トンネルを抜けると亡国だった


2020.06.05

6月1日、全国のいくつかの地で一斉に花火が打ち上げられた。コロナの収束を願っての無償の行為。花火業者の有志によるものらしいがなかなか粋なことをするものである。 今や花火大会はたいへんなブーム。僕も花火は好きだが、人が大勢集まるので行くことはない。

今までで、いちばんよかったのは、今はなき千葉の行川アイランドでの花火だな。広いバーベキュー会場で、子ども向けの何ちゃらライダーの劇(意外と楽しめる)が終わると、ほぼ真上に花火が上がった。視界が花火で覆われるということはなかなかないよね。しかも花火が上がることは知らなかったので不意の一撃だった。
いくらきれいでも、遠かったりすると感慨がないね。昔見た伊豆の下田の海上花火は、花火が海に反射してきれいだったが、高台から見たのであまりに小規模な感じがした。岸壁で見れば違ったかもね。TCCが四谷にあった頃、ビルのオーナーの好意で屋上から神宮の花火を観たが、やっぱり遠いので大して感動しない。ほんとのところは、隅田川花火を川沿いで観てみたいが、あの人出を考えると行く気はしないし。困ったものである。

隅田川花火といえば、これが花火大会の起源。江戸の町が疫病(コレラ)に見舞われた享保のとき、死者の鎮魂と疫病退散を願って花火が打ち上げられたのが始まりである。しかも同じ頃に大飢饉もあった。だから、基本的には慰霊の意味合いが濃いのだ。その後は今と同じように能天気なお祭りへとなっていくけどね。でも、花火に対してある種の儚さを感じている人がいるとすれば、それがわれわれの生と死を同時に表現するものでもあるからだろう。
ときの将軍は徳川吉宗、15代の中でも名君と言われるわけだが、つまりはこのような意味での花火であるならば、政府が主導してもいいという気がする。金に困っている全国の花火師たちにお金が回るようにするという意味でも、花火の本来の意味を取り戻すという意味でもね。今からでも遅くはないと思うけど。少しは失点を取り返せるかもよ。
しかし、安倍政権にはそんな発想など微塵もなく、コロナ禍を濡れ手で粟のチャンスとしたい一部企業のために画策するだけである。持続化給付金の作業を請け負った社団法人は、パソナと電通がつくったトンネル会社であるのはあまりにも確実だ。しかも設立はたった4年前。実績もないのに、これまでもものすごい額を受注してきた。パソナといえば竹中平蔵、かつて日本経済を壊滅させた張本人が未だ暗躍してるわけか。
ダービーはやはりコンレイルが強かったね。馬券は当たっただけ。
日曜は安田記念。絶対王者⑤アーモンドアイが中心も、何と出走馬のほとんどがGⅠ馬ではないのか。たぶん14頭中10頭がGⅠ取ってる。ここまでのことは皆無のはずだ。
しかし、絞らないと馬券にならないので、⑤アーモンドアイから、⑥インディチャンプ⑨アドマイヤマーズを対抗として、①ダノンキングダム②ダノンキングリー③ノームコア⑪グランアレグリアを3番手にしよう。

脳のトレランス


2020.05.28

いやあ、オークスのデアリングタクトは強かった。2400mは適してはいないはずだし、馬群にもまれて展開も不利だったにもかかわらずの完勝。これで、無事な体調管理さえできれば、2000mとなる秋華賞での3冠は確実だろう。
ちなみに馬券は取れなかったね。後から考えると、2着も3着も、人気はなかったけどこれまで3勝以上してた馬だったな。終わってから気づいても遅いってえの。
でも、東京最終レースで穴馬券を取ったので少し持ちこたえたかな。
ダービーも、2400mが適距離とも思えないが、実力断然のコントレイルでしかたないか。相手はサリオスなど5~6頭への3連複だな。サリオスがこければ高配当の可能性もある。

で、ダービーが終わると春のクラシックもおわりだが、翌週の安田記念になんとアーモンドアイが登録してきた。完調ならばまず負けないだろうが、勝ち負けよりもどんなレースぶりをするのか楽しみである。
新型コロナもかなり収束したが、もちろん油断していると第二波、第三波がある。日本ではそこまで心配は要らないような気もするがね。とにかく病院や介護施設だ、危険なのは。

先日人と話していて、コロナから免疫全体の話になった。僕は昔読んだ免疫学者による自己論というのが面白かったのだが、その話から進展し、人が異物をどう受け入れるのかという問題に及んだ。
周知のように、コロナウィルスでは、症状が出る人と無症状の人がいて、検査すると、ウィルスに罹っていたものの治っている人も大勢いるという。つまりは、症状が出る人と出ない人がいる。この違いは何なのだと。
結局、それは、僕たちの身体あるいは脳が、この新型ウィルスを異物や敵と判断するかしないかにかかっている。何しろ、全世界的に未知のウィルスであって、体内にウィルスが潜入した当初は、ただ未知なもの、何だかよくわからないものと脳は思う。そして、異物そして外敵であると判断した脳はこれを撃退しようとして、その結果体内で戦争が勃発、それが各種の症状となって表に顕れる。
一方で、無症状の人の場合は、これを単によくわからないものとしてとどめ、排除すべき異物や敵とは見なしていない。抗体はできるものの、無症状であることから、穏便にこれと和解し、受け入れていったことがうかがえる。

