あえて大阪擁護


2020.08.07

何の兆しもないままにいつの間にか梅雨が明けてしまった。7月の初旬には、今年の梅雨は例年になく早く明けるかもしれないとの予想があったが、結果は例年になく遅い梅雨明けとなったな。いきなりの猛暑でマスクがつらい。しかし、首掛け式の扇風機で絶えず喉元あたりに風を当てていると多少は和らぐ。買っておいてよかった。
さて、この間の4連休から2週間後、当初危ぶまれたオーバーシュート(感染爆発)が起きるかもしれないわけだが、そんな中、大阪の吉村知事がうがい薬で「コロナに打ち勝てるかも」と言ってしまった。この根拠になったのが、またしても行政の医師の「研究」である。松井市長とともに、記者会見にも同席していたな。
困ったものではある。サンプル数41人というのがちょっとねえ。せめて、実験群「うがい薬でうがいをした人」統制群「ふつうの水でうがいをした人」で100人ずつは欲しいよね。それから、もうひとつの統制群として、「うがいをしなかった人」も100人欲しい。それから「ふつうの水」というのが水道水であるとすれば、水道水には塩素が入っているから、これには多少の殺菌効果があるので統制群としては不適当なのである。
したがって、正しい実験としては、そこそこのサンプルを使って、「うがい薬でうがい群」「ナチュラルウオーターでうがい群」「うがいしなかった群」の結果を比較することだろう。こんなことは実験や統計をやる者にとっては常識であるからして、すぐさまに専門家が批判したのもうなづける。だから行政の医官はダメなのよね。こういう結果で鬼の首を取ったように舞い上がっていた吉村知事もいただけない。いつも必死すぎてるのが見てて痛かったが、ちょっと功名心が強すぎるのかもね。

ただし、これに批判するばかりの専門家連中もどうかと思う。だって今までコロナウィルスにかんして「うがい」に言及した専門家は一人もいなかったもの。自分たちはそういうところに目をつけなかったということで、ひがみもあるんじゃないの? たとえば、何ヶ月も前から、家庭内での感染、飲食の危険がコロナ感染の肝だと僕は主張してきたが、それが認識されたのもごく最近だもんね。たぶん経済学と一緒で、マクロの感染学の視点しか持っていないのだろうな。身近なことに考えが及ばない。
若干の大阪擁護を続けよう。
サンプル数に問題のある大阪の実験ではあるが、「うがい薬でうがい」が「水でうがい」よりもウィルスの数が減ったのは統計的に有意であるように見えるのは確かだ。しかも、「水でうがい」群だけを取っても、徐々にウィル数が減少したのも見て取れる。すなわち、口腔内のウィルスを減少させるにはうがいは効果があるという仮説が立ってもいい。それを証明するためにも「うがいをしなかった」群が欲しいわけである。
もし効果があるとすれば、日常的にうがいをする、人との飲食、会話の前には丁寧にうがいをすること、その最中にもトイレに立つようにうがいをしてくること、マスク以外に感染拡大を予防する簡単な手立てとして「うがい」が認識されるのはいいことだと思うね。 だって、特別な成分が入らないうがいなら誰にも害は及ばないし、口内のウィルスを流し出すことは、実験をするまでもなく、ほぼ確実だからだ。たとえば、室外、野外の場合、いろんなところに飛散し、付着したウィルスのほぼ100%は雨が流してくれているわけよ。

もちろん、うがいがコロナを絶滅させるわけではまったくない。けれども、ある程度の社会生活を送りつつ感染を拡大させないという、政治の無策によって難しいミッションを背負わされているわれわれにとっては、これは淡い光明ではなかろうか。

いまこそふるさと納税


2020.07.31

感染拡大がひどくなってきたなあ。このままでは、ここでも紹介した東大先端研児玉名誉教授の予想通りの事態になるかも。その児玉教授をアドバイザーとして、世田谷区保坂区長が独自の対策を打ち出してきた。僕からしたらやっと今かという感じだが、それでもまあ評価しなければね。

しかし、世田谷区の資金は300億。成功するためには金が要る。で、こういうときこそ「ふるさと納税」がその役割を果たすときではないのか。返品のない寄付制も当然あるのだが、僕の場合は区民でもないから、「ふるさと」のほうにしよう。前に住んでたことはあるけど。

