菅野所長のエッセイ:情熱の種類


2019.08.22

明日から出かけちゃうので、今日書いてしまいます。

このところ行き帰りの電車で呼んでいるのはローラ・カミング著「消えたベラスケス」だ。読み応えがありすぎるほどあるので、今回は2回目となる。ドキュメンタリーともミステリーとも言えるものでとても面白い。

主人公は19世紀のイギリスの書店主ジョン・スネアという人物なのだが、スネアはあるオークションで、17世紀にベラスケスが描いたと思われる肖像画をたった8ポンドで競り落とした。当時イギリスではベラスケスをよく知る人間はほとんどいなかった。しかし、署名がないなど、その絵が本当にベラスケスのものかは定かではない。スネアは自信の人生を賭ける思いで、当時のことを調べ、有識者に尋ね、確信を深めていくが、絵を本物と認めない者からの攻撃にさらされる。イギリスやアメリカでも一般の人たちのために展示し、それなりに人気を博するが、それでもつねに専門家筋からの攻撃に遭い、裁判にも発展し、その所有権までも危うくなっていく。

貴賤の色濃い社会で、画壇においては無名でちっぽけな存在でしかないスネアの、たった一人の戦いと苦悩とそれをやさしく見守る著者のローラ・カミング。
カミングもまた、スネアと同じような情熱で、かぼそい情報を拾い集めてスネアの足跡を追い、謎の多いベラスケスについてと、現存しているのかもわからないその絵がベラスケスのものであるかどうかを分析していく。
ああ、こうやって粗筋を書くだけでちょっと興奮してくるなあ。今回は2回目なので所見よりもわかりやすく頭に入ってくる。旅の終わりには読み終わっていることだろう。

しかし、僕にはどうも理解できないのは、スネアの情熱である。自分だったらそこまで情熱を傾けるのだろうかと疑問だ。これは価値のあるものだ、わかって欲しいという気持ちは理解できる。でも、それって、他人の描いたものじゃない?と思ってしまうのだ。自分のものならわかるけどね。

たぶん収集家というのはそういうものなんだろう、と思うしかない。僕には収集の趣味とかないのだが、その理由がわかった気もする。僕にとって大事なことは、自分が何かを創り出すことなのだ。仕事もつくるものなんだよね。振られることでもなく、見つけることでもない。
絵画の世界というのはけっこう謎だらけなのかも。この頃思ったのは、円山応挙は人気があるが、その師である石田幽丁は何でまったく人気がないんだろうということ。先日、静岡でその謎を突き止めてみようと思ったのだが、荒天のはずの天気が良くなってしまい、ゴルフをやることになってそれができなかった。残念。

ああ、そうだ。もう一度海外に行くとしたらやっぱりスペインだな。マドリッドだな。それで毎日プラドに通うの。スペインはすごいな。絵画ではベラスケス、映画ではビクトル・エリセ。

そういえば、ブエルタ・ア・エスパーニャがそろそろ始まるのではないか。あのすべてをオレンジ色に見せるようなアンダルシアの陽光は今年も健在だろうか。

 

菅野所長のエッセイ:大事なことは守らなきゃ


2019.08.17

今週、あのブログでは、こういうテーマは書かないのか?と複数人から言われた。確かに気になった時事ネタはたくさんあるわけだが、書く段になると切り捨てることもある。妙に書きにくかったりする場合もあるし。
しかし、そう言われると、もう古いネタではあるが書いてみようかという気になった。で、今回はそれで。

