報告するのを忘れてましたが、1月のPETの結果は「異状なし」でした。これで手術後の丸4年間、新たなガンも転移も認められません、ということになりました。めでたしかな。
あいかわらず咽頭炎と痰には悩まされているけど、思い返せば、最初の一年はまったく声は出ないことはもちろん、家ではつねに吸痰器の前で過ごさなければならなかったわけで、その頃に比べれば夢のような生活なのかもしれない。贅沢は言わないほうがいいね。最悪というものを知っていると、それとの比較ができていい。苦労が確実に報われるとすればそういうところだな。僕の場合は10代の頃がいちばん苦しかったと思っているので、その後の苦労が平気なのである。
なでしこアメリカ遠征の第一戦。4-0の圧勝なのだが、オーストラリア相手だから結局アジアの予選みたいなもの。アジアのチーム相手に圧勝したところでねえ。アメリカ、スペイン、ドイツ、イングランド、スウェーデンのレベルとやったときにどうなるか、それが問題だ。初戦のスタメンは旧態依然として、熊谷、高橋、南の最終ラインだぜ、前とまったく同じだ。ニールセンは日本チームの問題課題が分かっていない。これは間違いない。だからイングランドで見たことがあるレスターから2人も招集するんだろう。でも宝田なんて呼んでもなあ。急成長かつ絶好調の藤野と浜野、そして谷川と、攻撃面はいいのだが、守備陣が・・・・(悲)。それから、アメリカ戦では谷川を使うんかなあ。
ところでだが、先日、BSでヴィクトル・エリセ監督の「エル・スール」をやっていた。1992年。懐かしい。あの「ミツバチのささやき」から10年後の作品で、エリセは10年に1本しか映画を撮らないと言われ始めたのだった。実際「マルメロの陽光」が上映されたのはこれの10年後なのである。ほんとに寡作。実は、ヴェラスケスの絵画「ラス・メニーナス」にまつわる作品が撮られるということだった。それを聞いてものすごく楽しみにしていたのだが、流れてしまった。あれは残念だったなあ。以降、エリセの映画を観ることはできない。
ちなみに北野武の名作「ソナチネ」にはエリセからのパクリが見られる。
で、当初「ミツバチのささやき」と印象がすごすぎて、「エル・スール」という映画はその劣化版なのではないかと思っていたのだが、何回か観るうちに、いやいや「エル・スール」のほうがいいなあと思うようになった。主人公の女の子はともかく、父親役のイタリア俳優オメロ・アントヌッティがいいんだよね。渋い、味わい深い。昔、映画評論のレジェンド淀川長治は、さる映画祭で、トイレで用を足している最中にアントヌッティが隣に立ったといって大喜びしたことを自伝に書いていたね。
それと映画の中でのこの台詞が忘れられない。自転車で並木道を走り去っていった幼女が、帰ってくるときには高校生くらいの少女になっているというエリセお得意のシーンでの語り。
「私も大人になりました。一人でいることにも、幸せを考えないことにも慣れました」
実は娘は、愛する父親がかつて自分の知らない女性と愛情関係にあり、その女性をずっと想い続けていることを知ってしまうのである。その秘密に触れて、かつて世界にはこの人しかいないとも思えるような存在であった父との関係は大きく揺らぎ、まだ幼女とも言える娘は、父との間に溝をつくっていく。この台詞のようなシニカルな内実は、そのようにして醸成されたものなのである。
それは思春期と言えばいかにも思春期的なものではあり、これもまた自立の現れではあるのだが、そんな事情を知らない父親からすれば、愛娘の変わりようは、不可解であるとともに、いかにも非情で残酷なものだったことだろう。娘にまつわる父親の苦悩が、その生と死にどれほどの影響があったのかは判然としないのだが、父親は自死を選ぶ。ネタバレしてしまうね。でも、エリセの真骨頂は映像であるから、ストーリーは二の次かな。映画は映像がすべてだ。
昔、毎年夏に行っていた心理関係のテニスの合宿の夜、宴席で最近見た映画の話になったとき、ほとんど同時に僕とOさんが「エル・スール」と言ったのを受けて、じゃあ今度観てみようと言ったのがその後精神科医に転じた故・野村俊明氏だったな。その後に会ったときに「エル・スール」は実によかったと言っていた。Oさんとは越智浩二郎さんのことで、この業界で僕がとても尊敬する人なのだが、「エル・スール」なんかもチェックしていたのはさすがだなあと思ったね。この人も故人。
そんな思い出も引き連れてきた「エル・スール」は、ほろ苦くも、やはりいい映画だった。