たばこと生産性


2019.04.20

ソフトの具合が悪いのか、原文の貼り付けがききません。今週はそういうことで。

菅野所長のエッセイ:寒さにやられた


2019.04.12

四月も10日以上過ぎたというのに、練馬辺りではまだ桜が七分くらい残っているところもある。まだ花見ができるレベルだ。言うまでもなく、季節外れの寒さが原因だが、おかげで僕は風邪気味で調子悪く、情けないことに木曜休んでしまった。で、今日仕事に来てみると、昨日よりも少し調子が悪い。今週の初めからどうも喉がいがらっぽく、あちこちが痛く、頭痛がしていたので、何だかなあと思っていたが、季節の変調にやられてしまっているのだろう。困ったものだ。今日は風邪薬を飲んでたっぷり寝ないとな。
先週の桜花賞、本命ダノンファンタジーがまさかの4着。馬券を取り逃したね。とっても落胆。

今週は皐月賞だが、本命は⑫サートゥルナリア、以下④ダノンキングリー⑦ヴェロックスの2頭が相手の3連単1着流し。ほぼこの3頭と見たが、3着候補として、①アドマイヤマーズ②サトノルークス⑰アドマイヤジャスタ  を挙げておこう。近年、もっとも簡単な皐月賞と思っているのだが。ここらでドーンと当てたいものだ。さすれば風邪も吹き飛ぼうか。

何というか心が弱ってる気がするよね。こういうのも年のせいなのかと思うが、良いことがないと気力は漲らないものだ。やっぱり身体の調子のせいかなあ。面接しているときには忘れているのだが。
ということで、今回はここまでということで。

菅野所長のエッセイ:世の習い


2019.04.05

先週は出かけてしまったのでコラムをアップしませんでした。
今週は元号だな。「令和」についてはわりと評判がいいようだ。元号にはあまり関心のない僕だが、まあ変なものじゃなくてよかったとは思う。実は平成は何だか安っぽい感じで好きではなかった。今回も、懇談会のメンバーに林真理子と宮崎緑がいると知ってこれはやばいかもと思ったからね。安直に「安」が使われるのを怖れていたし。もし使われたら非難囂々だったろうが。
万葉集からということで、その国粋性を売りにしているが、その元となるのは中国の古典「詩経」であろう。中国ではこれを揶揄している向きもあるけど、実のところはうらやましいのである。元号は廃止してしまったからね。
しかし、「出典は詩経からです」と言ったところで別に恥ずかしい話じゃない。当時の日本の文化はみな中国のパクリであって、それを取り入れてのち日本独自の文化となっていたわけだから。最初はマネから入るものなの、何でも。「学ぶ」は「真似ぶ」から来ているという説もある。
そもそも日本人のほとんどは大陸から朝鮮半島を経て流れてきたわけで、ルーツはあっちなのだ。唐辛子に強い人なんてのは、朝鮮系の色濃い日本人だと僕は思っている。で、そういうことも別に恥ずかしいことではない。この辺が国粋主義者の根本的におかしいところなのだが。しかも、こういう人が愛国ではなくて、力を求め私欲に走るのも世の習いである。
世の習いと言えば、もう古い話だが、NGTメンバー間の諍いというのがあった。ファンが家に来て暴行というのだが、これが不起訴というのも何だかわけのわからない話である。まあ、グループ内でのイジメなのであろう。僕なりにイジメというものをひとつ定義するとすれば、もともとはどこにもない勝者と敗者をつくり出す集団的行動という言い方もできるのではないかと思っている。その初源は遊びであり、ゲームである。遊びとイジメは基本的には同じである。勝者にとってそれは楽しい。
先日、リトグリの2度目の武道館ライブをBSプレミアムで観ていて思ったのだが、リトグリのように音楽性を追求するグループと、おにゃんこから始まるアイドルグループというのはまったく異質なものである。おにゃんこ、モー娘、AKBなど音楽性は二の次にしたグループが最初から孕んでいる宿命とは、その内部で勝者と敗者をつくることに邁進しなければならないことだ。ファンもまた音楽は二の次であり、その戦いを楽しみ、自らもまた参画していくのである。もちろんそれは楽しい遊びとして始まっているわけだが、先述したように、遊びとイジメはつねに接岸しており、その流動的な境界は容易に乗り越えられてしまうものなのである。
希代のロリコンにしてこれの発案者である秋本康は、たぶん女子集団の特性をある程度理解しており、そこに生まれる感情的な軋轢こそが原動力となることをぼんやりと想定していたのかもしれない。しかしながら、それはつねに危機と隣り合わせであり、その危機を回避するために、たとえばジャンケンによって勝者と敗者を分かつという奇策に打って出た。この早めの奇策は成功し、AKBは絶頂期の延長を果たすことができた。が、今回の事件はいよいよ終わりの始まりが色濃くなったとの示唆であろう。
ついでに言えば、延命措置こそが、終わりを早めるということもままある。アイドルグループが長期に安定するためには、むしろ勝者と敗者が明確になっている必要もあるからだ。SMAPがあれほどの人気で長らえたのは、キムタクという絶対的な勝者がいたからである。力関係が拮抗するほど、軋轢は増し、争いは激しくなる。夫婦も同じ。これもまた世の習いである。