まずは、「闇営業」から始まった吉本のドタバタかな。これは渦中の中心にいたあの芸人があまり好きじゃないので書かなかったな。それと、いち早くビートたけしが見事なコメントを出したのでもういいかと。
「猿回しの猿が悪さをしたときに、猿に謝らせてどうするんだ」
いやあ、もう言うことはない。会社サイドは、世間を騒がせたと謝罪会見を開き、相応のペナルティを発表すればそれで事足りたのだ。あの程度なら、斡旋している入江某はクビでいいが、宮迫某には謹慎一年、他は半年くらいが妥当だろう。
高校野球、花巻東の大谷以上の逸材と言われている佐々木投手。岩手県の決勝で監督は彼に投げさせなかったことが物議を醸した。学校には非難の電話が殺到したとか。
これは監督が文句なく正しい。彼の将来を思えば当然だな。何でこんなに勝利至上主義者が多いのか。これに文句を言う奴は、かつて星陵高校時代の松井の4打席連続敬遠も肯定するのだろうか。他の含みはない結論なので書くまでもないと思ったのかな。
そもその高校野球なんだから、高野連は投球数制限を設ければいい。高校生だから80球くらいかね。だって巨躯を誇る大リーグでさえ、投手が100級以上投げることは滅多にないのだ。
日本人は高校野球に悲愴を求めているよね。かつての三沢の太田や横浜の松坂とか、あの甲子園の炎天下で200球以上も投げる姿は、感動も覚えるが、その内容は悲愴にある。客観的に観れば狂気の沙汰とも言える。

札幌の市街にヒグマが出没した。住民はさぞかし怖かったことだろう。しかし、これを単純には駆除できない。街中では発砲してはいけないという条例があるからだ。だから、何日間もクマは出没し続けた。これに対して、こういう場合だからいいんじゃないのと柔軟、融通を唱える人もいるが、僕はそれはやってはいけないことだと思う。
そうした例外、前例をつくってしまうと、必ずやその規制はユルユルになってしまう。それが怖い。嘘であっても、クマが出たから銃を取りました、発砲しましたということが許される。自衛隊の海外派遣と似てるな。今週、くだんのクマは町の外で駆除されたらしい。

名古屋での「表現の不自由展」が慰安婦像があるからと中止に追い込まれた。河村市長がこのイベントを激しく非難し、県知事は擁護。このイベントのセンスやレベルはともかく、河村の弾圧ぶりはどうだろう。ここは、中国か、北朝鮮かと思ってしまう。どのような思想信条も守られなければならない。たとえ、それが気に入らなくてもだ。もちろん、すべてが自由であるわけはない。いくらあなたには自由が守られているとは言っても、映画館で突然火事だぁ!と叫ぶ自由はない。この場合、気に入らない人は観なければいいし、何ならネットで悪口を言えばいいのである。完全なる憲法違反。このような封殺がまかり通ってしまうのは、僕が危惧するような方向に世の中が動いているからだろう。あまりに呆れたので書かなかったかも。

アメリカのドラマで相手をメチャクチャにする、破壊するという意味で「ナガサキする」という比喩表現が使用された。おりしも8月を迎える頃で、これを知った長崎そして広島の人たちの痛みはどれほどのものだったろうか。街中でのインタビューでは、長崎の人は日本人らしく悲しみを前景にしたコメントを絞り出し、アメリカ人観光客の多くもそれはないとおおかたは否定的である。

さて、この問題でもっとも不可思議なのは、政府筋から何もコメントがないことである。官房長官、首相からの「遺憾の意」はないし、僕としてはアメリカに抗議するのが当然だと思うがそれもない。まったくこいつらときたら、精神的な無痛症なんだなと思う。

と思っていたら、小泉進次郎がなぜか官邸で結婚報告ときて、そこへにやけ顔で菅官房が出てきたりする。小泉は何年か前から、こいつも怪しいなと思っていたが、これを見ると完全に取り込まれているのがわかる。官邸であんなことするなんてあざとすぎるね。それを許すどころか大いにやりなさいとしたのが現政権。公共の場でああいうことを平気にしちゃうというのは、同じく公共の場で行われたからダメと言われた「表現の不自由展」よりも問題にすべきことじゃないのか。

以上、書かれなかったコラムを書いてみると、何というか、われわれには守らなきゃいけないことがあるというテーマがあるように思った。政治は民を守らなきゃいかんし、われわれ一人一人もまた守らなければいけない矜持というものがある。札幌では市民も行政もよくがまんした。

菅野所長のエッセイ:笑顔の力


2019.08.09

ビッグなニュースと言えば、全英女子オープンでの渋野日向子だ。若干20歳。これはとんでもないことだね。遡れば、42年前の樋口久子が全米女子プロで優勝して以来のメジャー征覇。女子ゴルフの場合には、80年代、岡本綾子がアメリカに乗り込んで、明らかに世界一だと思われる実力を示したものだったが、メジャーだけは勝てなかった。近年では、宮里藍もがんばったが、2勝したエビアン・トーナメントはまだメジャーに昇格していなかった。

