菅野所長のエッセイ:人形の屈辱


2019.10.19

もうすっかり秋だなあ。こうなるともう調子が上がらない。力が湧かない。せめてこれくらいはやらないとと思い、先週は原稿を2本書いたのだが、じぶんでもよくやれたと思う。

台風の被害は予想以上だった。雨台風だったから倒壊などの心配はないだろうと思ったが、雨量が半端なかった。水害対策とは言っても規模が大きいからね、なかなか自治体では対処できない。でも事前にかなりアナウンスしてたからこんなもので済んだという見方もできる。ほとんどの人は自然災害を甘く見ているからな。でも、それもしかたないんだ。モンスター級の災害経験なんて一生に何回もないもの。その体験というのは引き継がれにくい。

結局、復興に向かって国が、国民がいかに支援していくかが大事となる。そんな中で、僕からしたら嫌になるニュースがある。まずは、オリンピックのマラソンを札幌でやるというやつ。いきなり、IOCが「決めた」と言う。どういうことかと思ったら、五輪組織委の賛同があったという。会長は森喜朗だ。まったく。本人は反対できるわけないと言っているが、そんなことはない。そもそも東京に決めたのはIOCなんだから。開催に当たって最も適正な地と言ってるんだから。

寝耳に水は小池都知事。あれ以来置物の人形のような存在だが、さすがにこれは気の毒。何の相談もなかったんだからね。暑さ対策で300億以上の経費を使っているし。そういう金もつまりは税金からだ。「北方領土でやれば」という腹いせの嫌みも今回は許そう。
ま、僕はオリンピックの誘致自体に反対だった。いまどきのオリンピックは、やれば自分のクビを自分で締めるものだからね。はやくもこういうことになったな。これからは札幌でも金がかかる。

こういうことっていうのは、ほぼ政治家の見栄張りであり、功名を挙げるためのものだよね。その中心は当時の知事猪瀬であり、組織委会長にしゃしゃり出た森だな。「札幌開催の意図はわかるが、すでにこれだけのコストを払っている。それをIOCが負担してくれるなら札幌案を呑もう」くらいのことが言えないのか? 言えるわけないか。そんな能力ないもんな。

しかし、政治家たちは、経済成長はなく災害費用はかさむ中、もっと自重してくれと言いたい。とそこで、次の事案だ。安倍首相が「桜を見る会」というのをやっているわけだが、来年度の予算を3倍にしてくれと言っている。まったく何考えてんだか。まあ、彼は「園遊会」をやりたいんだよね。憧れなんだろうが、これぞ、政治家の見栄の最たるものだ。そんなの僕に幹事を任せてくれれば100万円の予算でやってやるのに。

さて、秋華賞は僕の本命クロノジェネシスが快勝。珍しく的中もあまり予算がなくさして儲からずである。今週は菊花賞。本命は⑮ホウオウサーベル。5番人気くらいか。以下⑬ヴェロックス⑤ワールドプレミア⑦ヒシゲッコウ②ニシノデイジーが相手。しかしあいかわらず予算がない。

菅野所長のエッセイ:祈ることしかできない


2019.10.11

先週アップしなかったのは体調不良からである。申し訳ない。頭痛や背中の痛みから始まって、その後喉に来たりして、これは風邪なのだなと気づく。これが夏風邪っていうやつかと言ったら、今はもう秋ですよと言われてしまった。でも、10月になっても30度以上の日があったりして、先週の段階ではまだ残暑という感じであった。それはともかく、火曜、木曜、金曜と休んでしまい、ご迷惑をおかけしてしまった。

今週はだいぶマシにはなったが、それよりも心配なのは台風19号。今年最強というのは間違いなさそうだが、ひょっとすると室戸台風なみという話もあった。今朝の段階では925ヘクトパスカルだった。関東に来る頃には940ぐらいではないかと言われている。それでもじゅうぶんに大きい。
では、明日はどうするのかということを昨日からずっと考えていた。結局、明日はTCCは営業取りやめということにした。やはり、社員の安全が最優先されなければならない。たとえ、出勤が可能だとしても、歩いていて何が飛んでくるのかわからない。台風の怖さは身にしみてわかっているからね。
昨日講演先で営業の人と土曜の営業について話しながら思った。よく「お客様は神様です」と言われ、それが最優先という考えがあり、それは僕もそう思うのだが、こういう緊急時には当てはまらない。こういうときはお客は次点である。 もしも文句や不満があるとしたら、それは一身に受けよう。