世の中には寛容な人と非寛容な人がいるように、寛容な脳と非寛容な脳があるということだろうか。あるいは、鈍感な脳と敏感な脳と言い換えられるかもしれない。
ただし、すべてに対してそうとは限らないので、コロナウィルスにとってということだが。ノロウィルスあたりに感染すると寛容でいることなどほとんどできないのだが、ことコロナにかんしては、二分されている。他の感染症に比べれば致死率も低いし、まことに奇妙なウィルスだな。と「奇妙」と言ってしまったが、実はよくわからないことが多いものに対して奇妙と言ってしまうだけだ。細かいことがわからないが、大きな仕組みについてはシンプルに説明できる。

僕たちの脳や身体が異物と見なすものは何か?
これの身近なヒントは妊娠である。当初は何ともないが、数ヶ月するとつわりが起こる。つわりは明かな拒絶反応であり、体内にいる子どもを異物と脳が認知しているから起こる「症状」である。しかし、それがだんだん収まるのは当初は異物と判断した脳がこれを受け入れるからであろう。体内に入り込む多くの異物に対してこの仕組みは適用されるのではないか。そういう意味では、ただ放っておくというスウェーデン式の考え方にも一理あったわけだ。

まあしかし、どうなんだろう。ひょっとしたら僕も感染しているのかもしれないが、無症状ということは、脳がそういう働きをしているということになる。これを良いこととするのか、脳のチェック機能が甘いとするのか。異物に寛容な脳を持っているとするのか。でも、受け入れることで自然に良くなるのならそれがいいかな。この仕組みって、悩める人の心の問題とそっくりだよね。

菅野所長のエッセイ:世論の力


2020.05.22

何と言っても画期的だったのは、久々にGⅠが当たったことと、検察庁の法改正(悪)が見送りになったことだな。競馬のほうはどうでもいいことだが、世論が政府を負かしたのは快挙だ。賭け麻雀での黒川辞任は、おそらく産経新聞社内からのリークだよね。それというのも、いつもなら眠ったままの社員の良心を世論が後押しをしたということになるんじゃなかろうか。こんなことが今まであっただろうかな。あの安保の頃も、学生運動の頃も、モリカケにしても、世論は権力に屈した。

今回は状況がさすがに違う。新型コロナという危機的な状況で、世界のリーダーと同時進行で比較することができたからね。たいがいの国では政権支持率が上がっているが、安倍政権は下降の一途。どんだけひどいものかが明確にわかったんだろうね、やっと。ふだん政治のことなんかまあいいやと思っている人も、コロナでたいへんな目に遭って意識が変わったということか。国際的な調査では、コロナ対策に対する国民の満足度は日本が最下位だそうだ。
対策のほとんどがトンチンカンだし、奇妙である。
アベノマスク。一人2枚で、へんてこな形、まだ着かないし、もはや不要だし。しかも、不良品が47万枚あった。そして驚くべきことには、これの検品費用が8億円と当初の厚労省の弁。マスク一枚につき費用は1700円だ! やっぱり徳川綱吉級だな。さらに、この検品作業は製造元ではなく、別の会社に発注しているのである。国会で質問してくれ。「伊藤忠とか数社への委託契約書を公開しろ」
追及されると、数日後、検品費用は「800万円」になった。いつもながらの摩訶不思議。でも、いくらになろうが問題の本質は動かない。常識として、不良品を出したらそれは製造元の責任でしょ。「済みませんでした。リコールして無料で直します」となるのが常識でしょ。
そうならないということは、国民皆が怪しんだとおり、一部の会社に儲けさせるための施策であったとほぼ断定できるのではないか。
それから国が斡旋した医療向けの消毒液というのがあって、これを神戸の医師たちが団体で拒否した。通常なら1000円くらいのものが4000円だと。
結局、未曾有の国難とも言える事態でありながら、これぞ絶好の機会だと、癒着政治家、癒着官僚が一部企業と組んで火事場泥棒をしているということだろう。もしかしたら、アベノマスクなんかは、最初から検品が狙いだったのかもしれない。あれだけつくれば不良品もでるよね。で、製造元との契約では不良品にかんする項目は消し、あらかじめ別会社を用意しておいたと。これはあり得るんじゃないか。
PCR検査がここまで少ないのも何か異常だよね。たとえば、高齢者をできるだけ減らす意図があるんじゃないかと、当初僕はさすがに邪推かなあと思って言うのを控えていたが、今となると案外わからないなあ。とくに麻生あたりは軽口で言っていそうだし。
もっともスウェーデンの戦略はそういうものだ。感染拡大を放っておくことで、やがて収束する数値になるのを待つと。本当かねと思っていたが、今は、この戦略は間違っていたのではないかと批判が起きている。それは当然だ。死ぬのはやむなしという切り捨て政策なんだから。まあ、それでもスウェーデン国民が納得してるんならいい。でも、今は違うみたいよ。
日本では、今度は「国内パスポート」なんて案が御用達学者から出てきてる。あいもかわらず、金は出さずに、国民にがまんを強いることで収束に向かおうという方針だね。8割接触を減らせばこれくらいで終息するとか、つまりは国民のがまんの工夫というところに論点が行く。それは政策ではないよ。世界中がそうだけど、もうがまんの限界がきてるよね。