今回のひなちゃんは、ほぼ今年がルーキーイヤーで、初の海外試合で優勝しちゃうんだからすごい。もっとも日本での初勝利も国内メジャーだし。たぶん日本人では史上最も強い女子ゴルファーかもしれない。

僕は首位になった3日目、最終日と、深夜までテレビ中継に釘付けだった。とくに最終日はあっという間に首位から陥落、こりゃダメかなと思っていたが、後半に怒濤の盛り返し。その最終日の後半は4選手くらいが1打差をめぐってのつばぜり合い。ボクシングで言えば、足を止めての撃ち合いのようになり息を呑む迫力である。最終ホール、これを決めれば優勝というパットは、打った瞬間ドキッとする強さ。でもこれが転がり込んだ。あんなシーンでああも強気に打てる選手はなかなかいない。ほんとに力でもぎ取った優勝だから価値があるなあ。

欧州メディアが「スマイリングシンデレラ」と命名し、その屈託のない笑顔が話題となったが、どの選手に聞いても「あんなことはできない」と答える。普通、真剣勝負の場では笑顔などつくれないのだ。以前丸山茂樹が米国ツアーに参戦していたときに、にっこり笑って人を斬るというイメージから「スマイルアサシン」と呼ばれたこともあったが、ひなちゃんの場合はスケールが全然違うし、笑顔の質も違うようである。
では、質といっても、それは何なんだ?ということになるが、なかなか説明は難しい。しかし、彼女が笑うと、なぜだかそれに引き込まれるのは確かである。観ているこちらも楽しくなる。
邪気がないんだろうね。向こうのテレビも、つねに彼女の笑顔をフォーカスしようとし、観客も皆その笑顔を追うのである。テレビで観ている僕もそうだ。心理学では「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」という昔からの理があるが、こちらは「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ」ということか。

いわゆる天然と呼ばれるものかもね。勝っても泣かないところがあるし。つまりは、これまでのスポーツ界にはいなかったタイプということになる。だから今のところその器量を測れないし、定義もできない。わかるのは、今現在では、新人にして、日本史上最強の女子プロゴルファーだろうということだけだ。最近では、韓国のコ・ジンヨン、パク・サンヒョンの二人が抜けている世界の女子ゴルフ界だが、これに対抗しうる存在ではないかと思える。ただ、そのためには課題がある。小技がうまくなることだ。でも、そこはまだ20歳。伸び代はひじょうに大きい。
男子では松山がパッとしない現状、世界で戦える選手として彼女の今後に注目である。

菅野所長のエッセイ:チコちゃんに叱られろ


2019.08.02

東京も今週はいきなりの猛暑である。
人には順化能力というものがあり、だいたいが6月の梅雨の時期に徐々に気温が上がり、やがて来る酷暑に対応すべく身体が慣らされていくものだ。しかし、今年は酷い。暑いのが大の苦手な僕にはひじょうにつらい。
さすがにエアコンをつけていないと眠れないのだが、先日は夜中冷えてしまって身体の調子がおかしくなってしまった。今はどれくらいが適度な温度で風量なのかを試行錯誤している状況である。だいたいわかったぞ。

で、先日携帯扇風機を購入したのだが、これは今相当のヒット商品となっているらしく、駅で毎日使っている人を見る。僕は夏のゴルフ用に買ったのだが、これだけ暑いと日常的に使おうかと思っている。何しろすぐれ物だ。小さく軽くて、1000円から2000円くらいで買えるのがいい。この夏はさらにヒット商品となるだろう。

日韓関係がどんどん悪化しているわけだが、下手をすると韓国経済は崩壊する危険もある。徴用工問題への報復にしてはやり過ぎかもしれないが、アメリカも日本寄りなので、強気の姿勢を崩さない。ますます居丈高になっている感じ。しかし、その代償として、イランと敵対するようアメリカから要求されているわけで、韓国との争いなどそれに比べれば小さいことではないのか。

