いまいちばん立派な人


この季節は、昔の中国の暦の考え方から「七十二候」と言うのだそうだ。木枯らしが吹いて葉を落とすような季節、本格的な寒さの前段階である。とは言っても、中国の内陸部は日本よりも格段に寒いけどね。
今週僕の関心を引いたのは、大好きなBS「世界ネコ歩き」。能登半島の漁村に住み着いている野良ネコたちの回だ。桟橋に船が帰ってくると、ネコが集まってくる。もちろん目当てはとりたての魚である。村はだいたいがおじいちゃんが漁をして、それを待ち受けるおばあちゃんが仕分けする。このおばあちゃんたちがどんどんネコに魚をあげちゃうのである。だから、野良ネコたちはみな丸々と肥っていて、人間なら明らかにメタボ状態。要検診だな。

しかも、魚を選ぶ。カワハギやグレなどは一瞥するだけで食べようとしない。彼らが口にするのはアジである。目の前に投げられたのに、食べようとしないカワハギやグレを狙って、近くに住むトンビが急降下し、あっという間にそれをさらっていく。目の前で魚を取られて驚くネコだが、別に恨めしげな様子でもない。アジでなければいいのだろう。僕もアジが好きだが(とくにアジフライ)、ネコもまたそういう味覚なのかと思った。
それにしても、なんとなく違和感を覚えるのだが、まあ年寄りの慰みになっているのだからいいのだろう。
一方、香川県の新屋島水族館では、変な芸を持つアザラシがいて、何をするかというと、傘を握って、ただ突っ立っているのである。それが面白くてひじょうに人気があるらしい。動物らしくない芸というのは、実は僕はあまり好きではないのだが、これもまたそれを見て喜ぶ人がいるのだからいいといしょう。

 

ああそうか、どちらも野生を失っていることが僕は気に入らないんだな。

 
さて、先週女子ゴルフで渋野日向子が逆転優勝。最終戦に賞金女王の可能性を残した。強敵は鈴木愛と申ジエ。とくに鈴木愛との一騎打ちをマスコミはあおる。鈴木は4週連続優勝を渋野に阻まれ、その圧倒的な人気にも嫉妬してか敵愾心がメラメラ。ものすごく気合いが入っているに違いない。何しろ鈴”気合い”って名前だからな。
アメリカにいる畑岡を除いて、鈴木と渋野は現在日本の女子プロの双璧であるが、二人はあまりに対照的。鈴木はとにかく勝つことがすべてというか、失敗するとカメラの前でもファンの前でも悔しさを隠さない。その不機嫌顔、ふてくされる態度により、嫌う人も多い。私の周囲などは皆そうだ。一方、渋野は「スマイリングシンデレラ」と命名されたように、いつも笑顔でいるように努め、ファンサービスも欠かさない。こっちはみんな応援している。
全英女子を勝ち、一躍ヒロインとなった渋野は多くのインタビューに答えているが、特徴的なのは戦う動機である。彼女は全英を勝って「周りの人がすごく喜んでくれた」ことに驚くとともに、人に喜んでもらうためにがんばりたいと語る。鈴木と渋野の決定的な違いがここにあるように思う。
プロゴルファーのほとんどは、小さなときからゴルフ一筋にやってきていて、個人競技としてのゴルフに邁進しているのだが、渋野の場合は、中学までソフトボールに重心を置いていた。集団競技の経験があるわけで、それは彼女のメンタリティに影響を及ぼしているのだろう。
そして、「自分のために」よりも、「他の人のために」戦うほうが強いと僕は思っているのだが、はたして結果はいかに?
そしてあれだな。東京都美術館での「コートールド美術館展  魅惑の印象派」だ。12月15日までなのでうっかりすると機会を逃してしまうところだ。
感想としてはまずまずか。あんまり好きじゃないのにセザンヌ多すぎ。でもセザンヌ好きにはいいんだろうね。僕はセザンヌのほとんどの作品と言っていい風景画が好きじゃないのだ。でも、今回は「カード遊びをする人々」があって、これはなかなかいいと思った。

