菅野所長のエッセイ:人はなぜ彼をキングと呼ぶのか


2017.03.11

 

先週末は長崎に行ったわけだが、往きの飛行機がなんとあの、キング・カズこと三浦知良(横浜FC)と一緒だった。 羽田に着いたあたりから、黒いジャージ姿の人たちが目に付き、搭乗口に近づくほどそれが増え、人数やその体躯などからこれは遊びのサッカーチームじゃないなとは分かったのだが、見たところジャージーにチーム名はなくて、どこなのか分からない。総勢は30人くらいか。長崎といえば、相手はVファーレン長崎だからJ2のチームだとは思った。しかし、それでもまだどこなのかわからない。半分以上の選手はマスクをしてるしね。

で、僕の席がJALのクラスJで前から2列目。その前に座ったのがどうもチームのオーナーか監督らしく(同じチームジャージーを着てたからたぶん監督)、後から入ってくる選手たちがそれに気づき、次々に「ウース」とか挨拶する。
あっ、これは横浜FCだと分かったのは、多くの選手の中でたった一人、その監督に挨拶するときにマスクを外したのが、誰あろう、キング・カズだったからである。カズはマスクを外し、ニコッと笑って挨拶。他の選手の無愛想な「ウース」とはまったく違った。 昔スタンドから観たことは何回かあるが、すぐ近くで観ると思ったよりも顔は小さくて、全体もごつくない。その笑顔はものすごく爽やか。とにかくかっこいい!の一言である。以前、東北新幹線で斜め前の席に中田ヒデを観たときとはまったく正反対の印象だ。

で、驚くべきは、感動した僕がカズの後を目を追うと、すっと奥の方に進んでいくので、他の選手と同じ普通席に座ったであろうということだ。これがすごいことだな。日本サッカー、Jリーグの立役者、キングと呼ばれ、50歳になり、海外でも注目される男が普通席。一方、僕はクラスJ。1000円違いとはいえ、座り心地が全然違うんだ、これが。
もう僕なんか、貨物と一緒でも、その辺の床に縛られ転がされてもいいから、この席をお譲りしたいと思うわけである。そんな、ひじょうに申し訳ないことをしているという気分になった。カズ様と比べたら、僕なんかゴミ虫みたいなものなのに。

これはきっと罰が当たると、乗る前に買っていた馬券も外れるのではないかと思ってしまうのもしかたない。飛行中は圏外になるのでわからず、空港に着いて分かったが、ふたつの重賞ともに当たり!堅めの決着ではあったがね。でも、罰どころか、カズが福音をもたらしたとしか思えない。ありがたやありがたやと、僕は市街へ向かったのである。

さて退職記念パーティでは祝辞を頼まれたわけだが、初めて奥様とお会いし、抑えめのバージョンでいじることにした。とは言え、それも想定内。祝辞は狙い通りの大爆笑、バカ受けの連続で、自分の経験でもなかなかないほどだった。でも、カズ様のことを言い忘れてしまったのが、手落ちだったのかもしれない。
2次会の居酒屋で、席に着こうとしたときに、暗くて段差があることに気づかず、思い切り転倒する。酔っぱらってんだよね、つまりは。これはやばいと思ったが、ちょうど上半身が座布団の上に倒れたので大丈夫な様子。頭も打ってない。しかし、左足首を捻挫である。これでは明日のゴルフは?と大心配も、足を引きづりながらプレイ。そういうことがあったせいか、日曜は馬券を買うのを忘れたが、結果を見ると予想と外れていたので却ってよかった。捻挫のほうも、これで1週間経つけど、だいたい大丈夫だね。

すべてはカズ様のおかげなのであろう。ああいう立派な人に比べ、森友学園絡みの首相夫妻、鴻池、稲田とか、ほんとはあそこの時代錯誤教育を絶賛してたくせに、関係ないと言い逃れる姿は醜いを通り越しているな。どこも同じだ、高潔な人物であるほど地位は上がらない。もっとも、ただの選手として、あるいは、普通の人として、そして市井の人として生きるほうがいいと思っているからでもあろうが。 市井の人といえば、先週取り上げた「この世界の片隅で」が、その夜に日本アカデミー賞を取ったね。「君の名は」を押さえて。まあ当然の結果と思うのだが。と、推奨した手前、ちょっと自慢げだな。このへんが高潔にはなかなか近づけない僕なのであった。

