菅野所長のエッセイ:桜の季節


2016.04.08

きわめて個人的な今週のビッグニュースは、「夏目友人帳」の新刊が出たことだな。他のと違って一年に一回のペースなのがつらいが。

今回所収の「いつかの庭」がよかった。以前の「石洗い」の展開と少し似ているが、こっちのほうがいい。長く続くと初期のような傑作は出にくいようだが、逆にその分、作者が狙わなくなったのか、描きたいことを純粋に描いている感じも強まっている。一生「佳作」を描くのもよしである。

秋にはアニメの新シリーズも始まるらしいが、深夜なのでとても無理。ふと「友人帳」の実写版、映画化というのはありえるのかと考えたが、もしかしたらヴィクトル・エリセならできるかもしれないと思った。誰かエリセにこのマンガを見せてやってはくれまいか。

火曜日に埼玉の奥の方に出張したのだが、本庄のあたりというのは桜が実に多い。知らなかった。タクシーの運ちゃんも、走っていれば花見に出かける必要はないと言っておった。あの桜の密度は相当だな。東京よりも桜密度は高そうである。なかでも児玉の千本桜は有名らしいが、それ以外にもタクシーで走っていて切れ目がないほど桜が咲いている。 曇天だったのが何とも口惜しいが、何しろ駅からタクシーで5000円以上も乗るところに行ったので、行きと帰り、ちょっとは堪能できたね。今年は青い空の下での桜というのを見られないままで終わりそうだが、来年はあの辺に行ってみようかと思った。

同じ桜でも、中野のあたりでは桜の伐採をめぐって住民と区がもめている。何でも、JR線路沿いの桜が老朽化していて線路の側に枝や幹が落ち、危険防止のためにJRが伐採をしてくれと区に要求したということだ。そこまではいいのだが、区のほうは近隣住民のコンセンサスを取らず、真夜中にいきなりチェンサーで切ってきたものだから住民が怒ったと、こういう顛末なのである。これはコンセンサスを取らない区が悪いが、一方で住民はこれを了承すべきである。万が一の事故を防ぐほうが断然優先だよね。

こういう問題はこれから多くなるだろう。というのもソメイヨシノの寿命というのは50~60年が平均とされていて、東京ではとくに東京オリンピックのときに植えられたものが多いらしい。それが1964年、いまが2016年。ちょうど寿命を迎える頃合いなのである。

競馬のほうの桜は毎年咲くことになっている。日曜はいよいよ桜花賞だ。
本命はやはり⑤メジャーエンブレム。かつてのテスコガビーのような強さである。
相手は⑫シンハライト⑬ジュエラーの2頭だけ、でいいとも思うのだが、いちおう3着候補として、⑩アットザシーサイド⑦デンコウアンジュ⑪レッドアヴァンセを挙げておこうか。ま、当たったとしても配当は安いな。

13歳の少女が2年も監禁されていた。もうほんとに困っった奴が増えているものである。逃げる機会はあったというが、逃げなかった、逃げられなかったというところにはきっと犯罪系の研究者が興味を抱くところだろう。基本はやはり恐怖、植え付けられた恐怖心であることは間違いない。

それ以外の要因で僕が思うのは、そこそこの自由もあったという点かなと。どうも縛り付けられていたということでもないようだし。ネットを見られたりとかね。
安部公房の「砂の女」では、終わり頃に監禁された主人公が逃げ出せるときに逃げないという描写があった。そこでも外の世界には出られないが、その中では自由に動ける状況だった。そして主人公は砂の環境に対して自然科学的なひそかな愉しみを見いだしてもいたのだった。
ま、大人の場合と子どもとを比較するのも何だが、人はどのような状況下であれ、それなりに適応していくところがある。そして人は基本的に保守的であり、大きな変化を怖がるところもあるしね。どんなに嫌で不快であっても、安定はしている状況から抜け出すのもリスクが大きいとか思う気持ちも生まれてくるのである。

しかし、僕はダメだね。耐えられない。自由であることが何よりも重要なんでね、そのためには安定は要らないんだよなあ。

菅野所長のエッセイ:春の祭典


2016.04.01

今週ある雑誌の取材があったのだが、驚くことに5年前の震災のときに、同じ方の取材を受けていたのだった。取材の最中に地震が来たのだが、どんな雑誌でどんな内容だったのか全然思い出せなかった。まるで船のように揺れたものなあ。いつもなら、部屋の外に出てみなの様子を確かめるところだが、お客がいるということで、机の下の隠れましょうと言ったことは覚えている。
ちなみに今回の取材内容も5年前とほぼ同じである。話したこともあまり変わりばえがなかったのかもしれない。この5年は長いような短いような。

今週、来週はベルギーの「ツール・デ・フランドル」、フランスの「パリ~ニーベ」というヨーロッパのワンデーレースが続く。ベルギー、フランスといまや最もテロのターゲットとなっている国だけに、開催できるのかと不安だったがどうやらやるらしい。お願いだからロードレースくらいは邪魔しないでくれ。

そういえば、”クラシコ”も近いのではないか。いまのバルサにレアルは勝てるのだろうか。

「アメリカンアイドル」はそろそろトップ4くらいに絞られる。優勝争いはラポーシャかトレントの実力派になるのが順当だろう。僕の好みだったアヴァロンは2週前に脱落してしまった。リッキー・リー・ジョーンズを彷彿とさせる面白い存在だったが、やはり地味だった。
最終シーズンとなった「アメアイ」も、レベルはなかなか高かったが、全体的には地味で大ブレイクを予感させる人材はいなかったな。