どこでもそうだろうが、東京も各行政体によってレベルが違うんだよね。僕は、社会人になってから、世田谷、杉並、練馬に住んだが、杉並、練馬はなかなかひどい。杉並は、阪神の大震災の後に、杉並区の災害対策について当該の委員会に答申したがまるで返事なし。丁寧にやったのにね。仕事のおりに中野区職員にこの話をしたら、中野では考えられないと言っていた。
練馬では、役所で書類の交付をしに行ったときに、受付で番号札を渡され、「ああ、個人の名前を呼ばないようにという配慮を始めたのだな」と練馬を見直そうと思ったが、交付をする窓口では大声で「何とかさ~ん!」と名前を呼んでいるのだった。ほんとバカ丸出しでしょ。
GoToキャンペーン、僕はゴルフに行ったのだが高速(東名)を乗って気づくのは東京のナンバーがひじょうに少ないことだった。千葉が圧倒的に多かったね。僕らはゴルフなので密な状態には決してならないのだが、帰りがけ、静岡の牧場付近とか御殿場とかを通ると駐車場はものすごい混んでた。ほとんどは家族連れだな。東京都民はけっこう自粛したのではないかと思うけどね。でも、4連休の影響が現れるのは来週の末からか。どんな数字になるのか。

そろそろまともな学者、知識人の言うことを聞かないと。御用機関である分科会の前の諮問委員会では1日20万の検査をやらないといけないとあったが、そういう当たり前のことは実現しそうにない。
でも効果的にやれれば、そこまでやらなくてもいいのかもしれない。データを見ればわかるように、地域でのバラツキがひじょうに多いわけよ。たとえば、東京の陽性率は平均約6,5%だが、新宿だけを取り上げると30%以上になる。だから、こういう盛り場をピンポイントで検査を充実させれば効率よく押さえ込めるはずなのである。とくに陽性率が高いわけでもない世田谷から始まるというのが何ともねえ。
こうなってくると政治の失態によるもの、どこかの市長が「人災」と言ったけど、やはりそうだと思える。中止にはなりそうだが、再びアベノマスクを配布しようと現政権は打ち出すのだから、それははっきりしているよね。巷では「アベノマスク」は「アホのマックス」と揶揄されているらしい。中止しなかったら政権には致命傷だったろうね。
で、これは「アベノミクス」とダブルミーイングだろう。コロナ禍で薄らいでいるが、年金運用によって8兆円がまたもや消失しているのだ。世界経済がこんなだから、このままいくと20兆円以上がなくなると予想されている。こんなことしていて、この国はどうなるのか。バブル以降、「失われた20年」と呼ばれ、それがまだ続いているのも、その間の政権があまりに無様な失政を続けているからであろう。このままではコロナ以降もまた「もっと失われた20年」と言われるようになるのかも。
僕にできることと言ったら世田谷に納税することくらいだな。

菅野所長のエッセイ:Go To 嫌な感じ


2020.07.17

アベノマスクに次ぐ愚策かもしれないGO TOキャンペーン。予算規模が違うから、こっちのほうが重大事かな。
例によって事務委託費が数千億で、計2兆円になる。もちろん税金を使うわけであるが、最も納税している自治体である東京だけ除外だと。世論では、東京に限らずやるべきでないと言う声が圧倒的だ。
まあ、何から何までおかしいが、二階幹事長は全国旅行業の会長だし、「観光立国」をうたう政権内部に観光関連の族議員は相当多いしね。
専門家会議から名を変えただけの御用機関である分科会は完全にこれを後押し。めでたく会長に昇進した尾身は「移動すること自体に危険はない」という。バカ言うんじゃないよ。旅行といったら、お目当ては飲食でしょうが。これ感染症の専門家とは言えないよね。みなが旅行をすることで感染者が減るなら推進すべきだろうが、増えることはあっても減ることは100%ない。ま、御用機関だし、実力ないからこういう機関にいるわけだし。

確かに東京は木曜286人の感染者。これは月曜の検査数4712人が反映している。
数は増えているが、率が高まったわけでもない。とにかくやるべきは徹底的な検査なので、もっと増やさなければならない。先週中国の検査実態をあげたが、今週は中国のGDPがプラス3,2%という報告があった。もともとのプラス水準には及ばないものの、この早々の復活は中国がコロナを抑え込んだ証であろう。経済活動を優先する前に、コロナを封じること、つまりコロナを封じることが至上の経済策であることを学ばなければいけないのでは。こんなにわかりやすい問題なのにね。