菅野所長のエッセイ:片隅で生きる


2017.03.03

今週は今日でお終い。明日からは長崎で友人児島さんの退官記念行事に参加しなければならない。彼が以前東京にいた頃、僕と高良さんと3人でよく飲み語らったものだった。

で、今週連絡があり、そこでもまたスピーチを頼まれてしまった。今回のは祝辞に近いものになるわけだが、こんなにも短期間に弔辞と祝辞をするなどとは夢にも思わなかった。先日のひどい体調不良のこともあるし、遠出するのは少し不安でもある。

1週間は何とか乗り切れるようになった感じがするが、ここまでのところでは、日曜になると具合が悪くなる。たぶん土曜日までで気力が尽きているのだろう。先週の土曜などは、夜、職場で一人になったとき、今まで味わったことのない寂寥感に襲われてじぶんでもどうしていいのかわからなかった。

とはいえ、眠るほうは大丈夫にもなったし、来週には、疲れはあるだろうが、より元気を取り戻しているように思う。

自分がこんな状態であるときにも、世の中ではいろんなことが起きていて、やはりいろんなことを考えてもしまうが、今日は映画の話をしようかなあ。アカデミー賞でとんでもない凡ミスがあったらしいが、そのシーンは見逃している。まあ、でも何が受賞しようがどうでもいい感じだ。今年になって「グラントリノ」を2回観たが、この10年でこの映画以上のものはないなと、何回観てもそう思う。

先日は、ちょっと元気があったので「この世界の片隅で」を見に行った。アニメと言えばジブリものが相場で、近年は新海誠だが、これはそういったテーストとはまったく異なるものだ。
結論的には、今まで感じたことのない不思議な映画というのが僕の結論である。映画が終わって、駐車場に歩いていく途中なのだが、ふと先のほうに主人公のすずが風呂敷包みを抱えながらとぼとぼと歩いているような、そんな錯覚に陥ったのである。もちろんいるわけもないのだが、もしやと思って後ろを振り返る。もちろん、そこにもいるはずもない。
でも、いるような気がするのである。

こうした錯覚に陥るということは、この映画が、市井の、そして当たり前の人物たちを当たり前に描くことに成功しているからであろう。監督もそれを大事にしていて、戦争の悲惨とか原爆の恐怖とか、そういうものも大げさに表現しない。ただひたすら、あの時代を生きた平凡な一人の女と、これまた平凡な、その周辺の人たちを淡々と描くのみである。地味と言えばその極地。しかし、だから退屈するとかはまったくない。この監督の力量は相当なものだし、後で知ったが、主人公すずの吹き替えがあの能年怜奈(いまは、”のん”と改名している)で、これが実にうまかったことも大きい。

絵画でいえば、ダリとかエルンスト、カンデンスキーといったいかにも不思議な表現をする画家がいる一方で、マグリットのように何でもないような絵がたとえようのない不思議を醸し出す人もいる。この比較からいえば「この世界の-」はマグリットのほうではないかと僕は思う。

アニメの話題と言えば「君の名は」だけど、新海監督のこれまでの作品から、思春期のいじましさが描かれるだけであって、そういうのが嫌いな僕はものすごく不快になる。こじらせ気味の中高校生にはいいんだろうがね。でも大人の映画を観たい者にとってはどうなの? アジアではうけるんだろうけど、ヨーロッパやアメリカではダメでしょ。 よく知らないけど。

菅野所長のエッセイ:「いま」に追いつくこと


2017.02.24

先週はこのコラムを休んでしまった。忘れたわけではなくて、身体の具合が悪くて週を全休してしまったからである。先週の土曜は休日だったが仕事で、その後に飲み会で力尽きたのかもしれない。1次会で帰ったんだけどね。

日曜からどうも身体の調子が悪くなり、月曜には本格化、熱が出て体中がものすごく痛くなった。以前からもこういうことは時々あったけど、ここまで痛いのは初めてだった。痛くて痛くて寝るのもままならない。やぶれかぶれで安定剤を2錠飲んでみると少し痛みがやわらぐことがわかった。風邪薬とか鎮痛剤とかはまったく効かないのにねえ。