後はゴールデンウィークまでは仕事ばかりだなあ。まあ当たり前のことなんだが、どういうわけか疲れている感じがするので少し懸念だ。最近ずっと腰が痛いし。競馬でどんと儲けるみたいなことがあってもいいと思うのだが、それも叶わずで。先週の高松宮記念は、超高速馬場ということに気づくのが遅くて、ガミったし。あいかわらずいいことはないな。休日は息を殺して静かにしていよう。

とは言え、いよいよTCC登山部の活動が始まりそうで、今月は近くの山歩きとなりそうだ。ま、それはいいか。標高次第では桜も見頃かもしれないし。とりあえず、軽めのトレッキングシューズは買っておいた。僕の立場は部員というよりは顧問みたいなものかな。とにかく晴れるといいのだがね。
昔、奥多摩とか秩父あたりの山はだいたい登ったものだが、今はどうなっているんだろう。裏高尾の茶店で出てくるナメコ汁はいまもあるのだろうか。

今週「おっ」と思ったことはないなあ。
そういえば、アメリカ女子ゴルフのメジャー第1戦で、初日宮里藍がトップに立った。いまや並み以下の選手に成り下がった藍ちゃんなのでひじょうに珍しいことである。先週も調子はよかったようだが。
ところで、この大会名が「ANAインスピレーション」というのだが、藍ちゃんのスポンサーはJALで、服と帽子にはJALのロゴが目立つ。関係者としては頭を抱えているのではないかと察する。ということで、空気を読むのか読まないのか、そんなところが見所だな。

菅野所長のエッセイ:馬も企業も乗り役次第か


2016.03.24

金土と出かけちゃうので、木曜にアップ。

岐阜の乗馬クラブで飼っていたシマウマが脱走。ゴルフ場に逃げ込んだところを麻酔で弱らせたが、溺死というニュースが悲しい。捕獲の仕方もなんだかひどかった感じ。もっと動物のことをわかっている人がいればああいう結果にはならなかったんじゃないか。ああなるくらいなら、しばらくでもいいから放ってやればいいのに。千葉ではキョンがいたりもするが、シマウマもいればゴルフ場ももっと楽しいし。山梨のほうで、何十頭のサルの群れが悠然と横切っていく場面に遭遇したが、こうした動物はカラスみたいに悪さをしないしね。

シマウマと言えば、遺伝子的には、馬ではなくロバにとても近い。馬とシマウマを比較すれば、人間とサルよりも遺伝子的には遠い動物なのだそうだ。つまり、外見だけなら人間とサルのほうが遠い感じがするが、そうではない。これは何ごとも外見だけで判断するなということだな。

われわれのよく知るシマウマはサバンナシマウマという種類だが、グレービーシマウマというのがいて、模様もちょっと違うが、牡がハーレムをつくって縄張りを守る。同じシマウマでも、ものすごい数で群れるサバンナシマウマとは習性が違うところが面白いが、グレービーは絶滅寸前と言われている。昔アフリカに行ったときに、このグレービーシマウマとクロサイを見たかったのだが、やっぱり見られなかったね。

ちなみに僕がいちばん好きなのは、シマウマではなくて、トムソンガゼルだ。あんなにきれいでかわいい動物はなかなかいないな。チーターによく襲われるけどね。サバンナでたくさんのガゼルが草をはみながら白くて短いしっぽを振っている光景こそが僕がアフリカで見たかったものだった。ゴルフ場にもいたら最高だな。でも芝を食べちゃうか。

われわれにとって身近な馬は競走馬だが、大人気の新人女性騎手藤田菜七子ちゃんが地方とはいえ初勝利! ファンも競馬界もほっと一息である。今度は中央での初勝利が待たれるな。
日曜は今年最初の芝のGⅠ高松宮記念がある。有力馬多すぎで当たる気がまったくしないが、いちおうミッキーアイルを本命にするのが妥当だろう。相手はダンスディレクターで、この2頭の3連単マルチ、3連複。それからミッキーアイルからの1頭軸マルチも少々だな。騎手からすると、戸崎の乗るウリウリもいいかな。

ますます悲しくなるのがシャープの件だ。身売りした鴻海が早くも2000億円の出資減額請求となって、結果1000億となったわけだが、何か見え見えの手口にやられている感がタップリ。これは昔はやったフットインザドアとかローボールテクニックみたいなものなんじゃないか。何だかつくづくここの経営陣はダメなんだなあと思った。馬に力があっても騎手が悪いと勝てないようなものだ。

昔、まだシャープが2番手的な企業だった頃だが、僕は製品の質がすごくいいなと思っ
てシャープばかり買っていたものだ。その後大企業の仲間入りもしたのも納得だった。だから、技術陣はすばらしいのだが、上のほうの経営陣がダメダメなんだよね。社員がかわいそうだな。鴻海もその技術と工場だけがほしいんだよね。会社なんかどうでもよくて。

日本人だとこういう骨抜きにするようなやり方はしない。もっと情があるもの。ま、村上ファンドあたりはそうでないだろうが。だから外資に売るというのは危険もいいところ。政府も電力ばかり守らずシャープを守ってほしかったなあ。