 

GO TOキャンペーンはもう止められないけど、実際はこうやればいいと思うね。
まず2兆円の予算を各都道府県に割り振る。その割り振りはたとえば、基本的に観光への依存度の比率から計算する。単純に人口比でもいい。
肝心なことは、観光にかんする状況や、感染状況は自治体によって違うということだ。だから、予算をもらった自治体は、自分たちの都合、状況に応じてこれを自由に使っていけばいい。たとえば、東京では、都民に基本移動は控えさせ、観光関連業に少しでも補填するとか。あるいは、隔離用にホテルを買い上げるとか。感染者の極少な県ではおおいに移動を進め、割引を多くするとか。

これならみんな納得するんじゃないの。こんな僕でもすぐに出るアイデアが実現しないのかというと、やっぱり巨額の事務委託費をどこに流すかということがあるんじゃないのかね。何だかんだ言って、コロナが終息してしまっては利権にありつけなくなり困る連中が、この国の中枢にいるということなんだろうな。麻生なんか、こういうときに政治資金パーティだ。
「君子は義を重んじ、小人は利を重んじる」というが、小人ばかりの政界ではある。本気で観光業を救うなんてことは考えてないんだろう。
それに実体経済としては製造業により本質がある。そんな中、日産が電気自動車の新車を大々的にお披露目した。この会社の体質からして珍しいことだが、暗黒のゴーン支配からの脱却を目指す意欲が感じられ、なかなかすがすがしいものを僕は感じたね。がんばれ、日産!

菅野所長のエッセイ:夜の街と昼の街


2020.07.11

今週よかったことは、松岡直也のモントルーライブDVDを手に入れたことだな。
CDは前からあったが、DVDは待望だった。先日、音友に「あれのDVD出たよ」と聞かされ、欣喜雀躍して購入。
このライブ映像はBSか何かで観たことはあるけどね。モントルーはジャズフェスティバルとして有名だが、ステージが狭い。だから、その点はちょっとガッカリするかもしれんがね。しかし、少なくともCDは名盤中の名盤。僕の中ではベスト3に入る。
と思ってDVDのケースを見ると、どうも何か違う。そもそも1983年というのがおかしい。それからメンバーが全然違うぜ。
やってしまった。僕が買ったのは、二度目のモントルーライブのほうだった。粗忽だなあ。で、急ぎ、本来のものを買う。こちらは1980年。これが本物というか、欲しかったほうだ。とんだ散財だが、まあ、聴き比べることくらいはできるか。で、昨日観たのだが、ホーンセクションがないとちょっと迫力不足。夏のBGMが多いライトタッチな松岡直也か。これはこれで悪くないけど。
うっかり者は東京の若者に多いらしく、感染者はかなり増えた。もっとも、検査数もけっこう増えたので、感染数も増えるのが当然だがね。しかし、陽性率もじんわりと上昇傾向だな。あまりよい傾向とは言えない。この時期にキャバクラやホストクラブに行くなんてのもね。とは言え、「夜の街」がやり玉にあげられているものの、全体的には「昼の街」での感染のほうが多いのだ。身近な日常に危険あり。たとえば、スーパーやコンビニの籠なんかはけっこう危ないのでは。
兵庫県知事が「諸悪の根源は東京」と言って、すぐに訂正した。こういう言い方はよくないとは思うが、これだけをもってこの知事をバッシングするのもどうか。2009年に世界で新型のインフルが拡大したときに、日本では唯一アメリカ帰りの神戸の高校生がウィルスを持ち帰り、当時神戸は日本中から冷たい視線を浴びた。その高校生や学校も言われなき誹謗中傷を受けた。兵庫県知事は、春頃に大阪府知事と喧嘩したりして、好戦的な人ではあるが、今回はコロナをがっちり抑え込んでいるわけで、東京のぬるいやり方が気に入らないのだろう。当時は苦しんだろうからね。
そして、確かにぬるすぎる。たとえば最近武漢では990万人に検査をして陽性者を300人発見したが、その作業も数日で終えている。東京でも、新宿や池袋中心に大きな規模で検査をやればいいと思うのだが、なぜかやらない。新宿区は感染者に見舞金を出すことにしたが、検査数を増やすには良案であろう。病院が足りないとは言っても、ほとんどは軽傷や無症状なのだから、隔離さえできれば自宅でもホテルでもいいわけで、目的は果たせる。
新宿は感染症研究所が所在しており、いわばお膝元にもかかわらず、ただ傍観しているっていうのは、この研究所は何のためにあるのかよくわからない。やっぱり厚労省ファミリーはダメだな。問題を解決することよりも、自分たちが主導権を握ることが何よりも大事なわけだから。
そんな中、山中教授が「ファクターX」と呼ぶものについて精緻な研究を進める児玉東大名誉教授は、「専門家は国民のために戦う姿勢を持たなくてはいけない」と、元専門家会議に代表される、解説するだけの感染症の専門家を強烈に批判していた。そんな両教授とも、コロナ対策の中心には立てない。行政は耳の痛い話はワイドショーだけにして、かつそれを参考にして、どうしたら批判されないのかを考えるだけのようである。