正解なのは、できるだけ陽性者を見つけて、隔離することだけ。どれくらい検査数を増やせば、どれだけ収束に向かうかなんて計算は簡単にできるはずなのにな。1%未満の陽性者が2週間程度社会に入り込まなければいいだけの話なのだ。以前の生活と何も変わらない。
それができないのは、政治の世界には、早急な終息を決して望んでいない連中がいるからではないのか。

 

 

で、先週のヴィクトリアマイル、アーモンドアイのとんでもない強さが際立った。このへんの距離なら現在世界一ではなかろうか。

もうひとつ驚くことに、このレースは、ネット購入のみなのに、売り上げが前年を上回った。

久々に勝てたところで、オークスでも巻き返したい。

④デアリングタクトと①デゼルの馬連、馬単、ほぼ一点勝負。それと、この2頭から、2400Mの距離に向いている馬への3連複を少々。その代表は⑤ホウオウピースフルだな。

 

そういえば、ギャンブルついでに言っとこう。黒川元検事長のことだが、「訓告」処分で退職金まるまる貰い、立件もなしとなったけど、自宅に麻雀卓を置いているなんてのは相当なものだよ。あれは一台30万から50万するんだから。そういう連中が「数千円から2万円のやりとり」なんてことはあり得ない。

菅野所長のエッセイ:バカ殿かぶり


2020.05.16

経済的なダメージはリーマンよりも大きいと言うが、中国ではトヨタ車が早くも普通に売れ始めたということだ。ドイツや日本はまずは自動車産業の復活が鍵だが、ホンダもアメリカでの生産を開始するらしいし、そこは希望が持てる。中国では金を使いたい富裕層が消費意欲に駆り立てられている。でも、それは大企業だけの話。中小や個人事業主を守らなきゃね。大企業なんかは、内部留保いっぱい貯め込んでだから簡単につぶれりゃしないのよ。
商魂といえば「冷やしマスク始めました」がなかなか傑作である。これから気温が高くなると需要が急増するので、各社は高品質のマスクで勝負していくのではないか。

どさくさ紛れというか、火事場泥棒というか、こんなときに検察の法改正をやるか?
正確には改悪だが。これに対して、SNSでの反対表明は600万を越えたというが、日本でこんなことは前代未聞だ。そもそも安倍政権がやっていることが前代未聞だからな。そして、首相はこれは民意ではないと言うのだから、いやはや何とも。
ロッキード事件などを手がけた検察の元トップまでも異例の反対をするし、この案件がどれほど重要なものかがよくわかる。しかし、蛙の面にション便とはまさにこのこと。強引に法案を通すらしい。野党は、次の選挙ではこれを改正することを公約しなければな。
もっとも、SNSの数字が正確な民意かというと確かにそうでもない。信憑性からしたら当てにならないメディアではある。でもねえ、「SNSは信用できない」「民意ではない」というなら、星野源の動画に便乗した政治家はどこのどいつだ?
まったく、ここまでの暴政、暗君は見たことがない。戦後しか知らないけどね。日本の歴史をさかのぼれば、安倍晋三は徳川綱吉級かなあ。これからは安倍綱吉と呼ぼうか。三権分立なんて基本もよく知らないようだ。いや、権力にとりつかれるとああなるという説明もあるが、綱吉クンの場合はもともとそういう人だと考えたほうがよさそうだ。トランプ、習近平、プーチン、チャウシェスク、金正恩・・・そういう昔ながらの系譜、体質を色濃く持っていると。
そういえば、コロナ騒ぎで、ロシアでは議会がはたらかず、プーチンの策も延長になったという。何でも2036年まで今の地位にいたいらしい。綱吉クンもプーチンのやり方に似てるかな。
話は変わるが、3月末にゴルフに行ったとき、何だかとても気持ちが晴れた感じがしたのだった。その後もこの経験について考えてみると、いままでの人生、僕の気分というのはいつもいつも曇りがちだったのだなあと思った。それくらい珍しい感じだったわけで、初めて味わう気分と言ってもよかった。例外から考えていくとそういう結論になる。
たとえば、僕は小さいときから頭痛持ちなので、頭が冴え渡った状態というのがどういうものかよくわからない。いつも頭が重たい感じがするわけで、それが常態、それが自分の「普通」になる。だから、他の人についてはまるでわからない。ものの考え方とかは比較できるような気がするが、気分とかになると見当がつかないな。みんなはもっと軽い気分や頭でいるのだろうか?