日曜はクラシック第一弾、桜花賞。これは固そうだ。⑮ダノンファンタジーから、④クロノジェネシス⑧グランアレグリア⑭ビーチサンバ、手を広げても①シェーングランツ⑨アクアミラビリスまでね。

 

 

菅野所長のエッセイ:イチロー引退


2019.03.22

まずはイチローの引退だな。
来るべきときが来たと。誰にでも訪れることがあのイチローにも来たのだ。まあ、50歳まではやってほしかったけど、ここ最近の打席を見ると衰えは隠しようもないからねえ。もう無理なのは明らかだった。

イチローの引退に寄せるコメントがなかなか味わいがある。キングカズは、「一緒にトレーニングやろうか」上原は「メシ連れてってください」王貞治は「そこに立ったことがある人にしかわからない悩み」とかね。
最後の試合では実況アナが4分間無言だったそうだが、それもなかなかだ。

ほんとうに突き抜けた存在だったな。昔、ある野球解説者が、まだレギュラーではなかった19歳のイチローを評して、来年首位打者は確実、ヒットは200本以上(日本記録)打つと断言していたのだったが、オリックスの試合なんてTVではやらないから、イチローをよく知らない僕は、そんなことを言ってしまっていいのかと訝しんでた。でも、翌年にはほんとにそうなった。

しばらくして、東京ドームの日ハム戦にイチローを見に行ったことがある。イチローが打席に入る、ライトの守備につく、そのたびに球場全体の空気が変わるのを目の当たりにして、こんなのは長嶋茂雄以来のことだなと思った。スーパースターというのは、敵味方関係ないのだ。僕は地上から無くなってほしいくらい巨人が嫌いなのだが、長島は別だったもんな。

後は何と言っても、WBCのイチローだな。
1回目では、参加するのかどうか微妙だったが、王が監督になると決まると「王さんに恥をかかせてはいけない」と、あの「公介さんを手ぶらで帰してはいけない」のモデルとなるような発言をして参加表明。そして大活躍。その数年後には、星野が監督になりそうなところにイチローがやんわりと反対の空気を出して星野の野望を阻止した。そして韓国との決勝戦の決勝打は、ちょうど仕事先に行ったときで、見られなくて残念と思っていたところが、1階のフロアで先方が降りてくるのを待っている間に、そこにあったテレビであの劇的なシーンが見られたのだった。僕にとってはすべてが痛快。

原稿を書くときにもときどき引用させてもらってた。イチローの言動や行動はいつもチェックしてたからね。一般的にはあまり面白いことを言っていないと思われがちかもしれないが、僕にとっては違ったね。当たり前のことを当たり前にすること、いつも昨日以上の自分を求めること、そのために考え、工夫し、練習を積み重ねること、それしかないということがよくわかる。王さんもそういう人だったので、先のようなコメントとなったのだろう。王さんも「そこに立った人」だから。そしてキングカズもそうだ。
ただし、この二人に比べてイチローはひじょうに自己本位なタイプである。だから自分でも「人望がない」と言っている。そこは僕もそう思うね。でもいいの。そういう勉強はこれからの人だから。