菅野所長のエッセイ:当たり前のメソッド


2016.03.19

ロードレースでは欧州のワールドツアーが始まった。そのパリ~ニースはほとんど観られなかったが、最終日を見返してみると、コンタドールが頂上ゴールの残り5キロから3回のアタック、最後は力尽きたが、他のステージでは最終の平坦スプリントでアタックしたりして、今年はものすごいやる気を見せている感じである。と思ったら今年で引退を表明してのだった。これからはJスポーツをちゃんと点検しておかないといけないな。それにしてもロードレースは面白い。

これに比べて日本のスポーツはあいかわらず。予想以上になでしこジャパンの低調は深刻だったね。佐々木をもっと早く解任できていればよかったのだが、まあ、実績的にしかたなかったか。結局この人はチームを作ることはできない。できあがっているチームを管理することには長けていたかもしれないが。そもそもは、前任監督がオリンピック出場権を獲得してから引き継いだ人事だったからね。澤も全盛、宮間も上り坂、長島と王がいるときだったら誰が監督をやっても勝てるというのと同じだったんだよね。次期監督を誰がやるかは知らないが、向こう10年は難しいのではないか。

柔道では五輪選考を透明化すると言う。柔道にそういうものを求めている人は少ないと思うが、おそらく内部事情もあるのだろう。でも、他の競技でもそうした動きが出てくればいいのか。

その最たるものは陸連であるが、ようやく決まったマラソン選考も例によって泥沼になりかけた。強い選手を選ぶことより、スポンサーからの援助が目的になっているのだからしかたない。陸連に限ったことじゃないが、それが昔からの体質だし。一発勝負にしたらスポンサー様がお怒りになると。だからせめて、競馬みたいにグレード制を導入するといい。世界選手権はGⅠ、福岡国際はGⅡとか、GⅠで優勝したら10点、GⅡなら5点とか、そうやって総合点の多い選手から五輪出場とするとかね。タイムのほうは季節やコースによって違うから加味しないとか。

箱根駅伝はそうした腐敗体質の象徴なので、僕は一切見ないのだが、去年と今年を連覇したのがかつては弱小だった青山学院。この監督が昔サラリーマンで、ユニークな指導をした結果だという。しかも、箱根駅伝を全国の大学に開放したほうがいいと言っていると。ほう、それはなかなかかなと思って著書「逆転のメソッド」を読んでみた。

うーん、とくに何だと言うことはないなあ。期待していた分がっかりしたのかもしれないが、とくに革新的なものはない。あえて言えば、選手を獲得するときに、タイムだけじゃなくて「青学カラー」に合う生徒を選ぶとかかなあ。サラリーマン時代の経験から、選手個々に自己達成目標をつくらせるとかもそうなるの? 世間一般では当たり前のことを、陸上部でやっているという感想しか持てなかった。しかし、ということは陸上部とか体育会というものがいかに当たり前じゃないことを物語っているんだろうか。

どのスポーツでも選手の「自主性を育てる」ってことが課題となるようだけど、それは日本のスポーツが学校教育の中に組み込まれ、「体育」となってしまったことに源があるからだろう。もちろんそれで悪いことばかりでもないかもしれないが、楽しむという姿勢は失われるもんな。

人よりも秀でたいと思ったら、人がどうしていようと関係なく、自分で練習したり研究したりする姿勢がないとね。それはスポーツに限らない話で、仕事でも何でもそうだ。僕らの社会では、勉強でもスポーツでも仕事でも「やらされている」という意識がどうしようもなく刷り込まれてしまうんだろうね。でも、仕事って楽しいんだよね。自らの意志でやっていれば。そうならないのは、精神的にいまだ思春期的な課題から脱していないからであって、それを簡略したものが「甘え」ということだ。

世の中のお父さんたちが子どもに仕事は大変だぞ、社会に出ると甘くないぞなんていうんだろうが、「仕事は楽しいぞ、おまえはまだ仕事ができなくてかわいそうだなあ」くらいのことを言ってやれっての。

無気力な最近はケーブルで日本の古いドラマをよく見ている。そういう時間に家にいないので観ることはないが、ときに掘り出し物がある。「家政婦のミタ」とか「半沢」みたいに評判になったわけじゃないが、芯があるのだ。たとえば「空飛ぶタイヤ」なんてのはなかなかのもので、僕好みだったな。なんかこう希望がわいてくるんだよね。ちょっとつくりは大甘だが「プラチナタウン」とかも。

何て言うのか、日本人の良心が創り出しているようなドラマというかね、まだそういうものがあると思うと少しホッとする。「空飛ぶタイヤ」は放送当時どんな評判だったんだろう? 僕としてはイチ押しだけど。

菅野所長のエッセイ:あれから5年


2016.03.11

大津地裁が高浜原発の稼働差し止めとしたが、隣の県が決定したのはなかなか画期的なことではなかろうか。そもそも高浜は「40年ルール」を無視しているわけで、原発にかんしてはどんなルールを作っても無意味だと思っていたところに釘を刺した。これの安全性にお墨付きを与えた規制委員会というのは、規制をするのではなくて、無理くりに稼働させるためのアリバイをつくるものであることも明白だしね。

