菅野所長のエッセイ:学問は自由を守れるか


2020.10.16

先週は、後半に出かけてしまったのでコラムは休筆でした。

最近の橋下徹はだいぶ物言いがよくなってきたなあと感じていたが、学術会議では失態を犯したね。
彼は弁護士だから盛んに法的なレベルで、政府のやっていることは違法ではなく合法と言う。確かに厳密に条文を読むと「任命拒否」ができなくもない。
もうひとつの論拠は学術会議が民間ではないから文句は言えないというものだ。アメリカやイギリスは民間だから自立した主張ができるが、日本はそうはいかないと。
ところが、アメリカやイギリスは民間ではなく、日本よりも巨額な運営資金が国から出ていることがのちにわかる。橋下があんまり自信満々に言うし、フジTVの平井解説委員に至っては「学術会議のメンバーはその後学士院の会員になって250万円の年金をもらえる」「これ、全部皆さんの税金から出るんですよ」とあおり、その結果、ネットでは激アツな学術会議バッシングが始まる。しかし、これも事実とおおいに異なる。この平井は杉田水脈も積極的にかばうトンデモなのだが。
双方とも間接的に謝罪するが、それで済ませていいんだろうか。テレビで専門的風に言う人間が根拠を確かめずに言うのは無責任きわまりないよね。
と書いた直後、かつて自分がテレビやメディアによく出ていた頃を思い出した。僕に求められるコメントはつねに心理学的立場からなのだが、そもそもこの心理学的な根拠というものがひじょうに怪しいわけで、僕としては、「それははっきりとこうなんです」「こういうことなんです」は言えないことが多かった。そうやっていると、だんだんとお呼びがかからなくなる。それはそれでとてもホッとしたのだが、僕と違ってお呼びがかかる心理学者たちを観ていると「そんなこと言っちゃっていいの?」ということを平気で言うのである。ああ、こういう人じゃないとダメなのね。僕には無理だったなあ。

橋下徹はそれがウリだし、視聴率のためなら、これくらいのトラブルが起きたほうがいいと確信しているテレビ局にも支えられてるしね。でも、プライドを忘れちゃだめだぜ。

で、しかし、僕の考えでは、民間かどうかは二の次だ。この任命権は形式的であらねばならない。そう考える。

たとえば、国立大学の学長は内部選挙によって決まり、これを文部科学省大臣が任命することになっている。学術会議と同じ仕組み。でも、橋下の論で行けば、この学長はダメだと政府が思ったら、他の奴にしろと言えるわけだ。次に選んだ人も拒否、次々に拒否して、気に入った学長が選ばれるまで続けることができる。

そうなると、冗談でも何でもなく中国共産党の世界だな。結局、中国(ロシアでも北朝鮮でもいいけど)みたいな政治体制にしたいのかしたくないのか、僕たちはどちらを志向するのかという岐路なんだよね、ここは。言うまでもなく、安倍晋三は異論を排除する専制的な体制を目指した。彼が目指していたのは、暗殺や粛清のない中国やロシアの政治といったもので、今の政権もこれを継承している。中曽根の合同葬に当たっては、大学に弔意を要求してくるとか、思想統制の域だな。

橋下もまたそっちのほうに親和性があるんだろう。だから、勇み足をしてしまう。一方で、アカデミー嫌いなのはわかるけどね。変な人も多いし。でも、大学ってそういうとこなの。一般社会では通用しない人がいるところだもん。学生も含めて。
僕も大学はあまり好きじゃなかったからな。でも、世間一般が思っているよりも、学者はその社会的な身分に比して決して高給じゃない。変な人も多いけど、立派な人も多い。その振り幅は大きいね。
学術会議のあり方を見直すというのは、任命とは別の話で問題のすり替えだ。そもそも、学術に最も縁のない政治家があり方を見直すなんてのが笑止千万。

それから条文にこう書いてあるからセーフ、書いてないからアウトという法的な考えもどこかでは破綻するものだ。この辺が法律家の悲しさ、橋本の弱点だな。たとえば、山口県が、おそらくは安倍晋三の送迎用に公用車に2000万かけたと話題になった。この場合、規則ではいくら以上の車はダメとかないからこれはセーフ、オーケーと考えるのはどうかと思うね。

