菅野所長のエッセイ:覚悟が足りない


吉田式とかいうチューブのおかげで呼吸がずいぶん楽になった。それでも痰が詰まることはあるが、今のところチューブを取り外せばすぐに解決している。装着も簡便なのでありがたい。

しかし、私の主治医はこのチューブが好きでないようだ。喉孔に接して壁肉を刺激するので、いつまでも炎症が続いてしまうと考えている。たしかにそうかもしれないが、患者の側からしたら、窒息死の恐怖から逃れられるほうが大事ではないのか。これがないと、外出時、睡眠時には必ず大変なことになるのだ。僕が眠れない理由とは、必ず襲ってくる呼吸困難のせいで、吸痰器から離れられないことだ。だから、寝室には行けず、ずっと狭いソファで横になっていなければならない。しかも、横になって同じ姿勢を続けていると必ず気道が塞がってくる。悪循環だなあ。ところが、チューブだと気道が改善されるので、同じ姿勢でいられ、それが睡魔を誘う。とはいっても、1時間から2時間かな。連続して眠っているのは。でも、入院の時も同じだったからいい、僕としてはそれと同じくらいにはなりたい。

 

実は今日は職場に来ているのだが、家を出て3時間、いまだ呼吸に大きなトラブルはない。気道が詰まるようになってから、こんなのは初めてだ。これならだいぶ何とかなると思えてきた。

 

こういう苦しみを味わっていると、やはり自分自身で考え工夫することが何よりも大事だなと実感する。医者の言うことは正しいんだろうが、現実には合わないこともある。それに従っているだけじゃだめだな。小さい頃から親のいうことも教師のいうことも全く無視してきた僕なので、このあたりは自由だ。

 

人口喉孔には、孔の出入り口に人工鼻というものを取り付けるのが一般的である。でも、僕の場合ではこれは塞がりやすいな。だから、少なくとも外出時にはチューブのほうがいい。チューブだけでは乾燥しやすいという欠点もあるだろうから、今日はチューブを装着した上にこの人工鼻をセットするという奇策を用いている。こんなことは誰もしてないだろう。それから、喉摘者にとってシャワーはさらに危険で、そのとき用に装着する喉孔キャップがある。しかし、これを使ったとて、危険はいっぱいな感じでいつも苦しむ。そこで、普通の人工鼻の状態で、喉にしっかりとタオルを巻いて、そこにはお湯がいかないようにシャワーをしてみると、これがいちばん安全で楽である。やってみればもっといい方法があるかもしれない。

 

 

昨日CT検査だった。来週その結果を聞きに行くが、ちょっと怖いね。入院前や入院時、ガンの造影検査は6回やったけど、何だか今回が一番怖い感じがする。悪性か良性かのときよりも。手術が終わってもう安心と思ってしまったからなんだろうな。たぶん覚悟というものが足りなくなるのだ。もう少し安心感の時期を過ごさせてほしかったかな。まあ、「転移はありませんでした」と言ってもらえればいいのだが。しかし、それが終わっても次はPET検査が待ってるようだ。結局、悪性となると、この怖さは永遠に続くのかもしれない。一度幸せになるとそれを奪われるのが怖くなる。人の心は守りに入る。覚悟を補うようなこころの領域が沈下しちゃうのだな。

 

で、主治医も都合により替わるらしい。真面目でちょっと融通が利かない感じだが、好青年だったな。

 

 

僕が入院中にコロナの陽性者はずいぶん減ったが、またここへ来て下げ止まり、あるいはリバウンドとも言われている。ワクチンは2~30万人くらい? 塩野義製のは今年中でも間に合わないとか。ちゃんとした政策も打たずに宣言解除だけしてもろくな結果にはならないのでは?

で、こんな状態でもあいかわらずオリンピックを強行しようとするやつがいるんだから困るね。そう考える国民は約10%。反対が90%。だいたいずっと変わらない数字か。で、思ったのだが、これって戦争前の日本と似た状況なんじゃないの? 一部の軍人と戦争商人の蛮行で国をめちゃくちゃにしちゃう。今回も、一部の政治家と企業だよね。甘い汁を吸いたい人、引き下がれない人、これは名誉欲だな、総じて国益を考えない人、大局を見られない人ということだが。