菅野所長のエッセイ:怒りの記憶


穏やかな海ならば航海士の腕は問われないが、ひとたび荒海に出ればそうではない。新型コロナのパンデミックという事態に出くわしてそれがあらわになったことは、もう誰の目にも明らかだろう。ろくな対策が打てないばかりか、政権がこれをさらに悪化させていることもどんどん明らかになっている。
北海道と東京で感染者数がほぼ同じという不思議なデータは、地域によって検査数がまちまちであることを示していた。検査をちゃんとすれば感染者の発見も増えるわけで、日本に比べて韓国の感染者数が圧倒的に多いのは、日本の検査数が圧倒的に少ないからに過ぎない。ではなぜ?

一部の医師の言によりわかってきたのは、国立感染症研究所の存在だ。これは厚労省の管轄、外郭組織とと言ってもよい。感染症についてはつねにここがイニシアチブを取るわけで、たとえば、ダイヤモンドプリンセス号への対応、PCR検査の施行等もここが主導権を握る。PCRについては、民間に委託することによって保険適用が可能となり、そうなると検査数が伸びるはずなのである。しかしながら、研究所は、民間に委託することで主導権が薄れること、とりわけ自分たちだけが占拠できるデータが拡散してしまうことを怖れたと推測される。クルーズ船への不可思議な対応に見られるように、感染の拡大を抑制するという目的以外のことが彼らにとっては重要であり、その結果がさらなるパンデミックを起こしていると考えられる。
ここで多くの人は、医師や専門家がまさかそこまでしないでしょう?と思うかもしれないが、さにあらず。現場の医者はともかく、研究タイプの医者とはだいたいそういうものだ。

昔、阪神淡路の震災のとき、その1カ月後に僕は神戸の避難所を巡っていた。避難所はだいたい学校か市民会館、公会堂である。当時、臨床心理士会は、現地の心理士をリーダーとして、避難所を巡回していた。その本部長のT氏やK氏とともに避難所に行くと、いくつかの避難所には立ち入りが許されなかった。なぜなら、そこは**大学医学部チームの縄張りだからであって、いくら専門家であってもそれ以外の人間は活動を実質上禁止するということなのである。当時の神戸には大学や研究所の数だけそうした避難所があった。彼らは学会や論文に発表するためにそこにいる被災者を囲い込み、データを集積するのである。それはまた純粋な研究という意図ではなく、名声や出世を目的としているというものであり、自分たちだけの手柄にするというものなのである。
一方、全国各地から、自腹、手弁当で駆けつけ、できるだけ多くの避難所を回り歩き、少しでも被災者のお役に立てばと考える心理士からすれば考えられないことであった。それを聞かされたとき、驚きはあっという間に通り過ぎ、僕は怒りに震えた。
けれども、僕の横で、被災者でもありながらも本部長として活動していたT氏は「しかたないよね」とポツリと発した。その響きから、僕なんかよりもはるかに怒り、憤りを覚えながら、しかし、そのどうにもならない虚しさを冷静に受け止めている彼の心が伝わってきた。彼に比べれば、僕の怒りは安っぽい。そんな環境の中で、葛藤を抱えつつ、自分にできることは何かを考え、それを着実に実行していくことが大事なのだ。
とそんな昔のことを思い出せば、自分はそのときの怒りを忘れていないことがわかる。これはいいことだな。もちろん、仲のいい医者、尊敬する医者もたくさんいるけどね。すべての医者がこうだというわけではない。それでも、医療とは袂を分かった心理士だけの組織をつくろうと考え、TCCを構想した背景がこの記憶にもあるのは間違いない。

とにかく、台湾や香港、シンガポールといった諸国が対策費として3000千億から5000億を計上しているのに対して、日本政府は150億だと。東京都が400億。国難に対して何もできない、何も考えてない政権下にあるのは不幸だよね。