菅野所長のエッセイ:彼女の勘違い


2020.07.03

東京の感染者数が増加の一途で、徐々に危険水域に入っている感じがある。先週、西村再生相が言った「嫌な感じ」というのはまさにその通りであった。都知事への直接的な攻撃を避けただけのことで、わかっている人には想定し得ることでもあった。
再選は間違いないし、感染はもう広がらないと勘違いした都知事は、愚かなことにオリンピックの開催にも色気を持ち続けている。けれども、自分が大きな思い違いをしていたことに気づいたのかどうか。
つまり、一時期感染者数がひじょうに少なくなったのは、あくまで国民一人一人が社会全体を思い、それぞれの行動をがまんしていたからであって、政府や都の対策によるものではないことが明白になったことを理解したのかどうか、そこが鍵である。とくに飲食店などの経済的ダメージを憂いて、それを解除するという経済優先主義は、このウィルス禍では最も悪手となる。なぜなら、僕が前から力説しているように、感染するのはマスクを外しているときであって、飲食する場面や歌う場面が最も危険だからだ。したがって、カラオケやキャバクラ、飲み屋などの解禁は相当にやばいのである。ではどうするのかと言えば、禁止の代わりに休業補償をしていくこと、それが政治、対策と呼べるものだ。とくに東京での感染状況は、近県にも影響を及ぼすのだからその責任も重い。
しかし、世界の中堅国の国家予算にも匹敵する予算をもつ東京都なのだから、こういうときこそがんばらねばいけないだろう。僕だって高い都税をマジメに毎年払っているぜ。都民のために、オリンピックへの色気はさっさと捨てなければいけない。使わないけど、一年間キープするために会場費だけで何千億とかかっているというではないか。そういえば、五輪委員会の家賃なんてのもものすごい高額だったね。そういうのはみんなコロナ対策に当てなさい。それが国難に立ち向かう政治家のあり方というものだろう。
そもそも、まだオリンピックをやれるというのが勘違いだと思うがね。まったくもう、根本的には、名誉欲というものを捨てなければどうしようもないのかな。でも、「オリンピックを開催した知事」であることよりも「コロナ禍を抑え込んだ知事」のほうがずっとかっこいいんじゃないの? そのためには優秀なブレインを持たないとダメだけどね。

菅野所長のエッセイ:梅雨に備えて


2020.06.26

首掛け式の携帯扇風機を購入したものの、暑さが和らいでしまい、今のところ活躍の機会がない。たぶん明日からだな。暑い盛りになれば重宝するだろう。とくに車の運転のときにはとてもいいんじゃないかと期待している。
日曜は上半期最後のGⅠ宝塚記念だ。このところ惜しすぎる負けが続いているが、今回は数点に絞って大きく張る予定である。⑤サートゥルナーリアと⑪ラッキーライラックからの3連単。これに食い込むとすれば⑯クロノジェネシスと⑦ワグネリアンだが、1着までは無理ではないか。⑤-⑪が1,2着で3着に⑯、⑦だと買い目は4点。これを多めにして、次に⑤-⑪が1,3着の4点。これが当たるといいのだが。あとはラッキーライラックからの馬単だな。馬場が悪くなったら、変更はあるけどね。
それから何とかWIN5を当てたいものだ。

たぶん来週からは本格的な梅雨になるんだろう。誰でもそうだろうが、この季節は苦手だ。体調を崩さないように心がけねば。気持ちが晴れるためにはやはり競馬でドンと当てるのがいちばんなんだけどねえ。