イラン問題にかんしては、アメリカの理不尽な、露骨で執拗なイジメに対して、イランはほんとによく耐えているなというのが僕の見方だ。まあ、原油価格のイニシアチブを取って莫大な利益を得たいということなんだろうか。しかし、イラク戦争の時も何の疑問もなくアメリカに奸計に乗って協力したように、今回もアメリカのポチとなるのはどうにも許せないなあ。一度は首脳会議をやったわけだが、ここでもイランには相手にしてもらえなかった。韓国とのこともそうだし、内政のもろもろはもちろん、安倍政権で外交でうまくいったことなどひとつもないな。今回の日刊問題もどこにゴールを置いていることやら。たぶんそういう戦略的なものはないんだろう。

そういう政治事情を見ていると、れいわ新撰組がけっこう人気を集めるのもわからないではない。重度障害者が国会に乗り込んでいる様子も今のところは悪くない。例の”NHK”はどうでもいいけどね。あれに悪乗りして自分たちも払わないとか言っている松井や玉木も同じようにアホ丸出しだな。確かにNHKは問題だ。要するに民営化すればいいんだよね。郵政民営化ができたんだから、本気でやろうと思えばできるでしょ。

僕も昔はNHKに料金を払いたくないときがあった。が、今は「世界ネコ歩き」と「チコちゃんに叱られる」があるので、まあ払ってもいいかなという気にはなっている。それにBSでは早朝に海外のゴルフ中継もしてくれるし。でもその3番組くらいしか観ないかな。もっともケーブルテレビの番組ばかりで民放もあまり観ないけど。

そうだな、NHKは早く民営化されてしまえ。そして、「チコちゃんに叱られる 政局編」をつくればいいのだ。

菅野所長のエッセイ:湖の涙


2019.07.26

いやあ、先週は木曜から出張に行ってたんでコラムを書けませんでした。
行ったのは松江なのだが、島根に行ったのは20年ぶりぐらいだろうか。出雲空港からバスで30分くらいくらいだからそこは悪くない。米子からも近いし。街の感じは、今なお昭和って感じだね。それから中国人がほぼいない。観光地としては今どき珍しいのではないか。もっとも出雲大社のほうにはいるのかもしれないが、市内のタクシーの運ちゃんは中国人はほとんど来ないと行っていた。

当日は、午前中に時間が空いてたので、松江城見物。松江はたぶん航空法上建築物に高さ制限があるので、ここの天守閣が最高らしい。が、街中にある城なので10~12階建てのビルの屋上くらいだろうかな。松山城のように山の上にあるわけではないので、さほどのことではない。そういうわけで下々を睥睨するようなものではない地味な城だがいい感じである。しかし、天守に上るのはけっこう大変。急な階段を何回も登るので、ひじょうに短時間で筋肉痛になってしまった。ゴルフとは違い、ふだん動かさないような筋肉を動かすからだろうね。

あと、松江は食べ物がいい。やっぱり、のどぐろ(赤ムツ)はこの辺りに限るな。と、これは海のものだ。

宍道湖と言えば、シジミは圧倒的に日本一のうまさだと思っているが、それも、かつての建設業界優先による干拓事業により以前のようなおいしさはない。今回宍道湖のウナギを楽しみにしていたのだが、痩せた味にがっかりした。やはり日本一と言われるスズキにしても、今回は食さなかったが、同じ憂き目に遭っているのだろう。もう昔のようには戻らないのだ。
松江が観光地としてもうひとつなのは、この影響も大きいのではないだろうかと感じた。行政と土建屋との結託により、もっとも大事なものが失われる。僕は単に自然を保護しろとか言っているのではない。自分たちが栄えるために何が必要なのかを見極められない暗愚さを問いたいのである。
逆に言えば、反対する人間もただ自然を破壊するなどと言っているだけでは愚かすぎる。それによってどれくらいの損失が出るかをシュミレーションし、それをベースに戦うべきであろう。

