菅野所長のエッセイ:退院を前にして


2021.02.13

シャバが恋しいなあ。もうこれで入院生活3週間だ。

とはいえ、月曜には退院。もうちょっとの辛抱である。

今回は大変だったな。こうして退院を迎えるとなると、多くの人へ感謝しなければならない。

 

 

通常であれば、悪性のガンであろうと、職場の人以外には伏せておくものだがね。僕の友人たちがそうであったように。でも、僕の場合は喉頭全摘となるので、その変わり様からして、知らせなければならないとぼくは判断した。すべて終わってから、実はガンだったんだよねだけでは済まないところがあるよね。せめて入院直前までは秘密にしておきたかったのだが、実はメールをうっかり誤送信してしまって、予定よりも早く皆が知るところになった。それで余計な気を遣わせてしまったのが少し悔やまれるね。

でも、ここでも書いたが、術後、心身ともにボロボロの時にラインに乗せて届いた励ましは本当にありがたかったね。あそこからなんだか自分が人間に戻ったような感がある。

 

 

さてしかし、退院したからといってすべてが解決というわけではない。むしろこれからが大変なのかもね。日常生活で厄介なのは、喉穴に詰まってくる痰である。今は一日5~6回は吸痰の機械を使って処理している。今現在は、眠りについてからも、1回はやらないと呼吸が苦しくなるので眠れない。退院後は、この機械を買うか、レンタルで家におかなければならない。それに付属するチューブとかもいるしね。これ、職場にも必要かも。今後、痰の量が減ってくれればいいんだけど。

そして、食道発声というのを会得するために、週に2、3日は教室に通わなければならない。会話が少しでもできないとね。1月25日以降、会話はゼロ。すべて筆談だなあ。

食道発声は難しいらしく、時間がかかるようだ。もしどうしてダメなら、電気喉頭という手段もある。こちらは簡単だが人工的なんでね、ちょっと抵抗があるわけ。ぼくとしては、驚異的なスピードで発声をマスターしたいのだが。

 

月曜退院だが、急にいろんな行動は無理かな。脱走してみてわかったのだが、30分以上するとちょっと気分が悪くなったり。クラクラするのだ。まだ電車とかは嫌な感じである。それから、頻尿がちょっとねえ。血尿はすっかり治まったのでそれはよかったが、まだまだ体のダメージがあるみたいだ。で、しばらくはゆっくり過ごさなければならないようだ。近くのスーパーやコンビニ行くとか、区役所にいくとかは問題ないけど。ほんとのところは温泉にでも行ってゆったりと体を休めたいのだが。というわけで、職場にも挨拶くらいは行けるかもしれないけど、長居はできそうもない。申し訳ない。

 

何にせよ、この体で一人でやっていくのはなかなか大変な予感がする。そこがとても不安だけど、まあがんばるしかないな。

菅野所長のエッセイ:退院近し


2021.02.09

今日の早朝、ついに左腕の点滴が外れた。これでもう僕を阻むものはないな。病室から見える富士山がきれいだ。関西の人ならもっとテンションが上がるだろうに。次いで、主治医の検診があり、来週の明けには退院してもという話が出る。今週末でもいいかなとも。順調なんだろうね。自分でも体調がよくなっているのがわかるが。頻尿気味なのと、喉穴に痰が絡むのが気になるけど。

さてしかし、退院したからすべてオーケーではない。喉穴のメンテナンスは今後厄介な仕事だ。痰が絡むと呼吸難となるし、自分で吸引技術を磨かなければならない。また、ここに水滴が入ると肺にいってしまうのでとても危険なので、シャワーの仕方などもこれからオリエンテーションがある。何より、声を出すにも訓練が必要だが、今のところ何もしていないので、どうなるものかわからない。僕としては電気じゃなくて、食道発声をしたいのだが、これは習得に時間がかかるという。いずれにしろ、退院イコール社会復帰ではないので、仕事に戻るにはまだまだ時間がかかるということだ。

まあしかし、ちょっとのんびりしたいよね。今回は苦しい戦いだったし、とりあえずの勝利をかみしめたいところだ。こんな僕を応援してくれたり、心配してくれた方々とお会いできるのは、残念ながら、まだちょっと先だな。