でも世の中全体が白か黒かの方向、ひじょうに硬い考え方になだれをうっているようにも感じられる。たとえば、判子廃止も、多くの人が賛成しているね。それはわかる。無駄だと。海外ではサインでいいと。しかし、ホテルのチェックインとか、サインで済ませられる書類ならいいが、職場の内部文書などにとっては、あれはあれで丁寧なプロセスを踏んでいると言える。たとえば、議事録などは、多くの人が目を通した方がいいのではないか。押印をしないでいいとなると、チェックも粗くなるような気がする。事務官僚にとってはむしろそれでいいのだろうが。合理的、効率的という題目だけでは世の中はいい方向にはいかないと思うね。日本がハンコ文化、ハンコ社会であるのにはそれなりの必然性があるなんだよね。

まあ、要するに、判子業界の政治資金が足りなかったということだな。守ってくれる人さえいれば、どんなに世間の評判が悪くてもまだ生き残れた。杉田水脈への糾弾を政府がガードしているのも、桜井よし子あたりの機嫌を損ねたらまずいという判断だろうしね。

こんなふうに政治のことばかり書きたくないなあ。
そこで先日の代表戦だ。コロナ禍の今回は海外組だけの選出。カメルーン戦はあまりの退屈に寝てしまったが、コートジボアール戦はなかなか見所があった。鎌田がトップ下にはいると、今の代表は鎌田のチームとなる。が、これまでの中心選手と比べると一枚落ちるな。これと攻守に走りまくる右サイドの伊東がよかった。得意ではない左サイド先発の久保は、あまり見せ場なし。右サイドは当面伊東で決まりだから苦しい立場だな。コートジボアールは強いしうまかったが、この攻撃をよく防いだ。勝ったのはバカづきにすぎないけど、守りきったのは評価できる。

日曜はGⅠ秋華賞。今年は、史上初、牡馬、牝馬揃って無敗の3冠馬が誕生するかが話題だ。牝馬の3冠目が秋華賞。
で、無敗3冠なるか、⑬デアリングタクトが大本命。①ミヤマザクラ②リアアメリア③マルターズディオサ⑤ウィンマイティー⑰ウィンマリリンの5頭への3連複で勝負。

菅野所長のエッセイ:何だかなあの日々


2020.10.02

原発事故にかんする仙台高裁の判決はひじょうにまっとうなものと思えた。そもそも原発は国策事業なのだから、東電と同等の責任が国にはあるとするのは当然ではないのか。こういう判決にはつねに東電も国も控訴するので、まだまだ結論は出ないわけだが、あれからもう10年近くだ。できるだけ引き延ばしてあいまいな判決を狙う姿勢が醜い。

負けても勝つようにと、トランプが最高裁判事を指名したのもあまりに露骨だが、ちょっと前に安倍晋三が同じ手口をやった。その安倍晋三の路線を継承するという新首相だが、はやくも学術会議メンバーの選考で気に入らない会員を外すという暴挙に出た。やはり同じ穴の狢ということなんだろう。ご祝儀相場とは言え、これが60%以上の支持率を得るというのだから、なんだかなあと思ったが、国民は野党を完全に見放していることを示していることを物語っているな。もう蓮ほうとか何とせいよという感じだが。

今日はトランプが夫婦そろってコロナ感染というニュース。やっぱりねえ。バイデンもどうにもならない候補だなあと思ってみていたが、こればかりは有利にはたらくだろう。でも、最後にはトランプがごねてどうなるのか。

それにしてもひどい討論会で、これが世界最強国の大統領を選ぶものかと。ほとんどの国民は恥ずかしくてしかたなかったろうが、トランプ支持者というのは平気みたいね。
マイケル・ムーア「華氏119°」でのトランプの演説会では、トランプは壇上から「あそこに黒人がいるぞ、追い出せ!」「あそこにもいるぞ、追い出せ!」と絶叫する。そういう人間を支持するわけだから、何をやっても支持するんだろう。世界各国、政治、議員のレベルは国民のレベルと合致するということか。
日本では杉田水脈がまた麻生太郎なみの暴言を吐いたが、これを擁護するテレビ局や評論家もいるわけよね。もちろん一般人も。桜井よし子とかはこういうときは隠れているけど、実際は杉田の後ろ盾みたいなものだからな。

アメリカやインドなど感染はすさまじいわけだが、東京もなかなか減りはしない。国民の意識が高いので何とかもっているが、政府や行政の対策は功を奏していないようだ。たまたま、NHKの再放送で6月放送のコロナの番組を観たら、東日本大震災時の感染対策のリーダー医師が、コロナにおいても中心的な役割を果たしていたことを知った。

