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何ごとにも感謝

 やはりヘンテコな天気が続く。関東はこの2週ほど猛暑とは言えない気温ではあるが、昨日のように訳の分からない豪雨に見舞われたりして不順がきつい。近年は偏西風や黒潮が以前とは違う進路をとって蛇行したりして、その結果元気な高気圧が日本を覆い、台風も南へ逸れていく傾向がある。そして、沖縄、奄美、台湾を通り、中国南部にかつてない水害をもたらしている。大河のない島々と比べて、中国本土の被害と損害はたいへんなものだろう。が、地球環境のことなどまるで意に介さない中国政府の所業が今自らを窮地に追いやっているのかもしれない、と第三者はは考える。中国政府にはそういう発想はないだろうが、被災した一般民衆には何の罪もないのだから、復興には力を入れてほしいものである。

 そうした国と比べれば、日本では復興が手厚く、災害対策にも余念がない、と思いがちだが、このたびの熊本地震の様子を見ていると裏切られたような気分になってしまう。10年前、まだ記憶に新しいことであるのに、ふたたびの災害に対する対策や準備はまるで進んではいなかったのだ。避難所の暑熱対策、プライバシーなど、ほとんどが不十分で、車中泊をする人がひじょうに多く、そのために死者もでるという状況である。

 たとえば、台湾では大災害があると、4~5日でかなり万全な避難施設ができあがるという。これは国が主導しているからであるが、一方で日本では国ではなく、各行政体に一任されているのである。そこには、たとえば避難所ではこういうものの設置が必要であるとかの基準というものが存在せず、行政ごとにバラバラなのである。そうなると、財政難を理由にそういうことには力を入れないところも出てくるだろう。

 けれども、今回は10年前に大地震のあった熊本である。官房長官は熊本出身である。当然、地震対策、災害対策も他県に比べたら充実しているのだろうと思っていた。ところが、むしろ他県平均よりもそのレベルは低いというのだから呆れてしまう。熊本県民はかわいそうだな。

 まあ、国にはそれぞれ事情があるだろうから、災害のたびに国が動かなくてもいいのかもしれない。しかし、災害対策や避難対策の基準くらいは示したほうがいいのではないか。たとえば台湾のように、災害後1週間以内には十全な避難対策がなされるようにするとか、あるいは、予算の何%は必ず災害対策に割り当てるとかね。日本は世界でもまれに見る地震大国なんだから、それくらいはしないといけないよな。ひょっとすると、そういうことするプロセスで原発の安全基準が高まってしまうことを怖れてやらないのかもしれないと、またまた邪推する僕ではある。

 これは前にも話したことだけど、災害にかんして、こうした行政の無関心や無策は今に始まったことではない。昔阪神淡路の震災後、何回も神戸の避難所などに足を運んだ僕なのだが、当時住んでいた杉並区の区報を読んでいたら、このたび杉並区にも災害対策委員会との記事があった。おお、あの地震で行政の意識も高まったのだなと思ったのだが、神戸でいろいろと見聞を広めてきた僕である。多少疑問もかすめた。議員たちはいったい何をどう議論するのだろうか? というわけでその疑問を解消してもらおうと思い、その委員会に手紙を送っってみた。自分はこういう職業や経験を持ち、今回神戸にも何回も足を運んだ者だが、とくに被災者に対して何をどのように対策するという方針なのか教えてくださいという内容である。

 しかし、いくら待っても返事は返ってこない。梨のつぶてである。うーん、これはどういうことか? たぶん何も考えちゃいないのだろうか。日本中で災害の対策について話してるから、うちの区でもやらなきゃカッコつかないという程度の理由なのかなと思った。

 ちょうど、その頃中野区での仕事があり、中野区の職員を話す機会があった。僕がその話をすると彼らはさほど驚かなかった。「中野区でそんなこと(無視)をしたら後で大変なことになりますけど、杉並区っていうところは昔からそういう評判です。よく”後追い行政”と言いますが、杉並はその代表みたいな区ですね」。ああ、なるほどね。実は再度手紙を書こうかなと思っていたのだが、そういうことをすると更に不快な事態が待っているだろうからもうやめようと思った。

 このときに自分の中に確実に芽生えたことがある。行政に頼っていてはいけない。そんなことをすると馬鹿を見る。何かやりたいことがあれば、そういうものに頼らず自力でやったほうがいいという考えである。これが最後の一押しとなって、翌年TCCを設立する運びとなった。無料でカウンセリングを提供できるシステム、社会をつくること、長年僕が抱いていた構想は本来行政がやるべき事案であろうと僕は考えていた。しかし、国や行政に期待していたらいつまで経っても実現などしやしない。こうなったら自分でやるしかないと、決心したのはこのときである。それは後追い行政代表の杉並区のおかげかもしれない。

人はどんなことにも感謝できるものである。昔、関西の夫婦漫才にこういうのがあった。

「あんたと結婚してウン十年になりますけど、私は本当に感謝しています。あんたからは色んなことを教わりましたから」

「ほう、ワシ、どんなことを教えたんかなあ」

「そりゃあもう、あんたからは忍耐ということを学ばせていただきました。あんた以外の人と結婚していたら、絶対に学ぶことができなかったことです。だから感謝してるんです」

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