で、金曜の朝あたりには仕事に行けなくはないなと思ったが、もしもこれがインフルだったら職場の人に移してしまう可能性もあるので、結局全休となった。こんなに休んだのは生まれて初めてである。

とにかく、正月明けから心も体もどうにもならない日々が続き、多くの人に多大な迷惑をかけてしまったのが申し訳ない。今週もきつかったが、今日あたりはだいぶいい感じに戻っている気がするので、今後は大丈夫な感じがする。先週あんな状態になったことで、自分の意志とは無関係に眠れるようにもなった。ただ、帰りの電車では背中がすごく痛くなる。

こんなことがあったり、あんなことがあったりしながら徐々に普通の生活になっていくものなのだろう。来週末には、友人の児島氏の退官記念があるので長崎に行くが、そこでまた、九州や関西の人たちと高良さんのことを語らったりするうちに、自分のダメージも次の段階に移行していくのだと思う。

今でも毎日毎日彼のことを想い、淋しくなったり虚しくなったりするけれども、時が経つごとに忘れる時間が増えていくのだろう。もうすでにあまり泣くことはなくなった。自分については「いま、ここ」に追いつきつつあるようだ。

菅野所長のエッセイ:梅の季節


2017.02.10

今日の朝、仕事に行く準備をしているときにふと身体の中が空っぽな感じがした。あまり経験したことのない感覚だった。あれから少しは時間が経ち、いろんなことが終わってきたことから来るものなのか、どうにもよくわからない。

火曜日と水曜日、通夜と告別式があって、それは確かに終わった。弔辞というものは、やはりまともに読むというのは不可能だなと思った。そもそも「弔辞」と宣誓した直後に、もう声が出てこない。時間にしたらどれくらいだったのか? 10秒か15秒くらいと思えるが、どうした? ちゃんと読まなきゃダメだろと焦るが、声が出なかった。
でもこのとき、これはまともに読むのは無理なんだという考えがすっと頭をよぎり、まともに読めなくてもしかたないという気持ちになり、少し楽になった。そこからは、詰まり詰まり、途切れ途切れではあるが、何とか最後まで読むことができた。

その後出棺があり、火葬にはご親族にお供させていただき、戻って食事と少しの酒をいただき、帰ったのは4時くらいだったか。これで一区切りというのかなと思ったが、その夜もやはり眠れなかった。この不眠についても、弔辞と同じで眠れなくてもしかたないんだと思うようになった。昨日も2時間くらいしか寝てないが。

身体の真ん中が空っぽになった感覚というのは、たぶんそこに高良さんがいたのかなあととか考える。そのうち慣れてくるのかもしれない。

ひとつ残念だったのは、最後に彼と会った後に、それでも何かできることはないかと思った僕は、もうすぐ開花する予定の梅の小鉢を注文したのだが、届いたのは彼の死後だったことだ。その梅が咲くまでがんばって欲しいと思い、もしもそれを彼が見ることができたら、次は桜の鉢を届けようと思っていたのだけど。見れば、梅が満開の季節となっている。

 

あと、今回のことを通して、自分のあずかり知らぬところでも人に支えられているのだなあということを痛感した。自分の悲しみとか苦しみばかりに心を奪われていて、そういうことに気づけなかった。それも情けない。自分の小ささばかりが実感される。
この1ヶ月はみなに迷惑をかけてばかりだった。職場のスタッフ、クライエントの方々に深くお詫び申し上げたい。今後はちゃんと仕事ができるようにがんばります。さっそく明日は休日だけど仕事がある。

菅野所長のエッセイ:悲報


2017.02.04

今日は手短に。

実は今週の初めに僕の大切な友人が亡くなった。正月明けに電話でもう永くないと聞かされて以来、とてもつらい日々だった。訃報を聞くと更につらい。いくら泣いても枯れない泪があるのだと知った。自分の身体の一部がもがれたような気持ちである。

来週の告別式では弔辞を読むことになっていて、その原稿を書かなければいけないのだが、一字一句、一行のたびに泣いてしまってどうにも書けない。でも何とかしないと。

というわけで、今日はこれで。

何とかしなくちゃ


2017.01.27

先週は、週末に調子が悪くなってしまったので、アップできませんでした。伏してお詫び申し上げます。とは言っても、別に大した影響力はもないのだろうが。まあ、ごく少数、楽しみにしている奇特な人もいるようだ。