と、いささか単純な物言いだったね。

でも、中国人観光客の喧噪から逃れたいなら、松江はお勧めであるとだけは言っておこう。のどぐろはこの辺りので獲れるものが最上だし、寒くなるとずわい蟹がうまい。あと、意外におでんがおいしかった。これはあご出汁のおでんなのだ。日本海側はあご出汁が多いんでね。きっとお雑煮もそうなんだろうな。ちくわやかまぼこにも使われている。また行って、今度は大きなサイズののどぐろと、あのおでんを食べてみたい。

 

菅野所長のエッセイ:システムと個


2019.07.12

今週はわりと平穏かな。何しろ涼しいのがいい。こんな7月は近年なかったのではないか。とくに何があるというわけではないが、気候に助けられてるなあ。
ツール・ド・フランスがこの間から始まっているが、今回は少し予習がたりないので、観戦に苦しんでいる。とにかくチームが入れ替わり、選手も移籍し、ユニフォームも目新しい。現時点での総合順位ベストテンには、見知った名前は半分ほどだ。どうも今年は登りが多くて、クライマーの中からマイヨジョンヌが出る可能性もあるらしい。ので、クイックステップのアラフィリップを推す声が高い。今は総合2位につけている。つまり、レースとしては面白いはずだ。

NBA八村の活躍ぶりがなかなか。大学であれほどやれてたから、通用するのは間違いないとは思っていたが、たぶん日本人としての細やかで奉仕的な傾向も相当生かされているのだろう。

これがテニスの大坂なおみとなると、日本人的なところはほぼないので格下にも簡単に負ける。一言で言えば雑。まあこちらは個人競技だからそれでいいという部分もある。
男子の錦織は、あいかわらずフェデラー、ナダル、ジョコビッチのベスト3にはまるで歯が立たない。今年の全仏、錦織はかつてないほど絶好調だった。それでも勝ち進んで彼らに当たると勝てない。先日もそうだ。あまりにもはっきりとした壁がそこにある。あとは他が怪我をして不出場のときに、運が良ければ、準決、決勝にいけるかだな。それも今年中じゃないとだめだろう。一度だけ全英でベスト8まで行った松岡なんかと違って、日本の男子テニスで史上最高の選手なんだけどね。何とも虚しい。結局、そこまでの選手。しかし、錦織の存在があってこそ、後続からもっとすごい選手が出てくる。彼なしではそうはならない。
そのためにはいわゆる裾野の広さが必須だ。なでしこ、女子サッカーの衰退を見ているとそのへんがどうなのかなと思う。監督の選手起用や戦術はもとよりダメダメだなあと思うが、それよりもかつては、協会はサッカー経験にこだわらずに人材を発掘していた時期があったはずだが、あれはどうなったのだ。あれから8年も経つのに、澤、宮間、川島以上の選手は現れない。これは相当にひどいシステムにとらわれているということだな。
ということで、「さよなら 私のクラマー」という女子高校生のサッカーマンガを観てると、「あたしたちには日本の女子サッカーの未来がかかっている!」という発言がある。この作品には、登場人物にそう言わせる作者の並々ならぬ情熱を感じてしまう。たぶん、そのサッカー観も現状の監督やコーチよりも上質な感じだ。
スポーツの世界で指導者として頂点にいる者たちは、政治的な勝者であるにしても、抜きんでて優れているからそこにいるとは限らない。そういった非生産的なシステムや構造の中から、それを打ち破る個の出現が必要なのだがね。

 