日曜は最初の芝GⅠ高松宮記念。モズスーパーフレア、ナックビーナス、ダノンスマッシュが強そうだが、人気のないところで中京得意のペイシャフェリスタ、好調のティーハーフが絡めばいい馬券だ。牝馬だが、競馬界のイチローアーモンドアイがいよいよ世界に挑むね。それは30日か。

菅野所長のエッセイ:東北に工場を


2019.03.15

自分は焼売よりも餃子が好きだと思っていたのだが、最近はどうも違う。よく考えれば、どこで食べても餃子というのは特別うまくもない。とてもまずいと思うことはほぼないが、うまいと思うことがひじょうに少ない。これに比べると、焼売のほうがうまいと思う回数、確率が高いような気がする。昔は小籠包に凝った時期があって、このときもひじょうにうまいと思うことはあった。新宿南口の小籠包専門店はなかなかうまかったな。上海に行ったときは入る店入る店で小籠包を頼んだが、あそこよりもうまいのは一度だけだった。

要するに餃子では感動しない自分がいるのだ。中華屋にはいると、餃子を必ず頼んでビールを飲むというのがあるが、これは習慣であってね。今後の人生は、この悪しき習慣を改め、もっと焼売を意識するようにするかなと思うのだった。

さて、そんなことはどうでもいいことなのだが、小さなことでも心が動かされるものがほしいわけよ。

米朝会談はうまくいかないし、少しでも点数を稼ぎたいトランプは、これから始まる貿易交渉でメチャクチャな要求をしてきそうだ。TVのコメンターがアメリカはもはや自由貿易の国ではないと言っていたがその通り。そんな原則は通らない。中国相手には勝てないから、日本やドイツに的を絞ってきそうだ。
日本車などへの関税はどれくらいになるのか、代わりに北の脅威から守ってやるぞと言いつつ、軍事費の肩代わりをせびり、なおかつ実は日本を楯にしようと目論んでいるようだ。防衛システムを、秋田と山口に設置するというのだが、なぜこの二県に? これもハワイへ向かうミサイルとグアムへ向かうミサイルを上空で迎撃するためということになる。
先日の、アメリカに日本の工場をつくるという話も、どんだけアメリカに尽くしたら気が済むのかと呆れる。
今週は8年目の3,11を迎え、いろんな特集があった。総じて言えるのは、復興にはまだまだということ。仕事がないから故郷に帰れない、腰を据えることができない人がたくさんいる。それを考えれば、アメリカに工場などつくらず、東北につくったらどうか、7つでも8つでも。そうしたことを国策としてやるのが政治家の務めというものではないだろうか。アメリカの雇用を促進するよりも、日本のほうがはるかに大事なことだと思うのだが。なぜかそうならない。韓国のように自国だけを向いた政治にも困ったものだが、アメリカばかりを向いた政治というのもひじょうにレベルが低い。トヨタがアメリカ工場に1兆円近くの投資をかけるという。トヨタにとってはそれが大事なことはわかるが、その10%でも5%でもいいから東北にコストをかけることはできないものかなあ。

なんだかいろんなところで国の根幹がガタガタになってしまったような気がする。例の統計不正問題も、予防のための検討委員会を立ち上がるというのだが、これは単純に統計監査院というのをつくればいい。会計監査院と同じように、国のやることを監視する組織が必要だ。現在は総務省の中に似たような委員会があるわけだが、これは13人の組織で、おもに統計方法などの整備をするだけ。独立組織にして人を増やし、日常的にあらゆる統計の監査をするようにすればどうか。

