菅野所長のエッセイ:彼我の違い


この間、関西に行ったときに多少眠れるようになってから、まあまあ寝付きはよくなったのだが、でも、すごく早い時間に起きてしまうので、昼間は寝不足気味だ。まるで眠れないよりいいのだが。

先週の安田記念は、やや人気薄のロゴタイプが2着に来て、3連複、馬単といい配当になった。ロゴタイプが1着なら、3連単もとって、もっとご機嫌な結果だったがまあしかたないかな。オークス、ダービー、安田記念とGⅠだけなら勝っているのだが。予想はうまいが、馬券が下手。これでGⅠレースは宝塚記念だけとなり、ここでのお披露目は前期はあと一度だけとなる。

今週は暇なので、早めに原稿を書き上げのんびりと過ごしている。ストレスフリーなのだが、でも面白い日常ということでもない。来週末には札幌に行くから目下の楽しみはそれかな。贅沢なことを言ってるとも言えるが、この間の論文みたいな原稿をやっていたときのような気持ちの張りはないね。おりしも一年でいちばん嫌な季節にはいるし。

さて、文科省では次々と小さな反乱が起こっている。政権はひたすらやり過ごそうとしているが、内心は穏やかではないだろう。ここまで不正が明らかになってくると、普通なら倒閣寸前になってもおかしくないと思うのだが、司法制度の弱い日本では政権側の人間にどれだけの良識や良心があるかにかかっている。
僕が見てきた限りでは、この政権は歴史上最もそこが欠落してるように見える。かつて”闇将軍”といわれた田中角栄でさえ、追い込まれていくうちに顔面神経痛になったものだった。そう考えると、昔の政治家のほうがまともだったということか。当時はとても考えられなかったけどね。まあ、ある頃から、ああいった人間が増えていることは事実なのだが。石原からの三代都政と似てるな。

一方アメリカではFBIの”前”長官が公聴会でいろいろとしゃべってくれた。動かぬ証拠というのはない感じだが、公然と体制批判ができるところはアメリカと日本で大きく違う。日本では前川”前”次官の招致ができないものね。
こうなったら現役の役人が勇気を持って出てきて欲しいもんだ。文科省は倫理や道徳、モラルを司る省でしょ。財務省とは違うところを見せて欲しい。1,2年前のことを覚えていないとしたら、相当のバカが国家公務員になっているということになるしね。そして、「知らぬ存ぜぬ」と言い続けることが恥ずかしくないんだろうか。自分の子どもの前で何と説明してるんだろう?

と、同じような事件に対する日米の差を考えると、やはり欧米には神という存在があり、それが法というものに降り立っている感じがするね。ああいう場で嘘をつくことは神に背くことにつながってるんだろう。日本ではそういうものはないからな。文科大臣の会見では、国民の声があったから追加調査をするといったが、それがなければやらないということになる。ま、相当電話やメールが来ているんだろうが。

先日、某ジャーナリストに強姦されたと実名で出てきた女性がいたが、あれもその経過を聴くとおかしな話だ。でも、この元TBSの山口という人は、森友問題の時にテレビによく出てたが、完全に安倍寄りである。これまた「官邸の最高レベル」からの介入があったんだろうなと僕は見ているけどね。

そういえば官房長官の逃げ口上として「仮定の話にはお答えできない」というのがあるが、防衛問題なんかはすべて仮定の話でしょうに。仮定の話で何兆も予算を立ててるじゃないの。記者もそんな言葉に納得してちゃいかんだろ。

とまあ、この政権についてはほんとに困ったものだが、ほんとの国の危機っていうのは、北朝鮮の脅威とかいうものじゃなくて、こういう人間が増えて、それが国を動かすということだよね。会社と同じでさ。困った上司に悩まされ、たくさんの会社の内実を知るとそういうことがよくわかるんだ。