菅野所長のエッセイ:心配の効用


2013.10.11

 今週も忙しいなあ。

 この2週、疲れがなかなか取れない。休みには何もしないでひたすら閉じこもっているのにねえ。ひとつには、頼まれ仕事が増えたり、前からあったものの期限が近づいているからだ。とくに雑誌の依頼原稿のほうは、最初から締め切りが近い。たぶん、急遽、誰かの穴埋めなのだろう。ま、しかし、そういうのは全然かまわない。要は、考えたり、書く時間がある程度あれば大丈夫なのである。しかし、今は忙しいので、そういうことがなかなかできない。

 とりあえず、順番として、来週の仕事のレジメをつくるのが先決だな。と、昨日の夜中3時頃、心配で眠れない中、思い立って、何かのチラシの裏を使って草稿を書き殴り、仕事場に持ってきた。これで70%くらいは安心である。パワーポイントは使わないでいいや。そして、原稿は来週だ。

 と、いろいろと心配だ、眠れないと吐露したら、スタッフの一人が「心配しているうちは平気らしいですよ」と言う。ほう、どういうこと? すると、心配しているうちは何とかしようとするので大丈夫、でも何も心配していないと、自分を過信してしまうからだということである。なるほどね、心配していないほうが心配であると。確かに。いつも心配ばかりしているけど、最終的には必ず何とかしてるものなあ、自分の場合。だから、心配しているほうがいいのかもしれない。

 そういえば、凱旋門賞の後の何とも言えない虚脱感から始まっているのかもしれない、この不調な感じは。ほんとに力が抜けていくっていうのは、ああいうものなのだな。ゆっくり、ずぶずぶと沼に沈んでいくみたいな。

 これで、自分の目が黒いうちという悲願のひとつは達成しそうもないともはや覚悟せざるを得ない。勝ったフランス馬トレブは強かった。完敗。あれでまだ3歳の牝馬だもの。同じ3歳ののキズナも健闘して4着。でも、レースぶりからは来年勝つまでの期待はかけられない。それくらいの見る眼はあるもんね。だてに長く競馬をやってきたわけじゃないので。

 とにかく、明日を何とか乗り切り、日曜月曜と引きこもり、でも競馬は少しやって、来週は原稿を8割方は書き、再来週には完成させる。で、月末はちょっとお出かけすると。大まかにはそういう意向でいるのだが、やっぱり心配な感覚は膜のように自分を覆っているようだ。まるで北京の空気のようだな。
 そうそう、最近北京に行った人の話を聞いたら、やはり相当なものらしい。100メートル先のビルは見えるが、200メートル先のは見えない。とくに驚愕するのは、その視界の中で北京空港が変わらずに運用されていることだという。事故が起きたという話も聞かないが、さぞかし怖いことだろう。

 と考えると、北京よりは視界がよさそうだな、僕の場合。なんちゅう比較だろ。
 

菅野所長のエッセイ:言葉の力


2013.10.04

 先週に引き続き、今週もハードだ。しかも、まだ明日を残している。明日はこれを書く時間も余力もなさそうなので今のうちにやろう。

 昨日はとくにひどかったのだが、帰りにスタッフと食事をして遅い電車に乗ったのだが、これが人身事故で練馬のひとつ前駅で止まってしまった。放送によると30分くらいで動くと言うのだが、そんなもの当てにならんだろうと、降りて歩くことにした。たった一駅だと甘く見たのがいけなかった。そもそも疲れているし、多少アルコールも入っている身にはこたえるなあ。だいたい30分くらいで練馬駅。帰り道なので飲み屋でピットイン。ビールを一杯だけ飲んで帰る。

 で、たぶん12時くらいには例によってソファで寝てしまったのだが、3時くらいに目が覚めてしまって、ここから寝られない。ただ、ちょうど男子体操世界選手権(総合)を中継していたのでじっくりと観戦。寝るのは明日の夜でいいやと。

 やっぱりすごいですね。内村航平クンは。他の選手とは異次元の演技である。決して満点のできではないが、ぶっちぎりの金メダル。しかも、銀は若手の加藤凌平クンで、日本選手のワンツーときた。ここでも書いているが、日本体操界はいよいよもって大輪を咲かせるだろう。種目別になると、17歳の白井クンが出てきて、これが世界を驚かせるのは必定である。

 で、思いがけずも、とてもいいものを見せてもらったと満足したので、まあ寝てないのはいいやと。明日も忙しいけど、それさえ終われば日曜は凱旋門賞だ。ここで積年の願いが叶えばこれくらいなんだと思えるのではないかな。ほかにもうまくいってない案件もあるのだが。ま、しようがない。