コパ・アメリカ向けの日本代表の発表。香川が復帰したがまあ当然かな。世界で戦うには、ボールを持っても決してあわてない香川のような存在は貴重だ。しかし、使いどころが難しい。中島が怪我から復帰したのも喜ばしいし、鈴木武蔵は今頃初選出かあ、微妙。何で宇佐美?
今回は、富安と昌子のCBコンビが誕生することに尽きるな。守備に注目。顔ぶれからして、点はあまり取れそうにないしね。

菅野所長のエッセイ:上も下もインモラル


2019.03.09

先日、友人たちにナイキのロゴを思い出せない話をしたら「さすがにそれは-(ないんじゃない?)」という反応だった。みな同じような年齢のくせにね。「でも、スポーツブランドだとわかっていたからまだ大丈夫」とも言われ、それもそうだなと納得。ゴルフの景品でナイキのスポーツバッグをもらえばもう忘れないと言ったが、それは取り合ってもらえなかったね。
2月と違って、3月はそういった交友があったので少し気分は良好。今後気温が上がってくればよりマシになっていくだろう。

コンビニなどで、いわゆる「バイトテロ」というのが収まらない。小倉智昭が「何でこんなバカなことやるのかわからない」と言っていたが、本気かと思う。それは「バカだから」である。
しかし、もっと構造的な問題だとして、給料が安いからと言う人もいる。が、つまりは、給料を上げれば自覚や責任感が高まるということなのだろうが、ほんとにそうか?少なくとも待遇だけの問題ではないだろう。
以前ある学生が言ったことには、学生にとってたとえばスタバでバイトすることは、他よりもずっとグレードが高いのだそうだ。もうひとつはディズニーとか言ってたかな。競馬で言えば、この辺がGⅠ級、要するに羨ましがられるらしい。よく職業に貴賎はないなんてことは言われるが、実際はまったくそうでない。もっとも、正確には職業に貴賎などない、しかし人の心にはあるということなのだが。
まあそういう学生の気持ちもわからないではないが、個人的には、若い頃には肉体労働しかしなかった僕にとってはつまらない考え方に映る。つらくて終わるとすぐに飲んでしまうのがナンだが、そういう仕事のほうが尊いという感覚はいつまでも捨てきれない。
それはともかく、バカな連中がバカなことをやるのも、結局帰属意識の希薄さということに行き着く問題であって、それはつまり非正規に頼りすぎている現状の深刻さ、生産性の上がらない社会全般の根本的な問題ではある。

そんな中、やはり不祥事のあった大戸屋が全店舗を休んで研修を行うのはなかなかの英断だ。問題の深刻さを理解しているのではないか、と思える。逆に、厚労省がデータ不正の問題で職員研修を行ったというのに違和感。問題にすべきは上層部であって、下っ端職員にあるわけではないだろう。ああいう不祥事というのはたいがい上のほうの人間がやっていることで、この場合は政権、官邸とのかかわりがある連中である。それを全職員のモラルの問題にすり替えようとしているわけだよね。ああ、そういえば、セクハラやパワハラの企業研修に出向いたとき、「一番聞かせたい人は出席しないんですよね」といつも言われるのと同じだ。

ひどい話だなあ。

先日トランプが日本の大きな工場がアメリカに7つ来るとばらしてしまったしまったが、首相にとっては自国の経済よりもアメリカの経済のほうが大事らしい。アメリカは、日本を始め、各国の駐留経費の全額にプラスアルファまでも要求してくるらしいが、現政権は何の抵抗もしないだろう。金ばかりせびってくるダメ夫と別れられない妻のようだな。首相はよく愛国心が大事だと言っているが、売国心の間違いじゃないのか。

菅野所長のエッセイ:アメリカ尽くしですみません


2019.02.28

2週間前のことだが、ナイキのロゴを見て、「どこのロゴだっけ?」と、いつまでも思い出せなかった。「ああ、ナイキだった」とわかったのはスポーツブランド一覧を調べたからである。近年、とくに固有名詞が出てこないのは当たり前になってきているのだが、さすがに「ナイキ」が出ないのはショックだったね。