菅野所長のエッセイ:入院患者の密かな愉しみ


2021.02.07

早いもので、入院してからもう2週間以上だ。最初はどうなることかと思ったが、なんとか難局は切り抜けたようで、心も体もぐっと楽になっている。数日前までは、体温37度以上というときがかなりあったが、このところは平熱に近づいている。体温の低下ととともに頭痛が和らいだ。手術直後はずっと37度後半だったからな。僕は平熱が低い方なので、37度ちょうどくらいでもちょっと仕事もできない。それが何日もの間高熱だったんでね、その間はうなされている感じだったな。その後血尿が出たり、呼吸困難になったりしたが、この2日はそれもない。ただ、手術からずっとカテーテルで尿を吸引していて、それが外れたのが1週間後だった。そのときから、炎症を心配してたらその通りになったようだな。今は前立腺の具合も悪く、頻尿に苦しんでいる。しかし、これも去年激しいやつを経験しているので、そのうちよくなると感じている。

 

 

 

おとといはついに鼻チューブが外された。気道と食道を完全分離するため、その間は経口での飲食はできなかった。それが昨日からは。重湯、そしておかゆとなっている。まだちゃんと食べられないが、慣れないとね。いまのところ、飲むヨーグルトがいちばんスムースに喉を流れていく。しかし、この病院の食事は存外おいしい。病院食っていうのは薄味だから僕に合ってるんだよね。はやくもっと固いものも食べられるようになりたいものだ。

 

 

そういえば、鼻チューブから流し込む栄養剤というのはなかなかすごかった。400CCの茶色い液体を一日4袋。しかし、そんなものでもほとんど痩せない。僕の場合は肥満気味なんだからほんとはやせたほうがいいと思うのだが、病院というのはたぶん患者を細らせてはいけないという意地みたいなものがあるように感じた。そのチューブがあり、点滴として、痛み止め、抗生剤、その他の薬剤、脱水回避の補液などなど、ほとんどチューブでつながれたありさまだったが、今は、左腕に点滴が一本つくくらいだ。これも身軽でいいなあ。

とはいえ、あまり固いものはやめとこうと思うので、池袋への脱出計画は延期。病院の正門隣のコンビニに行って、病院にはない飲み物を物色するのが小さな愉しみといえる。そういえば、このコンビニに「喫茶ルーム」があるのを知って驚いた。新幹線のすぺーすみたいな。がまんできない入院患者がいるんだろうねえ。案外ニーズはあるということか。僕も入院しての2日間利用させてもらった。もう一生吸えないと思うと切なかったなあ。

このコンビニには、競馬新聞も買いに行く。それとATMで競馬の口座に入金するのもここでないとできない。というわけで、

隙を見ては脱走しているわけであるが、あまりにたやすいのでスリルがない。ほんとは「ショーシャンクの空」の気分が味わえるくらいのものがあればな。

 

 

長い入院生活はつらいだろうと、DVDも持ってきてる。僕の持ってるのはすべて音楽関係。でも、もってき忘れたのもけっこうあるな。まあいいけど。音友が、ホイットニー・ヒューストンの南アフリカのライブDVDを貸してくれた。1994年のやつ。僕たちが武道館に観に行ったのは1993年だ。それ以降のホイットニーはあっという間にダメダメになってしまったが、音友がいうには「このライブのときはまだ声がよく出ている」と。ほう、それは楽しみだと聴いてみると、確かに悪くない。いやしかし、この頃すでに没落は始まっているのではないか、この前年のあの武道館と比べたら落ちるんじゃないの?とも思った。そしたら、自分の荷物の中に1991年のノーフォークライブDVDがあるのを発見。まだデビューしたてで若いこと。で、こっちを観ると、もう南アフリカとは比べものにならない。楽々と難しい曲を歌いまくるのである。そうだよこれだよ、あの武道館の時もそうだったんだから。