ま、ルールというのは遵守の精神があってこそで、それが全然ないところでは、たとえば政務調査費を透明化しようとかのルールもできるわけがないな。

あれから5年。復興が進んでいるところもあり、進んでいないところもある。とくに福島の原発はひどいわけだが、その後の検証によると、「東日本壊滅」に至らなかったのは偶然の重なりによる産物、かなりの幸運だったということらしい。「東日本壊滅」というのは、原発から約250キロ圏内は人が住めなくなるというもので、それには東京もすっぽり入っている。70年前の日本に戻るようなものだな。まことに原発はハイリスク。なのにせっかく作った「40年ルール」を政府と電力会社が一体となってないがしろにしようとするのだから、差し止めも当然と言うべきだろう。
彼らにとって安全はさして重要なものではなく、つまりは人の命も同じ。と、浪江町の町長も「人の命を何だと思ってるんだ」と言っておったぞ。

一方で、宮城県石巻の隣の女川にも原発がある。こちらは何とか震災の被害から耐えたわけだが、福島が東京電力、女川は東北電力ということに決定的な違いがあった。というのも、今から1200年前頃に貞観地震という5年前と同じくらいの地震と津波が東北を襲ったわけだが、女川に原発を作る際に東北電力はこれについてちゃんと調べ、そういった可能性を考慮していたようである。一方、福島というと、報道でも明らかなように、震災の前にその情報を知らされていたにもかかわらず何の対処もしなかったわけである。

これについてある人がひじょうに的確かつ興味深い分析をしている。東北電力の人間は、とくに三陸では、昔から津波などの怖さを知っていてそれが津波地震の想定につながっていたと。地元意識、自然への畏怖がそこにはあった。しかし、福島は東京電力、ほぼ東京、首都圏の人間であって、彼らは福島への愛着もとくにないよそ者である。工事が終わればいなくなる人たち。たぶん工期の間だって週末には東京に帰っていただろう。そういう意識の違いが大きかったのではないかということだが、結局、よそ者がどこかに何かを作る、立てるとなると必然的にこうなってしまう可能性も高いということだ。
こういう分析に触れると、前に新潟県知事が、東電の社長は原発敷地内に住んでみろと言ったのもさらに同感できるだろう。

原発の問題はさておき、女川は、人口比にしたら最も死者を出したところでもあって、その復興もなかなか大変であると思われる。しかし、ここの復興プランは実に賢明で、民間主導、行政ではない。
何でも復興にかんしては、60歳以上は口も手も出してはいけない、50歳以上は口だけなら出していいとかいうルールもあるらしい。つまり若い奴にやらせると。町長自身が若いしね。神戸での復興視察などから、結論を出し、元に戻すのではなくて、前よりも町に人を呼び込むという方針、攻めの復興方針を立てた。神戸での失敗地区を見て、元に戻すというコンセプトでは前よりも廃れてしまう危険があると。そこでまず防潮堤はつくらない、個人商店の寄せ集め的な商店街にはしないなどといったプランのもと復興事業が行われている。なかなかいいよね。
バカ高い防波堤や防潮堤を早々に造ったところもあるが、せっかくの景観が台無しではまず外から人は来なくなるだろう。行政主導だと、ただ道をつくる、ただ箱ものをつくるというだけの復興になる。いわばハードだけ。肝心なソフトについてはまるで創造力を持ち得ない。

最大のソフトとは人であり、軍事費や公共事業費ばかりを増やしてもしかたない。それよりも大事なことがあるだろうに。それを受けての「保育園落ちた」騒動だが、これについては国会質問でネットの匿名資料を使った山尾議員のほうにまず落ち度がある。大事な問題提議ではあるのだが、いちおうそういう資料は使わないというのがルールだよね。だから、自民側がヤジを飛ばしたくなるのもわからないではない。ま、ヤジ自体が低級ではあるのだが、こういうのも罰則を設けるしかないのではないかと思わせるところが情けない。

それに政府は子育て支援に力を入れていると主張するが、ほんとに力を入れているのは憲法改正と軍需産業だからな。アベノミクスが立ちいかないからそっちにシフトしていくのは、首相にとって経済的にも思想的にも一石二鳥。でも、それを進めていくと、アメリカのように世界が平和になると困る国になっちゃうんだよね、必然的に。もし世界に平和が訪れたら、軍事費60兆円超のアメリカは即財政破綻だもの。トランプが人気を博する土壌は十二分にあるわけよ。

ま、しかし、結果的に、あくまで選挙用のポーズだが、待機児童問題に関心を向けさせただけよかった。が、SNSの匿名ネタを資料に使うのはやっぱりどうかと思う。

ちょっと前に自転車での事故で老人を死なせてしまった大学生に、執行猶予はつくけどけっこう重い判決が出たことがあった。日本は道が狭いんだから自転車はルールを守らないと危険物である。スマホはおろか、イヤフォンで音楽聞くのも厳しく罰しないとね。以前、飲酒運転の罰を厳しくしたらけっこう減ったはずだし。昔は飲酒運転なんて当たり前だったが、以後、僕の周りでも誰もやらない。

もちろんスマホを見ながらの歩行もかなり危ない。2ヶ月くらい前に、中国で若い女性が岸壁から落ちたところの監視カメラ映像が流れた。この人は冬の海で溺れ死んだ。
最近では、スマホを見ながら歩いている奴を狙ってる当たり屋がいるらしくて、チンピラか暴力団関係だと思うが、「医療費」を脅し取るわけだ。そういう目に遭いたくなかったら歩きスマホはやめよう。そうじゃなくても、自分が加害者になることこそ避けなければね。