彼は岩手の医師で、当初避難所でのインフルなどの感染症をいかにして食い止めるかについて全力を注いだ。立派な医師だ。それを買われて、ダイヤモンドプリンセス号での感染食い止めを政府の依頼で行った。
そうした現場での経験からの彼の結論は、何より手洗いを最重視するものである。ああ、当初3密とか手洗いとか政府や専門家が言っていたのはこういうことかと合点がいく。
しかしながら避難所や船などの閉鎖空間での経験が強すぎて、ひらかれた一般社会での感染のイメージが掴めなかったのではないかと僕は思う。これほどに感染拡大してしまうのは、人々のごくごく日常的な行動の中に感染の仕組みがあるという考えに及ばなかったのではないか。ここへきてやっと家庭内の食事が最も危険なもののひとつという見解が出てきたが、そういう当たり前の見解を遅らせていたものは、専門家と呼ばれる者の専門的な見解だったという皮肉な成り行きがあったということだ。別に彼がいけないわけではない。個人的には行政系の医師なんかとは比較にならない、はるかに立派な人物と思うのだがね。

そうだそうだ。今週は久々のGⅠスプリンターズステークス。本命は②モズスーパーフレアだな。これ逃げ切りが濃厚ではないのか。③ダノンスマッシュを対抗に⑨ダイアトニック⑩グランアレグリアという本命路線だが。

菅野所長のエッセイ:無知と知


2020.09.26

急に涼しくなったもんで何か身体が追いつかない感じである。昨日前夜に身体が冷えてしまったせいか、体調が悪くなり休んでしまった。自分の不注意のせいで申し訳ない。

気候面もあるだろうが、多くの人がけっこう疲弊しているのではないだろうか。いまもほとんどの人がマスクを着用したり、自粛したり、そのおかげでコロナ禍は小康状態を保っているのはやはり日本人のすごいところだ。東京もGOTO解除になるということだが、それでもなお今はがまんだと考える人も多いだろう。でも、感染の要点を押さえていればまず大丈夫だと思うがね。このところやっと、一番の危険は会食、飲食にあるいう理解が進んだのは何よりだ。結局、マスクを外して人と近接しているときなのだ。

一時期は自粛警察、マスク警察などと行き過ぎな人たちが目立ったが、そういうことになるのは不安や恐怖心が根強い人の特徴である。つまり社会的なパニック発作のようなものだね。その不安や恐怖が過剰であるのは、結局無知から来るものだ。枯れ尾花を観て幽霊だと怯える人ね。当初から「3密」とかちょっと見当の外れたことを専門家が言っていたことも大きいよな。

しかし、無知なら無知でいいこともあるようで、江戸時代にコロリ(コレラ)が拡大した頃、コロリに対してパニックが起きなかった村があったという。当時の人々はコロリの原因とかは全くわかっていなかったわけだが、この村ではこういう訳のわからない病気は狐のたたりに違いないということで認識が統一されたのである。まあ、精神病の歴史でも「狐憑き」と言われたように、原因がわからないことにかんしては何かほかの原因を設定し、それで精神的な安寧を図るということである。精神病の場合には、それによって悲しい出来事に発展することもあるのでナンだが、とにかく理由や原因がわからないことに人は弱い。でも、わからなくても大丈夫なんだよね。わからなくても大丈夫なメンタリティを持つことのほうが大事な気がする。だって、世の中わからないことのほうが断然多い。知っていることよりも知らないことのほうが圧倒的に多いんだから。変な知り方、偏った知識を持ってしまうほうがよくないのだ。何とか警察と呼ばれる人がそうだし、コロナ禍がますます進んでいる国って、そういう人が多い国なんだろうと思う。

これから移動が多くなるとしても、肝心なのは感染者が移動し、人と接触することである。だから、幅広く検査しないとね。検査して問題なければ、移動も危険ではない。しかも、新幹線や飛行機は空いてるし、車なら車内の空間だけだし。今の旅行は安く上がるし、けっこう快適なのである。

菅野所長のエッセイ:スポーツの秋かも


2020.09.18

ツール・ド・フランスもあと数日で終わるが、先日の夜は残り15キロのところから僕も漕ぎ始めた。山岳の頂上フィニッシュなので、登りばかり走っている選手たちは時間がかかる。
平坦設定の僕のバイクだと、15キロ程度走るには30分もかからない。が、クライムレースに合わせると走行距離は30キロを越え、時間も1時間以上かかった。もう汗がぼたぼたと落ちる。こんなにやって大丈夫なのかと不安になったが、こういう状況ではゴールまでは行くしかない。終わってみると、まあ大丈夫で、後日筋肉痛もない。
でもこれじゃあ身体が鍛えられちゃうぜ。そんなにマジな意欲はないのに。

