菅野所長のエッセイ:ドラマから見えるアメリカ

 今週は短かったが、休み明けということもありちょっときつかった。でも、一晩寝れば大丈夫だなという感触があるので大したものではない。音友から「松岡直也死去」のメールをもらった夜、思いの外気分が沈んでしまったのだが、それでも次の日には引きずることもなかったし。まあ、しかし、これでもう松岡直也とウィシングの演奏を聴くことはできないのかと思うと残念でならない。去年だったか、渋谷でのライブにいけてほんとに良かったなあ。合掌。

 今の僕はアメリカドラマにすっかりはまっている。もう虜といっても差し支えないくらいである。先の3連休の中日で、「バーン・ノーティス」を#5まで見終わり、次に選んだのは「LOST」。これもアメリカでは大ヒットしたらしい。シドニーからLAに向かう飛行機が南洋の島に墜落し、生き残った乗客たちの物語。回を重ねるに連れ、単なるサバイバルではなくて、天外な話になっていくのだが、そこは続き物の魔力。全部観ないではいられないという感じになる。

 ドラマとしては「バーン・ノーティス」のほうが断然上で、「LOST]は観ていて「そりゃないだろ!」の連発だ。でも、こういうドラマから今のアメリカ社会とか、アメリカ人の心性というものを読み取ることができるのではないかという気がしてきた。今は「菊と刀」のルーズ・ベネディクトのような視点からじっくりと観察している。

 ま、とにかく、屈折した人間ばかりが登場してくる。ほとんどは父親との関係がなんともなものになっている。島でのサバイバル、共同生活であるから、よく言えば「公と私」の問題、軋轢が浮上するわけだが、結局すべての登場人物が自分のことしか考えていないのである。日本人としては、こんな連中とはとても一緒に暮らせないと思うだろう。でもまさにこれはアメリカ社会の縮図なんだろうなと思う。でなければ、視聴者は皆不愉快になってヒットなどしないだろうし。視聴者にとって、ああいう人間模様が特別ではないことがうかがえる。

 もはや僕は海外に行きたいなどと思わないので、外国のことはメディアに頼らざるを得ない。その中でも、こうしたドラマはいい資料だ。韓国のドラマなどは毛嫌いしているところがあるので見ないが、客船沈没のその後の経過を見ると、自分が見えていなかった韓国があると思うようにもなった。

 この事件により、朴大統領の支持率75%があっという間に急降下。哀悼する姿も多くの国民はパフォーマンスだと認識しているようだ。確かに、そもそもが日本へのネガティブキャンペーンをやるだけの人にしか僕には見えなかったけどね。しかし、韓国国民はそれは許し支持しても、今回のことは許せないということなのだろう。
 何だ、彼らもよくわかってるんじゃないのと思ったわけです。日本でいえば、小泉政権のときのようなものかな。こうなってくると思うのは、つまりは朴政権というのは、韓国国民の傀儡のようなものだった(あえて過去形)のではないかということ。自分たちの気持ちを代弁してくれる分にはいいが、そうでなければ許さないと。芸能人と芸能ウオッチャーとの関係のようで、このありようには好感が持てるね。

 日曜は天皇賞である。ゴルフに出かけてるので観られないけど、GⅠ馬4頭と好メンバーが揃った。注目は⑭キズナだ。僕としてはこういう人気先行型の馬にはあまり食指が動かないのだが、逃げ馬バンデが出走してこないので、今回はもうキズナでもいいんじゃないかと思う。で、⑭キズナから、⑦フェノーメノ⑧ゴールドシップ⑫ウィンバリアシオン3頭への3連単マルチを本線としよう。大本命サイドだけどね。

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