唐突に問題。現行の千円札に描かれている人物は?
答えは北里柴三郎。そういえばそうだった。
では、札の裏に描かれているのは何?
答えは、葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。
いやあ、こっちは知らなかったなあ。お金は好きだが、札にはあまり興味がないもんで。それも千円札だと尚更なのだ。
ということを、たまたま先週知らされたのである。裏面を知らなかったのは不覚だ。「不覚三十六景」。
数行空けよう。
さて、皆さんは「神奈川沖浪裏」という絵をご存じだろうか。たぶんほとんどの人は知っているはずである。「タイトルは知らなかったけど、ああこの絵ね。有名じゃん」となるだろう。
富士山が見える荒れた海ということで、これは駿河湾か相模湾だろうと僕はずっと思っていたのだが、実は今の横浜の沖合い、三浦半島側の東京湾らしい。つまり、ここでの「神奈川」とは、東海道3番目の宿、神奈川宿近くの神奈川湊あたりのことを指す。だから荒波はデフォルメされたものだ。ここまで荒れることは実際にはなかなかない。
ところで、ここでの本題は、この絵に描かれている船である。
「えっ 船なんかあったっけ?」と思う人もいるかもしれない。ちゃんとご覧になれば分かるが、荒波に揉まれ、8人ほどのクルーが必死に漕いでいる船が二艘、左の高波の合間にももう一艘が描かれているではないか。
この船は押し送り船と呼ばれるもので、近海で獲れた魚を江戸に運ぶためのものである。鮮魚を輸送する目的であるから、この船はひじょうに速い。マグロなどは数日経ったほうがむしろ味がよくなる魚であるが、アジやサバ、ハマチなどの青ものは鮮度が命だからね。
そして江戸でもっとも重宝されたのはカツオ、それも4月から5月の初ガツオである。僕も大好き。人はみな秋の戻り鰹がいいと言うけれども、僕は春のさっぱりとしたカツオのほうが好きなんだよね。
さて、その初ガツオ、11代将軍徳川家斉の時代には初競りで4両の値段がついたこともあるという。それは江戸市民の平均年収の2倍くらい。今のマグロの初競りと同じような熱気と注目があったんだろうね。カツオに限らず、初ものに対する縁起担ぎは今でもあるけれども、当時は、初ガツオを食べると長寿になるという風説があったようだ。
「初かつお 辛子がなくて涙かな」
で、当時、江戸の市民はカツオにカラシをつけて食べていたというのを知って僕はビックリ。
ほんとかよ。なぜなら生まれてこの方、カツオにはショウガ醤油、もしくはニンニクをちょっぴりという食べ方が当たり前だったのに、昔、三重県の津の駅近の飲み屋でカツオにカラシが添えられているのを見て僕はビックリ。その抵抗感に勝てず、「ショウガありますか?」と訊いて店員さんにとても怪訝な顔をされたのだった。でも、ショウガを持ってきてくれたけどね。
昔、大分で何かの揚げ物の脇に何やら見知らぬ緑色の果物があるのを見て、「すみません、レモンありますか?」と言ったときには「大分にレモンはない。カボスを使いんしゃい」と軽く怒られたことがあったな。
「大分にレモンはない」。今思い返してもおかしいし、名言だなあ。
記憶を掘り起こすと、昔名古屋で冷や奴を頼んだら、ショウガではなくてカラシがついてきたことがあった。何かの間違いではないかと思ったのだが、同行の人が「こっちではカラシが普通や」と言った。
どうもこの地方ではショウガではなくカラシが常識らしいと分かり、その夜二度目の訪問で今度はカラシで食べてみた。すると案外おいしかったので、またビックリ。
郷に入れば郷に従えとはこういうことだなと、自分も知性ある文化人に近づいたものだとそのときは思ったのだが、実は、東京でも最初はカラシだったのだ。まったく、何ということだろう。
まあとにかく、東京の鮨文化というものもこの押し送り船があってのことだと理解できる。何しろ、その日獲れた魚がその日のうちに江戸の市場に届く。ごく一部の魚を除いてはみな生で食べることができたのである。高速で鳴る押し送り船は、幕末には海上防衛のために浦賀奉行に配属されたという記録もあるほどだ。
関西ではこのような輸送手段がなかったから、塩と酢で締めた押し寿司文化となっていくのも理解できる。以前ここでも紹介したように、吉田兼好が関東に出張で来たときに、生のカツオを食べるのを見てそれを馬鹿にしたのも、関西ではそのようなことが考えられなかったからだろう。とくにカツオなんてものは、煮たものくらいしか見たことがなかったかもしれない。
まったく日本の食文化っていうのは世界の追随を許さない。とりわけ魚食にかんしてはすごいものだ。江戸の時代からこんなシステムがあったのだからな。
ユーチューブなどを見ていると、多くの外国人は魚が苦手だと言っている。その理由はよくわかる。彼らにとって、魚は生臭いものなのだ。
そんな彼らだが、日本で初めて刺身を食べたり、鮨を食べるとその美味さに驚く。あるいは母国で食べる鮨とはまるで違うものだということも分かる。そりゃそうだよね。外国では、魚を新鮮に保つ方法や、おいしく食べる調理技術や工夫がないんだろうね。だから鮨にマヨネーズとかチリソースかけて誤魔化すしかない。
もし日本で生臭い魚を売ったり食べさせたりする店があったら、すぐに潰れるもんな。うなぎなんかはその代表だな。そんな彼らが日本でうな重とかひつまぶし食べると驚愕してるよね。穴子もそうだな。
ちなみに縄文時代の遺跡から分かっていることは、縄文人がうなぎを調理して食べていたことだった。一万年前のことだもの。これには日本人でも驚く。
