バッシングの真実


先週このコラムがなかったのは、出張とか、身体の調子が悪いとか、競馬に負け続けてふてくされたとかではなく、野暮用で東京に来たという友人が「飲みに行こうよ」と誘ってきたからです。前もって言っといてくれればねえ、まったくもう。
となると、友人を待たせたまま、コラムを書くわけにはいかないので、まあしかたなかったと。半分くらいは書いていたのだがなあ。

今週はちょっと危なかった。水曜の夜に、急にめまいが来て、気持ち悪くなって、汗をかくほど熱が上がって、どうしたのだこれはと思ったが、前にも同じ状態になったことを思い出した。あれは去年のことだったか、ノロウィルスにやられたときだ。記憶にも生々しい。ああ、またこいつかと思ったが、前のときよりも軽い感じである。とにかく一晩寝て様子を見ようとなり、翌朝には気持ち悪さもめまいもだいたい収まっていた。前回は3日間治らなかったけど、今回は動けないほどじゃないので、頭がボーっとするが仕事には行けたのだった。

やはり、抵抗力の低下だよね。この調子では、人生初のインフルエンザ予防接種もしなきゃいけないのか?

毎度毎度バカバカしいと思うのだが、シリアで3年拘束されていた安田純平氏へのバッシングがすごかったな。とは言っても、前のボランティアのときよりは静かか。というのも、フランスではわざわざ大統領が出迎えて労をねぎらうという、日本とは真逆のシーンを多くの人が見たからかもしれない。ジャーナリズムに対する彼我の認識の違いに少し気づき、ちょっと待てよとなったのかもしれないな。
でもこうしたバッシングの最大の原因は、日本人のほとんどがシリアのことに無関心で、ほとんど何も知らないということにある。彼がそこに行ったことの意味や意義がわからないのである。これが北朝鮮で捕虜になったとなれば、いくら無知蒙昧なネット住民でも、反応はまったく違うものになるに決まっているからね。前のボランティアと今回のような場合の、バッシングの材料のための「自己責任論」とは、日本人の倫理観と言うより、日本人の無知と無関心から生まれてきているという考え方のほうが適切ではないかと思うがね。「心理」と言うほどのことではない。

さらに、重要なのは「自己責任」などではなく、「社会的責任」である。何と言ってもジャーナリストなのだから。シリアで3年人質として過ごすという、その希有な体験から、何を知り、何をどう分析したのか、シリア情勢の真実の一つを日本人に伝える責任が彼にはあるのだ。実際、国庫から多額の金が支払われたのだろうし、それと対価となるような情報を提供すること、それが彼の役割である。多分後に書籍かレポートとなるのだろうが、会見でも少しはそこに触れて欲しかったね。質問するマスコミにもね。相手はトランプじゃないんだから、真摯に応対するし。

ジャーナリズムへの認識が違うように、国と国との間には深い隔たりがある。韓国での徴用工裁判は、前にもここで書いたように、「あの約束はあのときのものだから。今は違うし」となる韓国人の国民性が為すものだ。ほんとに困ったものだ。いくら謝罪したり、お金を払ってもゴールの場所を変えられてしまうんだから。まあ、今回は韓国の政府も困っているし、国民も全面的に賛同はしていない感じだが。中国とともに、韓国もグローバルな精神性がまだまだ足りないよね。と言いつつ、日本もね。とくに政治意識の低さはかなりひどいのではないか。
先週は、ダートGⅠが3つまとめて行われ、僕は出かけていたのだが、全部負けた。僕の本命は5着、4着、4着である。参ったなあ。
今週はエリザベス女王杯。断然の本命は⑦モズカッチャンだが、夏の疲れから調整過程がさほどよくない。で、⑤レッドジェノバにも対等の評価をしよう。あとは⑫リスグラシュー、⑬ノ-ムコアと続き、⑧カンタービレ、⑯コルコバード、⑪スマートレイアーまでか。
⑤⑦⑬の馬単ボックスもいいかな。そろそろ当たってくれ。