 ああ、そうだ。今年は流行語の当たり年、なかなかない豊作といわれている。最初は「じぇじぇ」が大本命だったが、後半は「倍返し」が大攻勢。どちらも番組ロス症候群というのがありやなしやと言われている。でもねえ、僕の中でナンバーワンは「一緒に反省します」ですね。「二人で反省します」だっけ? あれはなかなかだった。こんなこと言われたら、男は浮気できないでしょ、少なくとも当面は。その言葉の力がすごい。

 人の気持ちや行動をより動かしたり、コントロールできるのは、こういうものではないか。僕はよく例に出すのだが、トイレの「いつもきれいにお使いいただきましてありがとうございます」の張り紙。、昔は「トイレはきれいに使ってください」というものだった。それが今はどうだろう。ほとんどすべてが「ありがとうございます」になっている。こっちのほうが人を動かす。心理学で言うところの、内発的動機付けというやつである。これと比べると、「じぇじぇ」も「倍返し」もただの流行語でしょ。あ、それでいいのか。

まあとにかく、人間、誰からか言われてやるのではなく、自らそうしようと思うことが肝心なのであった。だもんで、「一緒に反省します」に座布団10枚。
僕も、誰にいわれなくてもいつも反省してます。

菅野所長のエッセイ:鰹にカラシ


2013.09.27

 先週末に出かけていたので、さすがに疲れた。名古屋はまだ暑かったし。でも、仕事が終わり、四日市、桑名を越えて津まで行くと、気候が全然違う。こちらは涼しかった。名古屋と近いのにねえ。

 今回の遊びの合流地点、津は初めて行ったが。とても県庁所在地とは思えないほど何もない。でも、気候的にはとてもいいところだ。

 夜、新鮮な魚を目玉にしているらしい店に行くと、そこは安くて旨かった。何しろ、のどぐろの塩焼きが1050円。もちろん小ぶりだが、かなり味がいい。これはとても東京では無理だ、しかもこの値段で。東京だと2500円くらいからで、旨いのに当たったことがない。カツオも量が多くてたいへん美味しかった。しかし、薬味がカラシなのである。「カラシはちょっと・・・」に、お店の人は「じゃ、ワサビ持ってきましょうか?」えー、ショウガは最後かい?
 でも試しにカラシをつけて食べてみました。これが意外と美味しいので、ちょっとびっくり。カツオはすごいな。マヨネーズでもいけるし。そういえば、昔こっち方面で飲み屋に入って冷や奴を頼んだら、それにもカラシがついてきた。驚くと「こっちのほうはこれが普通や」と言われた。食べ方もいろいろだ。 
 あとは三重と言えばサンマなのだが、そこまで食べるとなると、とても一人では無理だった。みんなもっと早く来て欲しかったなあ。今度津に来るときがあったら、必ず何人かで夕食にしなければ。

 で、今週は疲れから来るのか、どうも睡眠がよろしくない。気がつくとソファで寝ていて、3時くらいにベッドに入る。その繰り返し。最初からベッドにはいると今度は寝付けない。しかたなく、起き出してソファに横になる。そうするといつのまにか寝てしまって深夜に起き、ベッドに入る。どうも今、僕の心身はそれで確立されているらしい。でも、行き帰りの電車ではうとうとだ。
 ま、いいでしょ。そのうち戻ってくるだろうから、そんな寝方でもいいや。カツオにカラシだってありなんだからと、結ぶつくようなつかないような考え。今週は身体のだるさも手伝ってか、あくせくするのはGⅠスプリンターズSに任せ、自分はマラソンランナーとしてのんびりやろうという思いになっている。

 10月6日の凱旋門賞の前に、日本では秋のGⅠシリーズがスタート。⑩ロードカナロアが3着以下になることはないだろうと。もしこれに勝つとしたら先行馬の逃げ切り、逃げ残りしか考えられない。絶好の2枠をひいた②フォーエバーマーク、⑦ハクサンムーンがレースを引っ張る。⑩→②⑦、②⑦→⑩→②⑦の3連単。
 それとハナを譲らないフォーエバーマークによってハイペースになるとも考えられるので、差し馬浮上も。その場合にはロードカナロア1着固定で、④サンカルロ⑥ドリームバレンチノ⑬サクラゴスペル⑮マジンプロスパーも押さえると。予想だけならほぼ完璧だな。