と思っていたら、アメリカの大学バスケットの試合で、「第二のジョーダン」と言われているスター選手がプレイ中に派手な転倒。シューズの底が突然剥がれたのである。履いていたナイキの靴が映し出され、これを受けてナイキの株は暴落。時価1200億円の損失だそうだ。ベトナム製ということだが、こうした製品はほぼすべてがアジア製であるから、品質が落ちるわけでもない。でも、2メートルの身長、100キロ越えの巨体であるから靴への負荷はさぞかしすごいんだろう。プロでは3試合くらいで新しいのに交換するのが普通だと言う。学生でもあるし、その辺を怠ったのが原因と見られている。予想外の損失を被ったナイキだが、この選手がプロ入りするときには必ず契約するらしい。この辺は商魂たくましいなと言いたいところだが、結局株価による損失なんてのは見せかけの損失に過ぎない。裏を返せば、株価による儲けというのも見せかけ。製品が売れるか売れないかが肝だからね。ナイキとすれば、今回のことはいい宣伝になったと見てるふしもあるのではないか。

そういえば、日本の男子バスケットがW杯出場を決めた。一時の醜悪な内紛とゴタゴタを解消し、Bリーグも誕生してからはなかなか強い。サッカーよりもかなり安定しているな。今回はNBAで活躍する渡辺雄大、アメリカ大学リーグでも注目の的の八村塁を抜いて出場を決めたのだから価値は高い。くれぐれも靴の交換をケチらないようにしてもらいたいものだ。

それから、ベトナムといえば、ハノイでの米朝会議が注目されるところだが、アメリカのメディアは、トランプの「ロシア疑惑」にかんする公聴会一色ということだ。アカデミー賞でも何度か揶揄されたようにアメリカでのトランプ包囲網はなかなかだ。
それでも北との会談に成果があれば多少は巻き返せるかもしれないが、やはり会談は不調に終わったようである。公聴会から逃げる算段だったのか、ポーズに過ぎなかったのか、やるからには相当の譲歩策を用意しているのかと思っっていたのだが、実は大した切り札はなかったのかもしれない。
もっとも、そもそも両者とも話し合いで物事を解決する人間とは思えないのでうまくいくはずもないのだが。ま、拉致のことなどは塵ほども話題に上がらないことは確実である。
アメリカとすれば、北朝鮮との交渉の先にあるのはあくまで中国のことだから。

 

話題がアメリカ尽くしだが、昔「アメリカンアイドル」の姉妹番組として「アメリカンダンスアイドル」というのがFOXであった。これもまあまあ面白くていつも観ていたが、2年前から「アメアイ」と同じでリニューアル。「アメリカンダンスバトル」として再開している。これもBSなのでいつやるのかがよくわからなかったのだが、先日今シーズンの一挙放送があった。いやあ、もうものすごく面白い。レベルが高い、「アメアイ」よりもはるかに。以前観ていたときにはこんなにレベルが高くなかったぜ。

何でかなあとつらつら考えるに、歌よりもダンスというのは鍛錬する時間が長いからということがあると思った。だから、番組が始まったころに子どもだった子が、ダンスを始めて15年とか経過したのが最近なのである。それくらい鍛錬しないとダンサーにはなれない。だから、ダンスの基本をちゃんと身につけている。昔は、そうやってバレエの基礎を身につけた出場者と、自己流のストリートダンサーのどちらか。で、ストリートは勝てない。