と、こうやってルールについて言ってはいるが、僕自身はそういうものに縛られるのが当然好きでない。小さい頃からアウトローもいいところ。
でも、昔、何もない島で暮らしてみてつくづく思ったのは、交通量のない道路では信号が要らないし、交通ルールも不要だが、そうでないところでは必要だということである。思想信条を縛るようなルールはイヤだが、社会にいる以上は守らないとうまくいかない根本のルールがあるというだけのことである。それは自由を奪うものではないではなくて、より快適に多くの人が暮らすための条件だという、これまた当たり前のことである。インドとか中東に行くと、あっちの連中はほんとに交通ルールを守らない。だからメチャクチャな渋滞が起こり、怒号が飛び交う。あれを見てほんとに呆れたものだった。やはり遵守する気持ちがなければどんなルールも無意味だ。

菅野所長のエッセイ:動物界のキョンキョン


2016.03.05

この間は今年初めてのゴルフだったが、電車で行ったのは大正解のようで、もし車だったら今週はあまり平穏でなかったような気がする。嬉しい誤算は、右肩がかなり回復していたことで、それで思い切りクラブを振れた。こういう感じはたぶん6~7年ぶりではないだろうか。情けないことに長い間、バネ指、五〇肩、ぎっくり腰と常に身体がどこかしら痛んでいたからなあ。それがない。そういうわけで最近はふるわなかったが、今年はやれそうな気がしてきた。いつもいつも負けてばかりではいかんからね。

もうひとつゴルフで珍しいことがあった。行ったのは房総の南、いわゆる外房という地域なのだが、ゴルフの最中に斜面からトコトコと動物が出てきた。友人が発見したが「何だありゃ?」と。僕はすぐにその正体がわかった。あれはキョンじゃないか!
キョンとは、本来中国や台湾に住む小さな鹿である。体長は60~70センチくらい、体重は10~15キロ。角は10センチくらい。つぶらな瞳でひじょうに可愛い。

何でこんな所にいるのかというと、昔動物園から逃げたその末裔が繁殖しているからである。
以前、外房の鴨川に近い行川(なめかわ)というところに「行川アイランド」というのがあって、一時期はフラミンゴのショーで有名だった。2001年、これがつぶれたときに、人気者は買い手がついたが、このキョンは買い手がなく、自暴自棄になった園の人間が逃がしてしまったというのが定説である。まあ脱走した可能性もないではないが。

脱走ということでは、伊豆大島の動物園でもキョンを飼っていたのだが、大きな台風が来たときに柵が壊れて脱走し、山中で野生化してしまった。これが今は何と伊豆大島の人口よりも多い。
そして、この房総でも大島と同じことが起こっていて、7年前には3000から4000頭だったのが、2015年には何と47000頭! 千葉の南からどんどん北上していっているのだ。こんなペースでいったら10年以内に関東圏はキョンだらけになることは間違いないわけだが、まあ駆除はしているらしい。でもまるで追いつかないのが現状。農作物には被害があって、危険な動物ではないので行政も甘く見ているふしがある。

で、思ったのだが。千葉県はこれを産業化してはどうか。千葉というより、いすみ市や勝浦市だな。とくに大きな産業もなく、観光客も増えてない現状であるのだから。
とにもかくにもキョンは鹿である。あまり速くもないので捕まえやすそうだし、エゾシカよりも美味そうだし。ジビエ料理としてやるのもいいし、動物園の肉食獣むけにしてもいい。ああいう餌は、競走馬のなれの果てとか、オーストラリアのカンガルーでしょ。それを日本で自給すると。十分産業として成り立つように思うのだがね。

大原のゴルフ場では計3頭を見たが、わりと近くに行っても逃げない。人慣れしているのか、餌をくれる人もいるのか、10メートルくらいまで接近できる。北海道のキタキツネと同じ。アフリカでは、トムソンガゼル、インパラ、シマウマなど、大きくない草食獣はすぐに逃げるもんね。

それにしても行川アイランドにいたキョンがか。僕は30年近く前に行ったことがあるのだが、予想に反してなかなかいいところだった。自然を生かしたパークで、断崖を利用したた舞台でやる仮面ライダーショーとかは最高だったし、最後には派手な花火を真上に観られるしでね。当時の彼女と行ったいい思い出だ。

そのためにあった外房線行川駅はその後は無人駅になっているのだそうだ。何ともわびしいが、もしキョン肉でもって産業が成り立てば、まさに「塞翁が馬」じゃないか。この場合は馬じゃなくて鹿だが。

菅野所長のエッセイ:負けは足りているか


2016.02.26

今週はいろいろあって今日で終了。日曜に今年初のゴルフに行くのだが、ちょっと遠く、体力に自信がないので電車で行くことにした。めっきり弱気である。疲れないようにしないと。ま、身体と言うよりも、気力のほうが問題なのだが。最近眠れないことが多いし。

「アメリカンアイドル#15」は、ハイレベルのまま進んでいる。先週は半分の12人がパフォーマンスを行い、5人が脱落。この人選は珍しく妥当な結果だった。女性陣が圧倒的にいい。僕の好みとしたら、今のところでは、アヴァロン、ラポーシャ、ソニカ、ジェニーブ。しかし、残りの12人の中には、若い女の子から人気を博しそうなダルトン、15歳にしてすでにディーバの風格漂うトリスタンがいる。
今週は残りの12人のうち5人がいなくなるわけだが、この二人は難なく残るだろう。でも出かけちゃってるので観られないのが残念だ。