自転車というのは、スポーツとしては奇妙な感じだ。心肺機能にはあまり影響もなく、そんなに筋肉にも影響がない。ほとんど、脚にたまる乳酸との戦い。がんばってケイデンスを上げるとすぐに回せなくなる。ちんたらやっているぶんにはいくらでもやれそうだ。が、それだけでは飽きるので、レースを観ながらというのはわれながらいいアイデアだ。とにかく、いままで経験したことがないので、それが面白い。いつか選手と同じようにドリンクと軽食を取りつつ、スタートからゴールまで走ってみたいものだ。

 

次のグランツールはブエルタ・ア・エスパーニャだが、コロナの影響で11月にあるらしい。秋のスペインというのはどうなんだ? それまでに小さなレースはいくつかあるだろうから、これに参戦しつつブエルタに備えよう。

 

 

夜中のテレビと言えば、海外のゴルフ中継が楽しいのだが、女子のほうではアメリカに行った渋野が全然ダメ。男子では現在全米オープン出場中の松山もあいかわらず冴えない。応援のしがいがないな。どちらも本人ばかりでなく、キャディがダメだと思うのだがね。とくに渋野が。
それから外国選手との比較でいうと、何だか真剣味というレベルで圧倒的に負けているという気がする。あらためて観ていると、世界のビッグネームたちはひとつひとつのプレーに鬼気迫るものがある。初日の段階からまるで最終日のような緊張感をもってやっているのだ。ああいう人たちと互していくのは本当に大変だ。
僕なんかはほんとに緊張感が持続しないもんな。

 

 

ただ、しかし、日本女子の場合には、今年笹生優花という超大型新人が出てきた。日本人とフィリピン人とのハーフで、これはもう来年はアメリカに行くだろう。育った環境のおかげで5か国語も喋れるのだそうだ。
女子でも、いままですごい選手は数々出てきたが「怪物」とまでは言われなかった。19歳の笹生は「怪物」と言ってもさし支えないな。ルックスは別に怪物じゃないけどね。

 

 

 

コロナの影響で、延期になったマスターズは11月だし、ブエルタもそうだ。この秋はいろいろ楽しめるな。

菅野所長のエッセイ:スポーツのやばさ


2020.09.11

今週ひじょうに腹が立ったのは、IOCの副会長が「コロナ状況に関係なく」東京オリンピックを開催したいと言ったことだ。翌日あたりに、バッハ会長があわててこれを和らげる内容の会見を行ったが、はっきりと否定したわけではない。まったくオリンピックで甘い汁を吸う連中ていうのはどうしようないな。

 

これを聞いて喜んでいる代表は森喜朗だな。前から「IOCが言うことには従わないといけない」なんてことを言ってるからね。次いで小池都知事か。この数ヶ月の東京の感染報告には、何か邪な意図が感じられるのは僕一人だろうか。案の定「重症者」の定義も全国基準と違ったしね。東京はそんなにひどくありませんよとのアピール狙い。それもこれもオリンピックがやりたくてしかたないからだろう。

 

しかし、国際的には、アメリカ、インド、ブラジルなどの感染拡大は尋常でなく、一度は収まったかに見えた国でもまた感染者が増えるという現象もある。仮に日本がかなり終息したところで、世界の動勢はコントロールできない。アメリカが不参加なら放映権料が入らず事実上アウト。あるいは、アメリカ、インド、ブラジルなど感染が収まらない国が参加するなら行かないという国もあろう。また、このままでは開催しても世界から人は集まらず、無観客試合のセンも濃厚。そうなると、観光収入、入場収入は入らず、開催国日本は大ピンチだ。

 

この夏、僕の知人ががんばって学会を敢行したのだが、通常の学会よりも何倍も疲れたと言う。感染状況をつくらないため、密を防ぐための工夫や段取りが大変だからだ。これが五輪となると、ものすごく過重な配慮と予算が必要となる。どう考えてもいいことはない。

ほんと、格闘技なんかどうするのだ。テレビで、高校の相撲部の練習風景を見たが、もちろんマスクなんかしないで、汗みどろの身体をくっつけ合ってる。そんなことやってていいのか? あるスポーツ関係者が、ラグビーの合宿を取材に行ったとき、「練習風景は撮さないでくれ」と言われたんですと。感染対策をやってないことがばれるのを怖れてるらしい。

総じてスポーツの世界はやばいかも。平気でキャバクラ行くような連中と変わりないのではないか。あるいは負けるとわかってるにもかかわらず、それには目を向けずに、強国に戦争を挑む軍人のようなものに近いのかもしれない。