まあ自己満だね。自分がいかにすごいものを聴いたか、観たかを確認するという行為だな。

それから、昔のPUSHIMのライブDVDもあった。ああ、そういえばあったなあ。で、聴いてみると、今の方が全然いい。そうか、だからほとんど聴かなかったんだな。でも、これらのDVDを聴いたのも、熱がだいぶ引き、命はなんとかつないだなと思えた日のことだった。このライブDVDでのPUSHIMのラストソングを聴いたら、号泣してしまったな。ああ、生きてんだなあと。暮れのビルボードライブでも危うかったけど。

次の日に観たのは「ブラス!」。音楽系の映画だよね。でもよく考えれば落涙必死の映画じゃないか。この映画にはいくつか僕の琴線に触れるところがあるんだが、とくに主人公のダニーが倒れ、病院に伏せっているときに、バンド仲間が外で「ダニーボーイ」を演奏して彼を元気づけようとするシーンがあるのだ。別に病気じゃなくてもウルッと来るのに、僕の現状がこうだからねえ。またもや号泣。部屋が一人でよかった。

 

で、あんまり楽しいこともないけど、体調は日々回復。明日は喉穴周辺の抜糸かも。そうやってどんどん退院へと向かっていくんだろうが、体にきたダメージはまだ測れないし、発声をどうするかとか、障害者申請とかやらなきゃならないことがたくさんありそうである。ああ、でも嫌じゃないね。声が出なくなっていろいろ不自由な生活と人生が待っているだろうが、障害者になるのは嫌ではない。これは命が助かるならという比較条件の話ではなく、自分にとってはまったくたいした問題ではないということがよくわかるのだ。

 

 

 

菅野所長のエッセイ:中止と延期


2021.02.05

入院生活も2週間になる。この二日は、気道がしっかりしてきたというか、息苦しさは減った。こうなると、睡眠もよくなるはずだが、あいかわらず、点滴の交換や検査とか、つぎつぎに「菅野さ~ん」が来るので、たぶん夜中で3時間くらいかな。それに昼間うとうとして2時間といったところ。もうなれたね。

で、昨日はペットボトル飲料を6本試した。いいのは小岩井の純水りんご、ただの天然水、カルピスだな。シンプルなものじゃないとだめみたい。桃が加わったカルピスよりも、ただのカルピスの方が味がよくわかる。実は最も期待していたのは「午後の紅茶」だったのだが、これはだめ。たぶん、紅茶の渋み成分が唾液と混じるからではないか。午後ティーには罪はないが。

意外なのは、水だ。基本、甘みとか塩みとかうま味とかないわけでしょ。でも、味がある。ほかの飲料と断然違うのは、舌のどの部分が触れているかで味が違うことだ。これはお茶でもあるかも。とにかく、いっぺんに飲める量は少ないので、口、舌、喉とゆっくりと落ちていくことでこうなるんだろう。図らずも、ちびりちびり味わうことになっている。こりゃミネラルウォーターのテイスターになれちゃうかもね。

で、経口食事の準備として、昨日の夜から重湯と吸い物、それに流動的なデザートとかが出てきている。もう10日間チューブだったから、直接来るのは重い。重湯などは2口、吸い物も4口くらい、飲むヨーグルトを半分、もうひとつのプリンは食べられなかった。食い意地だけは誰にも負けないと思う僕だが、なかなか厳しい。今日の朝は、卵豆腐という、いかにもなものが出てきてのだが。これがスムースに喉を落ちていかないのである。で、計画は変更。池袋のフルーツパーラーに行きたかったが、ジュース以外は無理だな。バナナ、メロン、いちご。桃、そんなものでも今の喉にはつらいだろう。この計画は数日延期だな。中止じゃないよ。

オリンピックはまだ中止にならないねえ。IOCは「謝罪したから問題ない」と言ったでしょ。あれがIOCの本質だよね。五輪の理念なんてどうでもいいわけさ。とにかく開催して金を引っ張りたいだけ。

JOCもまた森を辞任させない。僕の業界も同じようなもので、昔から森と同じような人がいるけど、結局ほかの理事とか役員も同じような利権の中にいるからだよね。そんなのとは関係ない僕がそこにいれば、必ず首を取るけどね。そうやってかつてある学会を大掃除したからな。五輪委も、上の方の役員の手当は月に200万。五輪委員会を解散したくない訳よ。まったく、なんて連中だろう。