今回は、単独のパフォーマンスに加えて、「アメアイ」歴代の優勝者たちとのデュエットという企画がある。プロを相手にしても負けてないところを見せないと生き残れない感じで、実力のほどが晒されるのである。やっぱりプロとして何年も経っているし、「アメアイ」出身はうまいよね。これで楽曲さえよければもっと大スターになってもおかしくないのにと、先日登場したローレン・アライナ(準優勝)を観るとそう思う。しかし、スコッティやケイレブとデュエットすることになった人たちはババを引いたという感じであった。今週は、ジョーダン・スパークスとかが登場するようだ。録画で観よう。

ほとんどの人は関心のない話題で恐縮である。でも、これくらいしかないもんで。

たぶん多くの人は清原逮捕のニュースに触れて、ああなってはお終いだと思い、それが薬物への抑止になるという。確かにそうなんだろう。しかし、一方では、今の自分と清原との間にそんなに差があるのだろうかとも思う。何だか下手すると、覚醒剤こそしないものの、自分も同じようになってしまうのではないか、たぶんそうはならないだろうが、絶対にという自信はないなあ。何しろ生来だらしないもんで。

最近おっと思ったのは、民主党の小川淳也と総務大臣高市早苗とのやりとりだ。例の放送法にかんする発言についてだが、この小川淳也にはちゃんとした教養と頭の良さが感じられる。実に冷静で、論理的な指弾をしていたな。これに対する高市の受け答えもなかなかしたたかなものだが、内容的に小川の勝ち。ま、一般社会ではあれくらいが普通なんだけど、日本の国会議員は低レベルだからねえ、その中ではかなりの水準だ。思い切って民主のトップに据えたらどうか。

先日眠れないでいたら、なぜか以前に死んだ人のことを思い出した。もうほとんど思い出すこともないのに。あれはもう25年くらい前のことか、大学にいたときだ。僕が相談室で、彼が心理学科。年は一歳違い。よく酒を飲み、テニスをし、一緒にジャズもやった。亡くなったときは悲しかったなあ。

そういえば、彼が亡くなってからあまりテニスをやらなくなったような気もする。

最近、TCCでは非常勤の中で部活をやろうという人がいて、今のところ4人のメンバーがいる”登山部”が有力のようだ。まあ、そういうのもいいよね。日帰りの山歩きくらいなら付きあってもいいか。”テニス部”については、大学でやってた子が希望しているが、僕の場合右肩が万全にならないと無理だ。でも、かつてのことを思い出したので、完治したら試しに勝負してみたいと思っている。文化系は、音楽好きが多いので”音楽部”はできそうだが、ジャンルを合わせるのが難しい。
ま、まだ気候的な問題もあるし、当面は”帰宅部”でいるしかない。

先週のGⅠは対抗馬が僅差の4着で、馬券にならず。前日の雨量を計算しなかったのが敗因だ。レコード決着だったもんな。

しかし、負けることはまあいい。この間、つくづく思ったのだが、負けて悔しがるとか落ち込む人っていうのはまだ負けが足りないんだな。慣れるというのではなく。
ギャンブルに限らず、人生何ごとも負けることのほうが多い。つまり思い通りになることは少ない。野球のバッティングにしても、10回のうち7回はピッチャーに負ける。でも、3回勝てば好打者だ。しかし、1回や2回の打席だけで、もうダメだとあきらめると勝率0割で終わる。だから何回も何回もチャレンジすることが大事ね。何かがうまくいくこと、成功すること、思い通りになることの陰には、その何倍もの敗戦があるわけよ。失敗は成功の母と言うのもこういうことからだろうか。とにかく物事はうまくいくことが少ないわけで、そんなにガッカリする必要もない。負けて惨めな自分をさっさと受け入れることだ。もっとも、その惨めさは自分が頭の中でつくっているにすぎないのだが。そして次はどうしたらうまくいくかを考えればいいだけだ。

そういえば、どっかの公務員が同僚たちの勤務時間を改ざんしていて逮捕されたというのがあった。これって逮捕されるんだなあ。昔、僕も同じようなことをやられたことがあるけど、そういうことにエネルギーを費やす人間は、当然仕事もできない。で、そういう人の場合、できないのは自分のせいではなく、誰かのせいだと考えるのがふつうで、それによってますます仕事ができないままだ。自分の仕事に向けるべきエネルギーを、人を攻撃したり、陥れようとするほうに使うわけだから当然だよね。だから、ちゃんとやっていこうと思ったら、何でも自分のせいにしちゃうほうがいいんだよね。実際、そうなんだし。他の人がどうだろうが、そんなことは関係ないと思ったほうがいい。僕も人のやっかみを受けて客観的にはとんでもない目に遭わされたけど、よくよく考えて、それも身から出たサビもあるなと思うようになった。そうなると別にその人たちを恨んだり憎むことはなくなるね。ただ、許しているかというと決して許してはいないね。そこは人間としての器量が小さいからだろう。