 

今週は短し。

 

 

菅野所長のエッセイ:ほどほどの強さ


2020.06.19

河井夫婦逮捕には少し驚いた。むろん当たり前のことなんだが、さぞかし政権からの圧力、妨害があったろうにね。今回は検察ががんばった。とりわけ「河井王国」と言われた中で、広島地検はよくやった。広島の自民県連も少しは溜飲を下げただろう。
検事総長の件と言い、今回と言い、最近世の中がまっとうに正されるケースが出てきたな。何か、これも新型コロナの影響ではないか。ウィルスが世の中の真実をあぶり出しているようだ。そもそも、世界では人間よりもウィルスのほうが圧倒的に多いわけであって、地球とは人の惑星ではなく、ウィルスの惑星と言うこともできる。ときどきどうしようもない人間にお仕置きをするかのようだ。
その自然の摂理にあってなお私欲を貫こうとしているのが、現政権ということか。今回やっと、諮問委員会から1日20万件の検査をすればいいという提案が出た。諮問委員会は、専門家会議とは違うからまともな案が出てくる。ここまで来るのに3ヶ月だ。京大の山中教授が前から言っているように、大学などの研究機関の協力を得れば、検査数は飛躍的に伸びるのだ。それをしないのは、感染研、医師会を含む厚労省の囲い込みがあるからだろう。それを廃して、検査数を増やし、陽性者を隔離していけば、ほとんどの社会経済活動に影響は出ない。命も守ることも、経済を守ることも、同時にできるのだ。
そんな簡単なことができないでいるのは、それをやっても電通やパソナ、郵政事業が甘い汁を吸えないからか(笑)
しかしいくらスキャンダルがあっても、失政があっても、責任などまったく感じない首相のメンタルはすごいな。一般的には政治家のメンタルということだが。
罪悪感がないんだろうとは思うが、善悪から離れて考えれば、限りなく自分を許せる人だということになる。これは強いよ。僕のクライエントさんたちについてよく思うのは、もっと自分を許せるようになれるといいなだからね。みな自分に厳しいもの。だから自分を追いつめ、ウツになってしまう。しかし、ああなってはいけないんだ。あそこまでいくと、人から好かれたり、信頼されたりはしない。ほどほどじゃないとね。
小池都知事もそういうところがあるね。今回の都知事選も順風なんだろうが、候補者の会見を聞くと、れいわ新撰組の山本太郎は、自分が都知事なら今回のコロナ禍を「災害指定とする」と言っていて、他候補者の曖昧な内容と比べたら抜けて良かった。これに終息に向けてのプランがあればもっと良かったが、それでも及第の公約だろう。でも、東京では勝てないかな。そもそも党名がダサイからなあ。

 

それにしてもあまり楽しい日々ではないなあ。この季節は税金払えとの通知が押し寄せるし。

で、憂さ晴らしみたいにネットで買い物ばかりしている。昨日は首掛けの扇風機が届いた。暑いのにマスクをしているのはつらいから、これはけっこう役に立つ感じがする。これで卓上用と外出用のふたつになった。どちらも1000円台。まだ携帯扇風機を買ってない人は今のうちに買っとくことを勧めたい。ほかの買い物はだいたいゴルフ用だね。これで準備はばっちりなのに、機会が少ないのが残念だ。

菅野所長のエッセイ:民度、政度、官度


2020.06.13

うーん、このコラムのことをすっかり忘れていたなあ。書くべきことも書きたいこともないのだね。競馬で大穴を取り損ねたり、いいことないし。
だいたいこの季節はいかん。暑いし、蒸すし。今年の梅雨は気温が高いのでは?それに、いろんな税金を払わなきゃいけないのもこの季節だ。これがけっこうな金額になるので頭が痛い。学会費関係もばかばかしい。もうそういうには辞めるけどね。