普通の仕事でもそうだね。馬車馬のように働く人間が一人いれば、それだけですべてが変わっていくこともある。

菅野所長のエッセイ:症状と原因


2019.07.05

先週はうっかりアップするのを忘れていました。
別に何かあったわけではありません。翌日から北海道に行くのでそっちに気を取られていたかなあ。
この間、どこかのワイドショーで、例の麻生方言についてのコメントで「私は麻生さんのことをマスコットだと思ってますから、そんなに大騒ぎしなくていいんじゃないかと思います」と言ってのけた芸能人がいた。スタジオ爆笑、苦笑、大うけ。いやあその通りだ。マスコットの言うことにいちいちカリカリしてもしかたない。これを受け、他の専門家は「マスコットならマスコットらしく・・・」と真面目に付け加えるのが滑稽である。久々に破壊力ある言葉だったな。
昔、南米沖にエルニーニョが発生すると世界的に異常気象になると言われ、あたかもエルニーニョが異常気象の原因であるかのような言説が流布した。今もけっこうそうだが。しかし、異常気象の原因はエルニーニョにあるのではなく、エルニーニョもまた異常気象のあらわれのひとつに過ぎないのである。
野党は麻生が悪いとか安倍がどうのと追求するのだが、彼らが悪政、失政の原因ではなく、彼らはその症状なのである。麻生がマスコットであるという言葉にはなかなか深みがある。トランプが病んだアメリカの症状であると言えばその方がわかりやすいかもしれないが。
この症状は世界的な拡がりを見せているのだが、それを産み出したものの正体はと言えば、それは中国の台頭ということになるのだろうか。ずいぶん昔、柄谷行人が「中国だけはわからない。あの国は僕にとって暗黒なんです」と述べていたが、三〇年前に僕もまだ貧しかった中国に行き、そこに正体のわからない、空恐ろしいエネルギーを感じたものだった。あのころの世界はまだ、雨は降らずとも、分厚い黒雲が空を覆い始めていた時代だったのだろう。
前にも触れたが、この数ヶ月、ケーブルTVで中国の歴史ドラマにはまっていたのである。だいたいが三国志の時代から、新しいと明代まで。ほぼ王朝ものである。そこに繰り広げられる陰謀、奸計のとてつもなさに圧倒され、若干気持ち悪くもなるほどだ。たとえば、相手を陥れるためなら、わざと堤防を決壊させて大災害を起こし、民を犠牲にして国に混乱を招くとか。
比べれば、小早川秀秋の裏切りが今でも語りぐさになるような日本など、善人ばかりの国である。これに加えて、韓国の歴史ドラマも相当観たが、中国に比べればこちらのほうが善人の登場率が高いように思う。ただし、中国と同じく、主人公である善人もまた、同じような策略をめぐらせて相手をはめるのである。すなわち、これらのドラマは勧善懲悪的ではあるのだが、双方の策謀、策略によって編まれた作品なのである。結局、国民がそういうものが大好きということは疑いようもない。
また、儒教は為政者のために生まれたような宗教とも言えない宗教だが、中韓のドラマを観ると、その根幹は日本でこそ最も生き延びているのではないかだろうかと、およそ宗教歴史学者とは違う見解を持ってしまう。とにかく、こうしたドラマを観ることで、かの国への理解も少しは進むというものだな。
さて、前半期最後のGⅠ宝塚記念。押さえでしか馬券を取れなかった傷心の僕は、次の日渋谷で「印象派への旅」展・バレル・コレクションを見てきた。雨降りの平日なのに意外と人が来ている。今回のコレクションは、80点中76点が日本未公開。これはすごい。
しかし、いつも思うけど、みなすべての絵を均等に観るもんだねえ。僕なんか目当ての絵は10点もないからさっさと巡回。だから、目当ての絵の前も案外と空いているのが幸運である。ブーダン全部とマネが一点。マネが描いたバラの絵は期待していたのだが、写真と実物はちょっと違った。マネはマネだな、やっぱり。
これに比べてブーダンの素晴らしいことよ。なんで作品がこんなにあるのかと思ったが、少し考えればわかることだった。持ち主のバレルはイギリスの海運王。ほとんどが海と川と船(そして空)を描くブーダンはどの画家よりもバレルにとって価値があったののだろう。とにかく、このコレクション展で、遅ればせながら、ブーダンの真価を知った思いがする。今まではポーラ美術館のものくらいしか観たことがなかったが、こちらのほうがはるかにいい。さすが、モネの師匠。モネはブーダンに見出されなければただの戯画作家に終わったかもしれなかったのだ。僕にとっての永田先生のようなものだな。