昔、フーテン生活から大学に入ることにして、そこで毎日普通の学生というのを見ていくうちに、この人たちが普通で、自分のほうがおかしいんだなということに気づいた。それまでは自分は正しくて、他が違うという感じだったね。まあ傲慢といえばそういうことだろう。何か、そのときのことを思い出す。

さあ、競馬はいよいよ壊滅的だ。日曜はGⅠヴィクトリアマイル。⑫アーモンドアイが出てきたので断然人気だが、1着は間違いないかというと何とも。だから3連複のほうがいいかも。一番面白いと思うのは人気がないけど実力馬の⑥トーセンブレス。無理筋承知、負けパターン。⑥ー⑫から①ラブズオンリーユー⑤プリモシーン⑦ダノンファンタジー⑭スカーレットカラー⑯ノームコア⑱サウンドキララをまずは買っておこう。しぼるなら、⑫から⑤⑭⑯⑱だ。

菅野所長のエッセイ:記号としてのマスク


2020.05.08

引きこもりだったなあ。ほとんどケーブルで海外ドラマを観るだけの日々。僕はそれで大丈夫な人間だが、天気がいい日はゴルフにでも行ければと思った。友人たちはみなビビちゃってるもんで。それはひとつには世間体ということなのだろうが、それが悪いと言いたいわけでもない。そういう感覚が日本を救っているわけだしね。

でもそれだけに頼っていてはいけないよね。厚労省と専門家会議の意見などほっといて、韓国のマネをすることだね。検査数を上げて、もっと陽性者を見つけてこれを隔離する。これが根本的な解決。自粛することじゃない。無策を棚に上げ、国民に強いることで解決を図ろうとする根本は政府だが、厚労省も専門委員会もそれに乗っかってるわけよ。医系の技官なんてのはいちばん信用ならないね、僕は。
実は先週、珍しくも原稿依頼があった。GWがあるので仕事場での猶予は2~3日しかない。それを2日で片づけた。新型コロナ禍にまつわることなら何でも書いていいという感じだったので、すぐに書けた。金子書房さん、いつもありがとうございます。

けど例によってカウンセラーらしさはなく、ほとんど社会人類学だな。論点は、このコラムで書いたように、欧米に比べての日本人の特性についてということかな。

前にも言っているように、僕はマスクの効用をほとんど信じていない。そりゃあ、医療従事者や老人施設の人とかには必須だが、対人近接がほとんどない場合には不必要に近いと思っている。ただし、もしも感染していたら、自分が他の人に移す側になってしまう、何よりもそれを怖れるのでマスクを着用している。これが第一の理由だ。
けど、ほんとは無用と思っているから、家を出るときには忘れていることが多い。だから、カバンの中にマスクを入れてすぐに着用できるようにしている。そんなふうにがんばる第二の理由は、僕が着けないことでそれを見た人が不安になるであろうからである。現在、日本人の99%がマスク姿なのは、感染予防という以外に僕みたいに思っている人がいるからではないだろうか。それも無自覚に。

つまり本来のマスクの機能とは予防にあるわけだが、第二の理由では、本来の機能、目的、役割が遊離しているのだ。この場合、マスクとは記号なのである。会社員のネクタイのように、それを見ることで相手が何者かを知る。
自分も相手もマスクをしていることで、われわれは同じルールを共有する者として互いを認識し、そこに共同体的な安心を得るのだ。前にも書いたように、政府の無策にあって、それでも感染を抑えられているのは、ひとえに日本人の共同体性のおかげだろう。ロックダウンなどしなくても、人々が自粛する国なのだ。アメリカでは武装した市民が解除を求めてデモしたりするが、日本人は精々パチンコ屋が反抗するくらいのものだ。しかも、店側も客もみなマスクをしているのがかわいい。

僕は以前に日本のマスク信仰について触れたが、ここへ来てもっと精緻な解説が必要になったかなと思う。皆が同じ行動をすることを同調行動と呼び、日本人は同調する傾向が高いと見られており、それは確かではあろう。けれども、「他の人を不安にさせないため」という理由から結果として同調的な行動となるような場合もある。人々はみな多数に雪崩を打って同調するというのが「同調」のイメージであろうが、決してそういうことでもないんじゃなかろうかと僕は思った。それでは単純すぎる。たぶん、「個」が強い欧米ならではなの「同調」と、日本的、アジア的なそれとは質が異なるのではないかと思うのだ。