さすがに自粛、自粛が続くと、別に行動的な人間でなくとも嫌になる。とくに東京は「東京アラート」とか、あまり意味のない設定をしたりするしね。ま、知事選が近いので何かアピールするようなことをやっときたいんだろうが。
国も都も基本の発想は一緒というのが気に入らないんだな。「自粛」の次は「自衛」とか、言葉を換えてはいるが、結局国民に感染の責任を押しつけるということから離れようとしない。いわゆる「自己責任」ってやつに行き着かせようとする。政治家なら、なんて言っても詮無いが、「政治責任」に持って行くようにしなさい。つまり、自己免責を布石していること、そして国民から自由を奪っているということの認識がないのだろうな。
そりゃあ最初の頃は、こういうときには自由気ままにやることがいけないとみんな思う。致し方ない、いまはがまんだと。日本ではそう考えてそれを自ら実行する人が世界から見て飛び抜けて多いわけだ。
ずっと以前に評論家の竹田某がこれを「民度が高い」と言ってSNS炎上し、すぐに削除したが、今回は麻生太郎が同じことを言って同じく罵声を浴びた。
まあ、そう言いたくなるのもわからないではないが、前にも書いたようにそれは日本人の土着的な共同態というものなんだよね。ただし、政権のペットである麻生が言うと面白い。それは正しい。麻生太郎の民度よりも一般国民の民度ははるかに高いのは明白だからだ。麻生が殊更に低すぎるということもあるけど。

それはともかく、もはやこれ以上の自粛は国民の自由を奪っているということに気づいてもいいんじゃないのか。国民も奪われていると考えてもいいんじゃないのかな。アメリカで人種差別のデモに参加する人々は、「感染のリスクがあるのはわかっているが、それでも、今は声を上げなければいけない」と口々に答える。
これに対して、自粛することが民度が高いなどとはとても言えないよな。そして、自粛させるだけしか能のない政治とは、そのレベルがいかにも低いものであるかと考えるよね。「自粛警察」なんて揶揄されている人はこれにはまってしまう人だね。

 

民度に対して、「政度」とか「官度」とかの尺度もつくったらどうか?
コロナで明らかだが、これは世界的に見て相当低いよ。ブラジルの次くらい?

菅野所長のエッセイ:トンネルを抜けると亡国だった


2020.06.05

6月1日、全国のいくつかの地で一斉に花火が打ち上げられた。コロナの収束を願っての無償の行為。花火業者の有志によるものらしいがなかなか粋なことをするものである。 今や花火大会はたいへんなブーム。僕も花火は好きだが、人が大勢集まるので行くことはない。

今までで、いちばんよかったのは、今はなき千葉の行川アイランドでの花火だな。広いバーベキュー会場で、子ども向けの何ちゃらライダーの劇(意外と楽しめる)が終わると、ほぼ真上に花火が上がった。視界が花火で覆われるということはなかなかないよね。しかも花火が上がることは知らなかったので不意の一撃だった。
いくらきれいでも、遠かったりすると感慨がないね。昔見た伊豆の下田の海上花火は、花火が海に反射してきれいだったが、高台から見たのであまりに小規模な感じがした。岸壁で見れば違ったかもね。TCCが四谷にあった頃、ビルのオーナーの好意で屋上から神宮の花火を観たが、やっぱり遠いので大して感動しない。ほんとのところは、隅田川花火を川沿いで観てみたいが、あの人出を考えると行く気はしないし。困ったものである。

隅田川花火といえば、これが花火大会の起源。江戸の町が疫病(コレラ)に見舞われた享保のとき、死者の鎮魂と疫病退散を願って花火が打ち上げられたのが始まりである。しかも同じ頃に大飢饉もあった。だから、基本的には慰霊の意味合いが濃いのだ。その後は今と同じように能天気なお祭りへとなっていくけどね。でも、花火に対してある種の儚さを感じている人がいるとすれば、それがわれわれの生と死を同時に表現するものでもあるからだろう。
ときの将軍は徳川吉宗、15代の中でも名君と言われるわけだが、つまりはこのような意味での花火であるならば、政府が主導してもいいという気がする。金に困っている全国の花火師たちにお金が回るようにするという意味でも、花火の本来の意味を取り戻すという意味でもね。今からでも遅くはないと思うけど。少しは失点を取り返せるかもよ。
しかし、安倍政権にはそんな発想など微塵もなく、コロナ禍を濡れ手で粟のチャンスとしたい一部企業のために画策するだけである。持続化給付金の作業を請け負った社団法人は、パソナと電通がつくったトンネル会社であるのはあまりにも確実だ。しかも設立はたった4年前。実績もないのに、これまでもものすごい額を受注してきた。パソナといえば竹中平蔵、かつて日本経済を壊滅させた張本人が未だ暗躍してるわけか。
ダービーはやはりコンレイルが強かったね。馬券は当たっただけ。
日曜は安田記念。絶対王者⑤アーモンドアイが中心も、何と出走馬のほとんどがGⅠ馬ではないのか。たぶん14頭中10頭がGⅠ取ってる。ここまでのことは皆無のはずだ。
しかし、絞らないと馬券にならないので、⑤アーモンドアイから、⑥インディチャンプ⑨アドマイヤマーズを対抗として、①ダノンキングダム②ダノンキングリー③ノームコア⑪グランアレグリアを3番手にしよう。