菅野所長のエッセイ:バスケットの夜明け


2019.06.22

今週は体調不良から始まったがだんだん持ち直した。年取るとあちこちにガタが来てるんだろうね、あまり前触れもなくこういうことが起こるなあ。

精神的にもよくない。何だか不安なんだよね。寝る前に不安な感じがしてきてなかなか寝つけなくて困る。先日は、どういうことだか、自分が許せないものって何だろうと考え始めた。
一番最初に浮かんだのはソース焼きそばだった。世の中の人はこのソース焼きそばが好きなようだが、ソースだけで味付けをするこの焼きそばが許せない。これに必ず付着する紅ショウガも同罪だ。ふたつとも他の味をすべて消し去る。ペイント・イット・ブラックだな。麺の小麦の味、キャベツの甘い香りもどこかに行ってしまう。
マヨネーズとかゴマもそういうところがあるな。だから、しゃぶしゃぶのごまだれ、冷やし中華のごまだれも許せないものがあるのだ。お好み焼きもマヨネーズはちょっとでいいし。

次に浮かんだのは箱根駅伝だな。これについては折に触れて言っているから略そう。

で、こんなことを考えたら寝られたのだった。
今週のトップニュースは八村塁がNBAドラフト1巡目で入団決定したことだろう。これはすごいことだ。マスコミはイチローの活躍と比較しているがとんでもない話。野球みたいなマイナースポーツとは比較にならない。バスケットはフットボールの次に世界的なスポーツだぜよ。八村に加えて渡辺雄太がグリズリーズにいる。この二人抜きでオリンピック出場を果たしたバスケット日本代表は相当に楽しみなチームである。くじ運次第ではベストエイトからさらに上を狙えるだろう。
次は香港でのデモにより、例の法案が流れそうになっていることだ。いやあ、久しぶりに民の力をいうものを見たな。そして皇帝になりたがっているかに見える習近平だが、意外とそこまでの力はないということかもしれない。もっと言えば、大陸の力が海島の力に負けたということかも。
この間から言っているように、日本もまた本来は大陸的な文化ではなく、海島、そして山森の文化なのだ。大陸的な思考とは、神は上空(天)にいる存在なわけだが、海島では海の彼方に神がいる。日本ではこれに山森が加わる。だから八百万神なのだ。神は遠い天の彼方にいるのではなく、そこら中にいる。神というものが、人々が大事に思わなければならない存在、至高のものを示すとすれば、日本では海に山に森にそれがある。しかしながら、中国大陸からの移住民によって、大陸的な価値観が持ち込まれることになる。大陸のコピーとして大和朝廷が誕生し、神は天にある思想、まさにそのことによって日本では「天皇」と呼ばれることになった。というのが僕の見解である。
まあ、痛快なニュースだったのでつい力が入っちゃったな。
日曜は前半最後のGⅠ宝塚記念。自信ないなあ。今回は②レイデオロ④アルアイン①キセキを3強と見て、それに⑦マカヒキ⑪リスグラシューか。①-②からの3連単マルチ。④を厚め。レースは面白そうだが、馬券的には面白みがない。
今月末で最後なので焦っているのが、渋谷でやっている「印象派への旅」展。グラスゴーの海運王であるバレルのコレクションで、これまで観られなかった作品がずらり。これは楽しみなんだ。必ず行かねば。

菅野所長のエッセイ:見えない詐欺


2019.06.14

天安門事件から30年だそうで、これに呼応するかのように香港では市民の大規模なデモがあった。僕が中国に行ったのは天安門の次の年で、いくつかの大学におもむき、その内部事情をひしひしと感じつつ、中国という国を少しだが知ることができた。その頃も今もなかなか大変な国である。

日本では、老後の生活のためには年金以外に2000万の貯蓄が必要という金融庁のショッキングな報告があり、さらに自分たちで調査させておいてその報告書は「もうない」という政権のありかたを見ると、本質的にこの国は中国とどこが違うのかと首をかしげざるを得ない。まあ、実際的な計算では1500万くらいだろうが、一般庶民にとってのショックの大きさは変わらない。

こうなると国による壮大な(年金)詐欺と言っても過言ではないのではないか。おりしも、6月はいろいろな税金で搾り取られる季節であり、これにまた消費税アップも控え、みな大変である。知らない人は知らないだろうが、年金は後からもらうほど給付金が多くなるという触れ込みだが、これもどうも怪しいらしく、もらえるときからもらった方が実は得なのだという情報も出てきた。これまた巧みな詐欺ではないのか。