それにしても、ほぼ東京や千葉に直撃しそうである。千葉県の南部などはまだ傷も癒えていないのにねえ。それも心配でしかたがないが、僕の家もリビングは全面ガラスなので、何か飛んできたりしたら大変な惨事になるかもしれない。

最強と言えば、「新アメリカンアイドル2」が、長い番組史上最強かもしれない。以前はFOX・TVだったが、WOWWOWプレミアムの放送になったので、この季節にやっているのだ。今は地方予選が終わってのハリウッド予選だが、ベトナム出身の女子高校生マイラがなかなかすごい。ベストパフォーマンスは、グループ予選での”テルミーホワイ”かな。まだまだこれからが楽しみである。

台風とあまり関係なさそうな関西では、GⅠ秋華賞が行わる。まあ、日曜なら関東も天気はいいだろうが。
最近は外れ放しなので自信はないが、本命は⑤クロノジェネシスかな。この馬には2000Mが一番合っているような気がする。一番人気の①ダノンファンタジーは次点。差がなく、⑪フェアリーポルカ⑦ビーチサンバ⑧カレンブーケドールあたりか。⑤からの馬単か馬連が中心かも。

 

とにかく、土曜日はあまり被害が出ないことを祈ろう。日曜日には競馬が当たることを祈ろう。

菅野所長のエッセイ:予見という壁


2019.09.28

この1~2週で思ったのだけれど、裁判や判決というのは難しいなあということ。東電幹部の無罪判決は、刑事罰はなかなか問えないんだろうと、法の理からして予想していたのだが、そもそも法の理というのが難しい。骨子としては、あれほどの津波が来るとは予見できなかったから無罪ということだ。予見ということを中核に置けば、千葉の台風で、ゴルフ練習場の倒壊による被害も、あんな台風が来るとは予見できないから無罪となるんだろう。

それは納得いかんぞという考えは当然あるわけだが、予見という言葉の前には無力なのである。
予見というのは何なのだ。調べてみると、明治時代の民法に「予見」はあらわれる。現在では709条。そこでは、「過失」とは、予見可能な結果について、結果回避義務に違反していたことを指す。で、東電の判決の根拠は、まず予見不可能だったということ、加えて、予見可能であっても結果の回避は不可能だった、したがって東電には過失はないというものである。条文そのままだな。                                                                                                                      しかし、どうなんだ。
裁判で明らかになったのは、事故の何年も前から、東電は福島原発に危険が及ぶことを相当意識していたということ。調査チームは過去のケースに基づき、およそ15メートルの津波が発生すると「御前会議」で報告している。結局この報告は無視されたわけだが、15メートルという数字はほぼピタリと的中である。結果からすれば「予見」していたと言えなくもない。しかも、専門的な職業の場合には、結果回避義務のレベルは、一般よりも高度になると民法には明記してある。

すなわちこの判決では、原発という、一般とはかなり異なる事案であるにもかかわらず、ごく一般的なレベルでの過失責任について結論を出していると言えよう。まあ、例によって国が守ったということだな。モリカケと同じね。

でも、千葉のゴルフ場の件は国はかかわってこないから、この先(の裁判)が興味深い。
予見はできないということには違いないが、争点はそこではなくて、他にも幾多練習場がある中で、この練習場だけが倒壊したとなれば、建築の保安、点検、などに瑕疵があったという論が成り立つだろう。でも、補償するほどの金はないだろうから、有罪となっても被害者は浮かばれない。そのとき国、県はどう動くのか。そこが動かなければ、寄付を集めるくらいしかない。