 

菅野所長のエッセイ:ホーディの答え


2013.09.18

 明日から出張で名古屋のほうに行ってきますので、今週は今日でおしまいです。

 凱旋門賞の前哨戦GⅠフォア賞でオルフェーブルが楽勝し、同じくニエル賞ではキズナが接戦を制した。すごいことだ。これでオルフェーブルは一番人気になる可能性が大となった。人気はともかく、日本馬の凱旋門賞制覇がまたもや期待できる運びとなった。が、あんまり期待しすぎるとよくないよな。昨年よりもレベルがかなり高いしね。

 とは言っても、オルフェの楽勝ぶりを観てしまうと期待しないではいられない。去年よりも調子がよさそうだ。キズナも高レベルのニエル賞をよく勝った。こうなると、日本馬のワンツーだって十分に考えられる。

 キズナは、その名前からか、なかなか人気があるらしい。僕の友人の妻と息子が、それぞれ単独で、キズナの勝った日本ダービーを観戦しに行ったという。競馬などほとんど知らないのに、なぜかその日だけはそういうことをしたと聞いてちょっとびっくり。競馬を知らない人に競馬場に足を運ばせるなんて、なんてすごいことだろう。ハイセイコー、オグリキャップ、ディープインパクトくらいだからね。
 とにかく、死ぬまでに観てみたいことのひとつがいよいよ実現するかもしれないのである。10月6日が待ち遠しい。

 もうひとつの願望は「ワンピース」の最終巻を読むことなのだが、こちらは単に長生きさえすれば実現するだろう。しかし、この漫画は本当に良くできている。近いところでは魚人島編が印象的なのだが、作者尾田栄一郎の差別のとらえ方がなかなか鋭い。

 魚人の住む島、魚人島には、人間を憎み、人間を下等な生き物と逆差別するグループがある。これに対して人間と友好的にやっていきたいのが国王派である。
 人間を異様なまでに憎むグループは反乱を起こし、国王派は為す術がないのだが、代わりに麦わらの一味がこれを鎮圧する。ちなみに麦わらの一味は、シャボンディ諸島では、人間から差別を受ける魚人を救け、人間の最高貴族である天竜人を殴り倒すという大事件を起こしてもいる。麦わらの一味には差別意識というものがなく、きわめてソフィスケイテッドされた集団なのだ。

 この闘いの最中、国王派の王子が反乱グループのリーダーに訊く。
「人間がおまえにいったい何をしたのだ!?」
この問いに、首領ホーディ・ジョーンズは無表情にこう答える。
「何も」

 さて、小さなコマなのだが、このシーンはひじょうに興味深い。ひょっとしたら、多くの人は、何もされていないのに、つまり根拠もないのに人間を憎むということを、反乱グループの異常さに帰結させてしまうのかもしれない。わからないけど。

 そうではなくて、差別の本質とはまさにそういうものではないのか。そこには論理的な根拠などなく、差別する側とされる側という彼我の関係を創り出し、それによって自分が優位な存在となること、そして、それ自体が目的化される人間の心のはたらきがあるということだ。近年、ネットなどで差別をあおる連中というのも、ホーディ・ジョーンズとまったく同じように見える。そのあたりをもさらっと描き切ってしまうこの漫画は、誰もたどり着けなかった場所に向かって疾走を続けるのである。

菅野所長のエッセイ:敗者の振る舞い


2013.09.13

 世の中には、ちょっとした出来心とか、軽い気持ちだったのにということがよくあると思うが、今週の自分がまさにそうだった。あんなに深入りするつもりはなかったのにねえ・・・。

 と、これは何の話かというとTVドラマの話なのである。最近二階堂ふみという若い女優がいて、これがどうも気になる。そこで何かに出てないかと調べたら、「Woman」というのに出ていることがわかった。シングルマザーがいろいろと苦労して生きるみたいな話なので、別に関心はなかったし、キャストを観ても僕にとっては魅力的でもないし、でも二階堂ふみがどういうことになっているのか、それだけを確かめるつもりで、ケーブルの見逃しで第一話を観てみた。そしたらもう、これが嫌になるほどの悲惨な設定、何もそこまでしなくてもいいんじゃないのという内容なのである。しかし当初の目的を果たすべく我慢して観ていくと、ドラマ自体にどんどん引き込まれていく。まあ、1話、2話が悲惨のピークで、以降は次々に種明かしがされていったり、行く末に燭光がまたたいている感じもしてくる。