橋下徹とかも森をかばったりするよね。そのまんまも、森の顔の広さとか手腕を評価する。それって違うよね。長い時間をかけてスポーツ界についてはほかの誰も口や手を出せないようにしてきただけの話で、それは純粋な能力や手腕と言うことではない。そもそも森は、「早稲田大学の、元ラガーマン」でなんて紹介されるが、ラグビー部じゃない、同好会だぜ。同好会の実態なんてあってないようなものでしょ。早大ラグビー部出身なら確かにちょっとすごいけどね。

まあ、僕の入院生活はどうなっていくのか。次は、基本的に楽しみのない日々をどうやって過ごしているのかを話してみようか。

 

菅野所長のエッセイ:この水はまずい、ということは?


2021.02.04

 

 

 

 

私の個人的知り合いの方、ほぼ東京や関東の方がたにお知らせがあります。

私のガラケーの方とメールやSMSでつながっていた方々へ、あのガラケーがついに天命をまっとうしました。病院内で。私の代わりなのでしょうか。ですので、そちらとはもうつながりませんので、よろしければ、今回会社の方から与えられたスマホの方のアドレスに連絡をいただければ幸いです。

ここで、アドレスを記すわけにはいきませんので、東京カウンセリングセンターのほうに連絡いただければ、受付の方が私のアドレスを教えてくれる手はずにしておきます。関西や九州など現在LINEでつながっている方々は大丈夫です。

 

あの手術から10日目。今日は待望の、「もし手術後が順調で、口から食道にものを流しても、気道の方に漏れなければ、今後は口から食べても飲んでもかまわない、何でもじゃないけどね」という日である。どれほど待ち望んだろうか。朝からずっと緊張してそのときを待った。

しかし、ただ時間が経過するというものでもない。やっぱり自分は病人で、今だって危うい生と死の境界にいるんだなと思わせる。とくに、夜中、朝の主治医の検診によって楽になった呼吸なのだが、12時間経つと喉穴が狭くなり、徐々に呼吸が苦しくなる。吸入する酸素量が、CO2よりも圧倒的に多くないと呼吸ていうのはつらいんだよね。それが始まるのが、夜中の10時過ぎくらいからかな。僕としては自力で喉穴を塞ごうとする痰と戦いつつ、呼吸のリズムや量を調節することに必死の時間となる。昨日書いたけど、看護師は当てにできないところなので。そうやって真夜中に不眠で呼吸困難と闘うのはちょっとつらいよ。その苦しさが今日で報われると思うと・・・

 

さて、この機械はレントゲン動画という体で、造影作用のある飲み物をのんでその動き、流れを追うものである。で、ちょっと水を含んで、ゴックンしてくださいと言われるのだが、その時点でちょっと確信。「ん、ん? この水はまずいな」。ここで、味がわかるということは、結果は明るい、早く終われ。計4回ゴックンして、結果はオーライ。でも、若い原理主義者は硬いなあ。まあ飲み物はいいけど、食べ物は明日以降と言われた。まあここまで来たら慎重にやるのもわかるけどね。こういう手術した人でうっかり硬いものや刺激物を食べたりする人もいるんだろう。僕は柔らかい果物とかそれ系のゼリーとかしか頭になかった。が、例外を許さないのも原理主義者の宿命、ま、それに付き合おう。飲み物だけでも本望だし。

 

と車椅子でB1から5階に帰ろうとする職員の人を引き留め、1階のコンビニに寄ってくれと懇願。さっき主治医にも許可得たからと。でも、おじさんも一存では決められず、ナースステーションに連絡とってやっとOKだ。そのあとはおじさんも悲惨をなめてきた僕の味方だ。ゴーカートのように店内を走ってくれて、昨夜から決めてた3本をゲット。「完熟白桃カルピス」「小岩井純粋りんご」「三ツ矢サイダー梅」。しかし、梅は炭酸物と知らない僕の失態だった。これは丁寧に炭酸を抜いて飲みたい。