日曜は久々のGⅠスプリンターズステークス。⑧タワーオブロンドンと②ダノンスマッシュが人気だが、逃げた場合の⑦モズスーパーフレアが侮れない。この3頭に、⑨ディアンドル③セイウンコウセイあたりかな。

 

菅野所長のエッセイ:人災と天災


2019.09.19

先週は、週中から仕事で名古屋に行って、その後は京都に行ってきた。関東に比べて関西は暑い。災害も西日本に偏る傾向にあると思ったら、千葉での台風がすごかった。あの夜は、風がうるさくて眠れなかったもんな。

市原とか南房総とか、僕には馴染みのある地域で鉄塔が倒れ、ゴルフ練習場が倒れ、山間部は木々が軒並み倒れた。先日は、1週間から2週間は電力が復旧しないという報告。市原などはゴルフ銀座だが、ゴルフ場は壊滅状態ではなかろうか。
自然災害の常だが、だいたいは対策の遅れが目立つ。今回は東電のリサーチが甘くて批判を浴びているが、政府の初期対応もなかなかひどい。新内閣の発表で浮かれていたせいだろう。台風がきて、33時間後に初めて閣僚会議があったらしい。地元千葉県の対応も異常に遅いし、住民がかわいそうだなあ。

こういう場合、関係者はだいたいが「自然災害だからしかたない」と逃げ口上なのだが、別に災害の責任を取れと言っているわけではない。人的な部分ではちゃんと努力しろということなのだ。この点で、東日本大災害の東電の旧経営陣に対する最高裁の判決は無罪と出た。大津波は予見できなかったというのが骨子。個人的には、完全に無罪というのはおかしいと思うが、この判決はまあ妥当なのだろう。しかし、そうした経験があってもなお、千葉の停電について「まさか、あんな被害になるとは思わなかった」と言えるのだろうか。社会的責任の大きな企業、半分は国営みたいな東電においてのあらゆる想定の甘さはどういうところから来るのだろうか。

自然災害なのか人災なのか、たとえば福島の汚染水の問題はこのテーマを今後も掘り起こすことになるだろう。安倍政権の軍門に下り予想通り入閣を果たした小泉進次郎だが、早くも管轄が違うと言ったり、この問題と距離を置こうとしているようだ。一応福島と国民向けには耳障りのいいことを言うけれども、実際にはまだ何もしていないし、また何もできない(しない)で終わる可能性も高いな。

 

さて、あの台風の1週間前には、市原のど真ん中で法研のゴルフコンペがあった。実は絶好調の気配があり、自信満々で臨んだのだが、惨敗。自分に負けるとはまさにこれだと思った。驕り高ぶった気持ちでやってしまって、それがことごとく裏目に出た。何回こういう失敗を繰り返せば、まともになるのだろうか。ゴルフでも何でも謙虚さを持たないといけないね。
京都では、八条口のほうのホテルラッシュがすさまじい。最近は烏丸側に泊まることが多かったせいか気づかなかったが、大小取り混ぜてあらたに10近くは増えたのではないか。でも、他の観光地に比べれば、中国以外の外国人が多いかな。たぶん京都は、実用品の買い物には向いてないからかもしれない。京都駅の中には、いつもY氏と行く寿司屋があるのだが、今回もうまかった。すしを食べるわけではないが、毎回魚がいい。こういう外れのない店があるのはありがたいね。京都に行くと、だいたいは、ここで飲み食いをして新幹線に乗って帰るのだ。

今週末は盛岡に行く。盛岡に行くのは10数年ぶりかな。いや、7,8年前にも行ったか。よく覚えてないが、公私合わせて4回くらいは行っているみたいだ。東北に行くと、他よりもお酒が美味しい感じがする。もう名物の麺類はいいので、少しの魚と日本酒があれば満足だな。これが終わると、当分どこにも行く予定がないなあ。それが淋しい。年末には九州に行こうということになっているのだが。できれば、紅葉の季節に温泉にでも行ってみたいのだがねえ。