 どうも世間では女性を中心に評判になっているらしい。「半沢直樹」ばかりに注目していたが、ま、半沢は男のドラマ。しかも日曜なので自分にも観られるし。「Woman」はやはり女性のドラマだろう。そのおどろおどろしさはけっこう半端ない。これは観たくないなあと思いつつ、こういうところから目を背けてはいけないような気もして、結局、3日間で9話まで観て、先日最終回は直に観た。

 こんなに遊びなくシビアなドラマが放映されていることにすこし驚いた。ドラマというよりもドキュメンタリーを観たような印象さえある。
 肝心の二階堂ふみ、ドラマの中でも最も鍵となる役どころだが、キャラが奇妙すぎて評価は難しい。陽の満島ひかり、陰の二階堂としてもっと際だたせてもよかったのではないかな。しかし、まだ若いのに、その妖しげな存在感はやっぱりただ者ではないとも思わせた。浅川マキ、カルメン・マキ、あのあたりの系譜だな、だいぶ古いが。でも、そう考えると自分がひかれる理由がちょっとわかってきた。僕はああいうのが好きなんだ。

その二人の母親役の田中裕子。母と言うよりも、もはや堂々たるおばあちゃん女優と言ってよく、役への理解がちゃんとしているなと。別に好きな女優ではないが、このドラマを支えたのは彼女だったことは認めざるを得ない。結局、所々難はあるけど、必見と言ってもいいくらいのものでした。何でも観てみるもんだね。そうそう、ちょっと前に「児童心理」という雑誌に、子どもが親を赦すかどうか、親は子どもに赦されるかどうか、というようなことを書いたのだが、このドラマのテーマもそこだったな。

 さて東京でのオリンピック決定。トレーニングの成果を発揮し、それそれのプレゼンは確かになかなか良かったと思う。笑顔やジェスチャー、日本人が苦手な自己表現を克服しようとしてた。しかし、汚染水は完全にコントロールされているとの首相の言葉には気持ちがフリーズした。おいおい、そんな大嘘言っていいのか? こんな場で。

 時間をおいて考えてみると、IOC委員だってそんなことは先刻承知だろうと。しかし、7年後なんだから何とかなるんだろう、現状ではトルコも難しいと、こういうことなんだろうな。そして、よくよく考えてみれば、こういうことでも言わないと政府は本気で取り組まないしな、結果的にはよかったのではないかと思えてもきた。

 しかも、僕が反対する背景のひとつには、かつて自分の目でオリンピックを見たことがあると思う。でも、49年前、生まれてない人もたくさんいるわけで、そうした人にはやっぱり僥倖であることだろう。多くの人が喜んでいるのならそれでいい。

 いちばん印象的だったのは、トルコの関係者の反応である。東京に決まった瞬間、彼らは大いに落胆はしたが、すぐさま笑顔になり日本に向かって拍手を送ったんだよね。1890年、トルコの軍艦が和歌山沖で遭難したとき、串本の人たちが懸命の救助をしたことは今もトルコの教科書に載っているという。そういう世界で最も親日国とは言っても、こんなときにこういう態度っていうのはなかなかできないのではないか。国際的であるというのは、もっとオーバーアクションにとか、あふれんばかりの笑顔でとか、そういった振る舞いを指すわけではない。こういうところに国の民度というものが表れるんじゃないのか。

 だから、できることなら観たかったね。もし東京がイスタンブールに敗れたら、そのとき彼らはどう振る舞えただろうか。たぶん、首相と知事は、”外国人のように”オーバーに落胆するしかできなかっただろう。

菅野所長のエッセイ:7年後の憂鬱


2013.09.06

 先週はほとんどこっちに来なかったので、エッセイを書かずじまい。どうもあんまり書くこともないのだが。毎日、平々凡々なのだろうか。

 先日、コンビニの前にならんでいる人に見覚えがあるなあと思ったら、ケーブルの釣り専門番組「釣りビジョン」に出てくる人だった。さすがによく日焼けしている。この人は、トラウト系が専門で、北海道とかのロケが多い。銀座にいるのは何かヘンだ。5月に沖縄に行ったときにも、この番組のレギュラーとすれ違った。こちらは大物釣りの番組なので沖縄は主戦場。一月に一回くらいは行ってるのではないかな。
 テレビの常だが、どちらも画面で見るよりだいぶ小柄である。