 

で、部屋に戻って「カルピス」をゴックン。思ったより、量を飲めない。ちょっとずつって感じで、これからは豪快な飲み方など望むべくもない。ビールを飲んで「プアー!」ていうのも難しそうだ。でも、口に含んだ時点で味がするよ、ももの味とカルピスの味がする。ねっとりした感触もわかる。味覚は確実に4割は減ったかなと思うけど。

「純水りんご」はもっとサラッとして、もっとリンゴの味がしてくる。もともと、部屋の冷蔵庫にあった「冷たいほうじ茶」も、お茶の味がはっきりとわかる。でも、やや瞬間的で、継続性がない感じかな。でも、想像よりも味がする。

まずまずよかったなあ。もっと壊滅的と思ってたからね。素直にうれしい。もっといろいろ試そう。

菅野所長のエッセイ;お医者さんのいけず~入院日記その4 


2021.02.03

病院という場所で「ちょうどいいところ」を見つけるために必要なのは看護師という案内人である。が、ポンコツな案内人につかまるとストレスは一気に加熱する。数日前からの僕がそうで、僕の場合はとにかく夜中に咳が出て、痰を吸入器で処理してもらうことである。ところがある夜の看護師は、咳き込む僕に恐れをなし、「マスク着けてください」から始まる。鼻液もあふれでてるので吸入をお願いすると、マスクを口からは外さないでくださいとくる。それらが終わり、しばらくするとまた僕は激しく咳き込むのだ。ほかの看護師ならば、みなただちに処理が終わり、僕がその後にすぐ咳き込むこともない。マスク着けろとも言わない。

結局この看護師は、コロナを恐れるのはいいが、正しく恐れることをしていないのである。なぜなら喉頭全摘をした僕のばあい、口と鼻からの空気の出入りはもはやないのである。マスクも意味がない。では。ほかの若い看護師も皆その理屈をよくわかっているのかと言えば、そうでもない気がする。でも彼女たちは、真夜中に苦しんでいる僕を見て、まずその苦しみから解放させなければいけいないという思いの方が先に立つのだ。つまり患者の立場に立っている。その結果は彼女たちの方が腕がいい。そのおばさん(でもない?)看護師の方が腕が悪い。まあ、カウンセリングの世界でもよくある話だがね。僕も結構ひどい目に遭ってるんですよ。でも、こういう人たちって、自分の正しさを疑わないからやっかいだよね。一生いまの場所から動かない。

とはいえ、10万人に一人の希少ガンを引いちゃう僕であるからして、これくらいのことはなんでもない。以来、昼も夜も、痰の処理は自力でやることにした。必要からけど。これには主治医も驚いてたが、さっきの補液の追加とか、手術後3日には、ぼくのメモ帳に尿道炎の恐れ、脱水の兆候などが書かれている。こうやって自力で調整をしていけないと回復は遅くなるだろう。

それに、セカンド、サードオピニョンのチャンスもありながら、この病院での手術を即断したのは、通っているうちからホスピタリティがとてもいいと思ったからである。あんな看護師はまれだ。

主治医は若くて頼りない感じもあるが、絶対に自分のとこでやることにしたほうがいいと、かなり確信しているフウがよかった。病院内でも威張ってないし、患者にも強制的でない。で、「飲食の件ですが、一日くらい前倒ししてもよくない?」と陰で提案してみたが「いややっぱりそれは明日の結果を見ないと」と拒否された。それまでは「まあ、この具合なら大丈夫だと思うんですけどね」と言ってたくせに。いけず。

しかし、この手術では、気道と食道の完全分離は大きなポイントらしく、明日の検査で食道側から気道への漏れがあったら、再手術まであったり、入院は長引くのである。それを聞いてこちらも身が引き締まったね。

「やっぱり、医者は原理主義者じゃないといかーん」

とはいえ、明日は大丈夫だと思っている僕は、すっかり計画を立て終わった。タクシーで抜け出して池袋に行き、タカノフルーツパーラーへいくのだ。そして、ジュースと盛り合わせを頼むのだ。味がするのかしないのか、果物苦いかしょっぱいか、

なんとなく自決に向かう気分だな。

菅野所長のエッセイ;あなたなら何を?