仕事のほうは、これから2ヶ月くらいかけて、非常勤カウンセラーの面談をしなければならない。総勢60人くらいはいるから、なかなか大変である。以前全員と面談しようと思ったときには、まだ30~40人くらいだったかもしれない。人が増えてしまってからは、全員とやるなんて言わなきゃよかったと、この季節ちびっと後悔するのだが、やっぱり面倒でもこういうことはやらないといかんよね。と気を取り直すのである。

菅野所長のエッセイ:管理職はイヤだ


2019.09.07

韓国の政治というのは独特だなとみなが思うようになっているだろうが、韓流歴史ドラマにはまっている僕としては、李氏朝鮮時代の政治、ただの派閥争いと寸分違わないという印象だ。現代でも同じことを繰り返しているわけだ。
とは言え、それは韓国だけに当てはまることなのいだろうかと思った。世界に国という単位が生まれたときから、そこに公の政が始まったわけだが、ひょっとしたら人間の歴史の中で最も変わらないのが政治なのかもと思った。それは結局、権力争い。おおかたは武力から選挙に変わったけど。

なかでも韓国は、政権交代によって元大統領が犯罪者になってしまうのがここのところの通例だ。だから必死。文大統領は、自分が投獄されないために、次の5年、”革新”政権を継続させなければならない。だから、あそこまで無理筋を通そうとする。これが悠々自適の生活が待っているなら違うんだろうね。それは”タマネギ”とて同じ、ここで負けたら大変だから、何が何でも今の立場を守ろうとする。
こうしたこと、日本人からしたらみっともないと思えることについて、韓国国民は案外寛容に見える。長い歴史の中で、政治とはそういうものだという認識が深く刻み込まれているのかなあ。そういう意味では、香港は違うな。ついに条例改正案が撤回されることになったが、まだまだそれを勝利とは思っていない。しかし、目指すゴールは遠いぞ。

中国にしてみたら、香港では一敗地にまみれたけれども、アメリカとの経済戦争では一歩も引かないし、着々と世界の盟主への道を歩んでいる感が強い。アメリカのベンチャー企業を始め、多くの国の企業が中国資本の傘下だ。そのIT先端技術は抜けている。
アメリカや日本などが驕り高ぶり、生産力がなくなっていった間にものすごいエネルギーで追いつき追い抜いた。もうこれはとても勝てないな。日本もアメリカの属国をやめて、中国と仲良くしたほうがいいと思うぞ。「滴滴」も日本に来たし。

日本の生産性が異常に低下したのは、失われた20年に示される悪政も大いにあるが、それに絡んで働く人間の意識が変容したこともあるのではないか。
先日の国際的な調査によれば、「管理職になりたい」と考える社員の比率は21%。断トツの最下位。ただし、沖縄県人だけが答えているわけではないから、この数字の意味はそう単純ではないだろう。いわゆる出世志向がなくなったのは確かで、仕事ばかりでなく、他のことも楽しめる人生を送りたいとバランス感覚を大事にする人が増えたことも確かだが、自分が納得できるような仕事をすることが大事だと考える人も多いのではないだろうか。
たとえば、カウンセリングにくる年配者で、早期退職を考えたり、再雇用について考えたりする人の中には、次に仕事をするのなら、「社会や人の役に立っていると実感できる」ことをしたい述べる人が多い。いいことだなと思う。昔のワーカホリックな時代に比べれば、仕事への意識としては雲泥の差だ。 でも、そうなると経済戦争には勝てない。今の中国のように、昔の日本のように、貪欲なまでに利益や成功にこだわる人間のほうが強いのだ。それが悲しい。

菅野所長のエッセイ:変わるべきはどっち?