これに対して、ワクチンさえできればという声が強い。もちろんワクチンが完成すれば、僕だってこうも反対はしないが、かなりの臨床実験を繰り返さないと安全は保証されない。「ワクチンができましたよ」と言っても、そこからがとても長いのである。着手から完成までは最低2,3年かかるのがふつう。今年いっぱいなんて夢物語ではないのか。開催、不開催を決める時期というのも、バッハは明言しないが、今年いっぱいてところだろうに。

 

とにかく、やりたい連中の口車に乗ってはいけないよね。まあ、世論の半分はやめといたほうがいいと言ってるわけだが、そんな世論を無視するのが連中のやり方だからな。

次の組閣では五輪相に室伏広治という噂がある。ふつうならとてもいいが、この時期だからなぁ。室伏に「開催有理」の先陣を切らせて世論を吹き飛ばすという戦略かもしれないなあ。悪いこと言わないから、要請があっても断って欲しいね。室伏広治の栄光が汚れることを心配しているのだ。

それにしてもまだまだ開催の未練を残す人も多いのだろう。その前提にはオリンピックをやるといいことがあるという考えがある。でも、幻想の部分が大きいよね。経済や文化が発展途上の国ならともかく、ロス五輪を最後に、深刻な経済的ダメージを残すのが実際のところなんだから。とくにコロナ禍の今回はどんだけのダメージがあるのかわからない。IOCとJOCを喜ばすだけだぜ。

 

 

菅野所長のエッセイ:ツール参戦


2020.09.04

一族の長期政権記録を超えたのだからもう満足だろう。
さて、これから日本はどうなるのかと思ったら、菅官房長官への禅譲、スライドみたいなかたちとなり、何も変わりはしないことがわかる。この流れに喜んでいる一人は、「寄らば大樹」を決め込んだにもかかわらず、首相の引退でひやっとしたはずの小泉進次郎か。一方、苦虫をかみつぶしているのは、一に石破、二に岸田だ。世間的には評判の高い石破ではあるが、やはり人徳というものが足りないのだろうな。
今回は、二階派、麻生派、細田派が、菅を傀儡としたいと考えているのだろうが、果たしてどうなるのか。
この菅義偉という人物はよくわからない。友人談によると「俺が安倍を首相にした」と大見得を切ったらしい。そういうところも含めて、厚顔なところは隠せないがね。どんなに追及されても平気な態度でいられるんじゃないか。何かが心に響くようなことがある人間なのだろうか。

東京は猛暑も一段落という感じで、さすがに35度以上になることはなさそうだ。しかし、台風の季節。その被害が心配だ。コロナ禍に加えて、台風災害などあれば、人心はますますダウンするだろうし、そもそも避難所なんてのが成立しないだろう。今週末からの沖縄、九州ができるだけ無事であることを祈る。

僕のほうはというと、何だか暑さ負けというか、しゃっきとしないね。この半年ばかりでいわゆるコロナ太りという感じでもある。
何だかこういうことではいかんと、一月前くらいに購入したのがエアロバイク。これをテレビのすぐ前に設置して、ロードレースの映像に合わせて漕ぎたいと思ったのだ。僕の家のテレビはけっこう大画面なので迫力はあるのだ。
しかし、レースに合わせるというのがひじょうに難しいこととわかった。専門用語で、ペダル、タイヤの回転数をケイデンスと言うのだが、プロはこれがむちゃくちゃ速い。僕が何となく漕いでいるケイデンスの1,5倍はある。そのペースで回しているとあっという間にヘトヘトだ。どれくらいやればどれくらいの疲労度になるのかがまだわかっていないので、無理は禁物なのである。今は、次の日が休みでないと怖くてがっつりはできない。
しかし、折りしもツール・ド・フランスが始まっってしまった。まだ第2ステージで少し漕いだだけだが、徐々に映像に合わせて1時間くらいは参加したいなあと思っているのだが、5分くらいでもけっこう脚がパンパンになるんだよね。それにまだ暑いし。今のスケジュールでいくと、来週の半ば以降から本格参戦かな。というわけで、今年のツールには、映像には出ないけど、最後尾には僕がゼーゼー言いながら参戦していると思って欲しい。