先週は、木曜日の朝、睡眠時間は足りていたにもかかわらず、身体が動かなかった。で、休むことにしたが、次の日も同じ感じでまた休んだ。その日の午後になぜかかなり調子が戻ったのだが、休むことになっていたので無理をせず。土曜日は行こうと思ったが、面接予定がないということでお休みくださいと言われ、それに甘えた。で、コラムは書けずである。
結局、風邪なのかどうかもよくわからない。でも、ああいうふうに身体が言うこと聞かない状態は確かによくないので、やっぱり大事を取ってよかったとは思うのだがね。で、今週だが、何とか金曜までは運んだな。あしたは大事な用ができたので銀座には来られないので今日中にこれを書かかねば、とまあ、こういう経緯である。
今の僕は当面調子の上がりようはないのだが、でも休むことのないように何とかやっていきたいと思う。たぶん来週くらいはもう少し上がってくるだろう。

休んでる間もそうだったが、気を紛らわすためにケーブルで映画だのドラマだのアニメなどは呆けるように観ている。どれもあまり面白くはないが、まあその間は何も考えなくていいのでそうするという、ほとんど無気力な引きこもり状態である。

今週はちょっと気になっていたDVDを注文した。「孤高の白鳥 ロパートキナ」。ロシアのバレエダンサーのドキュメント。少し前にBSで観て、その踊りに打ち震えたのだった。衝撃を受けたとかの言葉も生ぬるいね、あれは。もともとさほどバレエを観るほうではないが、人間があそこまでできるものかという畏敬は昔から持っていたなあ。今回はそれを本格的に鑑賞しようと思ったわけである。

要は、ちゃんとしたものを観たいんだな。何でも偽物ばかりだし。

アカデミー賞で、「LA LA LAND」が14の賞候補に挙がっていると聞いたが、これまでの最多タイだと。ひとつは「タイタニック」。ああ、なるほどね。つまんない映画だけどね、話題にはなったよね。もうひとつが1950年までさかのぼる「イブのすべて」だということだ。これは、昔観たこともあるが面白かったよね。二重人格の話。原作「私の中の他人」ともに面白い。仕事柄だが。

日本では、「君の名は」の陰でアニメ「この世界の片隅で」が静かにヒットしているらしい。原爆が落ちた当時の広島での話。地味な話らしいけど。でも、「君の名は」には惹かれないが、こっちはそのうち行けたらなと思っている。

こうしてみると先週よりは気分がいいみたいだ。眠るときが少し不安なのだが、まあ徐々によくなっていくだろう。

菅野所長のエッセイ:今週はちょっと・・・


2017.01.14

もう何もしたくない気分だが、何かをしていないともっとつらい。そういうときがある。いちばん危険なのは眠る前だ。何もすることがないので考えてしまう。それで眠れない。今週はそうやって始まった。水曜あたりからだいぶ平常に戻ったが、帰宅時のあまりの寒さに身体が冷え、風邪っぽくなってしまった。早々に薬を飲んでおさまっている感があるが、週末には33年ぶりの寒波が襲ってくるというから厳重警戒しておかないとな。

金曜は、朝起きたときには土曜日と勘違いしていて、すぐに気づいたけれども一日損をしたような気分になった。それだけ今週は長く感じているのだな。原稿のリライトはもう終わってしまったので、当面やることはないなあ。何かしていないと空虚だ。でも土曜もやっと終わったのでホッとした。

あまりものを考えたりまとめたりができない感じなので今日はこれで失礼。来週はもっと気持ちを上げないといけないが。

菅野所長のエッセイ:年明け、珍しくまじめに思うこと


2017.01.06

あけましておめでとうございます。

仕事が始まってからはそうでもないが、今年、東京の正月は温かだった。からだがひじょうに楽。ほとんど暖房しなくても平気だったものな。基本、僕の住まいは冬はとても寒いのだが。

年末年始はほんとに何もせず過ごしたなあ。やっぱりお雑煮が食べたくなるので、それをつくるくらいで。まあ、天気も合わせて穏やかといえば穏やかな正月だったが、こんなに温暖ならゴルフにでも行っていればよかったと思わないではなかった。