早くも解除に向かってふつうの生活に戻ろうとするドイツと韓国の街の映像を見て気づくのは、ドイツではほとんどの人がマスクをせず、韓国ではほとんどの人がマスクをしていることである。この違いは何だ? その辺にも面白い答えがありそうだ。
さて、天皇賞。フィエールマンは勝ったが、2着のステイフーリッシュは買わずで、またダメだあ。いつまで続くぬかるみぞ。今週はNHKマイルカップ。枠順次第では思っていたが、有力馬がいい枠で波乱は望めそうにない。②タイセイビジョン③レシステンシアの2頭から、⑰サトノインプレッサ⑭ルフトシュトローム⑥ギルデッドミラー⑧サクセッシヨンへ。大穴だったら⑩ハーモニーマゼランかな。

菅野所長のエッセイ:ひきこもり志願


2020.05.01

コロナ感染は数字上は鈍化しているように見える。が、まだ油断してはいけないというのは本当だろう。が、GW本番だ。外に出たい人も多いだろうからね。ぼくはもう、6日までは引きこもり生活となる。僕はそういう生活でも耐えられるんでね。多少行動してもどうすれば感染しないのかは理解しているし。
てなことを言うと、そういう慢心がよくないと思われるだろうが、政府筋、おかみの言うことを真に受けていたら不安にもなるだろうと思う。僕はあまり信用してないから、それがいいんだと思う。小さい頃から、学校の先生の言うこと聞かなかったけど、それがよかったんだと思うね。自分で考えればいいんだ。

さて、感染経路がわからない人がものすごい多いわけだが、たぶんいろんな盲点があるんじゃないのかなあ。この間、おっと思ったのは掃除機が危険だという話だった。もしも、床にウィルスがあったらの話だけど、掃除機はそれを散霧しちゃうわけだから。日本の家では、靴を脱ぐからまだいいと思うが、会社や病院その他、靴のままでいいところはそれだけウィルスの危険は大きいと。とにかく、掃除機はやばいのではないか。

それから、感染するとしたら、どう考えてもマスクを外しているときがほとんどだよね。だから食事のときがやばい。ほとんどの人がマスクをしている中で、感染するひとが出てくるというのは、それを外しているときに感染しているからだろう。食中毒と違って、たべてすぐ具合が悪くなるわけではないから、いつ感染したかもわからないよね。数日もすれば、いつどこで感染したかなんてわからない。
不発が続く競馬だが、日曜は天皇賞(春)。どう考えても⑭フィエールマンで固い。相手筆頭も⑦ユーキャンスマイルで固そうだ。この2頭からの3連複かな。
①モズベッロ③トーセンカンビーナ⑤ミッキースワロー⑧キセキ⑪メイショウテンゲンといったところか。
それではみなさん、立派な引きこもりになろう。

菅野所長のエッセイ:面倒な理由


2020.04.24

先週はコラムのアップをしなかった。というのも、週中に少し疲れが出た感じなので、「ちょっと調子悪い」と職場に連絡したら、皆が不安がったようで、まるで「絶対に来ないでくれ」という感じのメッセージが届く。深刻な状態ではまったくないのだが、スタッフを不安になせてはいけないと思い、後半はお休みとした。

案の定、今週は体調に問題なし。でも、僕だけじゃなく、身体にちょっとした異変があると、これは感染したのではないだろうか?と思ってしまうね。こういう状態が長く続くとそれが心身に影響を及ぼすことになるだろう。加えて、経済的な心配を抱える人ならもっとたいへんだよね。日本の政治家はそのへんがまったくわかっていないようだ。
「8割減」を目指すんなら、個人、フリーランス、中小企業の人たちに休業補償をしないと。

ドイツでは、そういった人が休業補償を受けようとする際には、必要書類は2点だけだという。そして、2日後には振り込まれると、TVでその映像が流れた。これに対して、日本では10点の書類が必要で、給付されるのが1ヶ月から2ヶ月先だもの。この違いが、彼我の政治のクオリティの差だ。世界同時多発の出来事だからこそ、日本の国民もようやく鮮明な比較ができる。
とくにメルケル首相の国民へ向けた演説には胸を打たれた。最近国民から見放されていたメルケルだが、ここ一番で政治家としての気概、底力を見せたな。東ドイツ出身だからこその「公と私」への深い思いが迫ってくる。比べれば、尊皇攘夷の土地柄と思想を根に持つ二世議員だものな。
前から主張しているのだが、日本は法をちょっといじって、有能な外国人を雇い、政治に当たらせるべきだろう。

日本の手続きの煩雑さについて、ある番組のコメンターは、日本では性悪説が土台になっているからだと述べた。つまり、細かくやらないとズルをするんじゃないかという国民への不信が行政の側にあると。
うーん、そうなのか?
僕は自分がこういう仕事をしていたりして心理学が専門ということになってるけど、何でも心理的に分析するというのが嫌いである。僕の問題意識としては、まあそういうこともあるとしても、ではなぜ、行政は性悪説に立ってしまうのか? 立ってしまっているかのように見えるかということである。
手続きが煩雑になってしまう第一の理由は単純だろう。それは公務員の数が多いからだ。少なくとも「無駄に多い」ということだ。もしも、公務員の数が少なければ、こうした仕事は簡素化されるに決まっている。でも、人がたくさんいると、ああでもない、こうでもない、こういうこともある、ああいうこともあるとやたら規則や規範が増えていくのである。
昔、学校でトンデモな校則が話題になっていた頃、僕の恩師が学校の校則について調査研究をしたところ、学校の規模に応じて校則が多くなるという結果を得た。これは単に生徒数が多いからというよりも、教員の数が多いからではないかと考察されている。
人が多ければよりよいサービスとなるというのではなく、適正な数であるかどうかが鍵なんだね。
それから性悪説というよりも、国民や一般市民の立場に立ってものを考えないということだね。自分が申請する側だったらと考えるならば、これまた簡素化するに決まっているのだ。