そういう背景だから、予選を通っただけでもすごいのだが、さらにベスト20,ベスト10くらいになってくると、ここまでできるようになるにはほんとに大変だろうなということが伝わってくる。歌というのはけっこう天性のものでカバーできるところがあるが、ダンスはそうはいかない。それがあるからだろう。視聴者投票の結果が実力そのものを映し出す。「アメアイ」のようなことはない。今シーズンの優勝者は、アメリカ人だが、両親ともに日本人の純日本人。こいつは予選のときからずば抜けていた。そして、2位も同じ、渡米した両親について育った日本人の女の子なのである。全米の人気投票で日本人のワンツーフィニッシュという、ありえないような結果がそれを物語ってるでしょ。次のシーズンは3月の初旬から始まるということなので、今回からはできるだけ観ようと思う。これはオススメだね。
国内では、この30年以内に、東日本の太平洋側でM7~M7,5くらいの地震が起こる確率は90%という報告があった。衝撃だな。この間東日本大震災があったばかりなのに。中でも青森、宮城、茨城沖がやばいらしい。世間を不安に落とし込むかのような発表だが、それでもこういうことはちゃんとやったほうがいい。たとえば、僕だって引退した後どこに住もうかなんてことを考えるわけで、しかも海の近くがいいなと思ったりするわけで、その参考になるものね。隠蔽がいちばんいかんのよ。安倍政権では、隠蔽どころか改ざんまでして、景気はいいなんてことをいうわけだが、正確な数字を上げなければ国民は参考にできないじゃない。どうもいろいろな情報を総合すると、アベノミクスによって実質賃金は4%ほど下がってしまったようだ。まあ、人々の実感のほうがだいたいは正しい。

さて、2月も終わりだが、ほんとに何もない1ヶ月だった。やっぱり楽しいこと、嬉しいこと、ワクワクすることとかないとなあ。3月は多少イベントがあるので期待してみようか。

菅野所長のエッセイ:失ってわかる


2019.02.22

2月は本当に地味な毎日を送ることになって、なんだかウツウツとした気分である。面白いことも楽しいこともまるでないなあ。まあこの季節はしかたないかと、3月からに期待しよう。
先週は今年最初のGⅠフェブラリーステークスがあり、藤田菜々子騎手が騎乗するので話題になった。女性騎手がGⅠに乗るのは初めて。最後方から5着に突っ込んできたのだから大したものである。かつては女性騎手が次々と出て、これからは外国並みになるのではないかと思ったが、みな冴えない成績で引退していった。そうした歴史の中で久々の女性騎手が誕生しただけでなく、50勝をあげる活躍である。
しかし、JRAと違って、地方競馬のほうでは女性騎手が何人かいてそこそこ活躍している。その中でもすごいのが宮下瞳。この人は、結婚して引退したのだが、その後、騎手の身体をつくるトレーニングをし、失っていた騎手免許を取り戻し、また騎手をやっている。子どもはまだ小さいが、子育ても家事もやりながらである。
騎手の生活はハードだ。平日は朝の調教があるため、2時とか3時に起きて厩舎に行き、馬の稽古をつける。早朝に家に戻り、子どもの世話をあれこれし、学校に行かせた後にまた仕事に戻る。
地方競馬は中央よりもレース数、開催数が圧倒的に多いから、それだけでも大変なのに、本人はそれをあまり苦とも思わずこなしているのだ。ほんとにすごいものだな。現役の騎手でいることの喜びは彼女にとって替えがたいものなのだろう。

サッカー漫画「ジャイアントキリング」を読み返してみていちばん感動するのは、達海監督が現役復帰を目指すといって、選手とミニゲームを行うくだりだ。かつてETUの星と呼ばれ、日本代表の司令塔になるはずだった彼は、膝の故障で若くして引退を余儀なくされた身である。そのゲームでも、一瞬の輝きを見せるものの古傷の痛みから思うようにはできず、彼は復帰は無理と悟り、選手たちに語る。10年ぶりにプレーして楽しかったこと、自分はこれに勝る喜びをいまだ知らないと。
辞めた者でないと、失った者でないとわからないものがある。人生は何ごともあのときにこうしていればと悔やむことばかりだ。幸い僕にはそういうものがほとんどないが、いつも現状で満足しきれないものがあるからかもしれない。
けれども、先日休刊となる『児童心理』の最終号が贈られてきて、自分の稿を見て思ったのだ。自分好みの論考、僕の好きなフーコー的なテイストを盛り込んだ論考を書けるところはもうないのだなあという淋しい思いである。よくもまあ、こんな異端なものを掲載してくれていたなあと感謝。
思えば、学会向けでもなく、一般向けでもないような純粋な考察をしているときがいちばん楽しく、それが、面接することだけではない、自分が現役であることの証なのだった。僕の場合。自分の本質というようなものもあそこにあるんじゃないかと思えるし。