菅野所長のエッセイ:あえて大阪擁護


2020.08.07

何の兆しもないままにいつの間にか梅雨が明けてしまった。7月の初旬には、今年の梅雨は例年になく早く明けるかもしれないとの予想があったが、結果は例年になく遅い梅雨明けとなったな。いきなりの猛暑でマスクがつらい。しかし、首掛け式の扇風機で絶えず喉元あたりに風を当てていると多少は和らぐ。買っておいてよかった。
さて、この間の4連休から2週間後、当初危ぶまれたオーバーシュート(感染爆発)が起きるかもしれないわけだが、そんな中、大阪の吉村知事がうがい薬で「コロナに打ち勝てるかも」と言ってしまった。この根拠になったのが、またしても行政の医師の「研究」である。松井市長とともに、記者会見にも同席していたな。
困ったものではある。サンプル数41人というのがちょっとねえ。せめて、実験群「うがい薬でうがいをした人」統制群「ふつうの水でうがいをした人」で100人ずつは欲しいよね。それから、もうひとつの統制群として、「うがいをしなかった人」も100人欲しい。それから「ふつうの水」というのが水道水であるとすれば、水道水には塩素が入っているから、これには多少の殺菌効果があるので統制群としては不適当なのである。
したがって、正しい実験としては、そこそこのサンプルを使って、「うがい薬でうがい群」「ナチュラルウオーターでうがい群」「うがいしなかった群」の結果を比較することだろう。こんなことは実験や統計をやる者にとっては常識であるからして、すぐさまに専門家が批判したのもうなづける。だから行政の医官はダメなのよね。こういう結果で鬼の首を取ったように舞い上がっていた吉村知事もいただけない。いつも必死すぎてるのが見てて痛かったが、ちょっと功名心が強すぎるのかもね。

ただし、これに批判するばかりの専門家連中もどうかと思う。だって今までコロナウィルスにかんして「うがい」に言及した専門家は一人もいなかったもの。自分たちはそういうところに目をつけなかったということで、ひがみもあるんじゃないの? たとえば、何ヶ月も前から、家庭内での感染、飲食の危険がコロナ感染の肝だと僕は主張してきたが、それが認識されたのもごく最近だもんね。たぶん経済学と一緒で、マクロの感染学の視点しか持っていないのだろうな。身近なことに考えが及ばない。
若干の大阪擁護を続けよう。
サンプル数に問題のある大阪の実験ではあるが、「うがい薬でうがい」が「水でうがい」よりもウィルスの数が減ったのは統計的に有意であるように見えるのは確かだ。しかも、「水でうがい」群だけを取っても、徐々にウィル数が減少したのも見て取れる。すなわち、口腔内のウィルスを減少させるにはうがいは効果があるという仮説が立ってもいい。それを証明するためにも「うがいをしなかった」群が欲しいわけである。
もし効果があるとすれば、日常的にうがいをする、人との飲食、会話の前には丁寧にうがいをすること、その最中にもトイレに立つようにうがいをしてくること、マスク以外に感染拡大を予防する簡単な手立てとして「うがい」が認識されるのはいいことだと思うね。 だって、特別な成分が入らないうがいなら誰にも害は及ばないし、口内のウィルスを流し出すことは、実験をするまでもなく、ほぼ確実だからだ。たとえば、室外、野外の場合、いろんなところに飛散し、付着したウィルスのほぼ100%は雨が流してくれているわけよ。

もちろん、うがいがコロナを絶滅させるわけではまったくない。けれども、ある程度の社会生活を送りつつ感染を拡大させないという、政治の無策によって難しいミッションを背負わされているわれわれにとっては、これは淡い光明ではなかろうか。

菅野所長のエッセイ:いまこそふるさと納税


2020.07.31

感染拡大がひどくなってきたなあ。このままでは、ここでも紹介した東大先端研児玉名誉教授の予想通りの事態になるかも。その児玉教授をアドバイザーとして、世田谷区保坂区長が独自の対策を打ち出してきた。僕からしたらやっと今かという感じだが、それでもまあ評価しなければね。

しかし、世田谷区の資金は300億。成功するためには金が要る。で、こういうときこそ「ふるさと納税」がその役割を果たすときではないのか。返品のない寄付制も当然あるのだが、僕の場合は区民でもないから、「ふるさと」のほうにしよう。前に住んでたことはあるけど。

