菅野所長のエッセイ:天国への年賀状


仕事は今日で終わりである。とても嬉しい。
明日の夜は、音友と年末恒例、PUSHIMのビルボード・ライブに行って、それで今年のイベントも終わりだ。

遅めだったが、年賀状ももう書いた。でも、去年の賀状を見て住所を確認しつつ書いているうちに、高良さんからの年賀状が出てきた。何の心の準備もしていなかったので、ハッとしてしまった。賀状にはいつもの字で、息子たちが会いたがっているから家に来いということと、そのまえに大きく「ま、いいか」と書かれてあった。確か正月にこれを読んだときも思ったのだが、来たるべき自分の運命を受け入れていたのだろうなと。今となってはその真意を訊くことはできないけれども、いつもの楽天的な「ま、いいか」、レットイットビーとはちょっと違う。
彼はいつも「なるようになるさ」とか「楽しく行こうぜ」といったことを賀状に書いていて、いつもそれを彼らしいなと思い、正月から気持ちが温かくなったものだ。もう来年からはそんな賀状も来ないのかと思うと、あらためて寂しい気持ちがわいてくる。今年はとにかくそういう年だったな。自分の人生でももっとも悲しい年だったかもしれない。

しかし、人には忘却という便利な機能がついているので、もう高良さんの夢を見ることはないし、思い出すこともそんなにはなくなっている。しかし、今の自分、これからの自分を、彼が見てどうも思うのかということはいつも考えていたい。とりあえず、明治の若い人には代わりにきびしいことを言ってやったぜ、「児童心理」にはなかなかユニークな原稿を書いたぜ、今も次のを書いてるぜ、今度のも面白いぜ、もう年で、年金の手続きもしたけど、まだまだがんばっちゃうからねと、もし年賀状を彼に書けるならば、そんなことを書いてみたい。

さて、有馬記念。ルメールマジックとしか言いようのない、2着にクィーンズリング。すべてパーだ。今日はもっとも意味のないGⅠホープフルステークスだったが、これまた大きくマイナス。もうダメだあ。
しかし、明日は大井競馬でGⅠ東京大賞典がある。⑤アポロケンタッキーからの馬券で最後の勝負。今年もやっぱり最後までバカなままだ。

ということで、よいお年を。