菅野所長のエッセイ:組み合わせの妙というやつ


2016.02.19

 モーツアルトとサリエリの共作という楽譜が見つかったのだそうだ。その組み合わせ、いったいどういうものなのか聴いてみたいものである。
 ところで、映画「アマデウス」とかでの印象では、モーツアルトは若僧、サリエリはずるがしこい中年というイメージだったのだが、実際の年は6歳しか違わないことを知ってちょっとびっくりである。6歳差ならなおのことモーツアルトへの嫉妬はすごかったのかもしれない。

 映画の中で、サリエリが王に献上したピアノ曲を、モーツアルトがたちまちのうちに編曲してしまいサリエリが恥をかかされた場面があったが、この共作もたぶんサリエリ原曲でモーツアルトが編曲したのではないかと推測するが。

 先日はグラミー賞授賞式があった。予想通りのテーラー・スイフトだが、年々つまらない感じがするグラミー、今回もそれを食い止めることができない。アデルをちょっと観たら、ひどい感じだったのでどうしたのかと思ったら、何でも機材トラブルだったそうだ。気の毒に。

 これに比べたら「アメリカンアイドル」シーズン15(最終)はひじょうにいい。いろいろな予選も終わってトップレベル24が決まったところだが、ここ何年かよりもレベルが高い。こうなると番組が終わるのがもったいない気もしてくるが、まあ、余力を残したくらいでやめるのがいいのだろう。来年から楽しみがひとつなくなるけどね。

 グラミーが終わると、つぎはアカデミー賞か。こちらもどうなのか。白人ばかりの投票でその偏重ぶりを糾弾されてもいるし、やはり低調な感じは否めない。そういえば「アマデウス」はよかったけどね。ずいぶん昔だが。

 映画と言えば、ちょっと前に、いちおう観ておこうと「スターウォーズ」を4DXで鑑賞。4DXとは、3Dプラス、椅子がドカドカ動いたり、水が出たり、風が吹いたりする特殊効果席だ。ディズニーとかUSJにもある映像探検ものアトラクションと同じようなやつ。初めてだったが、まあ、とくにどうということもない。これからは単純な3Dだけのほうがいいと思った。値段も倍額だしね。その価値はない。ま話のネタにということで。

 そもそも「スターウォーズ」自体がつまらない。これまで一度も感心したことはないなあ。4DXもそうだけど、結局お子ちゃま向けの宇宙活劇だよね。今回は、ハリソン・フォードが1作目以来?の登場だったのが目玉かな。でも、銃を持つ動き、アクションが老人のそれだなと感じたときには興ざめした。

 その映画館で次期上映のチラシを観ていたら、アニメ劇場版「ガールズ&パンツアー」があった。これは女子高校生が戦車に乗ってワヤワヤやる話である。僕はTVアニメで観たのだが、内容はともかく、女子高校生と戦車という組み合わせにやられた。いわゆるオリジナリティというのは幻想だと僕は思っているのだが、既成のものであっても、それを組み合わせるとオリジナルなものになることがある。これはその典型だな。

 舞台は茨城の大洗、そこの高校の部活には、茶道や華道と並んで「戦車道」なるものがあって、戦車に乗って模擬戦争を行うのである。使う戦車は第二次大戦以前のものに限られる。作者は相当な戦車オタクと思われ、とにかく戦車を書きたかったのだろうが、それだけでは人目を引かない。そこで女子高生を組み合わせると。
 これは何だな、アンドレ・ブルトンが言ったように、解剖台の上でミシンとこうもり傘が出会うという、シュールリアリズムのより現実に近い出会いのようなものだな。
 よくは知らないが、劇場版になるくらいだからそれなりに人気があるんだろう。このアニメは発想においてすごいと、僕は高評価。

 昔、学生時代に「枕草子」を読み込んだときも、そこに見たのはさまざまなことを組み合わせる清少納言の意匠だった。いわゆる組み合わせの妙、「枕草子」はそれが秀逸なのだなと勝手に結論づけたのだが、でも女子高生と戦車には負けるかもね。

 おっと、日曜は今年最初のGⅠフェブラリーステークスだった。ここのところ競馬は絶不調である。本命は⑦ノンコノユメ、名前と違って牡馬というのが妙か。対抗は⑤ベストウォーリア。この2頭の3連単マルチで、手広くは行かない。

菅野所長のエッセイ:1ミリでも前進


2016.02.12

 今週は何ごともない感じだなあ。

 先週がんばったので、2月締め切りの原稿もできちゃったし、そういうところは順調だ。こんなのでいいのかなという懸念がないではないではないが。でもまあ、自由に書かないと面白くないのでね。
 
 ということで、議員が不倫してたなんて小さなことだが、高市早苗の放送停止発言については「一般論」とはしつつも、何しろ自由の抑圧を目指す政権下での発言であるから恐いものがある。本音が出てるというかね。NHKは従属させているけど、民放ももっと締め付けたいということなんだろうか。そして、たぶんこの威嚇は効果がありそうだ。こうなったら、今や「文春」だけが頼りだな。ああした政治家にはどんどんトラップ仕掛けてほしい。それにしてもやり手の編集長なんだろう。

 そうだ、書いた原稿は早いけどもうさっさと送ってしまおう。「こういう内容のものはちょっと」なんて言われてもしかたない。いっつも他の書き手と違うことばっかり書いてんだけど、多少は気にしてんだよね、でもやっぱりしかたない。ダメ出しされたらもう書かないことにしよう。それに次の仕事に専念するには、終わったことは忘れるのがいちばんだし。