今週はキャンセルが相次ぎ、あまりやることがなかったが、今日は去年の5月にやった講演録が今頃になって送られてきて、今月中にこれをリライトしなければならない。なかなか厳しい注文ではあるが、正月明けなら何とかなるでしょ。

それで思い出したが、正月にケーブルで「地味にすごい 校閲ガール」というドラマを一気に観た。石原さとみ主演のコメディドラマなのだが、出版世界の中でも校閲部を取り上げたところいい。ていうか、誰かの原作があるようだがね。
映画「船を編む」とかも、編集ではあるが広辞苑のような辞書ということで、こうした地味な仕事に光を当てることには好感が持てる。僕は基本書く側なのだが、これまで雑誌の編集とか、原稿のリライトなども嫌というほどやっているので、そうした苦労がわからないではない。

日頃当たり前だと思っていることでも、どこかの誰かが裏で地味にそれを支えているという、これまた当たり前な事実も、われわれはついつい忘れているし、みなが脚光を浴びたいと思う中で、そうした仕事に価値と喜びを見い出すことは尊いことだと思う。僕は若いときにほぼ肉体労働しかしていなかったが、おもにその苦労のほうだけしかわからなかったのは少し残念なことだった。しかし、どんな仕事にも価値があり、手を抜かず、それをまっとうすることが大切だということはかなり理解できたようで、いろんな役割や裏方のことも好んでやるようになったな。もともとかもしれないけど。

昔、TCCを立ち上げて数年、赤字続きでこの先どうなってしまうのか、ひじょうに不安になったことがある。いろいろ考えた結果、いざとなったら自己破産をして、当面は屋台のラーメン屋でもやってみようかと思った。まあ、杞憂だったけど。そもそも、この仕事に就く前も、とりあえずトラックの運転手になろうと思ったのだが、それも未遂だ。仕事に就いてからも、赤貧だったときには、瀬戸内海あたりに行って漁師になろうかと考えたときもあったな。これも35歳になってやっと食えるようになったので未遂と。

結局、僕の中には「いざとなったら」というのがずっとあって、それは決して冗談ではなく、それが自分を支えている部分ではあるのだ。やりたくもない所長なんかになってしまったので、今はさすがにそれがなくなったねえ。この辺が近年の不調の遠因なんだろうか。というわけで、今年はなんかこれまでと違うことをしようかなと少し考える年明けなのであった。

そういえば、忘年会のときに非常勤カウンセラーの有志から、僕への感謝ということで大量のタバコとひじょうに優れもののライターをプレゼントされた。これはとてもありがたく、嬉しかったなあ。この場を借りて御礼申し上げたい。これからも勉強会の後にはみんなで飲みに行こうぜ。

5日、競馬では東西で金杯というのがあり、これはどちらも当てたが、安めもいいところに来る。ついでに久しぶりにWIN5も当てたが、2万5千円しかつかないという体たらく。まあ、外れるよりはいいということで、今のところ、中くらいなりおらが冬といったところか。

ということで、今年もTCCをよろしく。

菅野所長のエッセイ:また来年


2016.12.28

もう今年も終わりですねえ。TCCも今日で終わりだ。

先週は忘年会が終わって、すぐに新幹線で京都に行った。でも、神奈川で火災事故があり、新幹線は約2時間遅れ。僕は7時台初のはずだった電車に乗り、京都着は12時ごろ。当日は糸魚川でも大きな火災があったと、着いてから聞かされた。

京都は予想よりも寒くなく、ゴルフもつらくなかった。関西のK氏の快気祝いのためのゴルフなのだが、笑い放しの楽しいゴルフだったな。金曜も帰る予定の土曜も、京都駅中の店で4時過ぎくらいから飲み始め、帰りの新幹線はほぼ気絶状態、あっという間に東京。
つくづく仲間内のゴルフは楽しく、もうこれくらいしか僕には楽しみがない。有馬記念はもちろん馬券は取ったが、本命過ぎて取りガミである。2,3点にドカンと張るような買い方ではないものでね。この一年、競馬もよく負けたなあ。
でも、明日の大井ではGⅠ東京大章典があるのでこれで一発と、最後まで性懲りもない僕なのである。