2019.08.30

最近は夜が涼しいのでよく眠れるのが嬉しい。

先日ソウルで日本人女性が暴行を受けた事件があったが、これに対して韓国での反応はほぼまともなものだった。政治的には反日、嫌日が多数派のようだが、それでもこういう暴力はいけないと、これはこれ、それはそれという識別がなされている。軍事、経済的には報復措置をとるけれども、国民感情はまた少し違うわけだ。もともと韓国での反日的な感情は安倍政権に向けられているものであって、日本人そのものをものすごく嫌っているわけではない。それはたぶん、日本人も同じだろう。が、むしろ、互いの政権のほうが国民を反日、嫌韓にあおっていたり、そうなることを望んでいる印象が強い。
文大統領も安倍首相も、そしてトランプもだが、結局権力者としてのメンタリティは寸分違わない。彼らは自分の理想のために世の中を変えようとする。反日も、軍事化も、自国保護も、自分の考えは絶対に間違っていないという妄念とともに。企業でも、行政体でも、あるいは学会でも、みなそういうことをやるよね。

でも、基本的な認識が間違ってるんじゃないの? 自分のためにではなくて、世の中のために自分を変えきゃ、組織のために自分を変えなきゃ。僕なんかは、資質的には彼らと同じで突き進んじゃう暴君タイプだが、そこは自分をずいぶん変えたもんだが。えっ、そんなふうには見えない?  そうならば不徳千万、情けない。

まあとにかく、韓国の政治状況はなかなか大変なことになっていて、文政権もまったく不安定なものになった。やっぱり、大統領制というのは、民主主義の中に仕掛けられた独裁制という感じで、あまりよくないのではないか。しかし、中国と一緒で、歴史的な文脈からするとなじむのかもしれないがね。

もっとも大統領制ではない日本でも、今ややりたい放題の状況。しかし、前提としてはアメリカの属国という枠内に過ぎないとも言えるのだが。空母化させた「いずも」を最初に使うのがアメリカ海軍と聞いてまたもや呆れ、関税では言いなり、北のミサイル実験にも、アメリカに届かないやつならと意に介さず、トランプはこれを擁護。首相はただ黙り込むだけ。ガキの使いか? まあ、1948年以来の自民党の成り立ちからして、半世紀以上もこうなのだった。この国が自立するのはいつのことか。

菅野所長のエッセイ:情熱の種類


2019.08.22

明日から出かけちゃうので、今日書いてしまいます。

このところ行き帰りの電車で呼んでいるのはローラ・カミング著「消えたベラスケス」だ。読み応えがありすぎるほどあるので、今回は2回目となる。ドキュメンタリーともミステリーとも言えるものでとても面白い。

主人公は19世紀のイギリスの書店主ジョン・スネアという人物なのだが、スネアはあるオークションで、17世紀にベラスケスが描いたと思われる肖像画をたった8ポンドで競り落とした。当時イギリスではベラスケスをよく知る人間はほとんどいなかった。しかし、署名がないなど、その絵が本当にベラスケスのものかは定かではない。スネアは自信の人生を賭ける思いで、当時のことを調べ、有識者に尋ね、確信を深めていくが、絵を本物と認めない者からの攻撃にさらされる。イギリスやアメリカでも一般の人たちのために展示し、それなりに人気を博するが、それでもつねに専門家筋からの攻撃に遭い、裁判にも発展し、その所有権までも危うくなっていく。

貴賤の色濃い社会で、画壇においては無名でちっぽけな存在でしかないスネアの、たった一人の戦いと苦悩とそれをやさしく見守る著者のローラ・カミング。
カミングもまた、スネアと同じような情熱で、かぼそい情報を拾い集めてスネアの足跡を追い、謎の多いベラスケスについてと、現存しているのかもわからないその絵がベラスケスのものであるかどうかを分析していく。
ああ、こうやって粗筋を書くだけでちょっと興奮してくるなあ。今回は2回目なので所見よりもわかりやすく頭に入ってくる。旅の終わりには読み終わっていることだろう。

しかし、僕にはどうも理解できないのは、スネアの情熱である。自分だったらそこまで情熱を傾けるのだろうかと疑問だ。これは価値のあるものだ、わかって欲しいという気持ちは理解できる。でも、それって、他人の描いたものじゃない?と思ってしまうのだ。自分のものならわかるけどね。