2021.02.01

 

ぼくのいる病棟は、大きく二つに分かれているようで、その一方にはだいたい100人くらいの入院患者がいるのではないかと思う。廊下の端から端、100メートル以上あるかな。病室ばかりではなく、トイレ、処置室、ナースステーションも連なっている。夜中は。この端から端の音が聞こえてくるのだが、まずナースコールが止むことはないな。この僕からして、喉に開いた穴に痰がからむと大変な事態になるので呼ばざるを得ない。それも大分減ったのでよかったなあ。

具合の悪い人だけがいるんだから、夜中だろうが何だろうが不具合が起こるのは当然。でもまあ、ナースの会話にはときに「クレーマー?」といった言葉が紛れ込むこともアルので、そんなふうに思われないようにしなくてはいけないようだ。僕の場合は、その咳以外のことではなるべく呼ばないようにしている。そういう気遣いが通じているのどうか、ナースは「いつでも呼んでください」と言ってくれる。うれしいよねもっとも術後の3日間くらいはこんな余裕はなかった。動けずに朦朧としていたからね。でも、この頭の位置ではよくないとか、頭痛が増すだけだとかはわかってた。でも、調整ができない。

僕の場合もそうだし、みなそうなんと思うが、病院というのは「ちょうどいい」ことがない世界であり、みながそれを探す修行や旅をするのである。どんな頭の高さがいいのか、寝間着の薄さ厚さはどうかとか。そして病人だからみな自分で調整する力が不足しているので、そこですごく苦労するんだと思う。ぼくはこの数日で、この力をかなり身につけたかな。医師のしてくる処方を自分の経験から拒否したり、毎回強く主張して、脱水の危機から我が身を救ったと思う。

で、肝機能低下とか、血尿とかの事件もありつつ、たぶん4日には経口で食事をとれるかもしれない。とにかく冷たい水を口から流し込みたい欲望に全身取り込まれている感じであるからして、この日に何を飲み、何を食すかはもう国民的な行事などよりもはるかに重大なこととなっている。今日抜け出してコンビニを覗くと、「ガリガリ君のレモンスカッシュ」というのがあった。おれが買うまで誰も買うなよと、韓国人よりも強く不買の意識を持った。

水もどうだかな。カルピスウオーター白桃なんかのほうがいいんじゃないかとか、まず味の方はわからんのに馬鹿だなあと思うのだった。

まあいい。先週も競馬は負けたが、いまのところガンには勝っているのだ。

菅野所長のエッセイ;特別寄稿 入院生活からその1


2021.01.30

まあ、術後の2日間はほんとにつらかったなあ。いっそこのまま殺してくれてもかまわないとまで思った。朦朧として生きてるのか死んでるのか、起きてるのかねてるのかわからない。

やはり、手術の内容がな、腫瘍を中心に大きく切り取り、それから転移はないけど可能性が高いとされる左側のリンパ節をついでに切除するというもの。まあその後を見越した安全策ではあるが、その分時間も麻酔もかかる。術後は痛み止めに「麻薬」と呼んでるものも使っているのだが、これの効果がよくわからない。幻覚も誘うのか?実は数日、ちょっと不思議な体験をした。その話はまたのときだな。

48時間くらいたって、まだ混沌とした精神状態だったとき、不意に車椅子に座るよう言われた。ドン牛のように動きなんとか座れたがだからといってどうもできない。ねているのとたっているのに何の違いもない。

そこに看護師が本来の病室からスマホをもってきてくれた。手術以来ずっと処置室にいるのだ。では何か書いてみるかと「今、車椅子に座ってます」と、入院前にできたLINEグループにそのままの事態を書いた。初の通信だ。それいじょうの気力は出ない。そのまま動かず、にいると、ほどなくして返信が返ってくる。何というか、遠い地球からやってくる元気玉のようにふつふつと励ましのメールやスタンプがやってくるのである。あーそうかあ。みんな見守ってくれてたんだなあ。