ゴルフとか競馬以外は、僕にとって何も楽しいことのない一年だったが、世間的にはいろいろあった。
国際的にいちばん大きいのは米大統領選だろう。トランプなんかになっちゃって、オバマも自分が出てれば勝ったと思っているに違いない。それもわかんないけど。
そのオバマが広島訪問をして、そのお返しに安倍が真珠湾へ。これもかつてなかったこととだ。これ自体はたいへんよろしいことだが、辺野古基地、地位協定などとくに何も変わらんね。

国内的には熊本地震だったが、小池都知事の誕生もある。都のほうは負の遺産が山積みで、実際にやってみると、大なたを振るうのはなかなか難しい。オリンピックの費用負担でも、各県の協力は望めそうにない。しかし、自治体の言い分は至極もっとも。そこに仮設施設の費用を出させるなど言語道断だ。これは当初の決め通り、五輪委が全額負担すべきである。
理由その1。森は「私に文句を言うのは筋違いだ」と強弁するが、筋違いなのはそっちだ。そもそも森が会長になったのが筋違い。なぜなら、猪瀬が辞任し、舛添が就任するまでのわずかな空白の期間に、五輪委は森会長を誕生させているのである。かつての江川問題と同じで、本来なら都の忖度を受けるべきものをどさくさに紛れて就任したのだ。
理由その2。森はまた「仮設施設は五輪委負担、恒久施設は自治体負担というのは論理的に整合性がない」と、自分では頭の良さそうなことを言ったつもりなんだろうが、これまたバカなことを言う。そもそも五輪委が仮設組織だぜ。オリンピックが終われば消えるんだから。仮設が仮設を担当するんだからむしろとても整合性があるんじゃないの。各知事も、ニュースのコメンテーターもそこをすかさず突っ込んで欲しかったね。

ま、森を筆頭に委員会ぐるみでの利権狙いで固まっているのだろうから、東京五輪については今後も不愉快なことが続くだろう。五輪委オフィスの賃貸料が月4300万円なんて、冗談にもほどが過ぎるぜ。

しかしまあ、今年のオリンピックは記憶に残るな。中でも白眉は、陸上男子400メートルリレー。日本の良さ、日本の強さがどこにあるのかがわかりやすく示された。以来、企業での講演でもこれを引用してるもんな。 チームワークが崩れるとどんな組織もダメだからね。ついに解散したSMAPのその一例だし。

と、自分以外のことはまあいい。自身にかんしては、己の無力さを思い知らされた年ではあったな。こういう気分で来年も始まるのはどうかと思うので、京都に行けたことは気分転換としてとてもよかったのだった。京都での会合で、来年度のイベントもかなりわかったことだし、またそれを給水ポイントとして仕事をしようか。

ということで、来年もよろしく。

菅野所長のエッセイ:負け戦の観戦


2016.12.16

先週のGⅠで、ヨーロッパで14戦14勝の戦績を残した怪物フランケルの産駒ソウルスターリングが勝利。今のところ、日本では今年2頭がデビューしているが、もう一頭のフランケル産駒ミスエルテもまた、今週のGⅠでの最有力候補である。

まこと、競馬の世界では血統ほどものを言うものはない。いまや日本の競馬は世界的なレベルにあり、同じく先週の日曜日に香港で行われた国際GⅠの祭典では、4レースのうち日本馬が2勝した

遺伝ということでは、僕の血統はまるで二流だが、母親から老眼にならない眼の良さと、困ったことには頭痛持ちを継いでいる。
今週は、先週末からのひどい頭痛に悩まされた。火曜の朝までひどかったな。水曜の朝にだいぶ収まり、その後は平常になった。これといった理由も見あたらないので、これは心因性だろうと思わざるを得ない。ちょっと頭を悩ますことがあったんでね。振り返れば、これまでの頭痛というのも、たぶんにストレスを受けてのものだったのかもしれない。いちおう終わったので当面あんな頭痛にはならないと思うが、気持ちの上ではいまだしこりが残っている感じである。

今週終われば、来週はTCCの忘年会で、その後に京都に行く。今年はそれで大きなことは何もない。面白みのない一年。今年の感想は一言で言えばそんな感じである。来年もそうなのかな。

特筆するとしたら、例の減量だろう。9月20日から食事を意識して、だいたい3ヶ月で5キロから6キロ減ったところを推移している。この間、2,3人から同じように炭水化物制限をしている人の話を聞いたが、みな効果があったと言う。やっぱり、これまでは食べ過ぎだったのだな。