今は何だか気分が上がらないことや、今後どうしていこうかという思いの根本にはこの問題があるのだな。なかなか難しいね。ま、今すぐどうこうということではないから、のんびり考えるしかないが。

人生はゴルフ場だ


2019.02.15

今週は衝撃だったな。ニュースを知ったときには若干身体が震えた。
水泳、池江璃花子ちゃんの白血病。最近調子が良くないと思っていたが、こういうことだったんだね。しかし、苛酷だ。伸び盛りもいいとき、しかも来年は東京オリンピックがある。そこで大輪の花を咲かせるのではないかと、誰もが期待していたわけだが。
しかし、これも運命というものか。これには誰も抗えない。いまはただ、病気を完治してもらいたいと願うのみだ。

と思っていたところが、街中のインタビューでは「はやく元気になって、オリンピックでメダルをとってほしい」という声があった。いやあ、そこまで言うか。と思っていたら、今度は五輪相のあれが「がっかり」と言う。頭の中のネジが何本も外れてんだろうね。こういうのを大臣におく政権というのも何だが、野党もこいつの失言を攻めて鬼の首を取ったような気でいるのはいかにもレベルが低い。そんなことよりデータねつ造でしょ、大問題は。厚労省のデータねつ造は、上からの指示があるとの疑いは濃厚だし。政府の出すデータというのは、ほとんどが信用ならないということだろう。先日は内閣府がGDPが伸びたと言ってきた。ほんとかよと思うし、これもタイミングがおかしいね。

五輪相のことだが、どこの世界にもこういうのはいる。昔、僕の業界でもあったな。あるとき学会の大会長が、台風が通過して学会当日には天候が回復するのを「しめたと思いました」と発言した。その台風では被害が相当出たときで、そうした地域からの出席者もたくさんいる前である。そういう人がトップに君臨するのは普通のことか。「心理学者の心知らず」「社会学者の社会知らず」とか、よくいったものだ。その通りだからな。
とにかく、日頃の行いがどうとかに関係なく、不幸は平等に人に訪れる。
問題はそれに対する備えだろう。生きていていろいろな苦しみがあるにしても、それに対して準備をしている人は苦しみに耐えることができる。と誰かが言ってたが、いままで健康上に何の不安もなかった人が突然病気になったりするとひじょうに不安になるようだが、それは準備や想定をしていないからとも言えるだろう。
身近な例で行くと、頭痛を経験したことのない人が頭痛を起こすような場合だ。たとえば僕なんかは小さいときから頭痛持ちだから、いつもどうってことないわけだが(今日の朝も頭痛があった)、未経験の人はなにが起こったのかと思うだろう。その意味では、去年ノロウィルスにやられたとき、これまでにまったく経験しなかった気持ち悪さとめまいだったので、けっこう不安になったものな。でも、サバに当たったときとよく似てはいたので、そういう方面かもしれないとの想定はあった。
自分は絶対にうつ病にななんかならないと豪語していた人が、うつ病ではないけどうつ的になるときも同じだな。それまでイケイケだった自分がそうでなくなるというその落差を受け入れられない。これまでどんなときでもすぐに寝られた人が、寝つけないとなると、よほどのことが起きたのだと思う。
でも、ある程度の年になって、今まで病のひとつもしたことがないとか、落ち込んだりしたことがないというほうが統計的には異常の部類であり、例外的なことなんだよね。

ということで、幸も不幸もすべてひっくるめての人生だということになるんだろう。何ごとも経験というのはそういうことだ。仕事のストレスというのも同じでね。それも仕事のうちだと。
ただ、「人生は山あり谷あり」というように、山や谷ばかりが強調されるのもどうなのかと思って、僕は「人生は山あり谷あり平地あり」と言い換えているのだが。

となると、人生とはゴルフ場のようなものだな。平らなところや上り下り、先が見えないところ、厳しい罰が待っているところ、池や砂地。でもみなやり直しが利くんだよね。失敗や不運を嘆いていてもしようがないわけ。それは当たり前のことだから。

