菅野所長のエッセイ:印象について


生活する上で、大きなはさみはとても便利である。僕の場合はちょっと大きなゴミを寸断するために重用している。この前、携帯を紛失した頃に、このはさみもなくなったのだが、数日後何とカバンの中から出てきた。何かの拍子にするっと入ってしまったのだろう。どこを探しても見つからないはずである。無くしものというのはたいがいが気づかない不注意によるものだ。

文科省でもそういう書類が「確認できない」と言う。巧妙なのは決して「ない」とは言わないことだ。これについては、前川前事務次官が直近のインタビューに答えて「見つからないように探すんです」と言っていた。その前にこの人が文書を公表した次の日くらいには、読売が政権援護の醜聞を一面に上げたが、この記事によって、内閣には相当知られたくないことがあるんだろうなと思った。そしたら、首相一人が仲いいだけでなくて、その取り巻きもみな加計学園とはズブズブの関係にあることがわかってきた。

この事件、森友の時よりも問題は小さいと言われているが、僕はそうは思わないね。あらゆる情報が、首相による国の私物化を示しているよね。もう首相ではなく、大統領でもなく、国家主席の感覚だな。そのためには憲法も邪魔だから無効化しようとするわけでね。

かつて加計学園で役員をやり報酬をもらっていたことを指摘された首相は、「はじめから私が便宜を図ったかのような印象操作をしている」と抗弁していたが、明白な事実を指摘することが何で「印象操作」になるのかさっぱりわからない。

で、思ったのだが、森友、加計学園と続くなか、首相周辺はどうしようかと何度も話し合いをしているはずだ。もう謀議と言っていいと思うが。そんな中では「印象操作」という言葉がよく使われているんじゃないかと思うんだよね。だって、前事務次官の醜聞を読売にリークするなんてのはそれ以外の何者でもない。同じく、小池都知事に対しても「決められない都知事」というキャンペーンをしているし。周辺3知事が首相と面談したニュースもそうだし。「ここは印象操作でごまかそう」「読売さんにも協力してもらって」と。まあこの辺の手練手管は野党にはなかなか真似できない。

確かに印象というのは大事だ。自民の策が功を奏したところもあってか、このところの都民ファーストの会、小池都知事の支持率も下がってきている。僕が思うに「都民ファーストの会」というネーミングが悪い。政党という感じがしなくて、どこかの同好会みたいだ。実際、候補者は素人ばかりだし。都知事も、当初の高支持率にちょっとあぐらをかいてたと思うね。あるいはブレーンの能力が低いのも見て取れるが。

ただし印象というのは、よく知らないことに寄りかかった認識である。僕なんかもたいがいは印象が悪い人間だ。「すごくわがままで勝手で我が強い」、そんな印象を持たれていた(る)のではないかと思うが、本質的にはその通りなので特に不満はないものの、人の中に入ったらそういうことはあまりない。むしろ誰よりも献身的によく働くほうだもの。集団の中にあっては私利はほぼ捨てている。そういうところを知らない人がそんなことを思うんだろうね。実際、印象と全く違っていたので驚いたといわれたことが何回もある。だから、何事にも、無知であるとそういう印象操作にはめられやすくなるわけよ。

さて、先週の関西行きではよく眠れたのが収穫だった。一日目は12時ごろ、2日目は10時ごろに寝ちゃったもんな。ダービーは3連単でも100倍くらいしかつかず、ガミったが、最終レースに目黒記念があって、こっちは人気薄の単勝(19倍)と馬単(90倍)をゲット。土俵際で踏ん張った。

今週は安田記念。これはもう4週連続GⅠ勝利がかかるルメール騎乗の⑮イスラボニータだ。対抗はGⅠ3勝馬⑯ロゴタイプ。⑯からの馬単もいいな。まずは、この2頭の3連単マルチ。相手は⑰ヤングマンパワー⑱ステファノス⑥レッドファルクス。次いで④アンビシャス⑧エアスピネルだが、買いたい馬がみな大外というのがちょっとなあ。とにかく、勝つのはイスラボニータかロゴタイプと見て馬券を買おうか。