 僕はこの番組が大好きで、バスフィッシュング以外はほぼ視聴している。その中でも断然のお目当て(だったの)は、「関東沖釣り爆釣会」というシリーズで、こちらは初心者の若い女の子が船で近海ものを釣る企画である。このホステスは交代していくのだが、去年度までは磯部さちよちゃんという子がやっていた。僕はこの子の大ファン。何がいいってすべてがいい。
 本来は、何つうか、アイドル、グラドルみたいなセンで売り出したタレントだったと思うのだが、あんまり売れなかったんでしょうね。そのうち年を重ねちゃって、ほうぼう仕事をこなしていくうちに釣り番組にたどり着いたんじゃないかと、推測ですが。
 とは言え、釣り界ではAKB並みの人気アイドルかもしれない。何しろ、言葉遣いから何からまともでちゃんとしている。つまり芸能界向きじゃないので、いい場所に来たのかも。本人も釣りが気に入っている様子で、釣った魚を料理するとか、船舶免許取るとか、けっこう本気で取り組んでいるようだ。
 とにかく、こんな子は滅多にいないからなあと、現在さちよちゃんがレギュラーを外れているのが残念でならない。と、ひじょうにマイナーな告白をしてしまった、年甲斐もなく。

 さて、猛暑もようやく収まりかけてはきたが、まだまだ暑いことは暑い。どうも安眠できてない感じで、身体が痛かったりだるかったりする。今は毎日、仕事が終わると帰って練馬で寄り道し、一杯やるのが定番。行きつけの店ができると酒量が増えるなあ。

 そういえば、「半沢直樹」を熱心に見る人が、世界陸上で観られないのは許せないと言っておった。うんうん、その気持ちはよくわかるが、陸上好きの僕としては、それはそれでいいんじゃないかと。ここはひとつ許しちゃくれないかと。
 何しろ、高跳びでは、優勝者が、2メートル46の世界新に挑戦するシーンが観られた。ソトヨマル(キューバ)の2メートル45は20年破られていないのだ。失敗だったが、そういうシーンを目の当たりにするだけでも価値がある。
 そして、3段跳びでは18メートルジャンプがあった。陸上の長い歴史でも、18メートルを超えたのは世界で3人目。ジョナサン・エドワーズの世界記録(18メートル29)には遠く及ばないが、その瞬間を観られただけでも幸せというものである。

 そろそろ7年後のオリンピック開催地が決まるが、中東情勢、国情からしてイスタンブールは脱落、東京が本命との噂もある。心配だ。マドリッドになってくれないものか。7年後、原発、汚染水の問題は解決しているのだろうか? 仙台か広島でやるんならいくらでも応援するけどね。

 時勢に便乗して、ケーブルテレビでは「東京オリンピック」(監督 市川昆)を何度もやっている。懐かしい。僕は小学生6年生だったけど、あのときは確かに意味があったんだな。ちなみに、当時は環七を「オリンピック道路」と呼んでいたものだった。

菅野所長のエッセイ:あの頃と今


2013.08.23

 今週は後半になっていろいろあったな。

 やっぱりイチローの4000安打か。すごいなあとは思うが、今のイチローは観ていてもあまり面白くない。”鉄人”衣笠とかもそうだったが、長くやっていればできる記録というのは退屈である。この3年くらいはイチローはすごいと思えないからなぁ。

 今なら、レッドソックスの抑えのエースに成り上がった上原のピッチングが断然スリリングである。そしてダルビッシュ、黒田がいるし。上原も36,7歳か、黒田はイチローよりひとつ下、それが完全にチームを支えている。今のイチローはそういう存在ではない。マン-Uの香川みたいなものだな。年間3割、200安打でもやらない限り、今後の記録はおまけみたいなものだろう。僕はイチローが好きだし、尊敬しているが、今のようなイチローを観たいとはあまり思わない。日本にいた頃、そして10年前くらいのイチローと今のイチローはもう全然違うんで。

 それから、4000本打ったのは3人目ということだが、先日の世界陸上男子3段跳びでは、陸上史上3人目の18メートルジャンパーが出た。僕はその瞬間を見ていたが、同じ3人目でもこっちのほうが断然すごい。世界記録はジョナサン・エドワーズの18メートル29、これは別格、遠く及ばないけど。
 男子走り高跳びでは、世界記録の2メートル46への挑戦もあった。ソトヨマル(キューバ)の2メートル45は、20年間破られていない。こちらも失敗には終わったが、挑戦するだけでも久しくなかったことだ。こういうシーンをみると、エドワーズやソトヨマルの在りし日を思い出すなあ。
 とにかくマイナースポーツの野球と陸上だもの、どっちが価値があるかは言わずもがなだ。世界陸上のせいで「半沢直樹」が観られないと憤慨している人もいるだろうが、そういうことなので許してやって欲しい。

