菅野所長のエッセイ:一年の日々


今週はあれだな。高良さんが亡くなってちょうど一年。
振り返れば、あの頃の自分はどうしようもない感じだった。命日にはどこかで飲んでようかなとも思ったが、それもせずにいつもと変わりなく過ごした。
今週は平生よりも濃い目に思い出すのだが、なんとなくぼんやりと思い出している。たぶん誰かと話したりすると違うのかもしれない。もっと鮮明な記憶が甦るのかもしれない。

とにかく、あれから一年が経ち、今はふつうに毎日を送れている。この一年で自分が何か変わったのかと言えば、まるで何も変わっていない。しかし、退歩もしていないかな。評定する第三者もいないので何とも言えないけど。まあ、年齢的に進歩などあまり望めないのだろうが。
その点、若い人は違うはずだ。もうすぐ平昌オリンピックだが、今回の日本はなかなか大したものだ。スピードスケートの小平、スノボの平野に加え、世界ではいつも銀銅がいいところだった複合の渡部暁斗が最近3連勝とか。ちょうどBSでこの人の特集をやっていて、ちょっと感動ものだった。

ストイックはストイックだが、目指すレベルが高いこと高いこと。スポーツ選手であるが、見かけによらずかなりの哲学者なのである。キングオブスキーと呼ばれる競技であれだけやっているのだから、そりゃメンタルもすごいに決まっていると思っていたが、予想をはるかに越えていた。かつて日本のスポーツ選手の中でこんなのいたか? いや、間違いなくいなかっただろう。何しろ自分は「科学の先をやっている」と言ってのけるんだから。そして、もはや金や銀という結果にもさしてこだわっていなく、ひたすら競技の本質に迫ること、これを極めることに邁進しているのである。
いいねえ。おこがましいが、僕と同じじゃないか。ほんとにおこがましいけど。
それでも金が取れるとは限らないが、小平ともども、何の疑問もなく応援したい。
こんなふうにオリンピックを目指して、この一年確実に向上した選手がいる一方、ジャンプの高梨沙羅ちゃんが悲しい。飛び級で大学に行ったのが良くなかったんだろうね。彼女が化粧に精を出している間に、同い年のルンビやアルトハウスはどれほどの鍛練を重ねたのだろうか。そして故障していた超ベテラン34歳のイラシュコシュトルツは、復帰して2戦目のW杯に、若い彼女ら全員を抑えて優勝してみせた。かつて高梨にまったく勝てず、高梨をサイボーグと呼んだ彼女もまたこの間、復活に向けての炎を燃やしていたのだ。ほんと、これが競技の世界というものだな。

高梨沙羅は今までの貯金があるので3位とか4位は可能だけどね。しかし、すべての結果が出てから後悔してももう遅い気がする。一度緩んでしまった心では、次の4年に打ち込めるほどのモチベーションも心の準備もなかなかできないだろうし。このままでは、これが最後の五輪となるかもしれない。でも負けるのがいけないわけじゃない。負けてもまた立ち上がること、挑戦することが大事なんだよね。もし、やる気ならば、ひとまず小平か渡部に弟子入りすることだね。

一年という単位は長いのか短いのか、よくわからないけど、がんばれば相当のことができる時間ではある。とくに若いうちは飛躍することがあってもおかしくない。でもそのために必要なのは何だ?
最近ではモチベーションとか言うけど、違うね。そういう軽いものじゃない。一言で言えば覚悟。覚悟と言えば、危機感あるでしょ。背水の陣、そういうふうに追い込まれる、自らを追い込むことでしょ、きっと。

と書いているうちに、このところの自分には危機感があまりないなあと思った。今までずっと、なんやかやで危機感を持ってたよなあ。傍目にはわからないかもしれないが、必要以上に持ってたね。そこらへん強迫的だから。
不調続きのゴルフでは、最近とても危機感を持ってる。だから、ほとんど変えないのに、新しいクラブ買ったりしたんだけどね。しかし、渡部をもっと見習おう。ということで、次の分の原稿を早々に書いたのだがね。