どこでもそうだろうが、東京も各行政体によってレベルが違うんだよね。僕は、社会人になってから、世田谷、杉並、練馬に住んだが、杉並、練馬はなかなかひどい。杉並は、阪神の大震災の後に、杉並区の災害対策について当該の委員会に答申したがまるで返事なし。丁寧にやったのにね。仕事のおりに中野区職員にこの話をしたら、中野では考えられないと言っていた。
練馬では、役所で書類の交付をしに行ったときに、受付で番号札を渡され、「ああ、個人の名前を呼ばないようにという配慮を始めたのだな」と練馬を見直そうと思ったが、交付をする窓口では大声で「何とかさ~ん!」と名前を呼んでいるのだった。ほんとバカ丸出しでしょ。
GoToキャンペーン、僕はゴルフに行ったのだが高速(東名)を乗って気づくのは東京のナンバーがひじょうに少ないことだった。千葉が圧倒的に多かったね。僕らはゴルフなので密な状態には決してならないのだが、帰りがけ、静岡の牧場付近とか御殿場とかを通ると駐車場はものすごい混んでた。ほとんどは家族連れだな。東京都民はけっこう自粛したのではないかと思うけどね。でも、4連休の影響が現れるのは来週の末からか。どんな数字になるのか。

そろそろまともな学者、知識人の言うことを聞かないと。御用機関である分科会の前の諮問委員会では1日20万の検査をやらないといけないとあったが、そういう当たり前のことは実現しそうにない。
でも効果的にやれれば、そこまでやらなくてもいいのかもしれない。データを見ればわかるように、地域でのバラツキがひじょうに多いわけよ。たとえば、東京の陽性率は平均約6,5%だが、新宿だけを取り上げると30%以上になる。だから、こういう盛り場をピンポイントで検査を充実させれば効率よく押さえ込めるはずなのである。とくに陽性率が高いわけでもない世田谷から始まるというのが何ともねえ。
こうなってくると政治の失態によるもの、どこかの市長が「人災」と言ったけど、やはりそうだと思える。中止にはなりそうだが、再びアベノマスクを配布しようと現政権は打ち出すのだから、それははっきりしているよね。巷では「アベノマスク」は「アホのマックス」と揶揄されているらしい。中止しなかったら政権には致命傷だったろうね。
で、これは「アベノミクス」とダブルミーイングだろう。コロナ禍で薄らいでいるが、年金運用によって8兆円がまたもや消失しているのだ。世界経済がこんなだから、このままいくと20兆円以上がなくなると予想されている。こんなことしていて、この国はどうなるのか。バブル以降、「失われた20年」と呼ばれ、それがまだ続いているのも、その間の政権があまりに無様な失政を続けているからであろう。このままではコロナ以降もまた「もっと失われた20年」と言われるようになるのかも。
僕にできることと言ったら世田谷に納税することくらいだな。

菅野所長のエッセイ:Go To 嫌な感じ


2020.07.17

アベノマスクに次ぐ愚策かもしれないGO TOキャンペーン。予算規模が違うから、こっちのほうが重大事かな。
例によって事務委託費が数千億で、計2兆円になる。もちろん税金を使うわけであるが、最も納税している自治体である東京だけ除外だと。世論では、東京に限らずやるべきでないと言う声が圧倒的だ。
まあ、何から何までおかしいが、二階幹事長は全国旅行業の会長だし、「観光立国」をうたう政権内部に観光関連の族議員は相当多いしね。
専門家会議から名を変えただけの御用機関である分科会は完全にこれを後押し。めでたく会長に昇進した尾身は「移動すること自体に危険はない」という。バカ言うんじゃないよ。旅行といったら、お目当ては飲食でしょうが。これ感染症の専門家とは言えないよね。みなが旅行をすることで感染者が減るなら推進すべきだろうが、増えることはあっても減ることは100%ない。ま、御用機関だし、実力ないからこういう機関にいるわけだし。

確かに東京は木曜286人の感染者。これは月曜の検査数4712人が反映している。
数は増えているが、率が高まったわけでもない。とにかくやるべきは徹底的な検査なので、もっと増やさなければならない。先週中国の検査実態をあげたが、今週は中国のGDPがプラス3,2%という報告があった。もともとのプラス水準には及ばないものの、この早々の復活は中国がコロナを抑え込んだ証であろう。経済活動を優先する前に、コロナを封じること、つまりコロナを封じることが至上の経済策であることを学ばなければいけないのでは。こんなにわかりやすい問題なのにね。

 

GO TOキャンペーンはもう止められないけど、実際はこうやればいいと思うね。
まず2兆円の予算を各都道府県に割り振る。その割り振りはたとえば、基本的に観光への依存度の比率から計算する。単純に人口比でもいい。
肝心なことは、観光にかんする状況や、感染状況は自治体によって違うということだ。だから、予算をもらった自治体は、自分たちの都合、状況に応じてこれを自由に使っていけばいい。たとえば、東京では、都民に基本移動は控えさせ、観光関連業に少しでも補填するとか。あるいは、隔離用にホテルを買い上げるとか。感染者の極少な県ではおおいに移動を進め、割引を多くするとか。

