菅野所長のエッセイ:みゆきの拷問


今週はなんとか無事に務め終えた。一週間ちゃんとやるというのは久しぶりのような気がするのだが、それくらい今は自信がなく不安だ。大事なことは睡眠時間を十分に確保することかな。それ以外のことはよくわからない。
つくづく普通の人が当たり前にやっていることを、当たり前にやるというのは大変なことだ。こんな自分がよく長い間仕事をして来れたものだな。今の自分がそうであるように、年をとるというのは、周りに迷惑をかけながら生きることなんだろう。そうしないようにとは努めるのだが、でもどうにもできなくなる、それが年寄りというものだ。まあしかし、僕の場合は若い頃から周りに迷惑をかけ放しではあるなあ。あまり変わってはいないということか。
「桜を見る会」が急きょ中止となったが、森友や加計などよりも、これのほうが安倍政権の体質をわかりやすく説明するものかもしれない。あらゆることにかんしてやりたい放題の私物化なわけだ。後援会の接待を官費でやっているのは明らかだから、さすがに御用ジャーナリストたちもかばいきれないようだが、それでも共同通信の田崎などは、「すぐに中止にしたのは、すぐれた内閣だ」と思わず口にしてしまうのが笑える。
昔の読売ジャイアンツみたい。横紙破りの江川のドラフト指名はもちろん、巨人びいきで有名だった平光審判はワンバウンドでもストライクと言ったり、放送中に何回「巨人」と言うかで小遣いを稼いでいた解説者の青田とかいたり、ときの強者に与することで利を得る者もたくさんいる。そうした有象無象を多く取り込んでいるからなかなか崩壊しないということもあるのだろう。
労災の認定項目にパワハラを追加することになったらしい。すでに実質的にはパワハラ単独の要因で労災認定は行われているのだが、明記したほうがいいとい判断なのだろう。当然だ。いちばん深刻な問題だからね。5月にはパワハラ法案といってよい改正法が成立しているわけで、こういったものの抑止効果に期待したいところだが、パワハラの問題は、歴史的にも構造的にも根が深いからなあ。どれほど効果があるのかはちょっと不明だ。それは教育現場を考えればわかりやすい。教師の質が問題だとかというレベルではないのは明らかなように、上司管理職の意識の問題にフォーカスを当てるだけではどうにもならないことなのだ。
政治もしかり。議員の倫理や矜持に訴えたところでどうしようもない。大きな仕組みから変えない限りはまともにはならないだろう。とは言え、たとえば国民やごく少数の人間がそれをできるわけではない。私たちにできることがあるとしてもそれは微々たることだ。でもまあ、できることをやっていくしかない。
先日、日本在住の、一人の若い韓国女性が、チョゴリを着て街中に立ち、フリーハグ活動をしているのを知った。悪化していく日韓関係にあって、自分に何ができるかを考え、これを思い立ったという。立派な人だなあと僕は単純に思ったのだが、当初はネットなどで「意味がない」とか「偽善」とかの非難があったらしいのだ。ほんとにこういうことを聞くとSNSなどこの世からなくなればいいのにと思ってしまうな。そういう連中には、24時間眠ることを許さず、中島みゆきの「ファイト」を聴かせ続けるのはどうだ。
明日はマイルチャンピオンSだな。歴史も浅いし、あまり当たった記憶がないレースだ。
本命サイドなら①ダノンキングリー⑤インディチャンプ⑭ダノンプレミアムの3頭なのだろうが、人気薄の馬券も絡めたものにしたい。で、その3頭に②グアンチャーレ③マイスタイル④レッドオルガの3頭を加えた3連複ボックスをまずは買ってみる。