とにかく今の政権は不都合な情報はひた隠し、「うまくいってますよ」とばかり言うが、どのような情報であれ、正確な情報でないと国民は的確な対策が立てられないのである。よく言えば、政治家に対してこれほど寛容な国もなかなかないだから、正直に情報を示したほうがいいのにねえ。悪く言えば、国民のほとんどはいまの政治に期待や希望を抱いていない。安倍政権がさまざまな事実を隠蔽する理由とは、これでは国民の期待を裏切ってしまうからよくないと考えるからだろうが、余計な心配、勘違いかもね。だってこれだけ長期政権になっているのがその証拠である。

先日、日本代表のエルサルバドル戦の後半30分くらいを観たら、ちょうど久保がピッチに入ってきた。代表の中でも、技術だけならもう一番かもね。ドリブルでの左足のタッチがすばらしい。一度シュートチャンスがあったが、キーパー正面。あそこはループシュートが欲しかったなあ。まあ、デビュー戦だからしかたないのか。スケールこそ小さいがメッシのような存在だな。慎重居士な森保ももっと積極的に使ったほうがいい。それから3バックシステムは危険だ。せっかく富安、昌子というCF2枚がいるのだから、4バックのほうが収まりがいいだろうに。SBをもっと動かしたいのはわかるがね。

と思っていたら、久保にレアル・マドリードからオファーが来ているらしい。バルサ育ちだからバルサのようなサッカーをするチームのほうがいいとは思うが、レアルに行ったらビッグニュースだ。

菅野所長のエッセイ:ヤポネシア再考


2019.06.06

今週は学会があるので今日まで。
先週に続いて体調、気力のほうはわりといい。この先2ヶ月分の原稿も書いてしまったくらいだ。でも、ダービーに続き、安田記念も負けた。上位に来た馬は買っていたのだがねえ。タイムは早かったが、しかしこれは馬場のせいで決してハイペースではなく、先行馬が残るレースだった。したがってアーモンドアイの3着もやむなし。
この1ヶ月、ひどい負け方である。次の予想は宝塚記念ね。
先々週に島尾敏雄の「ヤポネシア」について触れたのだが、そのすぐ後に国立博物館の研究チームが縄文人のゲノムの解析に成功というニュースがあった。それによると、日本人には約10%の縄文人の遺伝子があるとのこと。ただし、アイヌ、琉球人の場合にはその割合がずっと高くなる。結局、約3000年前に朝鮮半島を経由してきた渡来系(いわゆる弥生人)が、縄文人との戦い、共存を経て国家をつくっていったのはわかっていたことだが、昔はこういう研究がなかったから、いろんな論があった。そんな中で東南アジアから黒潮に乗ってたどり着いた民族もいるにはいただろうが、ことの中核としては、縄文人の遺伝子を強く受け継ぐアイヌ民族や琉球民族こそが、日本の先住民であろうことが重要なのだと思う。そして、そうした思いを込めて島尾敏雄が提唱した「ヤポネシア」という概念が、今回の研究チームの中にも生きていることを知り、僕は感慨を深くした。
明治の北海道を舞台にしたマンガ「ゴールデンカムイ」というは、このような視点をも取り込んだもので実に面白い。主人公の一人アシリパはアイヌの娘で、その数奇な運命の流れに元軍人の「不死身の杉元」も呑みこまれていく。雄大なスケールをもつ内容なのだが、作中で数々のアイヌ料理、アイヌの思想が織り込まれるのが楽しい。もちろんそれは近代以前、原始共産制の共同体的ありようであり、現代社会に生きるわれわれにとってあまり意味を持たないものなのだが、そうした失われた文化について無知であることには問題がありやなしやである。
かつて島尾敏雄のような思想がある程度の拡がりをもっていたころ、それは近代以前への回帰だとしてあまりかかわらなかった僕なのだが、今回のゲノム解析チームにあっては、これによって日本全体を再構成しようという射程が隠されているのではないかと思い、このような研究こそが、偏見と差別に満ちた今の閉塞状況に風穴を開けることができるかもしれないとひそかに思うのだった。

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