菅野所長のエッセイ:晴れて無罪

うーん、まあ、ラッキーだったのかなと。
もちろん、2億が出たWIN5に当たったわけじゃない。
何と言おうか、身体のことです。

実は、ちょっと前に、前立腺が調子悪いという話をしていたが、その後の血液検査PSAの数値がよくなくて、ガンの確率が30%から40%と言われていたのだ。
それが今日の検査結果で「セーフ」「がんは見つかりませんでした」となったのである。まあ、まだ悪運は尽きていないようだが、もっと仕事しなさいってことなのかと思うとそれもなあ。晴れて無罪を勝ち取るまで数ヶ月。自分の都合で時間がかかったのだからしかたないけど、ちょっと長かったなあ。

まあしかし、こういうのも大事な経験ではある。

あれは2月か3月だったか、最初の血液検査で「3、4割」と言われたとき、すぐに頭をよぎったのは仕事のことだった。今年は6月に2つ研修に呼ばれているからなあ、それが中止になるのはナントモ申し訳ない。これが終わるまでは入院はしないと。
で、大学病院のほうで再度血液検査をしてもらうことにした。それでシロになることはほとんど期待できないのだが、とにかく真実を知るのは遅らせたいと管政権のような露骨な引き延ばし策である。
もう5月になってたかな。よくわからん。で、この結果、ちょっと数値は下がったものの、確率的には変わりないラインである。これはもうしかたないとあきらめ、次なる本格的な検査をすることに。これは前立腺の細胞組織を調べるのだが、肛門から、なにやらホッチキスのような機械で10数カ所刺すらしい。聞くだけで恐ろしいではないか。

ただ、5月の学会で、九州のTさんが「菅野さん、菅野さん」ということには・・・・。そこからさかのぼること半年、冬の研修会で一緒に飲んだとき、僕が自分の症状をいろいろと話し、二人で前立腺の問題について話したのだった。すると。そのときは「僕もトイレは近いけどそういうことはないなあ」と言っていたのだが、しかし、実はそうではなかった。「その後検診を受けたとき、菅野さんとの話を思い出して、ついでに前立腺の血液検査もしてもらったんだよね。そしたら、なんとガン100%だったんだよ」

ということでTさんは、すぐに検査と手術。悪性でもないのでまったく問題なしと、今はすこぶる快調とのことだった。
「僕は3~40%なんですよね。あの検査って痛そうですよね」
「いやあ、あんなのどうってことないよ。麻酔もするし、全然痛くなかったよ」
「ほう、それなら安心しました」

で、6月17日、18日と検査入院。
これが全然痛くないはずなのに、とんでもなかった。もちろん麻酔はするのだが、まるで工事用の鋲撃ち銃を肛門に付き入れられてバシンバシンと撃ち込まれるようである。脂汗がにじみ、その都度うめき声が出る。たぶん12回あったと思うが、そのうちの2回はとくに強烈。尿道にまで針状のものが通っていく感じ。もうほんとにつらかったなあ。麻酔の効きが悪いからかなあ。あれはできるなら全麻にしてほしい。
このダメージはほんとに大きかったなあ。身体だけじゃなくて心までもズタズタになった感がある。ずっと血尿が続くし。もう2週間経ったが、今日の採尿でも潜血が確かめられているが、まあ見た目にはもう大したことない。血尿というのは嫌なものですよ。自分で見えるからね。それにアルコールもダメだったし。2週間も飲まないなんて飲み始めてから初めてだ。しかもこの暑いのにビールが飲めないとは。

でも、そんな生活もこれで終わりだ。今日からは飲める。ま、だからたくさん飲もうという気にもならないけど。まだダメージがある感じなのである。まあしかし、今回は良しとしよう。

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