菅野所長のエッセイ:やりようはあるはずだが


2020.04.11

コロナ感染者の増加だが、4月9日での検査数が約64000件、そのうち陽性反応者が約4600人である。感染率は約0.07%だ。検査しているのは感染の疑いがある人がほとんどであろうから、疑いの人が検査を始めたら、感染者数は増えるだろうが、感染率はグンと下がるだろう。

この感染率が高いのか低いのかは何とも言えない。過去の事例がないし、今後どうなるかはまだわからないからだが、ヨーロッパやアメリカに比べればやはり日本の状況は緩やかと見ることができる。もちろん安心はできないのだが。
ある学者の言うとおり、人との接触を8割減らせば、それは感染率が下がるだろう。しかし、そのためには会社が休業しないと無理だ。仕事以外の外出については、自粛要請の段階でかなり減少してるんだから。つまり休業補償とセットにしないといけないわけだが、いま検討されている額はあまりに低すぎる。これでは休みたくとも休めない。やはり、政府は大火事になっても水道代をケチっている。われわれは何のために税金を払っているんだろうか。

都と国とで休業要請の職種についてもめていたけど、これは主導権争いということではなく、国側(議員、官僚)は各業界との癒着が強いからだろう。パチンコ店とか一番先に閉店してもおかしくないけどね。何でだろー?
とにもかくにも経済優先の政府の姿勢が事態を拡大することが心配だ。必要不可欠じゃなければ、みんな休業するほうがいいよね。で、行政ができるだけ損失を補填すると。1年後から「復興税」のようなかたちで取り返せばいいじゃない。あるいは、「コロナ控除」で税を引き下げるとか、やりようはいくらでもある。赤字国債っていうのはこういうときに発行するもんじゃないの?そういう政策には誰も反対しない。
予防に関して専門家がいろいろと言うけれど、何で食事のことを強調しないのかと思う。飛沫感染の常識からして、世間の人があれほどマスクをし過剰な警戒をしているのだから、通常の生活での感染はあり得ない。ライブとか、カラオケとか、けっこうな人混みとか、「三密」なんてことが言われるが、それよりも一番危険なのはマスクを外しているときである。
つまり飲み食いのときだ。これに気をつけていればまず大丈夫と僕は思うね。みんな花粉のように空気感染のイメージが強いんだろうな。だから肝心の所で油断しちゃうのかもしれない。
食事は基本独りで摂るのがいい。インスタント食品などが安全。人の手を離れてつくられるものが安全なのだ。手作り料理こそが危険。みんなで皿から取り分けるとかの形式が危険。あるいはスーパーの野菜など、みなが手を触れるものとか。
このへんをとくに気をつければいいんで、いくら感染者が増えても自分がそういうのを守っていれば大丈夫。移るんじゃなくて、口から異物が入ってくると考えることだな。他人の飛沫が自分が食べる食物について、それを口に入れちゃう。それが感染者ならアウトだ。たぶん経路不明というのはそういうのが多いのではないかと思う。

TCCでは全面的に休業するわけにはいかないが、スタッフの休みを増やして職場の過密を抑えるようにしている。個室での面接場面はあまりいい状況ではないので、向こう1カ月くらいは予約できなことになった。ヒマだ。
無観客でもできるのが競馬で、日曜は桜花賞だ。
よくわからんが、本命は⑨デアリングアクト、対抗⑤マルターズディオサ、単穴⑰レシステンシアとしよう。⑤-⑨の3連単マルチ。⑰多めで、⑧リアアメリア⑪クラヴァシュドール④サンクテユエール。天候が不順らしいが、馬場が悪くなったら、⑭ミヤマザクラ⑦ヒルノマリブが面白い。

菅野所長のエッセイ:日本の明日はどっちだ?