 宇多田ヒカルの母、藤圭子がどうも自殺のようだ。この人の人生も波瀾万丈で、近年では精神的にだいぶおかしい感じになっていたようだがね。
藤圭子というと、その不幸な人生が言われるが、昔あれはほとんど作り話だったと暴露されてた。デビューさせるときには、わりといいところに住んでたのに、わざわざ4畳半のアパートに引っ越しさせて、貧乏を演出。インタビューでも話をしちゃダメとか指示があったと。本人はそれはまったく違い、明るくておしゃべりな子だったわけで、そういう嘘ばかりの世界にいることに耐えられなかったから早々に引退しちゃったんだろうと思うが、当時藤圭子の裏側を知って、芸能界とかはそういう世界なんだな、売るためにはそこまでやるんだと自分の中に刻み込んだ例ではあった。

 それはやっぱり芸能界に限らない。原発事故のその後の深刻さは前にもここで言ったが、真実はほとんど明かされていないようだ。再稼働はもちろん、改憲とかやってないで、本腰を入れて対応しないとどんどん大変なことになっていくぞ、これは。何だかなあ、ひょっとして第二次大戦以来の国家的な危機と言ってもいいんじゃないか。みんな戦争のことなんて忘れてたり、知らないからね。

 戦争については当然僕も知らない。しかし、思い起こせば、昔あちこちで公害が発生し、とても人が住めるような環境じゃなくなりつつあったとき、あれはよく挽回したよね。自動車メーカーなど製造業のブーイングをはねのけ、10年20年かけてね。今の若い人は当然知らないよなあ。約40年前、東京では隅田川や中川が死の川だったり、多摩川はいつも泡立っていたり、街中がくさかった四日市もそうだったが、東京などの大都市はみな、スモッグに覆われて、遠くからは霞んで見えないくらいだったのだ。このままでは地下都市計画を進めるしかないなんて話さえあったんだから。

 何だかんだ言ってもその頃は、儲かればいいという企業原理を抑制し、矯正する力が政治にあったということだろうな。あるいは、1ではなく99のための政治理念というものがまだ生き残っていたのかもしれない。あの頃と今とで何が違うんだろう。同じ自民党政権なのに。

菅野所長のエッセイ:思わぬ欠点


2013.08.16

 ドラマ「半沢直樹」は桁外れに面白い。脚本はいいし、世相を反映しているし、主演堺雅人はもちろん、キャストがいい。下手をするとぶちこわしになるような設定のおかまの国税統括官も、歌舞伎役者片岡愛之助を持ってくることでむしろ大成功。これと小木曽次長役の緋田康人が抜群の小悪党ぶりで、赤井英和とか上戸彩とかの大根演技が、逆にその善人性を際だたせてる結果となっている。つくづくキャストの妙だな。壇密はどうかと思うけど。

 気になるのは、半沢の同期で、精神を病み、あげく出向の憂き目にあってしまった近藤君である。半沢が頭取になったあかつきには(なるかどうか知らないけど)、ぜひ本社に呼び戻してほしいものだ。
 とにかく、「家政婦のミタ」よりも「リーガルハイ」よりもはるかに面白いのは確かだ。やればできるじゃないか、テレビ局。

 サッカー、ウルグアイ戦。実質的に初めての代表となった柿谷。まあまあよくやったのではないかな。マンUでレギュラーにはなれなさそうな香川が、張り切りすぎというか焦りすぎではなかろうか。フリーの柿谷にちょこっとパスすれば、確実にゴールというシーンが2回あったぞ。
 まあ、しかし、強豪ウルグアイには敵わない。ちょっとした隙をついては、スアレス、フォルランの二人で点を取っちゃう。しかも、今回はセリエの得点王カバーニが来ていない。もしいたら、あと2点は献上してたな。

 それにしても、吉田の鈍足ぶりは深刻だ。今更なのだが。もう少し足が速くて、足下がうまいCBが出てこないものか。ザックとしては攻撃的なサッカーをしたいわけだが、そのためにはどうあってもDFラインを上げなければならない。しかし、そうするといとも簡単にCBが出し抜かれてしまう。