これならみんな納得するんじゃないの。こんな僕でもすぐに出るアイデアが実現しないのかというと、やっぱり巨額の事務委託費をどこに流すかということがあるんじゃないのかね。何だかんだ言って、コロナが終息してしまっては利権にありつけなくなり困る連中が、この国の中枢にいるということなんだろうな。麻生なんか、こういうときに政治資金パーティだ。
「君子は義を重んじ、小人は利を重んじる」というが、小人ばかりの政界ではある。本気で観光業を救うなんてことは考えてないんだろう。
それに実体経済としては製造業により本質がある。そんな中、日産が電気自動車の新車を大々的にお披露目した。この会社の体質からして珍しいことだが、暗黒のゴーン支配からの脱却を目指す意欲が感じられ、なかなかすがすがしいものを僕は感じたね。がんばれ、日産!

菅野所長のエッセイ:夜の街と昼の街


2020.07.11

今週よかったことは、松岡直也のモントルーライブDVDを手に入れたことだな。
CDは前からあったが、DVDは待望だった。先日、音友に「あれのDVD出たよ」と聞かされ、欣喜雀躍して購入。
このライブ映像はBSか何かで観たことはあるけどね。モントルーはジャズフェスティバルとして有名だが、ステージが狭い。だから、その点はちょっとガッカリするかもしれんがね。しかし、少なくともCDは名盤中の名盤。僕の中ではベスト3に入る。
と思ってDVDのケースを見ると、どうも何か違う。そもそも1983年というのがおかしい。それからメンバーが全然違うぜ。
やってしまった。僕が買ったのは、二度目のモントルーライブのほうだった。粗忽だなあ。で、急ぎ、本来のものを買う。こちらは1980年。これが本物というか、欲しかったほうだ。とんだ散財だが、まあ、聴き比べることくらいはできるか。で、昨日観たのだが、ホーンセクションがないとちょっと迫力不足。夏のBGMが多いライトタッチな松岡直也か。これはこれで悪くないけど。
うっかり者は東京の若者に多いらしく、感染者はかなり増えた。もっとも、検査数もけっこう増えたので、感染数も増えるのが当然だがね。しかし、陽性率もじんわりと上昇傾向だな。あまりよい傾向とは言えない。この時期にキャバクラやホストクラブに行くなんてのもね。とは言え、「夜の街」がやり玉にあげられているものの、全体的には「昼の街」での感染のほうが多いのだ。身近な日常に危険あり。たとえば、スーパーやコンビニの籠なんかはけっこう危ないのでは。
兵庫県知事が「諸悪の根源は東京」と言って、すぐに訂正した。こういう言い方はよくないとは思うが、これだけをもってこの知事をバッシングするのもどうか。2009年に世界で新型のインフルが拡大したときに、日本では唯一アメリカ帰りの神戸の高校生がウィルスを持ち帰り、当時神戸は日本中から冷たい視線を浴びた。その高校生や学校も言われなき誹謗中傷を受けた。兵庫県知事は、春頃に大阪府知事と喧嘩したりして、好戦的な人ではあるが、今回はコロナをがっちり抑え込んでいるわけで、東京のぬるいやり方が気に入らないのだろう。当時は苦しんだろうからね。
そして、確かにぬるすぎる。たとえば最近武漢では990万人に検査をして陽性者を300人発見したが、その作業も数日で終えている。東京でも、新宿や池袋中心に大きな規模で検査をやればいいと思うのだが、なぜかやらない。新宿区は感染者に見舞金を出すことにしたが、検査数を増やすには良案であろう。病院が足りないとは言っても、ほとんどは軽傷や無症状なのだから、隔離さえできれば自宅でもホテルでもいいわけで、目的は果たせる。
新宿は感染症研究所が所在しており、いわばお膝元にもかかわらず、ただ傍観しているっていうのは、この研究所は何のためにあるのかよくわからない。やっぱり厚労省ファミリーはダメだな。問題を解決することよりも、自分たちが主導権を握ることが何よりも大事なわけだから。
そんな中、山中教授が「ファクターX」と呼ぶものについて精緻な研究を進める児玉東大名誉教授は、「専門家は国民のために戦う姿勢を持たなくてはいけない」と、元専門家会議に代表される、解説するだけの感染症の専門家を強烈に批判していた。そんな両教授とも、コロナ対策の中心には立てない。行政は耳の痛い話はワイドショーだけにして、かつそれを参考にして、どうしたら批判されないのかを考えるだけのようである。