 このところ調子がまあまあなのは、書く仕事があるからかなと思った。やっぱり僕は書くことがあると気力を保っていられるような気がする。正直このコラムはちょっときついのだが。

 何しろ、TCCも20年目なんで、このコラムも20年ということだ。毎週毎週、われながらよくやるもんだ、まったく。しかし、世の中にはブログを毎日更新したりするのもいるようなのでそれに比べれば大したことないか。でも、あれは遊びだもんな。わざわざ自分のバカっぷりを世間に公表したいんだからもの好きと言えばそうだし。
 こっちはギャラは発生しないけど仕事の一環だから。そういえば遊びで書くってことはまずないな。

 思い返せば、小さいときから書いてばかりだ。昔、大学に勤めるのを決めたときも、待遇はひどかったけど、論文とか書くことができそうだというのが大きかったものな。大事なのはいつもそっちだ。

 今年も何とか1冊書き下ろしたいと思うが、それにかかわっているる限り、気力がもつんじゃないだろうか。書かなくなったら自分は終わりということかもしれない。そうなると、このコラムもやはり大事だと思う。ちょっときついけど。とにかくあまり書くことがないときは困るんだよねえ。

 低調といえば低調そのものだな。季節的にも。でもそういうときでも何とか最低限のことはこなして、本を書くために1ミリの前進でいいから準備をしていくと。
 ああ、自分は何て偉いんだと、そう思っておこう。

 

菅野所長のエッセイ:スポーツ界の明暗


2016.02.05

 今週はなぜかキャンセルが多い。そのおかげで懸念の原稿に着手することができているのだが、どうも枝振りはいまひとつだ、自分としては。連載のほうは好きなタイプので書くことができたがね。

 先週の土曜日の日韓戦。後半始めに韓国に2点目を入れられて0-2となり、これはもうダメだと観戦中止。次に観たら何と3-2になっているのでびっくりした。うーむ、ずっと観ていればよかったなあ、後悔先に立たず。ダイジェストと後日の再放送でじっくり見たけどね。

 やはり手倉森監督はなかなかだ。ポイントは後半からの浅野の投入なのだが、どの試合でも20分から交代させる。そういう決めにしているわけだが、さすがにこの試合では15分で入れた。もう後がないからね。すると、7分ほどで縦パス一本に抜けだし、見事なシュート。スケールこそ違うが、メッシとかクリ・ロナあたりがやるシュートである。浅野のスピードに、すでに疲れているDFは追いつかず、他の選手のスピードに目が慣れているGKも間合いを間違う。
 その一分後には矢島のものの見事なヘディングが決まり、後半36分にはまたもや浅野のゴール。これは遠藤のワンタッチの縦パスが見事だった。韓国相手にこんな逆転勝利をするだけでも信じられないが、今回はどの試合でも美しいゴールが観られたのがちょっと嬉しい。タイ戦での鈴木のトラップからのボレー、イラン戦延長での豊川のヘディング、イラク戦、鈴木のすばらしい駆け上がりから久保へのクロス、決勝での浅野そして矢野のゴール、決勝トーナメントではチャンスも少なかったがね。

 このチームの戦い方はオリンピックに行っても同じだろう。弱者の戦い方。でもそれは世界に対してはなお必要なことだ。オーバーエイジ枠に本田の名前も挙がっているらしいが、それはどうなの? やめたほうがいいんじゃないの? ただ、開催国ブラジルは優勝を狙ってくるのでネイマールをいれるのは間違いない。ポルトガルはロナウドを入れるというし、オリンピックにそういう選手が入ってくるのは楽しいことは楽しい。でも、ほとんどの所属チームは、負傷の確率が高いから出したくないわけね。その点、ミランは「本田? どうぞどうぞ」という感じだろうから、可能性はけっこうある。でもあのチームに絶対必要なのは運動量の多いMFではないのか。

 スポーツでは、何と言ってもジャンプの高梨沙羅ちゃんだ。現在W杯8連勝中。もう異次元の強さ。「高梨はアンドロイドなんじゃないの?」という声さえ出る。この競技はヨーロッパ以外の選手が強いとすぐにルールを変更して、日本人が勝てなくなるのが常だったが、沙羅ちゃんの場合は多少の変更をしてもダメだとあきらめている様子である。あとは「アジア人は出られません」くらいの手段しかないな。
 ま、それはさすがにないけど、沙羅ちゃんがいるおかげで他の日本人選手がまたたく間に強くなっているので、ひょっとするとアメリカ女子ゴルフでの韓国勢の席巻と同じように、女子ジャンプの人気が下がることも考えられる。そんなことまで心配するほどに彼女はすごいということなのだが。

 そういう明るいスポーツの話題もある一方、清原逮捕である。いつかはこういう類のことになるんじゃないかと思っていたので驚きはないが。清原については、昔、僕は野球をやめてプロレスに行ったほうがいいだろうと言っていたものだ。現役生活という意味では、プロレス人生のほうが野球人生よりもずっと長いんでね。解説者にもタレントにもなれない人には向いてるし、何たってプロレスラーって感じじゃない。
人間、やることがないと良くないほうにいってしまうからな。僕なんて、今よりももっとマシになるというくらいでやっていないと、現状維持すらできないのではないかと不安である。だから、嫌がらずに何でもやろうと思ってるんだけど。

 それにしても、もうちょっと枝振りがよくならないものか。

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