 あと、ウルグアイの2点目のフリーキック、GK川島がまた古い手にひっかかかったもんだなあ。さすがに、本人反省してたが。

 ホームだったが、日本選手のほうがコンディションはよくなかったね。長友は出られなかったし。本田も動きが鈍かった。内田はさらにひどかった。まあ、海外組は数日前に試合をしてたからね。とにかく、これからも柿谷を使ってほしい。世界レベルのDFに付かれると、豊田ではちょっと仕事ができないようだし。伸びしろも考えたら、もう代表のFMは柿谷でしょ。今回は無得点だったが、次は「倍返し」してくれ。

 サッカーといえば、「ジャイアントキリング」の最新刊。これは、かつて天才と謳われたプレーヤー達海猛が、足の故障で引退し、その後Jリーグ監督となってイーストトーキョーユナイテッド(ETU)を率いる話である。ETUの浮沈を握るのは、サテライトから上がってきたばかりの椿大介という選手なのだが、この気弱な椿の成長過程というのもこの漫画の見所となっている。

 この28巻では、思いがけずもUー22オリンピック代表に選ばれた椿が、予選のウズベキスタン戦の後半でいよいよピッチに立つのである。僕は、これを電車の中で読んでいたのだが、もうじーんと来てしまって、その先が読めず、本を閉じてしまった。あの椿がこんな大試合に出てくるなんて。気持ちが平静になって続きを見届けたけど。
 次の日、電車でまた再読したのだが、やっぱりそのシーンになると、本を閉じてしまった。何なんだこれは? その後も、このシーンでは必ずじーんと来てしまうのだ。ま、10回くらい読んだら普通に読めるようになったがね。
 たぶん、お話とはいえ、椿という選手の小さい頃からのエピソードを知り、そのキャラもわかり、知らず知らず多分に感情移入していたということなのだろうが。

 このことがあって、自分のちょっとした欠点を思った。サッカーでも野球でも、僕には特別な贔屓チームというものがない。だから、たとえば一人の選手が下部チームからはい上がってきたりする姿をずっと追いかけるということもない。もしそういうファンであるならば、ある選手が一軍に上がってきたときの感動というのはひとしおなんだろうなと思うのである。広く浅くの弱点だな。ま、しかたない。南海ホークスが消滅したときに、そういうものは無くなったのだ。

菅野所長のエッセイ:先見の明と暗


2013.08.09

 この間の日曜は仕事だったし、その後にずっと飲み続けてしまった。翌日はもう疲れ切ってひたすらこもっていた。そんなスタートを切った今週だが、どうも胃が痛い。それでもついつい飲んでしまうのだからほんとにダメ人間の極みと思わざるを得ない。

 けれども世の中はもっとダメダメな状況が続いている。放射能汚染水が毎日300トンも海に流出しているというのは、とっくに予測できていたことにしても衝撃的ではある。今に始まったことじゃなかろうし、300トンというのも少なく見積もっている可能性もあるし、日本近海は死の海になってしまうのではないかと心配だ。海は世界につながってもいるしね。事故以来と考えれば、すでに何十万トンもの汚染水が太平洋に流出しているのではないだろうか。下手すると世界から袋だたきに遭うんじゃないの。

 東電任せにしていたのがいけなかったと、急遽税金を投入。凍土作戦をやるとか。陸部の放射能除染にしても5兆の経費がかかるというし、代償はあまりに大きい。全部税金、国民につけが回るだけ。原発のコストパフォーマンスは最悪だった。チェリノブイリ、スリーマイル、そして福島とあったわけだが、国土の狭い日本ではその深刻さはけた違いだ。そもそも日本の地勢で原発を作ることには無理があったということだろう。そこに戻らなきゃ。

 選挙で圧勝して、何もなかったこととして原発再稼働を進める政府だが、ひたすらやばい路線である。今も故郷に戻れない人たち、汚染水のことなど考えれば、何も終わっちゃいなくて、むしろ始まりだなと僕は思う。原発がなくても電力は足りるのはもう明らかななんだし、思い切って電力会社はすべて国営化してしまったほうが、結局はコストがかからないのではないか。しかし、目先のことばかりを追いかけるのが人間の悲しさというものか。結局そういうのは、知恵が足りないということなのだが。

 昔、日本の体操競技の復活の裏に10年越しの育成計画があったことをここで書いた。そのときは富田とか米田とかが出てきてオリンピックで活躍。その流れが内村航平という飛び抜けた存在を生んだわけである。今またその内村を超えるような16歳の白井君が出現、すでに世界一のひねり技を習得しているんだからすごい。