例によって、観たい絵は決まっているので僕の鑑賞時間は短い。じっくり観たのは、セザンヌがその1点、ルノワール2点、ドガ1点、マネ1点、ブーダン2点 だったな。80以上の展示があるのに僕にとって価値があるのはこの7点プラス2くらい。いつものことだが、それで十分。
ドガは駄作が多いといつも思うが、今回の「舞台上の二人の踊り子」は丁寧に描いたもので素晴らしい。よほど体調がよかったのか、女遊びを断っていたのかもしれない。
ルノワールの「春 シャトゥー」は、多少ルノワールらしくないとも言えるが、僕は好きな絵だな。これ家に飾りたい。「桟敷席」はまずまず。この手の絵だと、あの「ムーラン・ドラ・ギャレット」があるからなあ。つい比較してしまうので。ブーダンにかんしては、好きだから見てしまう。今回の2点も悪くはないが、この間バレル・コレクションを観てしまったからねえ、あっちにはかなわない。
で、今回の目玉、マネ「フォリー=ベルジェールのバー」なのだが、うーん、何とも言えんね。マネは崇拝するヴェラスケスの影響を受けてこの絵を描いたとされる。確かに力作だが、ヴェラスケスの圧倒的な画力と比べると落ちるし、その構想もさしてシャープではない。でも、それまでのマネの絵と比べると断然よいね。マネ最晩年の作だが、さまざまな実験を終え、ヴェラスケスを知り、画家としてのマネはここからが本領を発揮できるのではなかったのかと思えた。そうそう、「草上の昼食」もあるよ。
「桜を見る会」にかんする野党の追求は、焦点がぼけていくというか、拡大していくというか、スッキリしないなあ。しかし、おそらくこれは小さな事件ではない。あの証拠資料の露骨な隠蔽工作を見ると、僕らが思っているよりもやばいことをしていると思える。いろんな選挙法違反を犯しているんだろう。まあ、首相、官房長官とも蛙の面にション便という風情だ。官僚たちも良心があるなら内部告発しなさい。それにしても、政治家も官僚も自分の腐臭に気づかないものなのだろうか。

 

 

来日したローマ教皇が日本の核への姿勢を糾弾したな。唯一の被爆国である日本が核軍縮の重要な役割を取らなければならないとの正論に、そんな気はまるでない首相はいけしゃあしゃあと賛同した。核兵器禁止条約にさえ参加していないことは教皇も承知。心の中ではさぞかし呆れたのではないか。だから帰国時に原発再稼働の安全にまで口をはさんだのかも。ここまで言うのは珍しいのではないのか。
再稼働を目指す女川原発では、その経費が340億だということだ。東北電力はそれでも、稼働すれば年間35億ほどの経費削減が見込めると主張。つまり、10年経てばその経費はチャラになり、20年30年経てばもっと削減になると言いたいのだろう。しかし、そんな皮算用はもう意味をなさない。安く済むがうたい文句の原発だが、どこもかしこもとにかく金がかかるのはこれまでの事実から明かだ。故障ばかりしているエコカーのようなものだ。
それでも執着するのは、これまでに多額をつぎ込んできたからである。つまり原発ジャンキー。やめられないわけよ。止めどきを完全に見失ってしまった。かなりのジャンキーだなあ。
僕の競馬、ギャンブル依存もそうだ。しかし僕の場合は何とかコントロールできる。なぜなら、政権や電力会社よりは聡明だからだ。

 

とはいえ、、いま日本で一番立派な人は若干20歳の渋野日向子ではないかと思えるのだった。

 
というわけで、聡明なくせに秋華賞以外は負けてばかりの秋のGⅠ。懲りずに、今度はダートGⅠのチャンピオンカップ。中京競馬場でのタフなレースだ。でも有力馬多すぎ。③チュウワウィザード⑪ゴールドドリームを中心にして、⑤クリソベリル⑧ウェスタールンド⑥オメガパヒュームまでにしようか。ダートレースの中でも、ディープ系が来る傾向があるということなので、⑧ー⑪からの馬券も買ってみよう。