地下鉄で、地上に出るエレベーターに乗ろうとしたら、落葉した黄色いイチョウが紛れ込んでいた。地上に出ると、ほとんどのイチョウは落葉し、歩道を黄色く染めている。鍛冶橋通りではイチョウ下の植え込みにショッキングピンクの寒椿がほころび、秋の終わりと冬の到来を告げている。先日もそして今日も、このイチョウの前で外国人観光客が写真を撮っているところを観た。たぶん彼らの国では紅葉の景色など観られないのだろう。あるいはイチョウという木がとても珍しいのかもしれない。われわれがバオバブの木を珍奇な木として見ているのと同じで。
確かに日本に来るなら紅葉の季節と桜の季節がお勧めではある。ある程度長く滞在すれば、日本のどこかで必ず観られるしね。僕も紅葉を見に来たいと思うのだが、たとえば11月の日光となると寒さが気になってしまうので二の足を踏んでしまう。でもねえ、来年あたりはどこかに行ってみようかな。やっぱり日光かな。
僕の知る限りでは、日光の紅葉がいちばんだな。定番の明智平ロープウェイ、中禅寺湖の紅葉はもちろん見事だが、群馬県境から日光へと至る金精峠の紅葉もすばらしい。こちらは大回りになって時間もかかるので、東京方面の人はあまり行かないルートである。とにかく、東京の近場としては日光が最高なのである。
TCCの忘年会も先週終わったので、もはややることがなくなった。今年のプチプレゼントはお米だった。「感謝」という文字入り、たった2合のものだけどね。まあ、シャレだよね。あとは去年、くじの景品で鳥獣戯画のTシャツがすごく喜ばれたので、今年は鳥獣戯画のポットとかマグカップとかを大量に景品とした。来年はどうしようかな、それは来年考えるか。
来年の前に週末のことを考えると、日曜は有馬記念だった。このコラムで競馬の話をすることがなくなったよね。何でかなと思うのだが、どうも自分の好きな馬がいないことも大きいのかなと思う。有馬記念の出走馬を観てもそういう馬がいないんだよねえ。一応、本命は⑤レガレイラ、対抗は③ジャスティンパレス、単穴は⑨ダノンデサイル、△は②シンエンペラー④ミュージアムマイルというところにしておこうか。
で、競馬がもっと好きだった頃の話。
僕は「書斎の競馬」という雑誌に連載を持ってたんだよね。この雑誌は「競馬雑誌の文藝春秋」と喧伝していたくらいのもので、執筆陣には芥川賞作家が3人くらいいた。そんな雑誌に途中から連載することになったのだが、原稿を4回上げたところで廃刊となってしまったのである。ちょうど25年前のこと、残念だったねえ。僕は11号から14号まで書いたのだが、何を書いたのかおおよそしか思い出せないでいた。たぶん、元の原稿はどこかのUSBに残っているのだろうが、その行方が分からない。
1ヶ月前に気になって調べてみると、雑誌が古書として売られているではないか。しかし、当時900円だったものが、3000円~4000円の値段である。今となっては珍しいものだからプレミアがついているんだねえ。でも買いましたよ。4冊。
で読んでみると、面白い。こんなに面白いものを書いていたのかと自分でも感心してしまう。「カウンセラーと競馬」と銘打ったシリーズで、自分の仕事、専門性を絡めた、人と競馬を紡ぐ物語というかね。当時、この仕事にどれだけ力を入れていたのかがよく分かる。高かったけど、買って良かったなあ。俺ってなかなかすごいんだなと、これは唯一無二だなと、初めて思えたね。競馬を知らない人が読んだらどう思うのかは謎だけど。返す返すも、廃刊になったのが惜しまれるな。
さて、今年も終わりとなって、いったい何をしたのかなと考えてみる。何もしていないことに気づくのでそれはやめにしよう。
では、印象に残っていることは何だ? 3月に五島列島に行ったことだな。悪天候によりキリシタンの遺構クルーズができなかったのは残念だったが、なかなか良かった。夏の知床でも、シャチウオッチングのクルーズが中止となった。船に乗れていれば、今年の旅行はもっと点数が高かったろうに。
世界陸上というのも、日本ではもう観られないことだろうからよかったよね。ああ、サントリーホールでの松井秀太郎のライブはすごく良かった。来年もどこかで観たいものだ。が、なかなかチケットが取れない。狙い目は地方でのコンサートだな。
ああーっと、忘れちゃいけない。サッカー日本代表がブラジルに勝ったこと、涙涙(僕だけ?)の初勝利。
あとは何だ? 真夏に京都に行ってゴルフをしたというのも印象深い。普通に考えれば自殺行為だけど、今年は空調服という新兵器があったのでね。その後埼玉で久しぶりに80台のスコアが出たのも空調服のおかげとしか言いようがない。あと、西本願寺の鐘の音はよかったな。
そんなふうにゴルフなんかは普通にできるのが嬉しいね。ガンの手術をしてから1月で丸5年になる。5年というのは転移の目安として一般的だ。100%安全というわけではないけど、ほぼ安全圏に入る。5年前の状況からしたらありがたいことである。あのときは、「発見段階としてはステージ1か2ですが、ガンの性質からして実質のステージは3か4です」と告知されたんだよね。そうそう、10万人に1人の確率という悪性のガンだった。それが無事でいるわけだから、まあ悪運の強いこと。
今年は何というか、特別なこも何もなかった年なのだが、その何もないことにも感謝しなくてはいけないかもね。
ということで、皆さま、今年もいろいろとお世話になりました。徳はいっこうに積もらず、人への恩ばかりが増えていくこの私です。あっ、あとは診察券もか。
そんなポンコツですが、来年もよろしくお願いします。
