ステップファンクション ーチータは生き残れるか ー

 今週は、前立腺の生検で入院。10年前も他の病院でやったが、その辛さはあまり変わることはなかった。1,2割痛みはマシかなと思ったが、検査器具の進歩なのかも。でも、やっぱりたまたまかな。身体へのダメージはあるし。しばらく血尿が続くのがつらい。これで結果がシロならやってよかったと思うのだろうが、おそらくはアウトだよね。でも、有罪であっても、罰金刑とか執行猶予みたいなものだったらとても良しとしよう。再来週くらいにはわかるのだが。

 さて、僕の競馬はダメだが、日本の競馬界はなかなかだ。先週、アメリカ競馬の祭典ブリーダーズカップ(BC)が行われ、日本馬が大活躍。

 このBC,2日目には9つものGⅠレースが行われるのだが、そのうち2つのレースを日本馬が勝った。BCに勝つのは初めて、それもふたつ。凱旋門賞はまだだが、BCに勝つなんて快挙もいいところだ。

 こんなふうに、それまではとてもとてもと思われていたことが、あっという間に、それも続けざまに達成されるという現象が時々ある。もちろん偶然とかたまたまではなくて、長年の関係者の努力があり、それが花開くには時間やいろいろな条件が幾重にもあるということだ。でも、いつ花開くかはわからない。

 僕は昔からこういう現象に関心を持っていたのだが、何十年も前に「ステップファンクション」という概念があることを知った。今これを検索すると階段状のデータを示す関数というのが多いが、当時は。一定、比例的なかたちを示さず、ときおり飛躍的な上昇や下降を示す現象というふうに記憶している。で、その飛躍的なステップに対してSFと呼称していたような気がする。たとえば、絶滅危惧種というものがあるとして、これ以上の個体数の減少があると絶滅確定となるというような段階について着目するということだ。当時、僕はものすごく面白い概念だなと思ったのだが、その後ほとんど話題にならないのが不思議だった。まあ、自分の専門からは果てしなく遠いのだがね。

 でも、最近その謎がちょっと解けた気がする。周知のように、新型コロナの感染者が突如激減した。専門家もみんな理由がわからないと首をひねる。もちろん僕だってわからん。でも、これがステップファンクションだよなあとは思った。これはあらゆるデータで現れてくるものだと思うのだが、その決定的な原因、理由はなかなかわからない。変数が割り出しきれない、つかみきれないということなんだろう。机上の計算と現実との相違と言うこともできる。

 たとえば、一定以上の感染者が出ると、そこからは減少に切り替わるという「集団免疫」という考え方は明らかにステップファンクション概念に因ったものだが、これを推進したスウェーデンではまったくそうならなかった。で、政府は失敗を認め、対策を打つようになった。たぶんこれは、当初に考慮された変数の値や性格が時間や状況の中で変動、変化していくからではないか。これがつまり「現実って言うのはもっと複雑だよねえ」というやつではないかと思う。それは想定外、予想外のことが起こるからだ。

 さきの、絶滅危惧種の問題でいえば、アフリカのチーターは現在そのほとんどが親戚関係と言われる。つまり、これは、種が存続していく上で相当やばいと。速いけど弱い。ライオンはもちろんハイエナにも勝てない。当然ながら、このままでは遠からずサバンナにチーターはいなくなると専門家は予想する。

 ところが、このチーター、近年では群れで狩りをするのが出てきたという報告がある。これにはびっくり。僕はチーターの狩りをこの目で見たが、母親が一頭でがんばっていたし、他の映像でもみんなそうだぞ。ライオンじゃあるまいしと。しかし、母親から離れた雄の兄弟がチームとなるのだ。それによって彼らは狩りの成功率を飛躍的に高め、そしてまた交代するかのように雌との交尾をして繁殖にもいそしむのである。チーターは自分たちの力で、人間が勝手に定めた運命を変えるかもしれない。かつて、移動する習性などなかったヌーが、草を求めて70年代からケニアとタンザニアを大移動するようになって、大増殖した例もあるしね。

「絶滅する」という予想はあくまで「このままでは絶滅する」ということだ。その数字はこの辺で激変する、ここがステップファンクションだ、というのが従来の考え方なんだろう。でも、それは「このまま」が「このまま」であり続けるという前提に基づくものだ。過去がこうだから未来はこうなるというのも、「過去がこうだから」があまり当てにならないのだ。コロナで言えば、ウィルスもこれに対する人間も生き物なんでね。双方ともいろいろ変化するわけよ。

 日本で突然激減したことの一つの背景としては、ワクチン接種がこれだけ進んでもなおほぼ100%のマスク率ということがあげられるのではないか。マスクそのものにもはやそれほどの効果があるとは思えないが、こうなっても警戒は怠ってはいけないという日本人の姿勢は、様々に変幻する状況の中でも不変なものなのである。そのような不変、不動なものがなければ,予測する,計算するということも困難というものである。

 すなわち、政治家や専門家の愚鈍さを尻目に、国民はもっとも大事なことを暗黙的にわかっている。この激減は、すべて国民の力によるものと言えるのである。

 

 日曜エリザベス女王杯。本来得意なレースなのだが、ここでも「不動」の馬がいるような気がしないで困っている。どうしたものか。

 ああ、忘れるところだった。元学習院大教授、川嶋先生がお亡くなりになったんだよね。実は学生時代に、ある縁でお宅にお邪魔して酒を飲んだことがあったり、務めてからもちょっとお話をしたり,ご息女が心理だったりとか、いろいろあった。奥さんもだが、ものすごくいい人だったなあ。あんなに腹蔵ない人というのもそうはいない。いくら病気で苦労しても僕なんかには到底及ばない境地だ。 謹んで合掌。

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