まるで生気がなかった僕だが、なんだか体が少し熱を持って元気が出た感じがした。ほんとにありがたい。それからは、つらいことはつらいけど大丈夫。こんなこともできる。

今の願いは、冷たい水を口から流し込んでみることだな・味はしないんだろうけど、その冷たさを味わってみたいのだ。

菅野所長のエッセイ:ひげを剃る理由


2021.01.21

先日、ひげを剃ったのだが、自分の素顔を見るのは約40年ぶりくらいか。なんだか見慣れない顔である。ちょっと若返った気もするけど、その辺は第3者に評価を委ねたい。何でひげを剃ったのかというと、別にこだわりなどなかったからだ。でも、ひげを剃ると必ずその理由を聞かれるので、それが嫌だったことはある。というのも、僕のような仕事の場合全国に知り合いがいるので、剃ってから1年後、2年後にもずっと聞かれ続けるのである。それってうっとおしい。なおかつ特に理由もないわけだから。

今回剃った理由は衛生上のことをちょっと考えたことがある。いつか剃りたいと思ってたし、いい機会だと。何でそんなことを考えるのかというと、土曜日から入院するからである。で、何で入院するのかが今日の本題。

 

12月に耳鼻咽喉科に行ったところ、喉頭にがんがみつかったのである。それより数ヶ月前、ゴルフ場でちょっと声を上げたときに声帯を痛め、以来かすれ声になった。これがいつまでも直らないので、クリニックに行ったら、腫瘍ができているから、即大学病院に行けと言われた。腫瘍の写真も見せてもらった。大学病院に行くとやはり同じ結論。問題は良性か悪性かということだけで、細胞の生検をし、その結果を待つ。

後日の結果は「悪性」だった。ガーン、がんだけに。問題はほかの部位に転移しているかどうかである。食道、胃、肺あたりが転移先としてよくあるらしい。喉頭はリンパ腺が近いのでほかにも遠隔転移が起きやすい。

そこからは、検査、検査、また検査の日々。採血採尿、PCRは2回、CT2回、MRIにPET、胃カメラも。それも昨日終わって、結果は「転移なし」。やれめでたし。

だが、喉頭は全摘となる。29日に悪性とわかった時点で、医者は考える時間をくれると言ったが、そうしてる間に転移があるのが最悪と思ったので、僕は即決した。これでもう自分の声は失われるけれど、命が最優先だよね。普通の喉頭がんは扁平上皮がんというもので、これは放射線で治るのだが、僕のは神経内分泌がんというもので、10万人に一人の希少がんなんですと。まったく引きが強すぎるよね。こういうときには平凡、平均的な人間でありたいと思った。

絶対に転移するので、今のうちに全摘が安全なのである。術後は食道発声か、代用音声になり、普通の会話ができるのかわからないが、まあしかたない。今がメールの時代でよかったと思う。

 

ということで、とりあえず、このコラムもしばらくは休むかも。もしかしたら、入院日記みたいなものとしてアップできるかもしれないが、PCの持ち込みは微妙なんで。まあ、なんとかごり押ししちゃうけど。リハビリとか含めて約1ヶ月になります。それでは皆さんもお元気で。

菅野所長のエッセイ:人生50年前


2021.01.15

先日、ノーベル賞受賞学者4人が共同で声明というか提言をしたが、だいたい理にかなっていることばかりだ。山中教授がずっと前からも言ってたことけどね。
その中で、神戸のほうの企業がPCR検査を素早く大量に行うことができる移動車両をすでに開発しているという話があった。一台1億かかる。だから、1000億の予算を使い、全国に1000台の車両を稼働させれば、1日250万人の検査ができるというのだ。1ヶ月半で国民全員だな。他に金を使うよりもはるかに効果が期待できるね。とにかく、陽性者を見つけてこれを隔離するというのがいちばんの道なのだから。軽症、無症状の人用にはホテルを用意。ホテルも大喜び。って、僕が前に計算したのと同じだな。五輪予算とか軍事予算で十分まかなえるんじゃないの。

