう。つまり大まかな天気が分かればまあいいやという人も多いのではないか。雨が降るかどうかは微妙だけど、一応雨対策はしておいたほうがいいとか、それくらいが分かれば良しとしようという場合がほとんどではないだろうか。そして、これは日本人だけかは分からんが、専門家ではなくても、自分自身で天気を予測してる人も多いんじゃないか。そのときに気象庁の天気予報はとても参考になると。別に100%当たらなくていいから、自分の予測にとって有効であればそれでいいという人も多いのではないかと思う。
つまり、寛容なんだよね。天候とか地震とか、どうしたって人智を超えるときがある。そういうことに対してわれわれ日本人は諦観を基盤とした寛容さを持っている。
とは言え、線状降水帯は深刻な問題である。気象庁の長官がわざわざ謝罪したことについて、実は、そこまで律儀なことをしなくてもいいんじゃないかと思ったのだが、人々の財産や命を預かっているという意識、そのような責任感をもって仕事をしているのだなと思うと、やはりこの人たちは信頼に値すると思うのだった。政治家とはまったく違うな。イチョウのオスとメスのように。