たぶん収集家というのはそういうものなんだろう、と思うしかない。僕には収集の趣味とかないのだが、その理由がわかった気もする。僕にとって大事なことは、自分が何かを創り出すことなのだ。仕事もつくるものなんだよね。振られることでもなく、見つけることでもない。
絵画の世界というのはけっこう謎だらけなのかも。この頃思ったのは、円山応挙は人気があるが、その師である石田幽丁は何でまったく人気がないんだろうということ。先日、静岡でその謎を突き止めてみようと思ったのだが、荒天のはずの天気が良くなってしまい、ゴルフをやることになってそれができなかった。残念。

ああ、そうだ。もう一度海外に行くとしたらやっぱりスペインだな。マドリッドだな。それで毎日プラドに通うの。スペインはすごいな。絵画ではベラスケス、映画ではビクトル・エリセ。

そういえば、ブエルタ・ア・エスパーニャがそろそろ始まるのではないか。あのすべてをオレンジ色に見せるようなアンダルシアの陽光は今年も健在だろうか。

 

菅野所長のエッセイ:大事なことは守らなきゃ


2019.08.17

今週、あのブログでは、こういうテーマは書かないのか?と複数人から言われた。確かに気になった時事ネタはたくさんあるわけだが、書く段になると切り捨てることもある。妙に書きにくかったりする場合もあるし。
しかし、そう言われると、もう古いネタではあるが書いてみようかという気になった。で、今回はそれで。

まずは、「闇営業」から始まった吉本のドタバタかな。これは渦中の中心にいたあの芸人があまり好きじゃないので書かなかったな。それと、いち早くビートたけしが見事なコメントを出したのでもういいかと。
「猿回しの猿が悪さをしたときに、猿に謝らせてどうするんだ」
いやあ、もう言うことはない。会社サイドは、世間を騒がせたと謝罪会見を開き、相応のペナルティを発表すればそれで事足りたのだ。あの程度なら、斡旋している入江某はクビでいいが、宮迫某には謹慎一年、他は半年くらいが妥当だろう。
高校野球、花巻東の大谷以上の逸材と言われている佐々木投手。岩手県の決勝で監督は彼に投げさせなかったことが物議を醸した。学校には非難の電話が殺到したとか。
これは監督が文句なく正しい。彼の将来を思えば当然だな。何でこんなに勝利至上主義者が多いのか。これに文句を言う奴は、かつて星陵高校時代の松井の4打席連続敬遠も肯定するのだろうか。他の含みはない結論なので書くまでもないと思ったのかな。
そもその高校野球なんだから、高野連は投球数制限を設ければいい。高校生だから80球くらいかね。だって巨躯を誇る大リーグでさえ、投手が100級以上投げることは滅多にないのだ。
日本人は高校野球に悲愴を求めているよね。かつての三沢の太田や横浜の松坂とか、あの甲子園の炎天下で200球以上も投げる姿は、感動も覚えるが、その内容は悲愴にある。客観的に観れば狂気の沙汰とも言える。

札幌の市街にヒグマが出没した。住民はさぞかし怖かったことだろう。しかし、これを単純には駆除できない。街中では発砲してはいけないという条例があるからだ。だから、何日間もクマは出没し続けた。これに対して、こういう場合だからいいんじゃないのと柔軟、融通を唱える人もいるが、僕はそれはやってはいけないことだと思う。
そうした例外、前例をつくってしまうと、必ずやその規制はユルユルになってしまう。それが怖い。嘘であっても、クマが出たから銃を取りました、発砲しましたということが許される。自衛隊の海外派遣と似てるな。今週、くだんのクマは町の外で駆除されたらしい。

名古屋での「表現の不自由展」が慰安婦像があるからと中止に追い込まれた。河村市長がこのイベントを激しく非難し、県知事は擁護。このイベントのセンスやレベルはともかく、河村の弾圧ぶりはどうだろう。ここは、中国か、北朝鮮かと思ってしまう。どのような思想信条も守られなければならない。たとえ、それが気に入らなくてもだ。もちろん、すべてが自由であるわけはない。いくらあなたには自由が守られているとは言っても、映画館で突然火事だぁ!と叫ぶ自由はない。この場合、気に入らない人は観なければいいし、何ならネットで悪口を言えばいいのである。完全なる憲法違反。このような封殺がまかり通ってしまうのは、僕が危惧するような方向に世の中が動いているからだろう。あまりに呆れたので書かなかったかも。