 それもこれも体操協会の先見ある「政治」によるものである。そういう人たちに内閣を替わってもらいたいものだ。禁酒法時代のマフィアのような出で立ちで、相も変わらず世の失笑をかっている麻生太郎であるが、失笑では済まされない発言をしても更迭はなし。何しろそういう政権だからなあ。すべてに時代錯誤、先も見えない。国を強くしようと思うなら、軍事力アップじゃなくて、教育なのだが、そっちのほうでも、道徳の時間をつくることが目玉なんだもの。それでは、北朝鮮や中国と同じじゃん。
 この短絡さは何なんだろう。とても政治家の考えとは思えない。完全に「修身」の発想であるからして、これは軍人のものだな。というところで気づいた。ついつい見かけにだまされるけど、背広を着ている軍人だと思えばすべてに合点がいく。やっぱり見かけにはだまされやすいのだ。それにしても、軍人が政治を司るとなると、それはうまくいかないわな。

菅野所長のエッセイ:真夏の不等式


2013.08.02

 この春から週休二日になったのはいいことなのだが、慣れてないのでどうにも過ごし方がよくわからない。とりあえず、最近は映画に行くようになった。この間は「風立ちぬ」、その前は「真夏の方程式」とベタなものだが。歩いて15分くらいの豊島園ではそういうのしかやっていないのでね。

 この夏なんと言っても「風立ちぬ」を楽しみにしていたのだが、飲み屋でたまたま観た人の話を聞いたところ、「大人のアニメですね」という感想のみ。どうもビミョーな反応だったので、「これはもうひとつなのかもしれない」と心の備えをしておいたのだった。 さて映画のほうは、前半部はなかなかいいなあと思ったのだが、20分くらいすると「これはアニメでやる必然性があるんだろうか?」という疑問がもたげた。宮崎アニメではいつものことだが、前半部は丁寧な運びであっても、後半尻切れトンボになる。この映画も多分に漏れなかったなあ。うーむ、やっぱりビミョー。

 高校一年か2年くらいだったか、堀辰雄の「風立ちぬ」を読んで、そのセンチメンタリズムと叙情性にけっこうやられてしまった。当時から10代後半にかけては、いろいろとバカなことをやりつつも日本文学を中心に本を読みあさった時期である。堀辰雄は文学史上さほど存在価値がある人とも思えないが、それでも「風立ちぬ」にはやられてしまうのである。
 そのタイトルを冠した映画を観ないではいられないわけだったが、ちょっと残念なものだった。小説を読んでない人にはいいのかもしれない。前半部の感じがずっと続いていればかなりいい映画と思うけど。ま、しかし、アニメでやることの意味はなかったな。せっかくのユーミン「ひこうき雲」も作中に挿入したほうがいいんじゃないの?

 これなら、ドラマの延長、そして映像だけはきれいだが、内容的には劣化版の「真夏の方程式」のほうがいいところもある。謎解きもお粗末、犯人心理もお粗末で、ありえない感が強い映画だが、福山雅治演じる湯川学と少年とが海に向かって何度もロケットを打ち上げるシーンだけは美しく秀逸だった。ダメなのはキャスティングと脚本。とくに民宿の主人でである前田吟。寅さん映画が消滅して行き場がなくなった役者には荷が重かった。杏は意外と悪くないのだが、脚本的に無理無理な役柄なので気の毒。一番あり得ない。僕の大好きな風吹ジュンもそのあおりを食らった感がある。

 とにかく内容的にはダメダメで、きれいな海の映像には少し救われただけの映画のはずだったが、ラストで思わぬ展開となる。少年はそんなこととはつゆ知らずに自分が殺人を手助けをしていたことを悟る。そのことをぼそぼそと語る少年に対し、湯川は心理的に救おうとはしない。それどころか、そのことと対峙することを課する。えー。そりゃ酷すぎるんじゃないの、こんな子どもに、と思わないではいられない。普通は、そんなことないよ、君には何の罪も責任もないよと言い含めるシーンでしょ? ここは。
 ここで観客の心はずーんと重くなり、それを引きずりながら映画館を後にすることになる。僕も歩きながら考えた。しかし、あのラストでなかったら、何も残らない映画だよなあと思った。十字架を背負った少年がこれからどう成長していくのか、大人になっていくのか、そんなことを考えるわけである。

 それにしても、わからないものだ。映画も競馬も。あの一点のみで自分の中では「風立ちぬ」よりも「真夏の方程式」のほうが、より心に残る映画となった。

30 / 41« 先頭...1020...2829303132...40...最後 »