菅野所長のエッセイ:脳のトレランス


2020.05.28

いやあ、オークスのデアリングタクトは強かった。2400mは適してはいないはずだし、馬群にもまれて展開も不利だったにもかかわらずの完勝。これで、無事な体調管理さえできれば、2000mとなる秋華賞での3冠は確実だろう。
ちなみに馬券は取れなかったね。後から考えると、2着も3着も、人気はなかったけどこれまで3勝以上してた馬だったな。終わってから気づいても遅いってえの。
でも、東京最終レースで穴馬券を取ったので少し持ちこたえたかな。
ダービーも、2400mが適距離とも思えないが、実力断然のコントレイルでしかたないか。相手はサリオスなど5~6頭への3連複だな。サリオスがこければ高配当の可能性もある。

で、ダービーが終わると春のクラシックもおわりだが、翌週の安田記念になんとアーモンドアイが登録してきた。完調ならばまず負けないだろうが、勝ち負けよりもどんなレースぶりをするのか楽しみである。
新型コロナもかなり収束したが、もちろん油断していると第二波、第三波がある。日本ではそこまで心配は要らないような気もするがね。とにかく病院や介護施設だ、危険なのは。

先日人と話していて、コロナから免疫全体の話になった。僕は昔読んだ免疫学者による自己論というのが面白かったのだが、その話から進展し、人が異物をどう受け入れるのかという問題に及んだ。
周知のように、コロナウィルスでは、症状が出る人と無症状の人がいて、検査すると、ウィルスに罹っていたものの治っている人も大勢いるという。つまりは、症状が出る人と出ない人がいる。この違いは何なのだと。
結局、それは、僕たちの身体あるいは脳が、この新型ウィルスを異物や敵と判断するかしないかにかかっている。何しろ、全世界的に未知のウィルスであって、体内にウィルスが潜入した当初は、ただ未知なもの、何だかよくわからないものと脳は思う。そして、異物そして外敵であると判断した脳はこれを撃退しようとして、その結果体内で戦争が勃発、それが各種の症状となって表に顕れる。
一方で、無症状の人の場合は、これを単によくわからないものとしてとどめ、排除すべき異物や敵とは見なしていない。抗体はできるものの、無症状であることから、穏便にこれと和解し、受け入れていったことがうかがえる。

世の中には寛容な人と非寛容な人がいるように、寛容な脳と非寛容な脳があるということだろうか。あるいは、鈍感な脳と敏感な脳と言い換えられるかもしれない。
ただし、すべてに対してそうとは限らないので、コロナウィルスにとってということだが。ノロウィルスあたりに感染すると寛容でいることなどほとんどできないのだが、ことコロナにかんしては、二分されている。他の感染症に比べれば致死率も低いし、まことに奇妙なウィルスだな。と「奇妙」と言ってしまったが、実はよくわからないことが多いものに対して奇妙と言ってしまうだけだ。細かいことがわからないが、大きな仕組みについてはシンプルに説明できる。

僕たちの脳や身体が異物と見なすものは何か?
これの身近なヒントは妊娠である。当初は何ともないが、数ヶ月するとつわりが起こる。つわりは明かな拒絶反応であり、体内にいる子どもを異物と脳が認知しているから起こる「症状」である。しかし、それがだんだん収まるのは当初は異物と判断した脳がこれを受け入れるからであろう。体内に入り込む多くの異物に対してこの仕組みは適用されるのではないか。そういう意味では、ただ放っておくというスウェーデン式の考え方にも一理あったわけだ。

まあしかし、どうなんだろう。ひょっとしたら僕も感染しているのかもしれないが、無症状ということは、脳がそういう働きをしているということになる。これを良いこととするのか、脳のチェック機能が甘いとするのか。異物に寛容な脳を持っているとするのか。でも、受け入れることで自然に良くなるのならそれがいいかな。この仕組みって、悩める人の心の問題とそっくりだよね。

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