僕の場合、無理をしていないのでリバウンドはないが、減量では途中では肉体からの抵抗に遭うこともよくわかった。急激な減量に危機感を覚えた身体は、主の思惑を無視してできるだけ栄養を蓄えようとするのだ。だから同じペースでやっていても減らない時期が必ず来る。そういうスランプの時期を乗り越えていくと、やがて身体のほうも抵抗することをあきらめるということなのだろう。
しかし、これは脳からの指令というよりも細胞レベルでの反撃という実感がする。きわめて原初的な。こういうところはヒトもプラナリアも生物として等しいのではないか、そんなことを思ってしまうのだが、そう考えるとひじょうに心地がよい。

ま、身体が軽くなるのはいいね。ちょっと前になるが、所用で休みをとり目白のほうに行ったのだが、その後一人で飯能のほうに行って紅葉を見ようと思っていたので、トレッキングシューズにデイパックと準備万端。しかし、天気はよかったが風が強かったので予定変更。代わりに練馬まで歩いて帰ろうと思い立った。
約2時間かかったかなあ。ハイキングの行程とだいたい同じ。ちょっと疲れたくらいで、若干の達成感もあったね。でも、こういうハイクでは幹線道路を使わなくてならないのが玉にきずだな。車が多いので空気がよくない。とくに都心部は。まあ、これからも機会があればやってみよう。

いま日本に来ている人、クリスチャ-ノ・ロナウドとプーチン。
クラブW杯では、鹿島アントラーズがJリーグでの余勢を駆って奇跡的な決勝進出である。しかし相手はレアル・マドリーだ。どうにもならない。レアルは36戦連続で無敗。現時点ではまちがいなく世界一だ。本気を出したとして0-5かな。でも、楽しみにしていたベイルが故障で欠場だ。とすると0-3というのもあり得る。ま、鹿島の選手にしたらいい思い出づくりにはなるだろう。

山口から東京と移動しての日ソ首脳会談。元KGBのスパイであったプーチンは、かつてレーガンが訪ソしたときには一般人に化けて直近したような人物だ。まあ駆け引きでは足下にも及ばないが、それでも、共同宣言が生きているならば歯舞、色丹の2島の返還ならありえる。4島は絶対にない。不可能。今回ロシアから「領土問題は存在しない」と言われたわけだが、何年か前に日本も尖閣諸島についてこう言いはなった。言われる側になると、その嫌な気持ちというのがよくわかるはずなのだが。

今回のロシアの目的は日本の経済支援、協力ということだが、日本からは3000億円程度。その案件が80というのだから、ちまちまとした事業だな。これは大国同士のトップ交渉としては少額ではないのか、この程度のことでわざわざ来るのか? つまりプーチンは、経済支援を名目として、1年少し先の自国の大統領選をにらんでいるのだと思う。彼が権力の座を手放したくないと思っているのが前提だが、きっとそうだろうしね。そうすると、これまでは噂程度のことでしかなかったシベリア鉄道の日本までの延長構想というのが現実味を帯びてくるのではないか。実現すればこれは互いにとってメリットがあるし、何より自国民へのアピールとしてはメガトン級だろう。でも、建設費は相当負担させたいと。水面下ではそういう交渉がありやなしやである。

サッカー、政治、日本と外国との戦い。いずれも勝ち目のない戦なのが悲しい。競馬を見習ったらどうか。
今週はGⅠ朝日杯フューチャリティS。例の⑬ミスエルテが本命だろうが、今度は牡馬相手。必ずしも楽勝とは言えない予感。⑤タガノアシュラといった先行勢が粘り込むことを期待したいのだがね。先週馬券は取れたがガミったので、今度はそうならないように祈ろう。
そこで枠順に恵まれ、逃げが予想される⑤タガノアシュラを別口での本命にしてみよう。変則な予想だが、本命は2頭で⑤と⑬。相手は⑧タンビュライト、⑯アメリカズカップ、⑰サトノアレス、⑩モンドキャンノあたりかな。

で、来週は週末東京にいないので、たぶんこのコラムは休載です。あるとしたら、27日か28日の仕事納めあたりを今年の終筆とします。

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