菅野所長のエッセイ:戦う姿勢


2019.02.08

先日TVで、若いときに交通事故で右腕を失った人が、苦労の末バイオリンを演奏できるようになったというのを観た。どこかで観たことがある人だと思ったが、以前はパラリンピック水泳の日本代表でもあったので、記憶の端にあったのだろう。しかし、普通の運動ならできるかもしれないが、バイオリンとなると別物だろう。左指がバネ指となった僕などは、その不自由さですぐに楽器をあきらめたものだった。
まあしかし、その物語には感動である。そこに自分の逆境やハンディと戦う姿を見た。その戦いはわれわれの想像も及ばぬほど凄絶だったのではないだろうか。ご本人は、そういったものを出さないけど。ああいう姿勢を観ながら、最近の自分は戦っていないなと思ったのだった。
アジアカップの決勝でもそれを感じた。準決勝のイラン戦では、最初から殴り合いを覚悟でガツンと向かっていったチームだったが、カタール戦ではそれがなかった。何なんだろう。サウジ、イランを撃破しての慢心なのだろうか。一方カタールは、自国の歴史を替えるべく、必勝の姿勢があった。日本は、いつものことだが、相手が格下だと思うと受け身に回ってしまう。まずは相手の出方を観ながら、じっくりと攻めようとする。しかし、ランクは90台でも、カタールは決して格下とは言えなかった。予選を通じて、無失点。あの韓国にも勝っている。実際、デフェンスは素晴らしいし、カウンターもうまい。しかし、負ける相手でもない。負けるべくして負けたのだが。
後半ようやく攻め立てた日本だったが、ときすでに遅し。とくに武藤は気迫あふれていたな。結果は1-3。僕の心配通り、3失点にはすべて吉田がマッチアップしたものだった。はやく控えに回ってくれ。
気迫が足りなかったんだよね。欧州のチームは、相手が格下だろうが、最初から全力を出すもんだよ。昔、ベッカムがいる時代のイングランド戦ではびっくりしたもの。日本なんか相手に何でこんなに本気なんだと。先日、リーガ・エスパニョーラのベティスの特集(BS)で、試合前の主将の檄は怖いほどだった。「いいか、最初の10分だぞ!」。せっかく移籍したのに乾が使われなかったのもよくわかる。
W杯のデジャブだな。あのとき自分たちは最弱に近いと自覚したところから、日本の覚醒が始まったと思うが、そこにはすごい危機感があったことだろう。今回、サウジ戦とイラン戦にはそれが感じられたがね。予選とベトナム戦、カタール戦(のとくに前半)はダメだったな。ちなみに代表戦は最初の10分を見ればだいたいわかる。

まあ、今回は、富安という大収穫があったからよかったのだがね。しかし、堂安のポジションはあれでいいのか? 堂安がドリブルを仕掛けて抜いた場面はひとつもなかったぞ。あれは使われる選手だから、もっと中よりでプレーさせないと意味がない。南野は良かった。柴崎もどんどん調子を上げていった。いいところもたくさん見受けられたんだけどね。大迫依存はやはり心配。今なら、川崎の小林を代表に招集したらいいんじゃないかと思うが。
「新アメリカンアイドル」は、油断してネットのネタバレを観てしまった。本国ではこの戦いは去年に終わっているからね。気をつけてはいたのだが。まあ、これは結果はどうでもいいし、決勝のパフォーマンスもやはりイマイチだった。ただ、ギャビー・バレットが「ドン・ストップ・ビリービング」を歌っているときに、客席に紛れ込んでいたのが何とスティーブ・ペリー。このサプライズは盛り上がった。
が、優勝したのははマディ・ポピーらしく、それには異論はないのだが、キャロル・キングやアデルのような曲つくりの才能があるのかどうか。スターが出てこない「アメアイ」、彼女の戦いはこれからだ。

で、何よりも自分のことだ。昔はひたすら戦っていたものだが、このところはダメダメだ。何とかしないと。年齢は言い訳にならないよな。

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