こういう対策をまったく打てない政府だが、たぶんブレーンの質が悪すぎて考えもつかないというのが真実ではないのかな。厚労省及びその筋の「専門家」のことだが。

実は、昔からのインフルエンザについて、その感染経路がどう考えられているのかを調べてみた。すると、飛沫感染であることを前提に、マスク、手洗い、うがい、密を避けるなどの予防法が全面にある。コロナの初期の時とまったく同じだ。

驚くべき事に、「食事」、「家庭内」といった記述はそこにまったくないのである。ウィルスはドアノブや手すりなどに多く付着し、それに触った手をうっかり口に付けてしまう、という経路であるというのが「専門家」の談なのである。もちろんそれも間違ってはいないのだが。
僕が驚くのは、コロナについては、最近になってではあるが、会食、家庭内感染がおもなものとされているが、何十年と研究や調査期間、考察期間があったにもかかわらず、インフルではまったくそこに「専門家」の考えが及ばなかった点である。
この場合の「専門家」とはほぼ感染症専門の医師、医療技官ということになるが、僕が思うに、ここに社会学的な見地を持った研究者が入っていれば、間違いなく正しい経路に行き着いていただろう。なぜなら、この僕でさえ、去年の春には気がついていたんだからね。でもああいう視点は医者にはないんだろうね。医者って、僕はよく言うけど、理系の人だからね、社会的、コミュニケーション的な見地がないわけよ。
厚労省の考え方がいつも間違うのはここにもあると見た。

先日、音友に頼んで「フィルモア・ラスト・デイズ」というライブDVDを手に入れた。これは、50年前にアメリカ西海岸の有名なライブハウス「フィルモア」が終わるのを記念して、ウェストコースのバンドが多数参加したイベントの映画である。

僕はこれを観に行ったのだが、口コミによると池袋の前進座とある。前進座とは映画館ではない。収益は上がりそうにないので、どこも上映してくれなかったからそうなったんだろうか。よく覚えていないが、当時18か19でプー太郎だった僕は、大学の彼女と一緒に行った(はずだ)。この10年か20年、これのDVDを探したがまるで見つからない。それがどうもつい最近DVD化されたようだ。映画にまでなったのに何で?と思うが、音楽系はいろんな権利が絡むのでそういう理由なんかなと思ってた。

でも50年ぶりの映像を観て想像も膨らむ。ひとつには、この映画はライブの合間にオーナーのビル・グラハムという男が再三出てきて、何ごとか話すのである。うっとうしいたらありゃしない。確か当時も、あれはグラハム個人の宣伝映画なんじゃないかと揶揄もされていた。
その話の中で話題になるのは、当時人気が沸騰し始めたサンタナのことである。サンタナはトリじゃないと出ないとか、いろんなことを注文してくるのだが、そのたびにグラハムはなんて生意気な奴らだと怒りまくり、じゃあ、デッドはどうなる、クイックシルバーだっているぞとか怒鳴る。しかし、サンタナが出ないことには画竜点睛を欠くことも確かだ。その苦悩も見える。

で、想像だが、DVD化がここまで延期された理由その1.映画ではサンタナはかなり悪者扱いされているので、サンタナがDVD化を嫌った。

次に、映画では登場していたが、DVDには出てないのがボズ・スキャグスである。あのとき、ボズのことを知らない僕は、何とも田舎っぺなあんちゃんが出てきたなあと思った。歌もださかったし。たぶんみんなそう思ったんじゃないか。
その後ボズは、AORの貴公子のごとく、おしゃれなサウンドで世界中を席巻するのである。そのボズが昔のダサイ自分を観られたくないということで差し止めていたんじゃないか。まあ、そう思うと実に楽しい。

50年、半世紀前のことだ。あの頃の自分は、これから自分がどうなっていくのかなんてまるでわからなかったな。ただ、ときどき日雇いに行って、夜には酒をあおりの日々。大学にも行かないと思ってたし。まあ、人生というのはどうなるかわからない。こんな年になっても、ちょっとそれは続きそうだ。

 

あとはマンガ「こころの日曜日」(法研)が店頭に並ぶかな、そろそろ。なかなか面白い。