アメリカのドラマで相手をメチャクチャにする、破壊するという意味で「ナガサキする」という比喩表現が使用された。おりしも8月を迎える頃で、これを知った長崎そして広島の人たちの痛みはどれほどのものだったろうか。街中でのインタビューでは、長崎の人は日本人らしく悲しみを前景にしたコメントを絞り出し、アメリカ人観光客の多くもそれはないとおおかたは否定的である。

さて、この問題でもっとも不可思議なのは、政府筋から何もコメントがないことである。官房長官、首相からの「遺憾の意」はないし、僕としてはアメリカに抗議するのが当然だと思うがそれもない。まったくこいつらときたら、精神的な無痛症なんだなと思う。

と思っていたら、小泉進次郎がなぜか官邸で結婚報告ときて、そこへにやけ顔で菅官房が出てきたりする。小泉は何年か前から、こいつも怪しいなと思っていたが、これを見ると完全に取り込まれているのがわかる。官邸であんなことするなんてあざとすぎるね。それを許すどころか大いにやりなさいとしたのが現政権。公共の場でああいうことを平気にしちゃうというのは、同じく公共の場で行われたからダメと言われた「表現の不自由展」よりも問題にすべきことじゃないのか。

以上、書かれなかったコラムを書いてみると、何というか、われわれには守らなきゃいけないことがあるというテーマがあるように思った。政治は民を守らなきゃいかんし、われわれ一人一人もまた守らなければいけない矜持というものがある。札幌では市民も行政もよくがまんした。

菅野所長のエッセイ:笑顔の力


2019.08.09

ビッグなニュースと言えば、全英女子オープンでの渋野日向子だ。若干20歳。これはとんでもないことだね。遡れば、42年前の樋口久子が全米女子プロで優勝して以来のメジャー征覇。女子ゴルフの場合には、80年代、岡本綾子がアメリカに乗り込んで、明らかに世界一だと思われる実力を示したものだったが、メジャーだけは勝てなかった。近年では、宮里藍もがんばったが、2勝したエビアン・トーナメントはまだメジャーに昇格していなかった。

今回のひなちゃんは、ほぼ今年がルーキーイヤーで、初の海外試合で優勝しちゃうんだからすごい。もっとも日本での初勝利も国内メジャーだし。たぶん日本人では史上最も強い女子ゴルファーかもしれない。

僕は首位になった3日目、最終日と、深夜までテレビ中継に釘付けだった。とくに最終日はあっという間に首位から陥落、こりゃダメかなと思っていたが、後半に怒濤の盛り返し。その最終日の後半は4選手くらいが1打差をめぐってのつばぜり合い。ボクシングで言えば、足を止めての撃ち合いのようになり息を呑む迫力である。最終ホール、これを決めれば優勝というパットは、打った瞬間ドキッとする強さ。でもこれが転がり込んだ。あんなシーンでああも強気に打てる選手はなかなかいない。ほんとに力でもぎ取った優勝だから価値があるなあ。

欧州メディアが「スマイリングシンデレラ」と命名し、その屈託のない笑顔が話題となったが、どの選手に聞いても「あんなことはできない」と答える。普通、真剣勝負の場では笑顔などつくれないのだ。以前丸山茂樹が米国ツアーに参戦していたときに、にっこり笑って人を斬るというイメージから「スマイルアサシン」と呼ばれたこともあったが、ひなちゃんの場合はスケールが全然違うし、笑顔の質も違うようである。
では、質といっても、それは何なんだ?ということになるが、なかなか説明は難しい。しかし、彼女が笑うと、なぜだかそれに引き込まれるのは確かである。観ているこちらも楽しくなる。
邪気がないんだろうね。向こうのテレビも、つねに彼女の笑顔をフォーカスしようとし、観客も皆その笑顔を追うのである。テレビで観ている僕もそうだ。心理学では「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」という昔からの理があるが、こちらは「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ」ということか。

