菅野所長のエッセイ;お医者さんのいけず~入院日記その4 


病院という場所で「ちょうどいいところ」を見つけるために必要なのは看護師という案内人である。が、ポンコツな案内人につかまるとストレスは一気に加熱する。数日前からの僕がそうで、僕の場合はとにかく夜中に咳が出て、痰を吸入器で処理してもらうことである。ところがある夜の看護師は、咳き込む僕に恐れをなし、「マスク着けてください」から始まる。鼻液もあふれでてるので吸入をお願いすると、マスクを口からは外さないでくださいとくる。それらが終わり、しばらくするとまた僕は激しく咳き込むのだ。ほかの看護師ならば、みなただちに処理が終わり、僕がその後にすぐ咳き込むこともない。マスク着けろとも言わない。

結局この看護師は、コロナを恐れるのはいいが、正しく恐れることをしていないのである。なぜなら喉頭全摘をした僕のばあい、口と鼻からの空気の出入りはもはやないのである。マスクも意味がない。では。ほかの若い看護師も皆その理屈をよくわかっているのかと言えば、そうでもない気がする。でも彼女たちは、真夜中に苦しんでいる僕を見て、まずその苦しみから解放させなければいけいないという思いの方が先に立つのだ。つまり患者の立場に立っている。その結果は彼女たちの方が腕がいい。そのおばさん(でもない?)看護師の方が腕が悪い。まあ、カウンセリングの世界でもよくある話だがね。僕も結構ひどい目に遭ってるんですよ。でも、こういう人たちって、自分の正しさを疑わないからやっかいだよね。一生いまの場所から動かない。

とはいえ、10万人に一人の希少ガンを引いちゃう僕であるからして、これくらいのことはなんでもない。以来、昼も夜も、痰の処理は自力でやることにした。必要からけど。これには主治医も驚いてたが、さっきの補液の追加とか、手術後3日には、ぼくのメモ帳に尿道炎の恐れ、脱水の兆候などが書かれている。こうやって自力で調整をしていけないと回復は遅くなるだろう。

それに、セカンド、サードオピニョンのチャンスもありながら、この病院での手術を即断したのは、通っているうちからホスピタリティがとてもいいと思ったからである。あんな看護師はまれだ。

主治医は若くて頼りない感じもあるが、絶対に自分のとこでやることにしたほうがいいと、かなり確信しているフウがよかった。病院内でも威張ってないし、患者にも強制的でない。で、「飲食の件ですが、一日くらい前倒ししてもよくない?」と陰で提案してみたが「いややっぱりそれは明日の結果を見ないと」と拒否された。それまでは「まあ、この具合なら大丈夫だと思うんですけどね」と言ってたくせに。いけず。

しかし、この手術では、気道と食道の完全分離は大きなポイントらしく、明日の検査で食道側から気道への漏れがあったら、再手術まであったり、入院は長引くのである。それを聞いてこちらも身が引き締まったね。

「やっぱり、医者は原理主義者じゃないといかーん」

とはいえ、明日は大丈夫だと思っている僕は、すっかり計画を立て終わった。タクシーで抜け出して池袋に行き、タカノフルーツパーラーへいくのだ。そして、ジュースと盛り合わせを頼むのだ。味がするのかしないのか、果物苦いかしょっぱいか、

なんとなく自決に向かう気分だな。