2020.04.03

先週はゴルフに行ってきて、久々に少し晴れやかな気持ちになった。ゴルフ場は安全だな。危ないのはホテルの朝食だったが、食べないつもりで一応見に行くと、皿料理にはみなラップがかぶせてあり、パンもひとつずつラップされていた。さすがにホテル側も気をつかっているのだと思ったが、より安全にと、小さなカップ入りの納豆と袋入りの海苔だけでご飯を食べた。

コロナで最も危険なのはとにかく飲み食いだと思っているので、これには最大限の注意をしなければならない。東京の病院でクラスターが発生したのも、感染源の人が調理担当だということだし、阪神の選手たちが何人も感染したのも大きな規模の合コンだったようだ。
昔、アフリカに行ったときに、とにかく現地の水を飲んではならないと、皆がミネラルウオーターを買い常備していた、しかし、数日後、ツアーの中の3,4人が厳しい下痢に見舞われ、ホテルで寝るだけとなった。その連中に聞いてみると、水道の水は飲んでいないが、歯磨きのときには使っていたという。僕の場合は、そういうときもすべてミネラルだし、シャワーを浴びるときも絶対に口に水が入らないようにしていた。たぶんあのときの若い衆も今回は細心の注意を払っていることだろう。
検査体制がまちまちなので、感染状況の分析や予測をするのは難しいのだが、この時期になるとさすがに多少はわかってくるな。先週言ったように、個人主義的な文化圏にあって感染がより拡大するという読みは当たっているのではないか。

その逆証として、日本だけでなく、ドイツの状況が挙げられよう。イタリア、スペイン、フランス、そしてアメリカに比べて、ドイツは死者数も死亡率もはっきりと低い。しかし、日本と違って検査体制はしっかりしているようで、感染者数は少なくない。
この理由としては専門家はすぐにドイツの「ホームドクター」制度を紹介するのだが、そもそもこのような医療体制を築けるということ自体が奇跡的ですごいことだ。
なぜなら、このような無料の公的医療制度を築くために、ドイツ国民は所得の40%を税金として収め、さらに消費税率は20%という暮らしの中にいる。こうなると資本主義国家というよりも北欧のような福祉国家とも言え、アメリカ人なら「共産主義」と揶揄する、「共同態」であることを意識しながらの国づくりを歩んできたことがわかる。そこにはまともな政治があり、まともな政治家がいたということだろう。
各世帯にマスク2枚という珍提案を自信満々で発表し、日本はおろか世界中で笑いものになっている首相のいる国とは雲泥の差だ。恥ずかしい。暗愚とはこういうことを言うのだな。
ちなみにドイツの諺には「ともに喜ぶのは二倍の喜び、ともに苦しむのは半分の苦しみ」
というのがある。アメリカ人にわかるかなあ。
アメリカ人の考えでは、自分の払っている保険料が他の人の医療費に充てられることに到底我慢ならず、それは「共産主義」であるというものだが、ことコロナ禍を通しては、こういう考え方や文化こそが弱国の要件になってしまう。
日本人もドイツ人も、自分たちの国が「共産主義」であるとは塵とも感じていないだろう。それどころか、かなりの自由を感じ、それを謳歌して暮らしている。中国やロシアとは明確に違う。
昔から、精神医学や心理学のテキストでも言われてきたことだが、日本の国民性、メンタリティは、世界ではドイツのそれと最も近しい。日本にうつ病が多いように、ドイツでもメランコリー気質が多いと言われる。どちらも精密機械が発展しているように、正確さや緻密さに優れ、秩序を重んじる傾向が強い。だから、政府が何を言わなくても、どうすればいいのか、こういうときには我慢と忍耐が必要であるということを理解している。若者はともかくね。
ただし、一方で、こうした傾向は全体主義に向かう素地でもあることを忘れてはならない。かつての日本軍国主義、ヒトラーによる独裁政権をみればわかる。この75年の年月をかけて、その苦い経験をどのように整理し、消化してきたのか、両国に違いがあるとすれば、その思索のクオリティなのかもしれない。
日本が資本主義国家であることは明白であるのだが、その自由さを享受しつつ、日本人は公と私のバランスをほどよく取ることはできる。そうやってその都度、軟体動物のように、亀の歩みのように、あの頃とは違う社会のあり方を無自覚に願い、戦後を歩んできたということになるだろう。その歩みを止めているのが、強い国家すなわち軍事と経済優先を是とする現政権ということになる。

ということで、検査体制の整っていない日本では、今後感染者数は増え続けるだろうが、感染率や死亡率についてはドイツに近いものになっていくのではないか、それが僕の予測である。そうならば、この国もまだまだ捨てたものじゃないと思うのだが。とにかく、この点が興味津々なのだ。
さて、先週は春のGⅠ高松宮記念があった。ウィルス騒ぎで忘れていたが、馬券も取れなかった。今週は、コロナと違って予想しやすそうな4年目のGⅠ大阪杯。このメンバーなら③ブラストワンピースが強いとは思うが、⑧ダノンキングリーも強そう。それと⑤ラッキーライラック。勝つのはこの3頭からで、着候補に④ワグネリアン⑫クロノジェネシス。固そう。

