菅野所長のエッセイ;あなたなら何を?


 

ぼくのいる病棟は、大きく二つに分かれているようで、その一方にはだいたい100人くらいの入院患者がいるのではないかと思う。廊下の端から端、100メートル以上あるかな。病室ばかりではなく、トイレ、処置室、ナースステーションも連なっている。夜中は。この端から端の音が聞こえてくるのだが、まずナースコールが止むことはないな。この僕からして、喉に開いた穴に痰がからむと大変な事態になるので呼ばざるを得ない。それも大分減ったのでよかったなあ。

具合の悪い人だけがいるんだから、夜中だろうが何だろうが不具合が起こるのは当然。でもまあ、ナースの会話にはときに「クレーマー?」といった言葉が紛れ込むこともアルので、そんなふうに思われないようにしなくてはいけないようだ。僕の場合は、その咳以外のことではなるべく呼ばないようにしている。そういう気遣いが通じているのどうか、ナースは「いつでも呼んでください」と言ってくれる。うれしいよねもっとも術後の3日間くらいはこんな余裕はなかった。動けずに朦朧としていたからね。でも、この頭の位置ではよくないとか、頭痛が増すだけだとかはわかってた。でも、調整ができない。

僕の場合もそうだし、みなそうなんと思うが、病院というのは「ちょうどいい」ことがない世界であり、みながそれを探す修行や旅をするのである。どんな頭の高さがいいのか、寝間着の薄さ厚さはどうかとか。そして病人だからみな自分で調整する力が不足しているので、そこですごく苦労するんだと思う。ぼくはこの数日で、この力をかなり身につけたかな。医師のしてくる処方を自分の経験から拒否したり、毎回強く主張して、脱水の危機から我が身を救ったと思う。

で、肝機能低下とか、血尿とかの事件もありつつ、たぶん4日には経口で食事をとれるかもしれない。とにかく冷たい水を口から流し込みたい欲望に全身取り込まれている感じであるからして、この日に何を飲み、何を食すかはもう国民的な行事などよりもはるかに重大なこととなっている。今日抜け出してコンビニを覗くと、「ガリガリ君のレモンスカッシュ」というのがあった。おれが買うまで誰も買うなよと、韓国人よりも強く不買の意識を持った。

水もどうだかな。カルピスウオーター白桃なんかのほうがいいんじゃないかとか、まず味の方はわからんのに馬鹿だなあと思うのだった。

まあいい。先週も競馬は負けたが、いまのところガンには勝っているのだ。