いわゆる天然と呼ばれるものかもね。勝っても泣かないところがあるし。つまりは、これまでのスポーツ界にはいなかったタイプということになる。だから今のところその器量を測れないし、定義もできない。わかるのは、今現在では、新人にして、日本史上最強の女子プロゴルファーだろうということだけだ。最近では、韓国のコ・ジンヨン、パク・サンヒョンの二人が抜けている世界の女子ゴルフ界だが、これに対抗しうる存在ではないかと思える。ただ、そのためには課題がある。小技がうまくなることだ。でも、そこはまだ20歳。伸び代はひじょうに大きい。
男子では松山がパッとしない現状、世界で戦える選手として彼女の今後に注目である。

菅野所長のエッセイ:チコちゃんに叱られろ


2019.08.02

東京も今週はいきなりの猛暑である。
人には順化能力というものがあり、だいたいが6月の梅雨の時期に徐々に気温が上がり、やがて来る酷暑に対応すべく身体が慣らされていくものだ。しかし、今年は酷い。暑いのが大の苦手な僕にはひじょうにつらい。
さすがにエアコンをつけていないと眠れないのだが、先日は夜中冷えてしまって身体の調子がおかしくなってしまった。今はどれくらいが適度な温度で風量なのかを試行錯誤している状況である。だいたいわかったぞ。

で、先日携帯扇風機を購入したのだが、これは今相当のヒット商品となっているらしく、駅で毎日使っている人を見る。僕は夏のゴルフ用に買ったのだが、これだけ暑いと日常的に使おうかと思っている。何しろすぐれ物だ。小さく軽くて、1000円から2000円くらいで買えるのがいい。この夏はさらにヒット商品となるだろう。

日韓関係がどんどん悪化しているわけだが、下手をすると韓国経済は崩壊する危険もある。徴用工問題への報復にしてはやり過ぎかもしれないが、アメリカも日本寄りなので、強気の姿勢を崩さない。ますます居丈高になっている感じ。しかし、その代償として、イランと敵対するようアメリカから要求されているわけで、韓国との争いなどそれに比べれば小さいことではないのか。

イラン問題にかんしては、アメリカの理不尽な、露骨で執拗なイジメに対して、イランはほんとによく耐えているなというのが僕の見方だ。まあ、原油価格のイニシアチブを取って莫大な利益を得たいということなんだろうか。しかし、イラク戦争の時も何の疑問もなくアメリカに奸計に乗って協力したように、今回もアメリカのポチとなるのはどうにも許せないなあ。一度は首脳会議をやったわけだが、ここでもイランには相手にしてもらえなかった。韓国とのこともそうだし、内政のもろもろはもちろん、安倍政権で外交でうまくいったことなどひとつもないな。今回の日刊問題もどこにゴールを置いていることやら。たぶんそういう戦略的なものはないんだろう。

そういう政治事情を見ていると、れいわ新撰組がけっこう人気を集めるのもわからないではない。重度障害者が国会に乗り込んでいる様子も今のところは悪くない。例の”NHK”はどうでもいいけどね。あれに悪乗りして自分たちも払わないとか言っている松井や玉木も同じようにアホ丸出しだな。確かにNHKは問題だ。要するに民営化すればいいんだよね。郵政民営化ができたんだから、本気でやろうと思えばできるでしょ。

僕も昔はNHKに料金を払いたくないときがあった。が、今は「世界ネコ歩き」と「チコちゃんに叱られる」があるので、まあ払ってもいいかなという気にはなっている。それにBSでは早朝に海外のゴルフ中継もしてくれるし。でもその3番組くらいしか観ないかな。もっともケーブルテレビの番組ばかりで民放もあまり観ないけど。

そうだな、NHKは早く民営化されてしまえ。そして、「チコちゃんに叱られる 政局編」をつくればいいのだ。

3 / 4112345...102030...最後 »