菅野所長のエッセイ:試されるとき


2020.03.26

オリンピックの延期決定ということで、まずはよかった。
まあ、当たり前のことだけどね。すでに、辞退するという国がいくつかあって、1ヶ月後を待っていたら、大半がそうなっていただろうし。つまりはオリンピックどころではないわけよ。そもそも、このまま収束したとしても、柔道、レスリング、ボクシングなどの「濃厚接触」の競技なんかに出場する選手はいないだろうに。
ちなみに僕は「中止」のほうがいいと思っている。各国の状況を見ていると、まだ始まりの段階だもの。これ以上傷を広げるリスクは冒さないほうがいいと思うのだがね。ただし、来年またオリンピックをやるということが、これからの艱難と戦う国民の支えになるのであればまた違うのだが。
さて、当初の評価から一変、日本の感染者数の少なさに世界が注目している。大きな理由は検査数が少ないことにあるが、対人的な距離を取ることやきれい好きな民族性が発揮されたこともあろうし、島国という利点もあろう。歴史上疫病は世界を悩ませてきたが、鎖国を何百年も続けたこともある島国ニッポンは強い。だから台湾も有利。いま感染の中心はヨーロッパとなっているのもうなづけるところだ。
しかしながら、島国だからこそ、ダイヤモンドプリンセス号のように爆発的な感染が起こるととんでもないことになる可能性はあるわけで、さらなる警戒が必要である。ということで、都知事が今後3週間を危険期間と定め、なおかつ会見で不要不急の外出を自粛要請は正しい。日本中で東京が一番やばいに決まってるし。3週間でも不足かも。
そんな中、K-1が埼玉アリーナで開催されたり、「ホリエモン祭り」とかが行われたりとかあって、これはもうテロ行為に等しい。ほとんどの国民ががんばっているのに、こういう少数の能天気者のせいでぶちこわしになるのだ。会社の不正と一緒だね。やっているのは一部の人間で、大半はマジメに働いている。いまの政権よりも危機意識が薄いというのは相当なものだな。
僕のほうもウィルス禍の影響はある。2月、3月と講演の仕事とか中止になったり、学会もそうだな。去年さぼった健康診断に行く予定も、病院は危険と見て取りやめた。
2月の時点で、もっとも危険な場所は病院だと思っていた。イタリアのデータでは、コロナによる死亡者のほとんどが80代の老人ということである。ということは、ほとんどが入院者か通院者であろうと推察できる。老人施設と病院が感染者が集まる確率が最も高いわけなので、わざわざリスクを冒す必要はない。観たい映画もずっとがまんしている。
僕は休みの日にはひたすら引きこもっているので、あまり危険はないかな。そもそも人が、たくさんいるところは好きじゃないし。いまはお花見の季節だが、行った人の話によると、ブルーシートとかは一切ないらしい。そういう静かな中で桜を愛でることができるなら行ってもいいかなと思った。感染の危険よりも、あの騒がしさが嫌いなのだ。で、そういう人間がこういうときには強い。

以前、ポケモンの流行で引きこもりが外出するようになったという皮肉な話があったが、今回は引きこもりこそがもっとも生き抜く力を持っていると言えよう。取り巻く環境や状況次第で強者や弱者というのは入れ替ってしまうのだ。コロナ禍から見えるものは、孤独な人間ほど強く、活動的で社交性の高い人間ほど弱い。マドンナが病の平等性を唱えて猛バッシングを受けているが、まあ言いたいことはわかる。
で今日の本題はここからだが、こんな折りにカラオケボックスで騒ぐとか、ライブに行くとかの行動とは、もちろん感染の危険が大だ。仮に罹ったとして、「それは本人の責任でしょ」とかよく言われるのだが、この場合はいわゆる自己責任が問われる類のことではない。 台風が来てるからそれを見に行って高波にさらわれるのとはわけが違う。そんな場合はバカが一人死ぬだけだが、ウィルスの場合は、自分がキャリアになることでそこから被害者を増大させる可能性がある。だから心せよということだが、そういうことは誰でもわかっているはずだ。しかし。
イタリアで感染爆発が起きてきたときに、イタリアの若者が街頭インタビューで「でも、キスやハグはやめないよ」と言っていた。もちろん冗談半分だろうが、イタリア人気質も明白だ。たぶん彼の思いとしては、そういうことまで我慢したくないということなのだろう。その気持ちはまあわかる。が、ここに見えるのは「公」よりも「私」が上位にあるということだ。イタリアやフランスが感染の中心にあるということは、いわゆる個人主義的な文化、精神性が強い国ほどこのウィルスには勝てないということではないだろうか。そんなことを示唆しているような気がしてならない。だからアメリカも相当危ういだろう。
となると、単に検査数が少ないだけでは説明がつかない日本の現状についても、そこには国民の「公」意識の高さを見ることができると思う。自分のためだけではなく、他者のために、他者とともに支え合うこと、それは社会の根幹を成すものだと僕は思うのだが、いままさにわれわれの共同体性(=「共同態」)が試されているのではないか。
バブル以降、そしてバブルが弾けて以降、あの忌まわしい成果主義が示すように「自分のために」を邁進してきた近年の歴史ではあるが、本来の日本社会の共同態は、この窮地においてどれほどに本領を発揮するのか、都知事が考えるよりもずっとここが正念場だと僕は思うのだった。

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